34話:コユキと雪山狼

 勇者時代に鍛えた腕力で、大きな雪山狼を軽々と魔王城まで運ぶ――ことが出来れば良かったものの。

 流石に全長3メートル程の体躯ともなれば、動かすだけでも一苦労。

 200キロ越えは確実な怪我した雪山狼の身体を何とか老狼の背中に乗せ、ほとんど老狼の力を借りて城の入口まで戻った。


 それからロビーの椅子を動かし、暖炉前に開けた空間を作り。

 空いたスペースにコユキが毛布を敷いて、そこへ雪山狼を運び入れる前に、暖炉の炎に灰をかけて鎮火すると、コユキが「はて?」と首を傾げる。


「ロビーを温めなくてよろしいのですか?」


「あぁ。あまりに温かいと、血流がよくなって出血が増えるかも知れない。外よりはマシ、くらいにしておいた方がいいだろう。我慢出来ない時はキッチンのかまどに火を入れるようにしてくれ」


「わかりました」


 かくして準備は整った。

 怪我した雪山狼を背負う老狼ごとロビーに入って貰い、窮屈になった空間で、背中の雪山狼を床に敷いた毛布の上にゆっくりと降ろす。

 大きなトラブルも無く一段落がついて。

 額の汗を「ふぅ~」と拭ったところで、俺は「よしッ」と気合を入れ直す。


「老狼、ここで安静にしている様に言ってくれ。俺は今から獣医を連れて来る」


『かたじけない。それで、どれくらいで戻って来れそうか』


「そうだな。普通に歩くと俺の脚で往復8時間だが、行きを全力で走れば多少は縮められる。獣医を連れての復路は時間がかかるだろうから……恐らく往復で5~6時間程か。遅くとも日暮れまでには戻って来れるだろう」


『日暮れか……人間にしては驚異的な速さだが、それでも我が運べばもっと縮められる。町まで運ぶか?』


「いや、悪いがアンタはここに残って“コユキの話し相手”になってくれ。いくら『血の契約』を交わしたといっても、言葉の通じぬ魔物と一緒ではコユキも不安だろう」


「えっ、わたくしはお留守番ですか?」


 一人残されるのが心細いのか、コユキが不安げな瞳で見つめて来る。

 ただ、ここで「わたくしも一緒に」と言わない辺り、自分が足手纏いになると理解しているらしい。


「コユキは怪我した狼の世話を頼む」


「……わかりました。キリサメ様が戻ってくるまで、わたくしは自分の務めをしっかりと果たします」


「あぁ、任せた。――そういう訳で老狼、狼の通訳とコユキのサポートを頼む」


 僅かな間の後に、頷きコクリ

 色々と思うところはあるのだろうが、様々な事を天秤に掛けた上で、一応の納得はしてくれたらしい。


 続けて俺は街まで降りる準備を始めたが、何にしてもロビーが狭い。

 怪我した雪山狼も大きいが、それをここまで運んだ老狼の身体は更に一回り大きなサイズ。

 俺にとってはゆったり出来るロビーでも、大きな雪山狼が2匹も居たら狭苦しくて仕方がない。


 更に言えば、他6匹も怪我した仲間が心配なのだろう。

 老狼に続いて勝手に入って来た後、6匹が廊下やキッチンに無理くり居座った結果、俺が魔王城に住み始めて以来、最も過密した城内となっている。


「いいかお前等。仕方ないから滞在は許可するが、絶対に部屋の中は荒らすなよ? 今やここは俺の城で、お前等はあくまでも部外者だからな?」


『『『……?』』』


「――老狼、こいつ等に悪さしない様に言っておいてくれ」


『無論、心得ている。世話になる以上、なるべく迷惑にならぬ様にするつもりだ』


「だといいが……」


 やはり、この環境下にコユキ一人を残して行くのは心配だ。

 絶対的な安心はどうやったって得られないが、それでも彼女を残して行く他ない。


 かくして決めた覚悟をひっくり返さない為に。

 湯を入れた魔法瓶と軽食を携え、俺はコユキを一人残して魔王城を後にした。



 ■



 ~ コユキ視点:キリサメが魔王城を出てまもなく ~


(さて、わたくし一人になってしまいましたね。これからどういたしましょう……)


