ありふれた狩り

 ネオが向かった先は、この島の中心部である。

 それは同時に、この島で最も標高の高い場所だ。島と称しているが、実際は海底からそびえる大山の先端部と言うのが正しい。海の下には、山の本体が何千メートルと続いているのだから。

 山頂部が近付くほど、植生も変化する。針葉樹とソテツ類が主だった森は、標高一千メートル付近になると更に原始的な大型シダ植物の領域へとなる。土壌に銅などの重金属有害物質が豊富にあり、劣悪な環境でも生きていける単純な生物の方が有利なのだ。生息する動物も小さな昆虫や軟体動物などが多く、脊椎動物は殆ど見られない。

 そのシダ植物の森も、標高一千五百メートルまでの狭い天下だ。これより先は土壌汚染だけでなく、気温の低さと栄養分の少なさという悪環境も加わる。これではいくら植物でも、大きな身体を維持出来ない。汚染に強く尚且つ小栄養でも生きていける、小さなシダ植物やコケ類が支配的になる。動物も更に小型化し、ナメクジやバッタ類が殆ど。これらを襲う肉食動物は滅多にいない。

 そしていよいよ山頂付近である標高二千メートル地点では、生えるのはコケや地衣類などの原始的な植物ばかり。生息する虫は非常に小さく、一センチを超える種さえも稀だ。

 一見して、どんどん獲物が少ない場所に来ている。事実島に暮らす大型動物の大半は、より森が豊かな麓で生活している。この辺りに、ネオの獲物として適切な大きさの生き物はまずいない。


「グル、グッグ〜。グゥルルルゥ〜」


 しかし山頂を目指すネオは、とても上機嫌だ。歩みは力強く、迷いなどない。

 山の傾斜はキツく、道具を使える人間でも楽な道のりではない。ネオはこの島で二十五年も暮らしているので、山道など普段から歩いている。慣れた道のりと言えばその通りだが、だとしても山登り自体は楽ではない。

 それだけの労力を費やすだけの価値が、この山頂にはある。ネオはそれを知っているのだ。


「グルルルル……」


 ネオが鼻歌を止めたのは、ついに山頂に辿り着いた時。

 海抜ゼロメートルから数えれば標高二千百七メートル地点。海底から数えれば一万四千二十二メートルもの高さに位置する巨大な山の頂には、平坦な大地が広がる。

 地面は黄と緑が混在する、割と薄気味悪い色彩。緑はコケや地衣類であり、黄色は硫黄化合物が堆積したもの。地面のあちこちから白い湯気が噴出し、湯だった水溜りも一ヶ所二ヶ所ではない。

 これは地熱の影響だ。この山は所謂火山ではないものの、マグマにより温められた熱水噴出孔が内部に幾つも存在する。熱水噴出孔内には多くの物質が含まれており、蒸気と共に地上へと噴出。これが堆積しているのだ。

 熱水噴出孔から出る熱水には、大多数の生物にとって危険な物質が多く含まれている。例えば硫化水素などは、典型的な危険物質の一つだ。この場所に漂う濃度であれば、人間ならば一呼吸で死に至るだろう。


「ブフゥー……」


 しかしネオは気にもせず。その場に寝そべるという暴挙(硫化水素は空気よりも重いため低地に溜まりやすい)にまで出るが、ネオの生命が脅かされる事はない。

 これはこの島に生息する生物で広く見られる特性だ。アロサウルス・ネオに限らず、この島の生物は硫化水素など火山性の毒ガスに耐性を持つ。人間が即死する濃度でも、ほぼ問題なく生活が可能だ。

 この異様な耐性は、一億年以上の歳月を経て進化してきた能力である。山頂が最も激しく噴出しているものの、他の場所からも微かに硫化水素など有毒ガスが出ている。そのためこれらの毒に弱い生物は、比較的早期に淘汰された。今この島にいる個体は、有毒ガスを生き延びてきたもの達の末裔……毒には特に強い個体の子孫と言えよう。

