11話:名前で呼ぶに決まっている

「さて、出掛けるか」


 懐から僅かに顔を覗かせたスマホ、その画面に表示された時刻は「17:02」。

 本日の宿となる「301」号室に入って1時間程が経過し、ベッドの上で横になっていた娘は「スースー」と静かな寝息を立てている。


 1時間前と違うのは彼女が靴を脱いでいるくらいで、あとは横になったまま、微動だにせず1時間が過ぎただけ。

 本当に疲れが取れているのかどうかは疑問だが、まぁそれでも立っているよりはマシだろう。


「キミ、そろそろ起きなさい」


「はい」


 起床ムクリ――既に起きていたのか、声を掛けた途端に娘が上半身を起こした。

 それからいそいそと皮の靴を履き、上から藁の雪靴を重ねようとして、やっぱり辞めて床に揃えて置き直す。

 今日は雪山には戻らないので、必要以上の防寒具は重くて汗をかくだけだ。


「勇者様、準備が整いました」


「あぁ、ではゆっくり街中を見て回るか。何処か行ってみたい場所はあるか?」


「いえ、そんな滅相もございません。わたくしは勇者様がご希望される場所へお供するだけです」


「ふむ、そう言われてもな。買い出しは明日の予定だから、今日は特に行きたい場所も無いのだが……まぁいい、適当に見て回るか」

 それよりも、娘には改めて注意しておかねばならないことがある。

「先刻も述べたが、人前では勇者呼びをしないようにな。この『アルザース公国』にも俺の名は届いているし、身分がバレたら面倒だ。――というより、聖剣を持たぬ今の俺は既に勇者でもないし、今後は勇者呼びをしないように」


「あ、はい。わかりました。……しかし、それだと今後はどの様にお呼びすればよろしいのでしょう?」


「何を言っている。そんなの名前で呼ぶに決まっているだろう」


「で、ですよね……あの、それではお名前を伺ってもよろしいでしょうか」


「ん? あぁそうか、まだ名乗っていなかったか」


 とっくに知っているものだと思っていたが、確かにそんな話をした記憶が無い。

 そりゃあ名前を知らなければ勇者と呼ぶしかないだろう。


 『キリサメ』――本名の「霧雨きりさめ」から俺はそう名乗っている。


「では、これからキリサメ様とお呼びさせて頂きます」


「あぁ、それで頼む。しかしその意味で言えば、キミのことも名前で呼んだ方が誤解は少なそうだな」


「あ、えっと……わたくしの名前は――」


「『コユキ』だったか。今後はそう呼ぶことにしよう」


「………………」


 瞬きパチクリ

 娘が目を見開いて瞬きをするが、この短時間で何か驚くようなことがあったとは思えない。


「どうかしたか?」


「いえ、その……わたくしの名前、覚えて下さっていたのですね」


「昨日の今日だ、忘れる訳がなかろう。それとも何か、俺がそんな阿呆にでも見えるか?」


「け、決してその様な意味で言った訳ではなく……勇者様はとても賢く、立派で、お優しい方です」


「ほら、また勇者呼びをする。気を付けるよう言ったばかりだぞ」


「ご、ごめんなさい勇……じゃなくて、えっと……キリサメ様」


「それでいい」


 頷き、おもむろに手を伸ばして。

 小さな娘の――コユキの頭を撫でようとして、咄嗟に手を引く。


(ん? 俺は今、何故にコユキの頭を撫でようとした?)


 丁度良く撫で易そうな位置に頭があったから?

 いや、流石にそんな理由で頭を撫でる筈も無いが……わからん。


 そんなよくわからないままに、不可思議な疑問の答えを曖昧にして、俺達は『国境の町:ラクヴェル』の通りへ繰り出した。



 ■



「もう夕刻だというのに、この町は随分と明るいですね」


 宿屋から通りに出て、コユキが空を見上げならポツリと呟く。

 彼女の故郷である『トト王国』では、17時を過ぎると太陽が山肌に沈んでしまう時期だが、この『アルザース公国』の東にある『国境の町:ラクヴェル』は違う。

 まだまだ暖かみを感じる陽光が西の空から降り注いでおり、しばらくは地平線に隠れる気配が無い。


「この町の西側は、太陽光を遮る高い山が無いからな。20時近くまで明るいと聞く。――さて、大通りに向かうか」


「はい」


 宿屋から少し歩き、町の中心を貫く大通りへ。

 ちなみに「大通り」と言っても1つの通りではなく、桜並木が連なる川を挟んで平行に続く2つの通りを、まとめて「大通り」と呼んでいるだけだ。


 どちらの通りも必然的に美しい桜の光景が続き、その反対側に沢山の商店が立ち並ぶ形となる。

 この大通りを往復し、それぞれ左右の通りを見て回れば大抵の物は揃うだろう。


 活気もあって便利な通りなのは間違いないが、今に関して言うと活気があり過ぎるのも難点。

 普段からそれなりの人出だというのに、観光シーズンの今は普段の倍以上の人々で通りが覆いつくされている。


「コユキ、人が多いからはぐれない様に気を付けなさい」と言っている傍から。


「あっ、ちょっと……あ~~」


 ごった返す人の流れに負けて、あれよあれよという間に遠ざかってゆくコユキ。

 小柄な身体はアチコチ目移りする観光客に気付かれにくく、体重も軽いとなれば抵抗も難しいのだろう。


「全く、言った傍からコレか。手を焼かせる娘だ」


 はぐれても面倒なことだし、人混みを掻き分けて流れるコユキを追う。

 2年間の放浪で集団戦での足さばきには慣れていたのか、それとも単に鍛えた体幹が強いだけか。


 戦いの中でここまで窮屈な場面に遭遇したことは無いが、それでも無事にコユキの元の到着。

 彼女の腕を掴み、グッとこちらに引き寄せた。


「おい、勝手に俺の元を離れるんじゃ――」



「ちょっと誰よ!? 急にアタシを引っ張るんじゃ……って、あれ? 誰かと思えばキリサメじゃん」



 しばし、呆気に取られる。

 コユキだと思って腕を引いた人物は、俺のことを知る全くの別人だった。


 ―――――――――

*あとがき

「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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