 玄関扉でキリサメを見送り、白い息を吐きながら中に戻れば“雪山狼の群れ”。

 城の中でくつろぐ(?)計8匹の魔物を前に、常人であれば泣いて逃げ出す状況下でも、留守を任された以上は職務を果たさねばならない。


 グッと気を引き締め、そこはかとない不安を押し殺し。

 コユキは怪我した雪山狼を見た後、老狼に視線を送る。


「えぇ~っと、治療以外に何かして欲しいことはありますか? と伝えて貰えます?」


『ニケ、何か欲しいモノはあるかと娘が聞いているが』


 鼻息フンッ。


『特に無いそうだ。不愛想な奴でスマンな』


 老狼を介してコミュニケーションを図るも、怪我した雪山狼:ニケは鼻息を鳴らすのみ。

 組織が壊死せぬ様、止血の為に圧迫している太ももの布をたまに緩めるようキリサメから言われているが、今すぐそれをやる必要も無い。

 留守を任されても特にやることはなく、少しばかり拍子抜けしたところで、彼女はパシッと両手を合わせる。


「キリサメ様が戻ってくるまでの間、飲まず食わずでは体力が持たないですよね。お水と食べ物を用意しましょう」


 そうと決まれば“料理”の時間だ。

 相手は魔物だから食材をそのまま渡しても構わないだろうが、コユキは「せっかくだから」と調理の準備に取り掛かる――その前に。


「老狼さん……とお呼びするのも失礼ですかね。そう言えばアナタのお名前は?」


『何と呼ばれようと我は構わない。老狼でよい』


「何と呼ばれても構わないなら、わたくしはお名前でお呼びしたいです。お名前は?」


『老狼でよい』


「お名前は?」


『……ローガ。魔王からはそう呼ばれていた』


「なるほど、ローガさんですね。イメージ的にピッタリなお名前です。次からはそうお呼びしますね」


『……好きにしろ』


 呆れた、という視線が老狼:ローガの瞳からありありと見て取れるが、そんな視線も何のその。

 コユキは「ちょっとゴメンなさいね」と周辺の雪山狼を押しのけ、キッチン横のパントリー(食材保管庫)で食材の物色を始める。


 棚に置かれた木箱の中には、果物や野菜、穀物類が種類ごとに入っている。

 天候が荒れやすい雪の山城だけあって、いつでも買い出しに行けるとは限らない。

 食材は常に多めにストックしており、比較的選び放題の状態ではあるが、コユキは「よいしょ」とその箱を棚に戻す。


(相手は狼さんですし、体力を付けるならやっぱりお肉が一番ですかね)


 肉と魚は冷凍庫に入れてある。

 が、無論、冷凍庫と言っても電気で動く代物ではない。

 そこまでの未知之遺物アーティファクトはキリサメも見つけておらず、ここでいう冷凍庫とは、必然的に天然の冷凍庫だ。

 パントリー(食材保管庫)の端っこにある壁と直結した「扉」を開けると、“外の冷気”がビュウッとコユキの髪を撫でる。


「うぅ~、ここは外と繋がってるから寒いですねぇ。おかげで腐らずに長持ちしますけど……えぇ~と、それで何のお肉にしましょう。森の生態を考えたら……豚や牛よりは鹿肉ですかね」


 彼女なりに思考を回して冷蔵庫から鹿肉のブロック(1キロほど)を取り出し、凍ったまま与える訳にもいかないので一旦テーブルに置いて。

 かまどに火を入れ、水を沸かし、その中に鹿肉を放り込んだところで、今更ながら「コレで良かったのかな?」と不安を覚える。


「あの~、ローガさん。雪山狼って人間が調理した食べ物は食べられるんですかね? 鹿肉を使おうと思うのですが、生じゃなくて焼いたり茹でたり、それに香辛料とか調味料は大丈夫ですか?」


『ふむ、加工された肉を食べる機会など無いからな。確かなことは言えぬが、恐らくは大丈夫だろう』


「そうですか、微妙に判断が難しいところですね……。まぁ犬にはネギ類を与えては駄目だという話を聞いたことがありますから、一応ネギ類は避けておきます。香辛料や調味料も極力使わず、味付けは塩だけにしておきますね」


『食材の加工については我の領分ではない、其方に任せた』



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 15分後 ~


「ひゃッ!?」


 城中に響くは甲高い悲鳴。

 その悲鳴の主は、今この城で唯一の人間であるコユキであり、そして彼女が悲鳴を上げたのは他でもない。


 キッチンに立っていた彼女が振り向いた先に、凶悪な牙を持つ6つの大口が迫っていた為だ。


 ―――――――――

*あとがき

「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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