 フクロネズミなど比較的最近島に入ってきた生物でも、この耐性は広く見られる。アロサウルス・ネオは一億五千万年もこの島で生き延びた系譜だ。硫化水素など火山性と呼ばれる類の毒ガスはほぼ効果なしと言えるほど、強靭な耐性を持つ。

 酸欠の危険はある(圧力を高めなければ一定範囲内の気体分子数は一定だ。つまり火山性ガスが高濃度だとその分空気中の酸素は少なくなる)ので油断は禁物だが、言い換えればそれさえ注意すれば毒ガスだらけの山頂でもほぼ死ぬ事はない。しかも恐竜は鳥類と同じく高効率の呼吸器官・気嚢を持ち合わせているので、酸欠にも強い。

 故に、硫化水素やらなんやらが漂う山頂でもネオはのんびり過ごせる。


「ブググ……グゥ。グゥゥー……」


 ……のんびりし過ぎてそのまま寝てしまうのは、最強の捕食者故の『余裕』があるからだが。

 うたた寝してしまうネオだが、あちこち探し回っても意味はない。ネオが狙っているものは、基本的には偶にしか現れないからだ。その偶々を期待して、今日は山を登った。

 ディノサーペントを食べて少し腹は膨れたものの、何日も耐えられるほどではない。翌日になっても獲物が現れなければ、ネオは諦めて麓に帰って行っただろう。

 このタイミングで『獲物』が現れるのは、果たしてネオの幸運か、獲物の不運か。


「…………………………グゥルルル」


 十分ほど居眠りしていたネオだが、パチリと目を開く。慌てはせず、ゆっくりと身体を起こし、臨戦態勢へと移る。

 『それ』が現れる場所を、ネオは覚えている。しかし一ヶ所ではない。この山頂にある数十ものポイントの中のどれかだ。

 具体的な場所は分からない。だがネオは慎重な歩みで、そのポイントの一つを見る。

 それは大地に出来た、大きな亀裂だった。

 縦幅だけでも十メートル近く、横幅は三十メートル近い大きさだ。ネオの身体がすっぽり入るほどの大亀裂は、かなり奥深くまで続いている。亀裂から吹き出す熱風が奏でる風切り音は、この先に途方もない大空洞があると教えてくれるだろう。

 懸命なネオは亀裂から三歩は離れた位置に立ち、しかし亀裂の中をじっと覗き込む。鼻を小刻みに震わせて、熱風と共に出てくる臭いを解析。硫化水素、硫黄化合物、アンモニア……様々な化学物質の臭いが鼻を突く。

 人間であれば即死する濃度であり、死ななかったとしても耐え難い悪臭、というより刺激臭に悶える事となるだろう。毒には耐性があるネオも僅かに顔を顰める。だが、それでも仰け反るような事はしない。

 彼女は感じ取っていた。臭いの中に、ほんの僅かな『生臭さ』があると。硫化水素とは異なる、生物的な不快な臭い。


「ウジュゥアァウゥウ!」


 もしもに怯んでいたら、亀裂から出てきた『腕』の強烈な一撃を胴体に喰らっていただろう。

 しかしネオは構えていた。現れた腕に対し、素早く反応。敢えて殴ろうとする腕の方に身体を倒し、スピードが乗る前に受け止めた。当たる以上ダメージはゼロではないが、最高速度に到達する前に止めてしまえば大して痛くもない。

 そしてネオはここで攻勢を止めない。更に身体を倒して腕を僅かでも押し退けたら、大きく頭を振るって払い除ける。まさか押し返されるとは思っていなかったであろう腕の主は、驚きからか硬直してしまう。

