力の応酬

 戦いの中で投げ飛ばされ、転ばされ、走り回されたネオ。

 激しく動いた身体は、既に強力な電気を帯びていた。バチバチと稲光が走り回り、ネオの身体を淡く光り輝かせる。攻撃するには十分なエネルギーが溜まった。


「ギ、ギョボボ……!」


 経験豊富なギョジンも、電撃を纏う生物は初めて目にするのだろう。威嚇のような唸りを発しつつ、少しずつ後退して距離を取る。

 未知を相手する際には、悪くない立ち回りだ。距離を確保すれば攻撃を避けるのは簡単になり、威力の減衰も期待出来るのだから。ゆっくりと後退りし、五十メートルも離れれば大概の攻撃は届かないだろう。

 生憎、ネオの雷撃相手には最悪の立ち振る舞いなのだが。


「グルアアアアアア!」


 雄叫び、それと共に口から放出される金属成分を豊富に含んだ粉。体表を駆け回る電撃の一つが粉へと伝わり、超音速で飛んでいく!

 目指すはギョジンただ一体。

 狂いなく雷撃は飛び、ギョジンの身体を撃った!


「ギョボゴッ!?」


 直撃した電気はギョジンの身体を駆け回る。

 ギョジンはびくりと身体を震わせた。体表から煙が濛々と立ち昇り、何かが焼けた事を物語る。口から発せられた苦悶の声も、ギョジンにとって想定外に大きなダメージであると示す。


「ギギ、ギギグギィィ……!」


 それでも倒れず、ギョジンは悲鳴とは程遠い唸り声を出していた。ネオを睨む眼差しも、未だ生命力と敵意に溢れている。ついでに怒りも加わったようだ。

 電撃を受けても致命傷には至っていない。

 だからどうした。人間のような『小動物』と違い、自分達ほど大きくなれば数発の雷撃に耐える事など珍しくもないとネオは知っている。死なないのなら、死ぬまで攻撃すれば良い。


「グガアアアアアア!」


 二度目の咆哮。そして放たれる電撃。

 二発目の電撃も難なくギョジンに命中し、ギョジンは暴れるように腕を振り回す。苦しみからのたうち回っているのだ。

 しかしどれだけ暴れようとも、遠く離れた位置から電撃を撃つネオには届かない。

 恐れず接近していれば、ギョジンの抵抗がネオを押し退けたかも知れない。だが五十メートルも離れた今のギョジンでは、腕も尻尾も届きようがない。ただ空気を掻き回すのが精いっぱいで、飛んでいる蝶なら兎も角、ネオにその程度の反撃が通じる訳もなかった。

 相手が人間であれば、同情心から攻撃の手が止まるかも知れないが……残念ながらネオにそんな『理性的』考えはない。


「ガァッ!」


 躊躇いなく放つ三発目。命中するや火花が飛び散るような爆発が起き、ギョジンは電撃で突き飛ばされる。どうにか踏み止まるも、大きく仰け反った体勢になってしまう。


「グガァアア!」


 立て続けに放つ四発目。三発目の雷撃で体勢が崩れていたギョジンは、ついに耐えきれずに転倒。鱗に覆われているものの、腹をネオに見せた。


「ゴガアアアアアア!」


 少しの溜めを挟んで五発目。今までの四発とは比にならない、強力な電撃を放つ。

 あまりにも強い電気故に制御が難しく、狙っていたギョジンの腹のど真ん中には当たらず。しかし胴体側面の、脇腹付近には命中した。ギョジンにとっても比較的ダメージが通りやすい部位らしく、一層激しく四肢を暴れさせる。


「ガァアッ! グゥルアァア!」


 ならばと六発目と七発目を連続で撃つ。

 連続攻撃を身体に受けて、ついにギョジンの身体が大地を転がる。土煙の代わりに舞い上がる硫黄化合物により、姿が見え辛くなるが……ネオは構わず、そして止まらず。

 ここで一気に押し潰す。

 ネオは身体を激しく震わす。鱗を擦り合わせ、更なる電気を生み出すために。作り出した電気は片っ端から放つ。大きな一撃よりも、連射して立て直す隙を与えない事を重視する。

 十五発目の雷撃を超えたところで、コントロールが荒ぶり始めた。元々エネルギー消費の激しい技。こうも乱発する事など滅多にない。

 一旦、ここで休憩を挟む。


「フシュウゥゥウルルルルル……!」


 興奮する身体を鎮めるように、ネオは荒々しい息を吐く。何時も以上に熱を帯びた吐息のお陰で、闘争心で加熱していた頭が少しだけ冷えた。

 落ち着いたところで、ネオはギョジンがいるであろう場所を注意深く見つめる。

 十発以上の電撃を撃ち込み、熱と衝撃により辺りには濛々と煙が立ち込めていた。ギョジンの姿は煙越しにも見えるが、影しか分からない。どれだけの傷を負っているかは不明瞭だ。

