総攻撃

「攻撃開始!」


 ネオが森から出てきた人間達の姿を確認したのとほぼ同時に、兵士達は攻撃を始めた。

 攻撃手段は銃とロケットランチャー。百メートル以上離れた位置から、せっせと撃ってくる。

 森を焼くのに使った火炎放射器は、今は休憩中だ。いくら勇猛果敢な兵隊といっても……艦砲射撃が無数に撃ち込まれている場所から、十数メートルの範囲まで近付くのは無謀というものなのだから。


「グ、ギ、ギギギ……!」


 何十を超え、何百という数の艦砲射撃を受けながら、ネオはまだ歩く。

 鱗は未だ健在。しかしかなり劣化が進みつつある。あまり長くは持ちそうにない。

 艦砲射撃を避けるには森の中に逃げ込むしかない。だが森には今、人間達が待ち構えている。火を吐き出す彼等は今も森を焼き、ネオが逃げ込む道を塞いでいた。仮に人間達を蹴散らして森に入っても、燃え盛る森の中で長く活動は出来ないだろう。

 だからといってこの場に留まれば、艦砲射撃と銃撃に削り殺される。

 そしてネオはそれを理解出来る程度には賢く、亀のように敵が去るのを待つほど積極性に欠けてもいない。持久戦に勝ち目がなければ、無理をしてでも動こうとする事が出来る生き物だ。


「グガァゴオオオオオオオオオオオオ!」


 まずは渾身の力で叫ぶ。

 ただの雄叫びであるが、突然の大声は生き物を怯ませる上で最も確実な方法だ。事実艦砲射撃の中でも聞こえるぐらい強く轟く声に、兵士達の攻撃が僅かに弱まる。

 この隙をネオは見逃さない。

 力強く岩礁を蹴り、艦砲射撃が狙っている位置から一気に離脱する!

 更に一度離れた後、ネオは跳躍を多用。走るのではなく、跳ぶようにして移動を行う。

 ネオは観察により理解していた。今まで自分が受けていた攻撃が、船が一瞬光ってから僅かに間を置いてから自分に命中していると。

 つまり『タイムラグ』がある。

 ネオの感覚は正しい。艦砲射撃は音速以上の速さで飛んでいるが、それでも秒速八百メートル程度の速さだ。船は五キロほど離れた位置にあるため、この距離を渡るには最低でも六秒以上掛かる。

 僅かな時間であるが、ネオの脚力ならば数十メートルと移動する事が可能だ。艦砲射撃の爆発がいくら広範囲とはいえ、数十メートルも移動すれば避けられる。

 とはいえ単調な移動であれば、動きを予測して攻撃すれば良いだけ。所謂『偏差射撃』と呼ばれるものだ。射撃ではないが、ネオも肉弾戦をする時は少なからず意識している。そのため単純に全力で走っても、十分には躱せないと無意識に思う。

 そこで跳躍だ。跳ねる動きは緩急が激しいため、動きの予想が難しい。そこに走る、歩くなどの動きを織り交ぜれば、六秒後の位置を予測するのは極めて困難だ。

 ネオの思った通り、跳び回り始めた途端艦砲の命中率は大きく下がる。人間側も相手が動くならその前提で攻撃するため、完璧に回避出来る訳ではないが……それでも殆どの砲弾は躱せた。

 人間達も、急な加減速を行うネオの動きに付いていけない。ロケットランチャーの過半数は命中せず、銃弾も当たらなくなる。


「グルルウゥウウウ……!」


 このまま彼方まで逃げ切ってやる。人間と違い逃げる事を恥と思わないネオは、そのまま海岸を突っ走り森まで逃げようと考えた。

 だが、人間達はそれを許さない。


「――――グリュ?」


 何か嫌な気配がする。

 本能的な予感を覚えたネオは、素早く後ろを振り向く。

 そして目に入った光景に驚いた。

 何かが、空を飛んでいた。小さな翼は生えていたが、羽ばたいていない。鳥にも似ておらず、虫のようであるが、何メートルもの大きさがある。おまけに数は一個や二個ではなく、何十も。

 ネオは知らない。それが『ミサイル』と呼ばれる兵器である事を。

 正体は分からずとも、自分目掛けて飛んできている事は判断出来た。ならばこれも躱してやると、ネオは力強く跳ねて回避を試みる。しかし彼女は知らない事だが、ミサイルには追尾機能があった。

 逃げても逃げても、ミサイルは方向を的確に調整し、追い駆けてくる。追い駆けてくるミサイルにネオはギョッとし、全速力で走るが……ミサイルは超音速で飛んでいる。ミサイルから見ればネオの全力疾走も遅いと言わざるを得ない。

 飛んできたミサイルの一発が、ネオの背中に命中。搭載した爆薬が炸裂する!