 その動かくなった腕――――或いはどす黒い『触手』とでも言うべきものに、ネオは噛み付く。

 触手は粘液によるぬめりを帯び、ちょっとした刃物程度ならば簡単に滑らせて通さない。肉自体も分厚くて弾力があるため、ちょっとやそっとの力ならば弾き返す。

 されどアロサウルス・ネオの牙は特別性だ。鋭い歯先の側面には細かく細い『筋』があり、これはナイフのように肉を切り裂くのと同時に、粘液などを表面張力で役割を持つ。これにより粘着いた体液で身を守る生物の皮膚にも、比較的刺さりやすい。そして発達した大きな頭部には、顎を支える多量の筋肉が付着する。つまり顎の力も凄まじい。

 必ずしも上手く訳ではないが、そこは二十五年もこの歯や顎と付き合ってきたネオ。『コツ』は十分分かっている。顎と共に少し歯を傾け、触手の繊維に差し込むように押し付ければ、すっと食い込む。


「グゥルアアグゥウウウッ!」


 歯応えを感じるやネオは大きく頭を振り上げ、触手を力強く引っ張る! これは堪らないとばかりに亀裂から巨大な影が現れた、瞬間ネオは触手から口を離してぐるんと一回転。

 鞭のように速く、丸太のように太く重い尻尾で『何か』を殴り飛ばす! この一撃をもろに受けた相手は、二十メートルは転がっただろうか。

 人間ならば即死どころかバラバラに砕け散る威力だが、『何か』はすぐに起き上がる。激しい怒りを現すように全身を震えさせる程度には傷を負ったようだが、闘志が挫けぬ程度には心も折れていない。

 ネオは気を緩めず、地下から引っ張り出した『何か』を見据える。

 それは全長二十メートル近い、タコのような生物だった。

 大きくて軟体質の頭部、そこから生える八本の触手……生物学的には足というのが正しい……は正にタコである。尤も人間達が食材とするタコは、頭に一メートル近い長さの棘を無数には生やしていないだろうが。足に吸盤はなく、ミミズのように滑らかな形状をしている。しかし足の先端は硬質化し、まるで槍のようだ。本体と言うべき頭は全長の中では小さく、八メートル程度。身体の大部分は長く太い腕が占めている。

 目は瞳孔が横向きに伸びた如何にもタコらしいものであるが、比較的顔の正面に寄っている。顔の中央付近に目があるのは立体視を行うため。捕食者に特徴的な顔立ちである。

 タコは確かに動物質を餌とする捕食者だが、一般的にはここまで攻撃的な姿はしていない。巨大さだけだなく、形態的にも異様な種と言えよう。


「ウジュ、ジュウルルルゥゥウウ」


 そしてこのタコ、陸上に引っ張り出されたのにまるで動じない。

 それどころか八本の足を器用に使い、身体を起こす。垂直に立ち上がる姿は、何十年も昔に描かれたタコ型宇宙人のよう。

 宇宙人との違いは、その触手型の足先に持つものが光線銃より野蛮な、自前の槍である事だろう。四本の足は地面を踏み締めたまま、残る四本の足をネオに差し向ける。

 この異様な生命体を目の当たりにしても、ネオはまるで怯まず。それどころか半開きの口から、だらりと涎を流す。

 ネオからすれば、タコ型宇宙人など奇怪でもなんでもない。この生物は、此処らでは珍しくもないの一種に過ぎないのだから。

 ――――この島の地下には、広大な空洞が存在する。

 その空洞が何処まで広がっているのか、長年暮らしているネオも知らない。一つ言えるのは、地下空洞は地熱の膨大なエネルギーを糧にした、熱帯雨林が如く巨大で複雑な生態系が構成されている事だ。この地下空洞はジュラ紀の地殻変動に由来しており、中には当時の生存競争を生き延びた古代種の末裔が無数にひしめいている。

