2話:勇者の功罪

 結果的に、先程まで居眠りしていたのが功を奏した。

 ロビーの暖炉には火を残したままだった為、夜分遅くに訪ねて来た娘:コユキが、凍え死ぬ前に身体を温めることが出来る。


「コートを脱いで、そこへお座り」


 椅子を指し、パチパチと音を奏でる暖炉に新しい薪をくべて。

 火ばさみを手に火の世話をしつつ何気なく振り向くと、何を思ったか床にちょこんと正座する娘の姿。

 言われた通りにコートを脱いではいるが、言われたことが半分しか出来ていない。


「……何をやっている? 椅子に座りなさいと、俺はそう言ったんだ」


「ですが、椅子は1つしかありません。私がここに座ったら、貴方が座る椅子が――」


「気にしなくていいから、座りなさい」


 少し強い口調で告げると、娘はそそくさと立ち上がり、恐る恐ると言った様子で椅子に座り直す。

 その椅子ごと“後ろから両手で持ち上げ”、宙に浮いて「わっ!?」と驚く娘を無視して暖炉に近づけた。


「まだ寒いか?」


「え? あ、いえ……暖かいです」


 青白い肌が橙色へ。

 娘の肌が暖炉の火を受けて血色けっしょくを取り戻すも、それはあくまでも見かけ上の話。

 身体が芯から温まるまではもうしばらく時間が必要だろうが、ひとまず凍え死ぬ未来は潰えたと見える。


 それから暖炉の中でパチパチと元気な薪を火ばさみで掴み、ロビーの中心に備え付けられた薪ストーブの中に投入。

 続いて床に置かれた娘のコートを近くの柱にかけ、隣のキッチンへ移動。

 鍋に山羊のミルクを入れてロビーに戻り、薪ストーブの上へ置いたら、あとは温まるのを待つだけだ。


 この間も、キョロキョロと視線を動かして何とも居心地悪そうに暖を取る娘に、俺は改めて声を掛けた。


「先程、キミの口から“勇者の妻”がどうこうと聞こえたが、アレは一体何の冗談だ?」


「いえ、冗談などではありません。私は国王の命により、勇者様の妻となる為にここへ参りました。―――それで、勇者様は今どちらに? 既にご就寝なされたのでしょうか?」


「何を言っている、勇者ならここに居るだろう」


「……へ?」


「俺が勇者だ」


「えぇッ!? 貴方が……勇者様? 『魔王』と『七匹の怪物』を打ち滅ぼした勇者様なのですか?」


「そうだ。何か不服でも?」


 ギロリ!!

 と睨んだ訳ではないが、視線を寄越した俺の顔が不機嫌に映ったらしい。

 娘は顔を下げ、バツの悪そうな表情を浮かべる。


「いえ、決してそのような訳では……ただ、勇者様は鬼の如き恐ろしいお顔で、だいたらぼっちの様な大巨漢だと聞いていましたので……」


(……あぁ、そう言えばそんな噂を流したこともあったな)


 勇者という存在は何かと面倒事を引き付ける。

 アレをやってくれ、コレをやってくれ、コッチも頼むと、まるで小間使いの様に働かされるのだ。


 そこで俺は自分が勇者だとわからぬよう、ありもしない勇者像をでっち上げ、行く先々で吹聴していたことを思い出した。

 お陰でこのような誤解が生まれた訳だが、だからと言って問題がある訳でもない。


 どうせ俺は、このまま一人寂しく人生を終えるのだ。

 誰に何を思われたところで痛くも痒くもありゃしない。


「――キミには悪いが、俺には嫁など必要無い。夜が明けて吹雪が収まっていたら、城から出て行ってくれ」


「そ、それは困ります!!」


 小柄な身体に似合わぬ大声と共に。

 娘は椅子から立ち上がり、すぐさま冷たい床に膝を着いて、頭を下げる。


「炊事・洗濯・お掃除、何でもしますッ。どうかこの城に置いて下さい。お願いします……!!」


「………………」


 しばし、呆気に取られた。

 見るからに気弱そうな娘が、その見た目にそぐわぬ“反抗”を見せたのだ。


「理解出来ないな。好きでもない男と暮らす必要など無いだろう。国王には、俺の方から手紙を出して――」


「私には、帰る家などありません」

 ここで娘はギュッと下唇を噛み、震えを抑えるように両拳を握りしめる。

「私は元々、“生贄いけにえ”となる為に育てられたのです」


「……どういうことだ?」


「私の村では、定期的に『大蛇:ヨルムンガルド』へ生贄を差し出す決まりがありました。そこで生贄となる予定だった義姉様ねえさまの身代わりとして、その為だけに私は買われ、育てられたのです。それから月日が流れ、遂に生贄として食べられてしまう時が来た――あぁ私の人生は一体何の為にあったのだろうと、毎日悲しくて泣いておりました」


 しかし、彼女の村に「知らせ」が届く。

 聖剣に選ばれた勇者の手により、大蛇ヨルムンガルドは討伐されたのだ。


「この吉報に、私は涙を流して喜びました。勇者様のおかげで、もう生贄は必要無くなったのです。ですが……それも束の間の喜び。生贄が必要無くなったタイミングで、私は“存在価値”を失いました。元々が買われた身ゆえに、血の繋がっていない家族ゆえに、生贄という存在価値を無くした私には居場所が無かったのです」


 そんな折、国王による勅令が出た。

 勇者の世話係となる娘を、各地から募集することになったらしい。

 ただ、“例の噂”により勇者の元へ行きたがる娘はおらず、仕方なしに国王は“報酬”を付けた。


「大した額ではありませんでしたが、それでも両親は私を送り出しました。丁度良く“在庫処分”が出来たと喜んでいたくらいです。私は……正直恐ろしくありましたが、それでも居場所の無い家に居るより、命を救って下さった勇者様のお傍に居ようと、そうして今に至ります」


 ここまでを話し終え、少しスッキリしたモノがあったのだろう。

 頭を上げた娘の顔は、何処か憑き物が取れたような雰囲気もある。


(なるほど。帰る家が無い、というのはそういうことか……)


 用が済んだら厄介払い。

 利用価値が無くなれば捨てられるだけ。


 『魔王』と『七匹の怪物』を打ち滅ぼし、「国外追放」となった俺と同じだ。


 そんな仲間意識・同族意識が働いて、判定を甘くした可能性も否定出来ないが、この娘が嘘を吐いている様には見えず、話としても特別おかしな点は見当たらない。

 唯一、「世話係」が「妻」に変わっていること以外は。


(この娘の勘違いか、それとも国王が何かたばかったか?)


 どちらにせよ、直近の問題は娘を“追い出すか否か”。


「勇者様、ここを追い出されても私には行く当てがありません。ですからこの城に私を置いて下さい。お願いします」


 深々と、娘が今一度頭を下げる。

 温まりかけた身体も冷えるだろうに、それでも構わず頭を下げ続ける娘。


 そんな彼女の近くまで歩き、首根っこを掴んで、持ち上げる。

 当然「えっ? ……えっ!?」と驚く娘を椅子に座り直させて、遥か下にある彼女の顔を俺は見下ろす。


「――1つだけ、守って欲しい約束がある」

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