32話:汗臭くないですか?
結局、2度目の冒険でも温泉を見つけることは出来なかった。
そう簡単に物事が運ぶとも思っていないが、それなりに過酷な環境で身体を動かしても結果が付いてこないのは、残念以外の何物でもない。
かくして下山の為に山肌を歩きつつ、心配なのはコユキの体調面。
小さな身体で動き回った上に、温泉も見つからなかったとなれば精神的ダメージが大きいだろうと思ったが、しかし俺の後ろを歩くコユキの声は明るい。
「見て下さいキリサメ様、夕日が美しいですよ」
「ん? あぁ、そうだな。しかしそれより、今日は随分と遅くまで粘ってしまった。早く城まで戻らねば」
あと15分もすれば遠方の山影に太陽が沈む。
城に戻るまで30分程はかかる為、日没後も歩く必要が出て来てしまった。
帰りの判断が遅れた俺のミスだが、コユキはそんなことを気にする様子も無く、燃ゆるような斜陽に目を細める。
「高い場所から見ているためでしょうか。
「そうか、それは良かったな。それじゃあ城に戻ろう」と歩き出したのも束の間。
マントを掴み、コユキが俺の歩みを止めた。
「キリサメ様、
「だが、早く戻らねば日が沈むぞ」
「それは理解していますが……でも、我が儘を承知でお願いします。こんなに綺麗な夕日を見ないなんて勿体無いですよ。一緒に眺めませんか?」
「ふむ……(コユキがここまで頼むのも珍しいな。確かに綺麗な夕日で、眺めたくなる気持ちはわかるが)」
俺は既に何度か見ている光景だ。
この雪山でなくとも他の山で幾度となく夕日は見ているし、彼女程の感動を覚えるには至っていない。
どれだけ美しい景色だろうと、それが日常になればただの過行く風景の一部。
ありがたがる気持ちは自然と薄れゆくものだが、とは言えコユキが「見たい」と言うのであれば強く断る理由もない。
(今から先を急いでも同じ、か)
既に陽が落ちた後にも歩くことは確定している。
その時間を少しでも減らしたくはあったが、ここから城までの道は頭の中に入っており目を瞑っても辿り着ける、とまでは言わないまでも、迷う可能性は限りなく低いだろう。
何より――
「駄目ですか?」
不安げな彼女に見つめられたら、“断る”という選択肢が吹き飛んだ。
俺は「ふぅ~」と溜息を吐き、白く変わった溜息を夕日に溶かしつつ、近くの岩に腰を下ろす。
「仕方ない、ここで最後の休憩にするか。コユキ、こちらへおいで」
「あ、はい……って、キリサメ様!?」
彼女を抱き上げ、股の間に座らせ、俺のマントの中に入れる。
結果的に後ろから抱きしめる形になったが、日の落ちる雪山を舐めてはいけない。
「夕日を眺めている間も、これなら少しは体温を確保出来るだろう。少々暑苦しいかもしれないが我慢してくれ」
「が、我慢だなんてそんなッ。
「そんなことを気にしている場合か。それよりほら、夕日を眺めるのだろう? 思う存分眺めるといい」
「そ、そうですね。綺麗な夕日を眺めましょう……(スンスンッ)」
気にしなくていいと言ったのに、自分で自分の匂いを嗅ぐコユキ。
そこまで気になるなら抱き寄せない方がよかったかと思いつつ、今更距離を離すも馬鹿らしい。
城が近いとはいえ、体温の確保は絶対。
天気はしばらく大丈夫そうだが、いつ急変するかわからないのが山の恐ろしいところだ。
(多少の気恥ずかしさは我慢するべきだろう。……とは言え、そこまで気にされると逆に俺も気になるな)
しかし、そんな考えは一瞬。
匂いのことは吹っ切れたのか、夕日に見惚れるコユキの顔に視線が惹かれる。
横顔よりも後ろの“斜め後ろ顔”が、夕日色に染まる彼女の顔が。やけに神々しく、そして夕日と同じくらい――
「……綺麗だな」