 そして時折、島中にある亀裂から地下空洞の生物が地上に顔を出す。例えばこのタコ型宇宙人……オクタリアンとでも呼ぼう……のような種もその一つ。海洋性タコ類の一種が一億年以上前に地下空洞に迷い込み、長い年月を掛けて乾燥した環境に適応したものだ。特殊な粘液により効率的な呼吸が行え、陸上でも活発な動きが出来る成功者である。

 彼等が地上に現れる理由は様々だ。天敵やライバルに追われて迷い込む、新天地を目指していた、獲物の臭いにつられて……しかしどんな理由で訪れたとしても、ネオからすればどうでも良い事である。

 彼女にとって大事なのは、オクタリアン達は地下の豊かな生態系で育った大きな『獲物』である事。強くて賢いネオはよく知っているのだ。

 喰ってしまえば、古代種の末裔たる地下生命体だろうが肉に過ぎないと。


「ゴガアアアアアアアアアアアアア!」


 猛然と駆け出し、ネオはオクタリアンへの接近を試みる。

 オクタリアンは逃げず、四本の足をネオの方へと差し向けた。

 オクタリアンの鋭く尖った足は、決して見掛け倒しの代物ではない。地下に豊富にある金属元素を多量に含み、更に有機物による結合で形を保っている。頑強かつしなやかという、矛盾する性質を兼ね備えたものだ。

 最高速度で撃ち込めば、厚さ二十センチの合金装甲さえも貫く。島外の生物では考えられない、桁違いの攻撃力である。


「ウジュアアッ!」


 殺傷力は十分。オクタリアンは迫るネオに対し四本の足を一旦縮めた後、一気に伸ばす。

 オクタリアンの足は極めて速く動く。足を形成するのは強靭な筋肉であり、バネのように運動エネルギーを溜め込む事が出来るからだ。しかもバネのようという事は、長く伸ばす事も可能である。普段は十四メートルほどの長さしかない足だが、攻撃時は倍の三十メートル近くまで伸びる。

 有効射程の長さは、攻撃時の優位を取る上で極めて効果的な要素だ。オクタリアンという種は決して珍妙な生物ではなく、非常に優れたハンターと言えるだろう。

 この攻撃はネオにとって見切れないスピードではないが、それは身体の動きが間に合うという意味ではない。ある程度距離がなければ回避は間に合わず、そして突進中の今、最早避けられない位置まで接近していた。

 だからこそネオは止まらず、そのまま一直線にオクタリアン目指して駆けていく。

 ただし身体は僅かに屈め、を調整。果たしてオクタリアンはネオの微妙な動きに気付けただろうか。伸ばした足がほんの僅かに向きを変えようとしたが、動きが速過ぎるのはオクタリアンにとっても同じ。微調整は間に合わず、ほぼ真っ直ぐネオの身体に足先は接触する。

 すると足は、金属的な音を鳴らして簡単に弾かれた。


「ウジャゥ!?」


 これにはオクタリアンも驚く。軟体動物に属するオクタリアンだが、タコ譲りの高い知能は健在。だからこそ想定外を前にすると、驚きから身体が強張ってしまう。

 対してネオにとっては想定内。

 アロサウルス・ネオの体表を覆う鱗は、非常に多くの金属元素を含む。熱水噴出孔由来の重金属が土壌に染み込み、土壌の金属を植物が吸い上げ、植物を虫が食べ、虫を鳥が食べ……生態系を通じ、頂点捕食者であるアロサウルス・ネオに取り込まれているのだ。

 オクタリアンの足の先が金属により硬質化しているように、アロサウルス・ネオの鱗も非常に頑強だ。似たような材質のオクタリアンの攻撃であれば、簡単には壊れない。

 更にネオは身体を僅かに傾け、攻撃の受け方を調整。足の先端が滑るように工夫した。思惑通り攻撃は殆ど弾かれ、ネオにろくな傷を与える事も出来ず。

 尤も、仮に失敗して傷を負ったところで、ネオは躊躇わずに突撃しただろうが。端からネオとオクタリアンでは覚悟が違う。精神論で勝てるほど野生の戦いは甘くないが……心が弱ければ、隙を晒す。

