更なる成長
人間達との戦いから、半年の月日が流れた。
ネオの身体は完全な回復を遂げた。尻尾は元の長さに戻り、鱗も新しいものに生え変わっている。
体内の様子は外から見えないが、筋繊維なども修復が完了した。身体を動かす事に一切の支障はなく、完全なパフォーマンスを発揮出来るだろう。
そして完全な回復を遂げたネオは。
「プピュー……ヒュルル―……ピュー……ヒュルルー……」
一日の大半を眠りに費やしていた。今日も森の中に彼女の寝息が広がっていく。
……補足すると、身体の回復は終わっているため今では再生に伴う体力消費なんてない。最近は激しい戦いもないため、疲労も特になし。寝たいから寝ているだけだ。
起きて何か生産的な活動――――例えばトレーニングをしようという考えは、微塵も持っていなかった。
確かにネオは人間との戦いで、殆ど傷を負っていない。だが全員を踏み殺す事は叶わず、尻尾を飛ばす攻撃でも船を沈める事は出来ていない。そして逃げていく人間達を見て、次こそは根絶やしにしてやると決意もした。
しかし、ではそれに向けて何か努力……鍛錬のような事をするかと言えば、そんな事は全くない。考えすらもない始末だ。
人間からすれば怠惰に見えるかも知れない行い。されどこれは、生物としてはごく普通の『行動』である。
そもそも生物の多くは、生きる上で不要な活動はあまりしない。餌を探す、異性を探すなど、生命活動や世代交代に関わるものだけを行おうとするのが普通だ。例えば昆虫の幼虫などは、食べて休むを繰り返すだけ。遊びなんてしないし、居心地の良い場所を探して歩き回る事も(余程不快でない限り)しない。
何故ならその方が世代を繋ぐ上で適応的だからだ。どんな活動をするにしてもエネルギーが必要であり、積極的に行うほど消費は激しくなる。そしてエネルギーとは、つまり食べ物の事だ。動けば動くほどたくさん食べなければならない。更に鍛錬などで付く筋肉は、非常に多くのエネルギーを消費する器官だ。
しかし自然界において、十分な餌を何時も得られるとは限らない。そして餌が取れなければ、やがて餓死してしまう。
不必要な活動をすれば、それだけ『死亡率』も高くなる。過酷だからこそ、自然界では自己研鑽などせず、じっとしている方が生存しやすいのだ。アロサウルス・ネオも腹が減っていなければ、ぐーぐー寝ているのが一番適応的である。むしろ鍛錬により余計な筋肉を付ければ、たちまち餓死してしまうだろう。鍛錬というのは、何時でも好きに食事が得られるからこそ出来る『贅沢』なのだ。
……とはいえ、ネオが何一つ鍛えていないかと言えば、それもまた否である。
獣である彼女達はただ生きているだけで、その肉体は鍛え上げられている。
「……ングァー」
大きな欠伸と共に、ネオは目覚める。空腹を感じたため獲物探しに行くのだ。
そのために、身体を起こす。
ただ起き上がるだけ。しかしネオの体重は十トンを超えている。つまり腕で体重を支え、両足で立ち上がれば、それだけで十トンの重石を付けた鍛錬に匹敵する行動となる。寝て起きるだけで、彼女の手足は鍛え上げられるのだ。
また腕に限った話ではないが、身体に纏う鱗も鍛錬に役立つ。中がスポンジのような構造をしており軽量化が進んでいるが、それでも金属成分を多く含む鱗は中々の重さだ。腕を上げ下げするだけで、それなりに力を入れねばならない。つまりその分腕が鍛えられ、筋肉を身に付けるという事。ぶらぶらさせる子供っぽい仕草も、重さが伴えば鍛錬と同じである。
「ブシュルルルゥー」
更に眠気を覚まし、凝り固まった身体を解そうと左右に揺らす動きもネオの身体を強くする。
身体を揺らすと、鱗が擦れ合う。この時の刺激により鱗の根本にある細胞が刺激され、生育を促進していた。やがてより分厚く、丈夫な鱗がネオの身体を覆うだろう。
わざわざ身体を揺するなどの刺激が必要なのは、身体の大きさに見合った鱗へと成長させるため。身体の動きに合わせて鱗が擦れるという事は、鱗と身体の間に隙間があるという事。身体の成長と鱗の成長に差がある時に生じやすい。このままでは攻撃時、鱗の隙間から皮膚に届く恐れがある。
寝起きに身体を揺らす事で、防御能力の欠如を把握。優先して成長させる事で隙をなくす。寝起きの仕草さえも、アロサウルス・ネオにとっては『鍛錬』だ。
加えてネオはよく歩く。
「グルゥゥー」
腹を満たすため、獲物を探すため、歩き出したネオが向かう先は島の中心こと山の山頂。
ネオの主な狩り場は山頂だ。ディノサーペントなどを食べたとしても、それらはおやつに過ぎない。主食を得るため、必要ならば毎日でも歩く。
山の高さは二千メートル程度。かなり険しいこの山は、ただ登るだけで足腰に大きな負荷が掛かる。それは筋繊維を破断させ、再生・強化を促す。
筋繊維というのは傷付き、再生する時により強くなる。何故ならよく傷付く筋肉とは、よく使う筋肉であり、恐らく次も使う機会があるからだ。確かに筋肉は多くのエネルギーを使う非効率な器官だが、力を生み出す重要なものでもある。無駄に多くとも生存を脅かすだけだが、必要な分も備わっていないのはこれもまた命に関る。
ネオはほぼ毎日山に登る事で、十トンという途方もない重さを、二千メートルもの高さまで運ぶ凄まじい怪力とスタミナを得たのだ。
更に狩りの時だけとはいえ、自分に匹敵する大きさの動物との死闘も行う。激しく噛み付き、殴り、蹴り……死なないなんて保証は何処にもない、激しい『実戦訓練』がそこで行われる。経験を蓄積し、身体の的確な動かし方を日々学んでいく。
生きるだけでも、ネオの暮らしは肉体を鍛え上げているようなものなのだ。此処に改めて負荷を加え、更なる力を求める必要はない。
そしてネオの力は停滞せず、日々増大している。
「グクコロロロロ……」
唸る声が、半年前よりも少し太くなった。
全身の、喉の太さが増した影響だ。しかし太ったのではない。喉の厚みは、縦方向にも横方向にも増しているのだから。体型は半年前とほぼ変わらない。
即ち、ネオは今も成長を続けている。
体長二十メートルを超えるネオだが、アロサウルス・ネオの最大体長はこんなものではない。餌などの条件が良ければ、三十メートル近くまで育つ事が可能だ。ネオは性的な成熟こそ完了しているが、その身体はまだまだ成長の余地がある。
身体が大きくなれば、体重という形で身体に掛かる負荷も自然と大きくなり、足腰は歩くだけで鍛え上げられる。身体が大きくなれば合わせて全身の鱗は更に分厚くなり、それを纏う腕の力も増強。更に歯は頻繁に生え変わり、頭の大きさに見合った太く硬いものに移り変わっていく。
ネオの強さは、様々な要素が絡み合って生み出されている。島の環境や、独特な体質に由来するものも多い。
しかし一番大きな理由は、やはりその巨大さなのだ。半年前よりも巨大になったネオは、半年前よりも強くなった。前回の戦いの時点で苦もなく勝てたが、今は更に容易く人間達を返り討ちにするだろう。上手く立ち回れば、今度こそ全滅させる事も出来るかも知れない。
そして島から出ていった人間達は、ネオが更に成長した事を知らない。前回より多少戦力を増やしたところで、返り討ちに遭うとは想像もしていないだろう。
……ただし、それはネオも同じ。
ネオは人間達がどれほどの力を持つのか知らない。彼等の科学力が、その気になればこの小さな島を地図上から消し去るほどの力を持つ事も。今もネオが生きているのは、人間達がそんな『無意味』な事をしない、合理的で冷静な種族だからに過ぎない。
賢い人間達は、前と同じ戦力で挑めば負ける事を理解出来る。
次に訪れた人間達がどれほどの強さを持っているか。ネオには考える事も出来ないまま、穏やかな日々は過ぎ去っていくのだった。
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