 とはいえ十発以上喰らわせたのは確か。

 ネオの雷撃は強烈だ。力を溜め込んだものなら一発で、連射可能な弱いものでも三発で人間の軍艦を撃沈している。ギョジンには強弱合わせて十五発近く当てた。人間の軍艦相手なら、五〜八隻ぐらいは沈めているだろう。

 ましてや生物相手なら、いくら巨大生物でも耐えられる筈がない。筈がないのに、どうしてだろうか。

 立ち込める煙の奥から、痺れるほどに強烈な気配を感じるのは。


「ギィィ……ィイボボボボ……」


 煙の中から、声が聞こえてくる。

 ギョジンの声だった。決して元気ハツラツの、ご機嫌な声ではない。しかし断末魔でもなければ、瀕死の呻き声でもない。ある程度大きな、生命力を感じさせる鳴き声だ。

 ついには煙の中の影が動く。

 人間ならば、馬鹿な、と独りごちていただろう。ネオはそんな心理状態に陥り、息を飲んだ。後ろに下がろうとする足を、捕食者としての本能により抑え込まねばならなかった。

 立ち止まり続けたネオは、煙の中から姿を現したギョジンを目の当たりにする。

 ギョジンは生きていた。自らの力で立ち上がり、二本の足でしっかりと大地を踏み締めている。目は怒りで滾り、全身の筋肉が脈動しながら膨張していた。

 勿論無傷ではない。身体中の鱗に焦げ跡が付き、じゅうじゅうと硫黄の臭いを漂わせている。口からはだらだらと涎が流れ、全身のあちこちから血が滲み出していた。目からだらだらと流れる涙、鼻から噴き出す血も、怪我の大きさを物語る。苦しみから地面を掻き毟ったのか、爪のように鋭くなっていた指の何本かが欠けている有り様。

 しかし今にも死にそうではない。

 ネオの大技を受けてなお、ギョジンはその生命を保っているのだ。


「ギョォォオォボォオオオオ……!」


 憎しみ、怒り、痛み……様々な感情を乗せた、重苦しい鳴き声でギョジンは威嚇する。

 ネオはこれを正面から受け、どうにか後退りこそしなかったが、頭の中は酷く掻き乱されていた。

 理性こそないが、賢いネオは自分の攻撃の威力がどれだけ優れているか理解している。確かに『必殺技』なんかではなく、必ず敵を倒せるとは思っていない。だが、一発二発も当てれば『獲物』の大半は瀕死だ。三発も撃ち込めばほぼ死んでいる。

 それを十五発近く叩き込んで、ぴんぴんしている?

 普通ならばあり得ない。何かがあった筈だ。ネオはそこまで考える事は出来たが、しかし『何』が自分の攻撃を妨げだのかは分からない。そして彼女に事実を知る事は出来ない。

 ――――答えを知るには、ギョジンの身体を包んでいる粘液の解析が必要なのだから。

 そもそも電気が通ると何故危険なのかと言えば、二つの理由がある。一つは生体の高い電気抵抗により電気が熱エネルギーへと変換され、この熱により体内や表皮が火傷するため。もう一つは電気信号などで活動が制御されている神経系が、感電する事で狂わされて心停止などを起こすためだ。

 しかしギョジンの纏う粘液は、極めて電気抵抗の低い物質で出来ていた。電気というのは抵抗が低い場所に優先的に流れる。粘液の方が体組織よりも電気抵抗が低いため、電撃の大半は体内に流れず、表面を駆け巡るだけで終わってしまった。

 無論、全く流れなかった訳ではなく、一部の電気はギョジンの身体を通っている。されどその僅かな電流では、多少身体を焼くのが限度だった。ダメージは与えたが、致命傷には程遠い。


「ギィオボオオオオオ! ギョボボオオオオオオオオオ!」


 己の健全ぶりを示すように、或いはただ込み上がる感情のままに。ギョジンは吼え、力任せに尻尾で地面を叩く。

 底知れぬ生命力に、ネオは僅かに気圧された。

 しかしすぐに考え直す。確かにギョジンはまだ生きている。あの様子なら戦闘も可能だろう。だが身体のあちこちが焦げ付いているのも事実。雷撃は止めこそ刺せなかったが、確実に生命力は削っている。

 ネオも雷撃を撃つために多くのエネルギーを使い、少なからず消耗はしている。だがこちらの消耗はあくまでも体力。少し休めば回復するものだ。

 ここは押すべき状況だ。気圧されて、相手に回復の隙を与える方が不味い。


「グルゥウルルルルゥウウ……!」


 身体を揺すり、ネオは身体に電気を溜め込む。

 そして追撃のため距離を詰める。

 ただし歩みは慎重に。ネオは経験的に知っていた。どんなに弱い生き物でも、死に直面した時には途方もなく大きな力を発揮するものだと。

 ギョジンはまだ死に損ないと呼ぶにはかなり力が有り余っているが、それでもかなりのダメージを与えたのは間違いない。何かしらの反撃がある事を警戒しておかねば、手痛い一撃を放ってくる可能性がある。