 オクタリアンは驚きという名の動揺をした。一切動じていないネオが、その隙を突けるのは当然の帰結である。


「グルアァ!」


 ネオはここぞとばかりに渾身の力で大地を蹴り出す! 強靭な筋肉から繰り出される踏み込みは、十トンもの重さがあるネオの身体を大きく前へと加速させた。無論地面を強く蹴れば、その分強い反作用が返ってくる。なんの備えもなければ、自分の脚力が生む衝撃によりネオの足の骨は砕けていただろう。

 だがアロサウルス・ネオの足裏には肉球がある。

 柔らかな脂肪のクッションが、地面から跳ね返る力を受け止めた。足から痛みは伝わらず、骨は軋みもしない。最大の力を発揮し続け、身体を瞬く間に加速させていく。


「ウッ――――」


 オクタリアンは即座に伸ばした足を引っ込め、改めて攻撃しようとする。されど間に合わない。

 オクタリアンの足はバネのように、限界まで縮めなければ最高速度が出ないのだ。無論縮めなくとも攻撃自体は可能であり、その威力は十分に高い。しかし小さな獲物ならば兎も角、ネオの鱗を貫くには不十分。

 オクタリアンの反撃はあえなくネオの鱗に弾かれ、ダメージとはならず。痛くもない攻撃に怯んでやるほど、ネオはお人好しではない。


「グルァァフッ!」


 肉薄するやネオはオクタリアンの足、その中でも立つために使っている一本目掛けて頭突きを放つ!

 ネオの頭突きを受け、その足は衝撃で大きく弾き飛ばされた。体重を支えている四本のうちの一本が地面から離れ、オクタリアンの身体が僅かに傾く。

 ネオはすかさず別の足に噛み付くと、大きく身体を仰け反らせる!

 足を一本上向きに引っ張られ、体勢が崩れていた所為もあってオクタリアンの身体がぐるんとひっくり返る。頭を地面に打ち、八本の足を動かして立ち上がろうとする……が、ネオはそれよりも早く、咥えたままの足を今度は横方向に引っ張る。

 動かせる足は未だ地面をしっかり踏み締めてなく、オクタリアンはネオの力に逆らえない。ずるずると頭は引きずられ、ネオの足下まで寄せられた


「フガゥ!」


 瞬間、ネオの巨足がオクタリアンの頭を踏む!

 一回だけでは終わらない。何度も何度も、執拗にその頭を踏み付ける。オクタリアンの頭には防御のための棘があるが、アロサウルス・ネオの足裏の皮膚は頑強だ。そう簡単には刺さらず、また分厚い脂肪の層があるため刺さっても殆ど痛みを感じない。

 繰り返される打撃。怪物然とした姿のオクタリアンだが、本質的には軟体動物だ。頭は非常に柔らかく、打撃の衝撃に耐えるのは不得手。更にタコが属する頭足類は、頭の中に様々な臓器が格納されている。

 苛烈な打撃により、内臓が破裂。体表に出来た傷から、体液も流れ出す。


「ウ、ウジュブゥフゥゥゥゥ!」


 追い詰められたオクタリアンは奥の手――――漏斗から『タコスミ』を吐き出した。

 タコスミと言っても、オクタリアンのそれは海棲タコのものとは違う。黒いガス状のもので、成分に多量の硫黄化合物を含む。主成分は二酸化硫黄であり、他にメタンチオールなどもある。

 これらの硫黄化合物は毒性もあるが、それだけでなく非常に臭いのも特徴だ。毒に耐性があっても、単純な臭さには耐えられず確実に怯ませられる……

 それがオクタリアンという種にとって、奥の手とも言える防衛策である。ネオにとっても効果的で、吹きかけられたタコスミの臭さは認識していた。

 だが、ネオは怯まない。

 ネオにとってオクタリアンは、初めての獲物ではないのだ。何度も戦い、追い詰める度にタコスミを何度も浴びてきた。最初の頃はその臭さに怯んで取り逃がした事もあったが、今ではすっかり慣れた。そろそろ仕掛けてくると覚悟さえしていれば、鼻っ面に浴びたところで怯みもしない。


