8話:魔法を扱えるのは魔王だけ

 行く手を阻む真っ白い暴力:暴風雪。

 強大な自然の力に抗っても仕方が無いと、俺は岩陰で娘と共に毛布に包まりながら、ふと思った疑問を口にする。


「今更だが、キミは何故そんなにも買い出しに付いてきたかったのだね? 寒いし疲れるし、面倒なだけだろうに」


「それは……えっと……」


 何気なく聞いたことだったが、娘は明らかにくちよどむ。


(何か言い辛い理由でもあるのか? もしかすると、俺が単独行動をしない様に言い付けられているのかもな)


 俺を追い出した『トト王国』に対して、俺が変な気を起こさない様に監視する役目でも与えられたか?

 別にそんな監視をせずとも、変な気を起こすつもりは更々無いというのに……と、彼女の胸の内を勝手に類推していると、娘は小さな声をポツリと落とす。


「――その、不安だったのです。勇者様が出て行ったきり、戻ってこられないのではないかと思って」


「俺が城に戻らない? キミと違って、狼に負けるほど柔な鍛え方はしていないが」


「いえ、そうではなくて……わたくしを邪魔に思い、あのまま何処か別の場所へ、お一人で行かれるのではないかと」


「なるほど……全く新しい考えだな」

 今のが娘の本心かどうかは別にして、そういう考えは発想に無かった。

「キミは随分と心配性なようだが、ハッキリ言ってそれは要らぬ心配だと言っておこう。いくら辺境の地にある城とは言え、アレは俺が貰った唯一の財産だ。今となっては下界と隔離されたあの場所を気に入っているし、手放すつもりは無い」


 何より、魔王の残した「謎」を解かない限り、どうやってもあの城には未練が残ってしまう。

 部屋にあった近代的なモニターやコンセント(電気含めて)は、何処からどうやって調達し、何の為にあの部屋にあったのか。

 それら「謎」を解き明かせば、もしくは俺が元居た世界に戻れる可能性も――。


 寄り添いトンッ


 元からくっ付いていた小さな肩を、彼女が更に寄せて来た、かも知れない程度の寄り添い。

 ずっと小さく丸まったままだったので、単にちょっと姿勢を変えただけかも知れないが、そうやって動いた彼女の顔は、何故か更に「不安」の増したモノだった。


「どうかしたか?」


「いえ……ただ、その……何故か勇者様が、何処か遠くへ行ってしまいそうな気がして……」


「あの城は手放さないと、そう言ったばかりだろう。俺の言葉が信じられないか?」


「とんでもございません。信じております。信じて、おりますので」


 抱き締めぎゅっ


 娘が俺の腕を抱き、更に肩を寄せて来た。

 身体が震えている訳ではないし、凍える程ではないと思うが……出来れば焚火を起こした方が良かったのかも知れない。


 まぁでも、それは本当に“出来れば”の話。

 いくら岩陰で多少は風が弱いと言っても、それでもこの風の中で焚火を起こすのは相当に苦労する。

 それならまだ「食事」で身体を温めた方がいいだろう。


「まだ当分は風も止みそうにないし、時間的にもこのまま昼食にしよう。少し待ってなさい」


 包んでいた毛布を彼女に掛け直し、岩に預けていた背負子しょいこを引き寄せる。

 僅かに持って来た荷物の中身は、娘の用意したベーコンサンドと、同じく娘が用意したホットミルク(山羊の乳)を、俺が入れた――“魔法瓶”。


 その中身をコップ(魔法瓶の蓋)に注いで娘に渡すと、彼女は「え?」と瞳を丸くする。


「勇者様、湯気が出ていますよ? このミルクを温めたのは、もう何時間も前なのに……」


「この“瓶”はちょっと特別な代物でな。とても保温性に優れていて、雪山ではえらく重宝する」


「はぁ~、そんな魔法みたいな素材があるのですね。何処かの町で買われたのですか?」


「いや、コレは城に残されていた代物だ。俺は未知之遺物アーティファクトと呼んでいるが、恐らくは魔法でつくられた物だろう」


「魔法で作られた……ということは、この“あーてぃふぁくと(?)”の瓶を作ったのは魔王ですか?」


「あぁそうだ、間違いない」


 否、間違いでしかない。

 この魔法瓶を作ったのは魔王ではなく、十中八九どこぞの「企業」。

 無論、この異世界の話ではなく、俺が元居た「東京」の――しいては「日本」の企業ということになるが、それをこの娘に明かす理由もなく、必然的に「魔王の仕業」ということにする他ないだろう。


 娘が「魔法 = 魔王」と考えた事実からわかる様に、この異世界において“魔法を扱えるのは魔王だけ”なのだから。


(――それがここでの常識。それ故に魔王は強力な力を持ち、それ故に忌み嫌われた存在となった。……今思えば、それはそれで不憫にも思える)


 まるで今の俺の様だ。

 力を持つが故に忌避される。

 強者故の孤独とは何とも悲しいものだ、というのはおこがましい考えか?



 ■



 昼食後、しばらくすると暴風雪が止んだ。

 雲の隙間からは不安を取り除くような青空が垣間見え、この隙を逃すまいと俺達は再び雪の山道を歩き始める。


 それから1時間半――出発から計5時間(昼食休憩30分を含む)。

 時たま風が強まることはあっても大雪に代わることは無く、森林限界の高度から随分と山を降りた。

 俺はコートを、娘はマントを脱ぎ、ほとんど雪の無い山道の急カーブを曲がったところで、娘が「わぁ」と弾んだ声を上げる。


「見て下さい勇者様。山の麓に“綺麗な桃色の花”が沢山咲いていますよ。アレは一体何の木でしょう?」


「ん、キミは“さくら”を見るのは初めてか。言われてみれば『トト王国』では桜を見かけなかったかもな」


「サクラ……何とも可愛らしい名前の木ですね。勇者様、わたくし是非とも近くで見てみたいのですが……」


 物欲しげな瞳チラリ

 娘にしては珍しく、己から願望を口にした。

 これで遠回りになるなら顔を渋るところだが、幸か不幸か俺の顔が渋くなる必要は無い。


「そう焦らずとも、今向かっている町があの桜の先にある。町中にも桜が植えられているから、飽きるまで好きなだけ眺めるといい」


「やったッ」

 両手を合わせて喜び、その後に「ハッ」と我に返った娘。

「すみません。一人ではしゃいでしまって……」


 今日何度目の出来事ことか。

 再び朱に染まる娘の頬を見て、彼女が「恥ずかしがり屋」なのだと俺は目ざとく気付いた。

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