 恐怖ではなく、冷静さからくる慎重さ。確実な止めを刺すためにも、焦りは禁物だとネオは考える。

 ――――結果的に、その考えは正しかった。


「グ……ゥ……!」


 ぞわりとした悪寒がネオの背筋を駆け巡る。尤も、第六感などという非科学的な超感覚からの訴えではない。

 ギョジンの身体が、ほんの僅かに赤らんでいたのだ。

 真夜中ならばギョジンの体表が薄っすら光っていると、即座に認識出来ただろう。しかし今は昼間。おまけにネオ達が戦っている山頂には木も生えておらず、陽光で明るく照らされている。

 余程注意深くみなければ気付かない変化だ。そしてネオはこの変化を些末なものとは受け取らない。自分が雷撃を放つ時に身体が光る事を知っていて、どうして他者の発光を大したものではないと思えるのか。


「――――ッ!」


 ネオが選んだのはその場からの後退。大地を蹴るようにして跳躍する!

 もしもあと一瞬、判断が遅かったなら。

 ネオが受けたダメージは、致命的なものとなっていただろう。


「ンギョオオオ」


 ネオが後ろに下がる一瞬前、ギョジンは大きく口を開き、鳴き声という名の吐息を出す。

 その身体の中では、既に攻撃準備が終わっていた。

 ギョジンの細胞には糖をアルコールへと分解する能力がある。普段は水底など低酸素環境における呼吸として使っているそれは、外敵の脅威があると認識した時にも発現。体組織中の血糖を用い、大量のアルコールを合成する。

 ここで合成したアルコールを、浮袋が変化して出来た肺で分泌。このアルコールは極めて揮発性が高く、四十五度に達するギョジンの体温で容易に蒸発する。肺内部の気体は、その前に発した鳴き声により絞り出した。数十秒もすれば肺の中は気化したアルコールだけで満たされ、パンパンに膨らんでいく。

 そして口を開くのと同時に、肺の中のアルコールを吹き出す。

 気化アルコールは食道を駆け上って口へと到達し、空気中の酸素と触れ合う。この気化アルコールは極めて酸化しやすく、大気中の酸素と触れ合うだけで反応・分解。その過程で膨大な熱を生成――――所謂発火を起こす。

 燃える気化アルコールの放出。

 つまるところ、火炎放射だ!


「シュゴオオオオオオオオオオオオオ!」


 ギョジンの口から溢れる気化アルコールが轟音を響かせる。それほどの高圧で放たれた紅蓮色のガスは、ものの一秒で何百メートルと拡散。射線上の全てを飲み込む。

 それは生命体であろうとも、例外ではない。


「グゥウルゥギィィイィィイ!?」


 押し寄せる火炎に足を焼かれ、ネオは悲鳴を上げる。

 ギョジンが吐き出した火炎は広範囲に広がり、横幅は三十メートル以上、奥には数百メートルと伸びていた。いくらネオの身体能力が優れていても、この範囲外には出られず、炎が身体を炙っていく。

 アロサウルス・ネオの鱗は比熱容量が大きい。そのため簡単には発熱しないが……熱伝導率自体は、金属成分の多さもあってかなり伝わりやすい。それでも艦砲射撃やロケットランチャーには耐えたが、ギョジンの火炎放射に含まれる膨大な熱量は、たった一発でネオの肌に火傷を負わせるほどだった。

 これでも直撃を避けたからこそ、ネオは炎から自力で抜け出せる程度のダメージで済んでいる。もしも直撃を受けたなら一瞬で身動きが取れなくなり、焼かれるがままだったろう。


「ギギゥ、グルゥウゥ……!」


 最悪こそ逃れたが、ネオが負った傷はあまりに大きい。足の火傷が酷く痛むものだから、思わず膝を付いてしまう。

 敵からすれば、絶好の攻撃チャンス。

 一撃もらうのは最早仕方ない。せめて一秒でも早く、一発でも少なく立ち直らなければ……危機感を募らせるネオだったが、どうしてか打撃の痛みは中々やってこない。

 疑問に思いながらギョジンに視線を向けてみれば、そこではギョジンもまた膝を付いていた。


「ギョボボォオォオオ……ギギィオオオ……!」


 ギョジンもまた息を荒げている。口から黒煙を吐き出し、背筋を丸めて項垂れていた。

 明らかにギョジンは疲弊している。

 どうやらあの火炎放射は、相当体力を消耗するらしい。雷撃を十発以上も受けた身体では、追撃する余裕までは残らなかったようだ。

 傷を負い、体力も使い切った。

 ネオとギョジンの状態は、ほぼ互角と見て良いだろう。どちらが勝っても、或いは負けてもおかしくない。ネオ達もそれは察している。

 だからどちらも逃げず、退かず、向き合う。


「グゴガギィィイアアアアッ!」


「ギョッボオオオオオオオッ!」


 絞り出す咆哮。未だ人間程度なら震え上がらせるほどに力強い、けれども今までと比べれば明らかに弱っている。

 互いに直感する。決着の時は近いと。

 その上でどちらも思う。

 この戦いに勝つのは、自分の方であると……

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