10話:6畳程の部屋にベッドが1つ

あんちゃん、運が良かったね。ちょうど一部屋キャンセルが出たところだよ」


 ――『国境の町:ラクヴェル』にて、今夜の宿を探して3件目。

 1件目、2件目と満室で断られ、半ば諦め気味で訪ねたところで、髭を蓄えた宿屋主人が朗らかな表情を浮かべた。


「この時期になると、1週間くらい前から宿を抑えている人も多くてね。もう10分でも遅かったら、多分次の客で埋まってただろうぜ。その場合は大部屋のある安宿を案内することになってたな」


「あぁ、他の宿屋でもそちらを紹介されたが、俺はなるべく個室がよくてね。ここが空いていて助かった。一泊いくらだ?」


 指二本ピースサイン

 宿屋の主人が人差し指と中指を立て、「金貨2枚」と告げる。


「本来は一人用の部屋だけど、料金はきちんと2人分貰うよ」


(金貨2枚……少し高い気もするが、まぁこの時期なら仕方がないか)


 普段なら二人部屋でも「銀貨5枚」程だが、観光シーズン真っただ中の今、通常時の値段を比較に出しても仕方がない。

 この世界では銀貨10枚で金貨1枚、つまるところ通常時の4倍の価格を提示された形となるも、別に金には困っていない。


「わかった。ではその部屋で――」


 クイッと、引っ張られた俺の袖。

 細い指で掴んでいたのは、不安げな顔を見せる娘だ。


「どうした?」


「勇者様……その、わたくしは大部屋の宿でも構いません。一晩の為に金貨2枚は、少し高過ぎるのではないかと……」


「高いかどうかは俺が決めることで、キミが決めることではない。あと、人前で勇者様は辞めてくれ。要らぬ目立ち方はしたくない」


「ご、ごめんなさい……」


 小声で注意すると、娘がシュンとした顔で俯く。

 するとすぐさま、宿屋の主人が怪訝な顔を向けて来た。


「どうした、何か揉め事か? 泊まるの辞めるか?」


「いや、問題無い。部屋へ案内を頼む」


「オーケー。それなら金貨2枚ね」


 料金は先払い。

 財布(きんちゃく袋)から金貨を2枚取り出し主人に手渡すと、目の前でジロジロと金貨の裏表を確認。

 それをカウンターの下にしまったところで、主人が「悪いね」と一言。


「以前、酒に酔ったまま対応したら偽造の金貨を掴まされてよ。それ以来、しっかり確認するようかあちゃんに言われてんだ」


「偽造の金貨? そんな代物が出回っているのか」


「まだ確認されてる例は少ないけどな。あんちゃんのは製造が少し古い金貨だったから本物だよ」


「当然だ。偽物の金など使う訳が無い」


「ハハッ、皆がそうだと商売も楽なんだけどね。それじゃあ付いてきな」



 かくして宿屋の主人に案内された部屋は、3階の「301号室」。

 宿屋自体は4階建てで、1階は「小さな酒場」と風呂場やトイレの共用施設があり、各階に6部屋――計18部屋の中の一室となる。

 それから細かい注意事項を伝え、宿屋の主人は1階ロビーへと戻っていった。



 ■



 ~ 宿屋の「301」号室にて ~


「ふむ……普通の部屋だな」


 可もなく不可もなし、と言ったところが部屋に入った最初の印象。

 6畳程の部屋にベッドが1つとテーブル(燭台あり)が1つ、それに椅子が1つあるだけの簡素な作り。

 湯沸し器やドライヤー・テレビ等がある筈も無く(当たり前だが)、本当にただ泊まる為だけのシンプルな部屋だ。


(まぁ、それでも大部屋で雑魚寝するよりはマシか。娘も疲れているだろうし、ベッドで眠れるならそれに越したことはない)


 娘の疲労を鑑みて宿に泊まる決断をしたのに、疲れの取れぬ雑魚寝では体力の回復も半減するというもの。

 この部屋に泊まれば娘も元気になるだろう――とか考えながら背中の背負子しょいこを床に降ろし、椅子に座ったところで娘から覇気の無い声が届く。


「あの、先程はすみませんでした。余計にも出しゃばった真似をしてしまって……」


「気にするな、俺は気にしていない。あと、毎度の様にいちいち謝らなくていい。人が落ち込んでいる顔を見るのは、あまり気分が良いものではないからな」


「ご、ごめんなさい……」


「だから、いちいち謝るなと言っているだろうに」


「ごめんなさい……あっ、謝ってすみません。いや、今のは謝ってますけど謝った訳ではなくて……ごめんなさい」


「………………(駄目だなコレは)」


 重度の誤り癖が付いてしまっている。

 元からこういう性格なのだとは思うが、それ以上に俺が変なプレッシャーでも与えているのだろうか?


(ま、わからないことを気にしても仕方がない)


 人の性格はそう簡単に変わらない。

 娘の謝罪を気にするよりも、俺が気にしない方向に心を持って行く方が幾分現実的だろう。

 気持ちのわからない他人をコントロールするよりは、自分の心をコントロールする方がまだ簡単なのだから。


「――とりあえず、今日の宿は確保出来た。少し休んだら町を見て回ろうと思うが、身体の方は大丈夫か?」


「あ、はい。大丈夫です。勇者様ほどではありませんが、体力には自信があるので」


「そうか。でも今は休んでおきなさい」


「はい。お心遣いありがとうございます」


 そう言いながら、床に座ろうとした娘の首根っこを掴み上げる。


「ひゃッ!? な、何を!?」


「それは俺の台詞だ。床では疲れも取れぬだろう。少しの間でもいいからベッドで横になりなさい」


「そんな、勇者様が椅子に座られているのに」


「キミの為にベッドのある宿屋を抑えたのだ。いいから横になって休みなさい」


 片手で苦無く持てる程度に娘の身体は軽い。

 こんな小さく細い身体で雪山を歩いて来たのだから、いくら彼女が強がろうと身体は疲れている筈だ。

 それで無理やりベッドに降ろすと、彼女は観念した様に横になった。


「こ、これでよろしいでしょうか?」


「それでいい」


 横になるのに、いいも悪いもあるものか。

 とか注意すると娘がまた謝りそうなので、言葉少なめに頷いておいた。


 ―――――――――

*次話、街の散策に出かけます。

内容も更新もゆっくりペースで進みますが、「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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