「ガァアグルアアァアッ!」


 咥えていた足を放し、けれども間髪入れずネオはオクタリアンの頭に噛み付く! オクタリアンの頭にも粘液による守りはあるが、やはり何度も戦ってきたネオにとっては慣れたもの。牙は難なく食い込む。

 大きな牙はオクタリアンの皮膚を切り裂き、大量の出血を引き起こす。内臓にも僅かな傷を与えた。

 かなりのダメージを負ったオクタリアンだが、身体には更なる力を滾らせる。本能が察したのだ。ここで戦いを止めれば、間違いなく殺されると。

 オクタリアンは八本の足を伸ばし、ネオの首や胴体に巻き付けた。締め付け、潰そうという算段か。悪くない作戦だが、ネオは既にオクタリアンに噛み付いている。


「グルゥ!」


 ネオは敢えて噛む力を緩め、それから顔を大きく左右に振るう。

 そうすれば食い込んだ歯が、ナイフのようにオクタリアンの身体を引き裂く!

 長大な切創から多量の体液が溢れ出し、地面に青色の血溜まりを作る。オクタリアンにはタコ由来である生命力の強さがあるが、決して不死身ではない。大量出血によりオクタリアンは弱り、ネオに巻き付いた足から力が抜けていく。

 最早オクタリアンに抵抗する力はない。


「ガフゥウッ」


 しかしネオは油断せず、しっかり頭を振るうように動かす。牙による切り傷がオクタリアンの頭を横断。内臓が外に飛び出した。

 ここでネオは頭から口を離し、念入りに頭を踏み潰す。何度か踏んだ後、足を離せば……オクタリアンの身体は潰れるように横たわり、ぴくぴくと痙攣するように動くだけ。

 まだ死んではいない。だがほっといても、いずれ死ぬだろう。


「グルルゥ〜」


 ここまで弱らせればもう安心だ。ネオはオクタリアンの内臓を咥え、頭をぶんぶんと左右に振る事で引き千切り、そして飲み込む。

 ネオは目論見通りオクタリアンを仕留め、捕食出来た。恐竜である彼女の顔に表情はないが、千切った内臓を意気揚々と咥え、飲み込む姿は喜びに溢れている。

 これだけの大物だ。ネオの大きな腹も満たされるだろう。

 ――――満腹の時は島中をご機嫌で闊歩し、腹が減れば地下空洞の生物が現れる山頂で狩りをする。

 これがネオの一日の過ごし方だ。

 悠々自適な暮らし方に見えるかも知れない。実際、狩りこそ多少命懸けだが、ネオは自由気ままに生きている。使命感などなく、本能に従うだけ。いくら地上最後の恐竜といえども、野生動物の一体に過ぎないのだから。

 しかしこの自由な生き方が、島の環境を守っている。

 地下空洞出身の異形でも、生物には変わりない。腹が減れば獲物を求め、島の生物を襲い出す。地下空洞の豊かな生物相を糧にしてきた地下空洞生物は食欲旺盛で、野放しにすれば島の生物が幾つも絶滅するほど食い荒らすだろう。

 ネオはその地下空洞生物を食い殺す。島の生物は襲われず、島の生態系は守られる。

 正しく彼女は、孤島の守護者と言えるだろう。

 無論、獣に過ぎない彼女はそんな自覚などない。例え教えられたとしても、気にも留めない。そんな事は、自分が楽しく生きていく上で必要ない情報なのだから。

 されど現に彼女はこの島の守護者であり。

 だからこそとの敵対も、必然なのだ。

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