「グギィウゥィ!?」


 ミサイルの爆風が直撃し、ネオも僅かに怯む。

 その僅かな時間も、ミサイルの速さから見れば十分なもの。

 何十ものミサイルが次々と迫り、そしてネオの背中に命中する! 中には僅かに外れるものもあったが、爆風が脇腹に届く程度には近い。四方八方から強力な衝撃に襲われ、ネオの姿勢を崩す。


「グ、ギャウゥン!?」


 ついにネオは倒れてしまう。どうにか前のめりに倒れ、最も鱗の薄い腹は晒さないようにしたが……倒れた体勢では、大きな動きは出来ない。

 ミサイル攻撃に続き、艦砲射撃が再開される。人間達も改めてネオに狙いを付け、銃撃を始めた。

 無数の爆発が、ネオの身体を痛め付けていく。


「ギ、グギ、ギギ……!」


 ネオはまだ致命傷は負っていない。金属を多分に含む頑強な鱗が攻撃を防いでいる。されど強い衝撃に翻弄されて中々体勢を立て直せない。

 そして何時までも攻撃を受け続ける事も出来ない。

 理由は二つ。一つは酸素が足りなくなっている。爆薬による燃焼で酸素が消費され、ネオ周辺の大気が酸欠状態になっているのだ。勿論ネオも多少は息を止められるが……何十秒も酸素が不足すれば、苦しさを覚える。一分を超えれば考えが回らなくなり、数分すればいよいよ生命が危うい。

 這いずるように移動してどうにか息をするが、タイミングが悪いと爆風を吸い込んでしまう。ネオといえども基本的にはただの動物だ。鱗は硬くとも、体内はそこまで丈夫ではない。熱した空気を吸えば火傷を負う。巨大が持つ『体温』による冷却を行っているため、小さな動物ほど簡単には焼けないが、これももう長続きはしないだろう。

 もう一つの問題は、鱗が段々痛みつつある事。

 攻撃は防いでいる。しかし決して無敵の守りではない。少しずつだが表面が削れていき、劣化していく。何時までも耐えられそうにはなかった。


「ギ、ギガゥ……ギゥウウウ!」


 状況を打開すべく、ネオは伏せた体勢のまま跳躍を試みる!

 一気に動き、大きく移動。爆風の中から飛び出す事で、新鮮な空気のある場所に顔を出す。

 冷たい空気に触れたら、大きく息を吸い込む。たった一息で完全に息苦しさが消える訳ではないが、酸欠から多少なりと解放されて頭が回るようになる。

 素早く周囲を見回し、人間の位置を把握。

 まずは手近な人間を排除しようと、進路を決めた。跳ねるようにして立ち上がり、爆発を受けながらも一歩一歩と歩き出す。

 人間達は攻撃を止めない。しかしロケットランチャーによる猛攻は、途中からなくなった。

 弾切れを起こしたのだ。ネオには理由など分からないが、攻撃が止まったのは好機。


「グガアァアァァアア!」


 気合いの雄叫びを上げながら、ネオは人間達に迫る。時折ミサイルや艦砲射撃により転ばされたが、それでも人間達を追う。

 距離が詰まると人間達も慌て始め、仲間を巻き込まないよう警戒して攻撃の頻度が弱まる。爆発がなければ身動きを妨げられる事はなく、より早く動ける。

 あと少しで、遠巻きに攻撃する人間共を叩き潰せる。

 それで全てが解決する訳ではない。しかし多少なりとも状況は改善する……賢いネオはそう考えた。言葉はなくとも期待していた。

 だが、アロサウルス・ネオの賢さは人間よりも大きく劣る。技術を知らず、科学を持たない彼女は気付いていない。

 何かが自分の頭上を飛んでいる、と。

 ネオは知らない。それが艦載機と呼ばれる、船に載せられていた飛行機の一種だと。艦砲射撃と銃撃、ミサイルまで使っても未だ倒せないネオに、航空爆撃を仕掛けるつもりなのだと。

 船に乗せられる程度の小さな飛行機だが、積まれている爆弾はとびきり巨大な代物だ。


「――――ッ!?」


 微かな違和感。それに気付いた時、既に爆弾はネオのすぐ傍まで来ていた。咄嗟に避けるには、あまりにも時間がなく。

 航空爆撃が、ネオに直撃した。

 航空爆撃の威力は凄まじい。巨大な爆弾を起こすだけと言えばそれまでだが、その威力は戦車さえも粉砕する。ネオの鱗も何枚かが粉砕され、辺りに飛び散るのが人間達の目にも見えた事だろう。衝撃はネオから大地へと伝わり、巨大な柱のように土煙が舞い上がる。ネオの姿は煙に包まれ、一瞬で見えなくなってしまう。

 今までで最も強力な一撃。人間達の歓声が上がり、攻撃の手も止まった。今の爆撃がどの程度ネオにダメージを与えたのか、それを確認する必要があるからだ。

 吹き飛んだ鱗が何枚か飛び、人間達に確認出来る位置に落ちている。少なくとも今までの攻撃で、一番効いているのは間違いない。

 期待に満ちた人間達の眼差し。その眼差しは、やがて土煙が晴れるのと共に目にする。

 ネオの姿を……

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