9話:桜並木と娘の横顔

 娘に気付かれぬよう、懐に忍ばせたスマホの画面を確認。

 表示された時刻は「14:52」――城を出て6時間弱の時間を掛け、俺達はようやく“目的の町”へと辿り着いた。



 ■



 ~ 『国境の町:ラクヴェル』 ~


 俺が国外追放された『トト王国』の隣国、『アルザース公国』の一番東。

 険しい雪山を眺める扇状地に栄えているのが、この『国境の町:ラクヴェル』だ。

 雪山から流れて来る豊富な雪解け水を利用した「穀物」の生産で栄えた町で、『トト王国』とも貿易を行っているこの町には多くの食料品や加工品が集まって来る。


 よって、基本的には「貿易の町」と言って差し支えないのだが、それとは別に。

 特に“この時期”は多くの観光客が押し寄せる「観光の町」ともなっているが、その理由は――。


「わぁ~、何と素敵な町なのでしょう」

 町に入るな否や、入る前から瞳をキラキラとさせていた娘が“橋の上”で感嘆の声を漏らした。

「どの建物も可愛らしくて、花と緑に溢れていて、町を流れる川の両岸にも桃色のサクラの並木があって……感動です」


 ――この言葉全てが「観光の町」とも言われる所以。

 美しい街並みと桜並木を見て感動しているのは娘だけでなく、この時期に訪れた多くの観光客も同じだ。


 町の中心を流れる川、その橋の上で脚を止め、欄干に手を添えて。

 川沿いに連なる桜並木を――水面を流れる桜の花と、水面に映る桜の木と、それらをより鮮やかに見せる、反射した空の蒼色が織り成す特別な風景に人々は目を奪われている。


「……勇者様、連れてきて下さってありがとうございます。わたくし、こんなに素敵な町を見たのは生まれて初めてです」


「そうか、それは良かったな。たまたまだが良い時期に来ることが出来た」


「良い時期、と言いますと……良くない時期もあるのですか?」


「良くないというか、桜の花が見れるのは春先だけだからな。丁度見頃を迎えた今、あと1週間もすればほとんど散ってしまうだろう」


「そう、なのですね……」


 見るからに落胆ガッカリ

 上がった娘のテンションが落ち込むも、舞い散る桜の花びらに罪はない。

 花が美しいのは儚くも散るからだ――と、何処かの誰かが言っていた様な気がしなくもないし、まぁいちいち気にして悲しんでいても仕方のない話だ。


「なに、また来年になったら見れるだろう。そう落ち込むことではない」


「来年……来年も、わたくしと一緒に居て下さるのですか?」


「キミが城を出て行かなければ、必然的にそうなるだろうな」


「……ありがとうございます」


(ん?)


 今は何に対する礼だろうか?

 娘の考えていることがいまいちよくわからないが、まぁ泣いたり悲しまれたりするよりはマシか。


「勇者様、我が儘を承知でお願いしたいのですが、もう少しだけサクラの並木を眺めて構いませんか?」


「好きになさい」


「ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げ、再び橋の欄干に手を添える娘。

 余程「桜」を気に入ったのか、声を掛けなければいつまでも眺めていそうなその横顔が、ふと“誰かの横顔”と被る。

 遠い記憶の中にある、遠すぎて今や顔も思い出せない誰かの横顔と。


 そして気づけば――俺は懐からスマホを取り出し、カメラを起動していた。


 シャッター音カシャッ

 喧騒に紛れて音が鳴るも、距離が近過ぎた為に娘が「はて?」と振り返る。

 慌てて懐にスマホを戻すも、少々不用心だったと言わざるを得ない。


「勇者様、今のは? 何か手の平くらいの物を持たれていたようでしたが……」


「気にするな、大したモノではない。それより桜を見るのも結構だが、そろそろ先を急ごうか」


「あ、そうでした。今日は買い出しに来たのでしたね。急がないと城に着くのが日を跨いでしまいます」


 不用心な己の行動を反省しつつ、少々強引に話題を変えた結果。

 娘から思の他な答えが返って来た為、俺は呆れた声を上げる。


「おいおい、キミはこの時間から買い出しをして城に戻るつもりだったのか? 流石にそこまでの強行軍はしない。今日はこの町で一泊し、明日の朝に改めて買い出しをしてから城に戻る予定だ」


「ですが、それだと余計な出費が……」


「別に大した額ではない。今日中に城へ戻る急ぎの用事も無いことだし」


 だからこの町で一拍すること問題無く、むしろ重要なのは“泊まれるかどうか”。


(今の時期は観光客が多いから、早めに宿の手配をしないとな)


 スマホでネット予約が出来るならともかく。

 この世界にそんなシステムがある筈も無く、何なら電話すら無い文明レベルの為、必然的に直接「宿」へ行って部屋を確保する必要がある。

 それで「先を急ごう」と述べた訳だが、何を思ったか娘は再びシュンと落ち込んだ顔となった。


「……ごめんなさい。わたくしが無理を言って付いて来たばかりに、普段よりも時間を掛けてしまったせいですよね」


「まぁ、それはそうかもな」


 事実だったので肯定した。

 娘は益々しょんぼりと項垂うなだれるも、別に俺は娘を責めている訳ではない。


「そう自分を責めるな。確かに買い出しの工程は遅れたが、おかげで散る前の桜を存分に堪能出来た。それに普段は買い出しを終えてすぐに町を出ていたから、実はゆっくりと町を見て回ったことが無くてな。――宿が確保出来たら、少し町を見て回ろうか。キミのおかげで丁度いい機会が出来た」


「……勇者様」


「どうした、早く来ないと置いて行くぞ。それとも置き去りがキミの望みか?」


「い、いえッ、すぐに参ります!!」


 漁った声を返し、歩き出した俺を追って子犬の様に駆け寄る娘。

 すぐに追いつき、安堵した表情で俺の少し横・少し後ろを歩く彼女の顔をチラリと眺め、ふと思う。


(先ほどよぎった横顔は、一体……?)


 ―――――――――

*あとがき

「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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