不埒者の反撃
暴れ出してからしばらくして、ネオは異変に気付く。
最後の人間を殺してから凡そ五分。島中を駆け回ったが、どうしてか人間を見なくなったからだ。
「グゥゥゥ……クルルロロロロ……」
軽く唸りながら辺りを見渡すネオ。人間達は島中に分散しているので、走り回ればすぐ次の人間に出会える算段だったが……急に見付からなくなってしまった。
もう全員殺してしまったのか?
そんな『楽観的』な考えも少しは抱いたが、ネオは賢い。数学は分からないが、殺した数と見てきた数が一致しない程度の、算数ぐらいの計算は出来る。何より全て覚えていた訳ではないが、何人かの顔見知りはいて、そいつらの一部はまだ潰していない。
少なくない数の人間が、何処かに潜んでいるに違いない。
ネオの考え通り、人間達はまだ大勢――――八十人以上この島に残っていた。島に散開した状態では各個撃破されてしまうと考えた彼等は、一ヶ所に集まる事で戦力を集結。攻撃力と守りを高める作戦に出たのだ。
また、人間達には優れた科学がある。双眼鏡やサーモグラフィーなどの分析機器を使えば、ネオの居場所を突き止めるのは難しくない。
隠れ潜み、隙を窺い、奇襲する。人間らしい、技術と知略を用いた作戦だ。
対するネオは、自らの肉体を活用する。
「シュウゥゥゥゥゥコォォォォ……」
深く息を吸い込み、臭いを探るのだ。
発達した嗅覚は人間の微かな体臭をキャッチ。どちらに臭いが続いているか、大まかな方角を把握する。
続いて臭いの濃淡を分析する。
より強い臭いがする方が、より新しい臭いだと考えるのが自然。つまり臭いが一直線に伸びていたなら、より強い臭いのする方に向けて動いたと言える。これで相手の動きを追う事が可能だ。ネオには人間達がどちらに向かったのか、機械を使うまでもなく、手に取るように理解出来た。
更に臭いは様々な事を教えてくれる。
例えば人数。人間と一言で纏めても、その体臭には個体差がある。食生活や体質、年齢や健康状態などにより変化するからだ。人間程度の嗅覚ではかなり『個性』が出ないと判別は難しいが、イヌなど嗅覚に優れた動物ならば造作もない。
アロサウルス・ネオの嗅覚はイヌよりも上だ。それぞれの人間の体臭を嗅ぎ分ける事は容易い。また嗅覚に優れる動物は、臭いの学習能力にも優れている。ネオも人間達一人一人の顔は覚えてなくとも、臭いでならある程度記憶していた。
「……フシュウゥ」
多くの情報を得たネオは、怒りに任せた突進を止める。臭いを嗅ぎながら慎重に歩を進めていく。
人間を恐れていないネオだが、その力を見くびる気はない。
何故ならネオは小さな、それこそ生まれた頃には群れによって痛い目を見ているのだ……といっても、いたずらを仕掛けた社会性ハチ(ミツバチやスズメバチとは別系統の種。これもジュラ紀の祖先に起源を持つ)の反撃を受けただけだが。ちょっと針で刺されて痛かった程度で、トラウマにもなっていない。しかし幼い心にあの時の教訓は今もしっかり覚えている。
小さいからと言って、油断してはならない。群れた奴等は、自身より遥かに強力な敵をも倒す。群れた人間も、一体だけの時とは比較にならない強さの筈だ。
ネオは一歩一歩進みながら、人間を追う。警戒心と闘争心を高め、身体に力を漲らせていく。全身の神経を昂らせ、僅かな刺激も逃さぬよう五感を張り巡らせ――――
足下で、カチリと何かが鳴った。
瞬間ネオの足下で強力な爆発が起きる!
爆発の原因は『対人地雷』。つまり人間達が仕掛けた罠だ。人間達にとってこの島を訪れるのは二回目。この島にネオがいる事は既に把握されており、万一ネオに攻撃されて時を想定して地雷などの兵器も持ち込んでいたのだ。
「グギゥッ!?」
警戒していたネオだが、これは全くの想定外。自然界にこんな爆発現象はないのだから。驚いた拍子に転び、ひっくり返ってしまう。
その隙を、人間達は物陰から見ていた。
続々と木々の影から人間が姿を現す。大半の手に握られているのは、アサルトライフルなどの強力な銃。しかしごく少人数だが、更に大きな武器を担ぐ者もいた。
武器の名はグレネードランチャー。爆発物を発射する、極めて強力な兵器だ。対人よりも対物を想定したもので、破壊力は人間程度の生物ならば粉々に吹き飛ばすほど。
「撃て!」
それらの武器を持った人間達に、指揮官を務める人間が攻撃命令を出す。
人間達は掛け声に合わせて、一斉に引き金を引いた!
