27話:魔法陣の描き方
約束通り、血の契約を持ちかけて来た老狼は魔王城の前に現れた。
数えるのも難しい程の同族を引き連れ、それら同族よりも一際大きな身体で、扉前の階段下に佇んでいる。
老狼の近くにいる先日引き連れて来た7匹はともかく、それ以外の狼達のことは一切聞いていないが……。
「キリサメ様、これは?」
ダイニングの窓から上半分だけ顔を覗かせ、外の様子を伺うコユキ。
その後に恐る恐ると振り向いて疑問を投げかけてくるも、その答えをオレが知る由も無い。
「さぁ、何のつもりだろうな。あの老狼に聞いてみればわかることだ」
「それはそうかもですが、外に出るのは危険ではありませんか?」
「だからと言って、城に籠っていても始まらないだろう。それに相手がどういうつもりだろうと、“いざという時”は全て捻じ伏せるだけだ。――俺から離れるなよ」
「は、はい」
ある意味では言われた通り、コユキが俺の腰に抱き付く。
即実行に移すスピード感は素晴らしいが、コレでは“いざという時”に動き辛い。
「別に抱き付く必要は無い。近くにいればそれでいい」
「し、失礼しましたッ」
慌てて離れ、頬を朱に染めるコユキ。
そんな彼女を背後に連れて、スリッパからブーツに履き替え、コートを羽織ってから入口の扉を開く。
途端、飛んで来たのは物凄い数の視線。
姿が見える数十匹の他にも、雪山の中に身を潜める狼が同数近くはいるか。
「ふぅ~」
白い息を吐き、ゆっくりと周囲を見回してから俺は口を開く。
「はてさて、今日は何かの祭りだったか? そちらの出方次第では、雪山狼という種族が絶滅するかも知れないが」
『そう結論を急ぐな。いくら数を集めたところで其方に勝てるとは思っておらぬ』
俺の反応は想定済みか、老狼に焦りは見えない。
『この同族達は、今日の行く末を見守りに来ただけだ。何も知らぬままでは可哀想だと思ってな』
「ふむ……そっちの言い分はわかったが、しかしこの数と契約するのは骨が折れる――というより、俺の血が足りなくなるぞ。それが狙いとは言わないよな?」
『無論、今日契約するのは“我だけ”だ。
「ほう、そうだったのか(と言いつつ、本で読んだから知っていたがな)」
相手が人間なら基本は1対1での契約だが、魔物は血が純粋ゆえに、種族長と契約すればその種全体と契約したも同義となる。
余ほど変わった血の持ち主ではない限り、この効力から逃れることは不可能だと本には書かれていた。
その例外を老狼がここで話さなかったのは、単に話す必要が無いと思った為か、話さない方が有利に進めると思った為か、もしくは老狼すらも知らない情報だった為か。
はたしてそのどれにせよ。
ここまで進んだ話を今更
『其方に異論が無ければ、血の契約を始めたく思うが』
「あぁ、異論は無い。こちらとしても望むところだ」
■
血の契約:文字通り「血」を媒体とした魔術的な契約だ。
その下準備として、動物の皮に「円」や「五芒星」を用いた魔法陣を描く必要があるものの、動物の皮は絶対ではない。
動物の皮を用いれば、後工程で魔法陣に垂らす血の量が少なく済む――という程度の話であり、どのみち昨日の今日では用意が間に合わなかった。
よって、今日は地面に魔法陣を描く想定“だった”。
多めに血を失うことを覚悟していたものの、老狼が引き連れて来た7匹の内の1匹が、口に咥えていた代物をドサッと地面に落としたことで話が変わる。
「それは……まさか動物の皮か?」
『あぁ。小鹿の皮を用意して来た。其方にはコレに魔法陣を描いて貰いたい』
「わかった。描く材料は軽石で構わないか?」
『問題無い。では早速、我の言う通りの図形を描いてくれ』
「いいだろう。ちなみに言うまでもないとは思うが、俺を騙すのは無理だと言っておくぞ。魔法陣の図形なら俺も事前に調べているからな」
というやり取りは、先と変わらず城の前。
改めるまでもなく外は寒く、可能であれば室内でやりたかったというのが本音。
老狼だけ城の中に招き入れようかとも思ったが、集まった雪山狼達がそれで納得するとも思えなかった。
見えないところで行われた契約など、不要な
その意味で言うと、俺の知識とは違う魔法陣を指示される可能性もあったが、老狼はそれを否定する。
『無論、其方を騙すつもりなど更々無い。魔法陣の図形を覚えているというのであれば、我は指示出しを控える』
「いや、一応指示は出してくれ。そっちの知識と俺の知識が合致しているかどうかも知りたいからな」
『それで其方が納得するのであれば、やり方は任せる』
――かくして、背後で不安げなコユキに見守れながら。
老狼の指示通り、俺の知識とも違わない魔法陣を小鹿の皮に描く。
円と五芒星、それにヘブライ文字、もしくはアラビア文字にも似た文字(俺は読めない)を追加して、次が“下準備”で最後の手順。
図形の一部に、まずは俺の血を垂らす。
予め用意していた針で親指を刺し、絞り出すように1滴、2滴、3滴と魔法陣に投下し、これで終わりだ。
(魔法陣の下地が動物の皮でなかったら、この10倍程の血を垂らす必要があった。老狼の準備の良さに感謝だな)
あの老狼も血を失いたくなかっただけだろうが、結果オーライなのは確か。
この2年で幾度となく血を流してきた俺はともかく、後ろの少女が流す血も少なくて済む。
「コユキ、俺が血を落とした場所にキミも血を落とすんだ」
「えっ、
「当然だ。俺だけ契約しても意味が無い。むしろコユキが狙われない様にするのが主な目的だからな。……血を流すのは怖いか?」
「い、いえ、大丈夫す。針仕事を覚えたての頃は、よく指を刺していましたので。――あっ、でもその前に」
一歩近づいたコユキが、ポケットから瓶を取り出し。
それから俺の手を取って、瓶の中に入っていたクリームを親指に塗る。
「これは?」
「家から持って来たお手製の傷薬です。コレを塗っておけば傷の治りが早くなりますよ。多分ですけど」
「ふむ、効果の程は怪しそうな代物だな。しかし、言われてみれば傷の治りが早くなりそうな気がしなくもない。礼を言おう」
「えへへ」と笑うコユキだが、彼女の出番はここからだ。
俺が差し出す針を受け取った彼女は、少し
小さな血の玉を指に作り、それを絞り出すようにポタッ、ポタッと魔法陣にゆっくりと垂らした。
「ふぅ~、これでよろしいですか?」
「あぁ、よく頑張ったな」
一仕事終えた感満載の顔で振り向き、戻って来るコユキ。
そんな彼女の指に先ほどのクリームを塗り、頭を撫でて苦労を労ってから、改めて老狼へと視線を戻す。
「――さぁ、次はそちらの番だ。今更後には引かないだろう?」
『勿論だ。この程度の血、右目を奪われた時に比べればどうということは無い』
「……それは嫌味か?」
『いいや、自分への戒めだ』
言って、自身の牙でガブリッと唇を噛む老狼。
そのまま魔法陣に近付き、首を
『さぁ、これで準備は整った。最後に魔法陣を起動させる文字を――』
「あ、待って下さい」
いよいよ始まる血の契約、それを止めたのは他でもない。
この俺を差し置いて、老狼の前に踏み出たコユキだった。
―――――――――
*あとがき
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