🌏異世界アップデート/糞みたいな世界で「国外追放」になった俺だけど、嫁ぎに来た娘が健気過ぎて良い子な上に、何故かアプデの度に可愛くなるので否が応でも愛でてしまう偏愛スローライフ
3話:「大事な約束」と「神の啓示《アップデート》」
3話:「大事な約束」と「神の啓示《アップデート》」
~ 魔王の城:ロビーにて ~
ビュービューと吹きすさぶ吹雪の外景色と打って変わって。
シンと静まるロビーで音を奏でているのは、暖炉でパチパチと爆ぜる薪と、グツグツと存在を主張する「山羊のミルク」。
ロビー中央の薪ストーブに乗せた鍋から、陽炎の様な白い湯気を立ち昇らせており、今にも吹きこぼれそうなほど表面の膜が盛り上がっている。
「おっと、危ない」
吹きこぼれたら掃除が面倒だ。
すぐに薪ストーブから鍋を降ろし、陶器で出来た2つのコップに移し替える。
そこに甘味を加えようと隣のキッチンから瓶入りの蜂蜜を持って来るも、寒さで瓶に引き籠っている飴色に落胆。
蜂蜜を諦めて砂糖にしようかと思ったが、それでは何となく負けた気がして、仕方なくスプーンで無理やり中身をすくい、コップに入れてグルグルとかき混ぜ、まずは娘に渡した。
「飲みなさい。芯からも身体を温めた方が良い」
「あ、ありがとうございます……」
受け取り、しばしコップを見つめる娘。
陶器の模様を眺めているのか、それとも毒入りのミルクだと警戒しているのか。
後者の場合は流石に心外だが、俺がジッと見ていることに気付くと娘は「ふー、ふー」と中身を冷まし、少しばかり口に含む。
途端、じんわりと娘の瞳が見開かれた。
「美味しい……」
「気に入ったか?」
「はい。甘くて、温かくて、とっても優しい味がします」
「……そうか」
甘いと温かいはともかく、味に「優しさ」も「厳しさ」も無いと思うが、わざわざ否定する程でもない。
俺は自分の分に蜂蜜を入れずそのまま飲み干し、奥の螺旋階段から2階へ上がろうとして、途中で足を止める。
「――先程も言ったが、“2階にある俺の部屋には絶対に入らないこと”。それを守ると約束出来るなら、この城への滞在を許可しよう」
「はい。勇者様のお部屋には絶対に入りません。……ちなみに、理由をお尋ねしても?」
「余計な詮索はするな。キミには関係の無い話だ」
「ご、ごめんなさい……」
しゅんと落ち込んだ娘の顔。
不必要な罪悪感を俺に植え付けようとするが、そんなモノに心を動かされるほど柔な心臓はしていない。
それからバスタオルや毛布の場所を口頭で娘に伝え、寒いなら自分で温かくするようにと言いつける。
大人とは言い難いが子供でもない年齢なので、自分のことくらいは自分で出来るだろう。
その後は俺も寝ようかと螺旋階段を再び上り、2階に辿り着いたところで補足事項を思い出す。
「あぁそうだ。暖炉で燃やしている“ブラックオークの薪”についてだが、一度火を付けると8時間は熱を保つ。先ほど入れたばかりだから、明日の朝までは持つ筈だ」
「え、8時間も……そんなに長く持つ薪があるのですか?」
「俺の言葉が信じられないと?」
「いえ、決してその様な訳ではないのですが……今まで15年間生きて来て、そんなに長持ちする薪を一度も見たことが無かったもので」
「だろうな。そのブラックオークの薪は――」
先日の“
という話をしても、恐らくこの娘は理解出来ない。
そもそも国王が異世界の存在を信じていないし、『魔王』と『七匹の怪物』を倒す2年間の旅でも、異世界の存在を口にする者は皆無だった。
(多分、俺を追放したあの国の連中は知らないんだ。この世界が、別の世界から“介入を受けている”ことに。この2年間で、今まで何度か
「勇者様、どうかなされましたか?」
「……いや、何でもない」
今日はもう疲れた。
時間だけは無駄にあるし、考えるのは何時でも出来る
この件に関して、そう急いで答えを出す必要も無いだろう。
「もし寒ければ、薪を勝手に追加してくれ。俺はもう寝る。明日の朝、城の中を案内しよう」
「ありがとうございます。宜しくお願い致します」
椅子の上で正座し、娘が深々と頭を下げる。
どれだけ頭を下げたところで俺の警戒心が解かれることはないが、まぁ頭を下げたい者には下げさせておけばいい。
そんな彼女の後頭部を横目に。
俺は2階にある自室の扉、その鍵をカチャリと開けた。
■
~ 翌朝 ~
静かに朝を告げる「電子的なアラーム音」を停止させ、俺はムクリと上半身を起こし、ポリポリを乱雑に頭をかく。
枕元に置いた“スマホ”の画面は「07:00」を表示しており、欠伸と共に周囲を見回すと、閉め切ったカーテンの隙間から漏れる陽光が、部屋を漂う埃をダイヤモンドダストの様にキラキラと輝かせていた。
(……昨夜は、やけに寝つきが良かったな)
普段なら夜中に2~3回は目が覚めるというのに、昨夜はそれが無かった。
眠って、起きて、いきなり朝。というのは二度寝・三度寝をし損ねた気分だが、かと言ってそんなに悪い気分でもなく、時間の経過に比例して清々しい気分に変わって来る。
しばらくはこの気分を味わっていたい気もするが、生理現象として朝は
「よし、トイレに行くか」
ベッドから出るのも億劫ではあるが、雪山にある古城での生活でそんなことを言っていたらキリが無い。
覚悟を決めてベッドから降り、スリッパを履いてからパジャマの上に一枚羽織り、扉を開けて部屋を出る、その前に。
枕元の“スマホ”に視線を向けて、そこから視線を横にズラすと――“モニター”。
ベッド横に置かれた広いテーブルの上には、この世界に似つかわしくないモニターが2台置かれていた。
画面は真っ暗なまま何も映さず、存在以外は何も主張することなく佇んでいるだけだが、そこに存在している事実が問題か。
(……1ケ月前、魔王の居なくなったこの城に俺が来た時から、あのモニターはあった。しかも、何故かこの部屋だけ“コンセント”もあって、俺が持ってたスマホのケーブルも使えている)
何処にも通話は繋がらないし、ネットの閲覧なんて論外だけど。
でも、少なくともこれら代物が、俺を国外追放にした王国の文明レベルを超えているのは間違いない。
この事実が一体何を意味するのか?
この城で、この部屋で、魔王は何を行っていたのか?
もしかして魔王は、地球という異世界の存在を知っていたのだろうか?
――次々と湧き出て来るこれら疑問は、魔王を討伐する前に聞き出せれば良かったものの、今やその姿はここに無い。
全ては後の祭りであり、これ以上の手掛かりは一切見当たらないのが現状だ。
「って、考え込んでる場合じゃなかった」
ハッと我に返る。
今は魔王の考えよりも、用を足すことが先決。
21歳にもなってお漏らしなど笑い話にもならないと、俺は静かに部屋の扉を閉め、カチャリと鍵を掛けたのだった。
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