この島にやってきた軍人達は約五十人。既にやられたメンバーを除く、三十五人がこの場に集まっていた。三十五もの人間達が構えた、三十五もの武器から放たれる銃弾と爆弾。それらは全方位からネオを狙う。まともに受ければ、戦車さえも撃破するだろう猛攻だ。地上最大と言われている動物・アフリカゾウさえも肉塊へと変えるだろう。
だが、ネオは違う。
爆発により転ばされたネオであるが、人間達が木陰から出てきて攻撃するまでの数秒で冷静さを取り戻している。自分の周りを人間達が取り囲んでいる事も、ネオは臭いにより既に把握済み。
ネオは片足で大地を引っ掻くように蹴り、寝転んだ身体をぐるんと一回転させる。
すると尻尾も合わせてぐるんと回転。筋肉の塊が、迫る弾丸の一部をはたき落とす。更に回転した勢いを利用して軽やかに立ち上がった。
そして両足に力を込める。
地雷を踏み抜いた足は、しかし傷一つ付いていない。強靭な鱗は身体だけでなく、足にも隙間なく生えているのだ。勿論この防御力は地雷だけでなく、グレネードランチャーに対しても有効である。足や身体に直撃して大爆発が起きても、ネオの身体には傷一つ入らない。
加えてネオ自身、人間の攻撃が爆発する事を学んだ。今やこの程度の攻撃では怯みもしない。それどころか冷静に頭を働かせ、人間達の位置と状態を観察する余裕もある。
――――アロサウルス・ネオは動体視力も極めて優秀だ。身体能力に優れる地下空洞生物との戦いを何百万世代にも渡り繰り返してきた事で、素早い打撃もある程度なら見切れるまで進化した。そしてこれは瞬間的な状況把握にも役立つ。
ネオの目は人間達の様々な情報を、一瞬で抜き取っていく。グレネードランチャーを発射しているのがどの人間か、発射から次の攻撃まで『準備』が必要なのか、その二つを理解する。
「ゴガゥッ!」
ネオはグレネードランチャー持ちの人間を攻撃するため動き出す。
ただし人間達も馬鹿ではない。ネオが動き出しても反撃を喰らわないよう、ネオから百メートルは離れた位置にいる。
ネオの脚力であれば、全力で駆ければ四秒ほどで詰められる距離だ。たった四秒であるが、されど四秒。少なくともネオであれば、小細工の一つでも仕込めるだろう。
しかもこれは距離を詰めるためだけの時間。一人殺すだけなら大して変わらないが、三十以上の人間達は疎らに並んでいる。どうしても大多数は手の届かない位置にいるため、全員殺すにはそれなりに時間を費やさねばなるまい。
賢いネオは、敵に僅かな隙を与える事も好まない。そこで遠くにいる敵に対し、もっと速く討つ方法を選ぶ。
そのやり方は、投擲だ。
「ァアアッ!」
ネオは人間達の前で腰を落としながら、身体をぐるんと半回転。グレネードランチャーで攻撃する人間達に背を向けた。
背面を向けた事で、一瞬人間達はネオが逃げ出すと思っただろう。僅かに彼等の身体が強張り、追おうという気持ちが出て前のめりになる。しかしその判断が彼等の死を決定付けてしまう。
ネオは逃げようとしたのではない。後ろを振り向くような動作と共に、尻尾を振ったのだ。
それも地面に向かって。
鞭のように叩き付けた尾の力で、草に覆われた地面を削り飛ばす。草の茎や土塊は尻尾の勢いにより、さながら爆発したかのように飛び散る。
飛んでいく小石の速さは、銃弾ほど速くはない。
けれども比べられる程度には速い! 無数の石と枝が、人間達の顔や服目掛けて飛んでいき、直撃するや小さな穴を無数に開けた! 大きな土塊は、穴など開けずとも鈍器が如く威力を有す。
「ぎゃあっ!?」
「ぐぷ、が、ぁ」
「ぐげ!? ご、ぐご!?」
ネオの遠距離攻撃を受け、三人の人間がバタバタと倒れた。一人は両目を飛んできた木片に貫かれ、一人は大きな土塊で首を折り、一人は飛んできた石で肺に穴が開く。
致命的なのはこの三人であるが、小さな怪我であれば傍にいる七人ほどが負った。負傷者を助けようと人間達の動きが乱れ、守りを固めるため一ヶ所に集まり出す。
この動きはネオにとって予想外。怪我した誰かを助けるなんて、単独生活するネオには想像もしなかった行いだ。
しかし好機には違いない。
追い打ちを掛けるためネオがしたのは、ぐるんともう半回転した際に近くの木を咥える事。
木と言っても太さ十何メートルもあるものではなく、直径がほんの二メートル程度の比較的若い木だ。これでも十分な大きさであるが、ネオの強靭な顎と全身の筋力を用いれば簡単に根から引っこ抜ける。
抜いてしまえば、若い樹木は長さ五メートル以上の『棒』と変わらない。
「フッゥウウウウ、ゴガアァアッ!」
樹木を咥えたまま更に半回転し――――勢いを付けたら投げ飛ばす!
投げた大木が狙うは、怪我人救助のため集まった十人の人間達。気付いた時にはもう巨大な質量の塊が彼等の眼前まで迫る。
悲鳴も叫びも虚しく、人間達は横向きに飛んできた五メートル近い巨木と激突。十人近くが自動車事故よりも悲惨な衝撃により吹き飛ばされる。即死したならまだマシ。半端な骨折で生き長らえた者は、苦悶の声を漏らす。
十数人もの仲間がほんの数秒で壊滅。この事実に人間達が動揺したようにざわめくのを、ネオは聞き逃さない。攻撃の手こそ止まっていないが、それはフルオートのアサルトライフルだから出来る事。グレネードランチャーのような手詰めの攻撃は、この一瞬で確実に動きが鈍っていた。
これだけ動きが鈍れば、数秒では立て直せまい。今こそ接近するチャンス。
そしてネオは少し疑問に思っていた。小さな身体で、どうやってかは分からないが繰り出している強力な攻撃……人間達はこの攻撃に耐えられるのだろうか?
ネオは試してみる事にした。
「グゴアアアァ!」
吼えながら駆け出し、向かうは人間達の集まり。一気に彼等に肉薄したネオは、両手を目の前で銃撃してくる人間達に伸ばす。
人間達は狂ったように叫びながら銃を撃つ。しかしその銃弾はネオを貫くほどの力はない。手に当たったものも全て跳ね返る。
その間ネオが気にしていたのは周りの攻撃。
明らかに、攻撃の量が減っていた。とくにグレネードランチャーを撃ってきた者は、攻撃の手を完全に止めている。銃弾ならまだしも、爆発により広範囲を吹き飛ばす攻撃は仲間を巻き込むため使えない……人間にとっては明白な『理由』を、社会性を持たないネオは初めて知った。
知識を得たネオは、より良い作戦を閃く。仲間が傍にいると攻撃出来ないのなら、やはり接近戦を繰り広げれば良い。
しかもこの程度の柔らかさなら、腕を振るう必要さえもない。
「グゥ……!」
口を閉じ、真っ直ぐ人間達に迫ったネオが繰り出す攻撃は『踏み付け』。
銃撃を続ける人間達を、動かした足でただ踏んでいくだけだ!
ただただ踏み付けていくだけのシンプルな攻撃は、人間にとっては絶望的な一撃である。総重量十トンもの重さが、その身に伸し掛かるのだ。伸し掛かる重さと面積、時間により圧死するかどうかは決まるが……ネオの大きさと体重であれば即死で間違いない。
「ぎゃっ!?」
「うぐぇっ!」
更に踏み潰しの良いところは、効率の良さ。ただ歩くだけで次々と人間達は地面の染みへと変わっていく。おまけに移動も兼ねているので、逃げる人間を追うのも簡単だ。
何より攻撃の手が明らかに鈍る。足下にいる味方目掛けてロケットランチャーを撃つ者はいない。アサルトライフルも跳弾を恐れて指が止まる。結果、仲間が無惨に踏み潰されるのを見る事しか出来ない。
三十五人もの兵士の猛攻は、僅か一分も持たずに瓦解。犠牲者数は次々と増えていき、死体の数が二十を超えた。
「た、退却! 退却だぁ!」
あまりの被害に、ついに退却が指示される。
彼等は確かに兵士だ。必要ならば国のために命を賭すための訓練も受けている。だがそれでも人間、生命である以上、簡単には死の恐怖を拭う事など出来ない。
加えて此処は某国本土から遠く離れた無人島。おまけに(祖国の利益のためとはいえ)敵は外国の軍ではなく、やたら凶暴な恐竜だ。命を賭けるだけの価値が何処にあるのか。
撤退指示を聞いて、人間達は続々とネオから逃げようとする。四方八方に散り散りになる事で、少しでも自分が追われる可能性を下げようとしていた。
「ググルルゥ……」
人間達の作戦は、ネオにとっては唸るほど賢く思える。確かにこうもバラバラに逃げられては、身体が一つしかないネオは全員を追えない。
『奥の手』を使えば、逃げる奴等を一網打尽にする事は難しくない。だがあれは非常に疲れる技だ。何十もの人間を殺して、気分的にかなりスッキリしている今のネオはそこまでのやる気が出ない。
とはいえこのままおめおめと逃がし、また変なものを作られたり、攻撃されたりするのは堪ったものではない。アロサウルス・ネオは優れた知能を持つがために、敵対者を『絶滅』させる事のメリットも少しは分かるのだ。
考えた末にネオは、走りで人間達を追う。
「グゴガアアアアアアアアアアア!」
ただし今まで以上に激しい咆哮を上げながら。
地響きを伴うほどの大音量。ただの音と侮ってはならない。至近距離で聞けば鼓膜が破れ、失神しかねないほどのエネルギーだ。
逃げ遅れて近くにいた人間数人がバタバタと倒れ、遠くの人間達もあまりの五月蝿さに膝を付く。すぐ手許で撃つ銃撃の音に慣れている兵士達でさえ、ネオの大声には思わず耳を塞いでいた。
止まらずに走れた人間はごく僅か。
その僅かな人間の逃げる方角を、ネオは記憶しておく。正確に覚えるつもりはない。どうせ森の木々が邪魔をして、真っ直ぐ逃げる事など出来ないのだから。
そしてネオが相手取るのは、咆哮で倒れた人間達の方。
一人一人確実に踏んでいく。倒れ、蹲る彼等は悲鳴を上げる事さえもない。痛みと恐怖を感じる間もなく、その生命は潰えていく。
とはいえ動けなくなった人間はほんの数人。しかも一ヶ所には纏まっておらず、失神していない者は離れようと動き出す。時間が掛かり、一人また一人ネオから離れていく。
「ち、くしょう! こうなったら……!」
更には一人の人間が、ネオ目掛けて突っ込んでくる。
人間はアサルトライフルの引き金を全力で引きながら、一直線にネオに突っ込む。鬼気迫る顔は、見た者に強烈な『圧』を与えるだろう。
尤もネオからすれば無謀な突撃でしかない。何がしたいのかよく分からないが、わざわざ近付いてくるなら好都合。
ネオは迫る人間に対し、片手を伸ばして叩き潰そうとする。
すると人間は不敵な笑みを浮かべた。思った通りだと言わんばかりに。
人間ならば気付いただろう。突撃してきた彼の身体には、無数の手榴弾が巻き付けられている事に。しかし恐竜であるネオは手榴弾なんて知らず、この戦いの中でもまだ見てもいない。
手で叩く事に躊躇いはなく、思惑通りネオはその人間を叩き潰し――――
決死の自爆攻撃が、ネオの掌で炸裂する!
「ギァッ!?」
何十と括り付けた手榴弾の同時爆発。グレネードランチャーの直撃にも耐える鱗はこれにも砕けずにいたが、しかし全く想像もしていなかった攻撃に大きく驚く。それこそ尻餅を撞いてしまうほどに。
体勢を崩して転んだネオに、人間達の攻撃は飛んでこない。自爆した仲間の犠牲を無駄にしないためにも、誰もが全力で逃げ出したからだ。
散り散りに逃げていく人間を見て追おうとするネオだが、流石に尻餅を撞いた状態ではあまり大きく動けない。
起き上がった人間達も逃げてしまい、ネオは取り残されてしまう。
「グ、ゥウゥルルルゥウ……!」
まさかこんな方法で仲間を逃がすとは。一杯食わされた事を理解したネオは、苛立ちの唸り声を漏らす。賢いからこそ、相手の思い通りに動いてしまった事がムカつく。
とはいえ人間と違い、ネオの中に屈辱のような感情はない。だからこそ頭はすぐに冷静さを取り戻す。
そして、手で叩いて良かったと思う。
もしもあの人間を食べていたら、流石のネオもただでは済まなかっただろう。手で叩いたからこそこの程度で済んだ。今後は食べないで叩き潰すだけにしよう……ネオはちょっと人間に対する認識を改める。
「グルルルル……!」
改めた上で、ネオは再び闘争心を高めていく。
逃げていった人間達を、一人残らず叩き潰すために。
先程の人間が繰り出した自爆攻撃で、冷めようとしていた怒りが再び噴き出してきたのだから……
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