「ですねぇ。この夕暮れの景色を見れただけでも、冒険に出掛けた甲斐がありました。残念ながら温泉を見つけることは叶いませんでしたけど、でもその残念さ以上に、こんな素敵な時間を過ごせて幸せです」
「そうか、それは良かったな」
「はい。本当に来てよかったです。こんな素敵な景色を、時間を、もっとキリサメ様と一緒に過ごせたら……そしたら
「そうか、そうなると良いな」
「はい」
力強く頷いて、それから彼女の顔がフリーズ。
吹雪でもないのに表情が固まって、それから彼女はサッと両手で顔を隠す。
「どうした。せっかくの景色を何故わざわざ隠す」
「いえ、その……だって
「別に恥ずかしがることでもあるまい。俺も似たようなことを考えていた」
「え? キリサメ様もですか? ……本当に?」
「何を疑う必要がある。良い時間を過ごしたいと思うのは至極普通のことだろう。誰も好き好んで嫌な時間など過ごしたいとは思わない」
「それはそうなのですが(でもそういうことじゃなくて……)」
「ん?」
急にモゴモゴと口篭るコユキ。
何が言いたいのか聞き返そうとして、しかしそのタイミングで“景色が崩れる”。
茜色に染まる隣の雪山で「雪崩」が起き、圧倒的な質量を持つ雪の暴力が山肌の木々をなぎ倒したのだ。
「「………………」」
しばし、互いに無言。
俺達への直接的な被害は無かったが、自然の驚異を目の当たりにして、先程までの浮ついた気持ちが急激に冷める。
自然は美しいが、それ以上に畏れ多いものだと改めて実感。
敵でも見方でもないからこそ、見境なく全てを飲み込む破壊者にもなり得るのだ。
アレに巻き込まれたら俺でも助からないだろう。
「……キリサメ様、そろそろ帰りましょうか」
「夕日観賞はもういいのか?」
「はい、十分この目に焼き付けましたし、何より命あっての物種だと改めて思い知らされました。
「なに、それを許容したのは俺の判断だ。キミが謝る必要は無い」
日没まであと5分程。
1日24時間の内で僅か5分間だけだが、時間の価値は状況によって変わり得る。
俺達はすぐに下山を再開し、想定よりも少しだけ早い25分程で魔王城に戻ったのだった。
■
~ 翌日 ~
いつも通りに朝食を終え、暖炉の前で本を読んでいると扉を叩く音が響いた。
コユキはキッチンで食器類を片付けている為、つまりは第三者が訪問して来たことになる。
(一体誰だ? まさかコユキが言っていた“監視役の者”か?)
先日、彼女がそんな話をしていたのは記憶に新しい。
俺は本から視線を上げ、そのままゆっくりと立ち上がってロビーから玄関へ――向かう前に、一旦ダイニングへと移動。
玄関扉は「覗き窓」が付いていない為、訪問者を確認しようとダイニングの窓から玄関前の階段を覗くと、最近見覚えのある魔物が見えた。
「――コユキ、少し訪問者の対応をしてくる」
「おやまぁ、どちら様ですか?」
「あの“老狼だ”」
先日『血の契約』を交わして以降、今日まで老狼との接触は一切無かった。
雪山を「冒険」している時、遠くに雪山狼族の姿を見たことはあったが、逆に言えばその程度。
何の用事かはわからないが、居留守を決め込んだところで帰ってくれる相手でもないだろう。
あまり待たせても悪い。
早々に玄関へと向かい、扉を開けた先には、先程見えた通り老狼の姿。
「久しぶりだな。今後はなるべく干渉しないのではなかったのか?」
『無論、そのつもりだったが状況が変わった。悪いが我に付いて来て欲しい』
「おいおい、話が急過ぎるだろ。一体何事だ?」
『若い狼が怪我した。恥を承知で頼むが、治療を願えないだろうか』
―――――――――
*あとがき
「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。
お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます