30話:雪山の冒険と女心
~ 魔王城の正門前にて ~
「――で、どうしてキミまで外に出て来たんだ?」
コートを羽織り、ブーツにも履き替え。
背中にはアレコレ入れた籠を背負って準備は万端。
雪は小降りで風は
初めて出会った時に持っていた色褪せたコートを羽織り、布靴の上からは藁靴を履いて、これまた彼女も準備万端といった様子。
「どうしても何も、キリサメ様のお傍が私の居るべき場所です。お洗濯は朝早く起きて済ませて有りますからご安心ください」
「別に家事の心配をしている訳ではないが……言っておくが、今日は雪山をアチコチ歩くことになるぞ。それなりに疲れるだろうし、その藁靴で本当に大丈夫か?」
「問題ありません。藁靴は暖炉でしっかり乾燥させましたし、防水用の樹脂も改めて塗り直しましたので。
グッと両拳を握り、期待の瞳で見上げるコユキ。
こうなるだろうと予測して朝食の席では話題に出さず、サラッと一人で出掛けようとした訳だが……致し方ない。
(まぁいい。二人分の目で探せば効率も2倍になる……といいが)
希望的観測も多分に含まれているが、話し相手に困らないのはメリットか。
麓の町までの往復を無事に歩き切った実績もあることだし、彼女が行きたいというのであれば強く止める必要も無い。
「付いて来るのは構わないが、必ず俺の後ろを歩いて逸れない様にな。まずは裏の滝を登って、そこから川沿いに上流を目指す」
「はいッ」
かくして二人での冒険が開幕。
先の通り「滝」を起点に、道らしい道も無い雪山の斜面を登り始める。
山の傾斜に対しては垂直ではなく斜めに歩き。
なるべく川から離れない様に、時おり「目印」となる明るい緑色の布を木々に巻き付けながら、川に落ちないよう慎重に足を進めていると。
後ろを歩くコユキから初歩的な質問が飛んで来た。
「あの~、ところで“冒険”というのは何をするのでしょう? 意気揚々とついて来たはいいものの、正直何をするのかよくわかっていなくて……」
「そうだな。冒険の定義は人によるだろうが……基本的には行ったことが無い場所に行くのが冒険だろう。何が出るか、何があるかわからない場所に
「新たな発見、ですか。それは楽しみですね」
「あぁ。自分が知らなかったモノを知るのは純粋に面白い。ただ、今回は“見つけたいモノ”が既に決まっている――『湯の湧く泉』だ」
「ユノワクイズミ? ゆのわく、湯の湧く……あ、もしかして温泉のことですか?」
「ほう、コユキは温泉を知っているのか」
インターネットなど存在しない文明レベル。
基本的には蒸気浴(サウナ)文化だし、温泉は知らないものだとばかり思っていたが、一応の知識はあったらしい。
「噂で聞いたことがあります。何でも火を焚いて沸かした訳でもないのに、地下からお湯が出てくるとか。
「だろうな。様々な地理的条件が合っていないと、地表まで熱水が出て来ない。この2年で『トト王国』はアチコチ訪れたが、結局温泉を見たことは無かった」
「確か数える程しかあるとかないとか……まぁコレも噂ですけど」
実際問題、インターネットと同じく温泉採掘の技術も存在しないだろう。
天然温泉でなければ目にする機会も無い筈だし、日本人の感覚で考えるよりも、温泉が貴重な存在であることは間違いない。
「コユキは経験が無いからわからないだろうが、俺は蒸気浴(サウナ)よりも温泉に浸かる方が好きだ」
「そうなのですか? 薪で沸かす贅沢なお風呂とも別なのでしょうか?」
「湯に浸かるという意味では同じだが……何だろうな、何かが違うんだ。温泉の方がより気持ち良く感じる」
「はぁ~、それは是非
「そうなのだが、しかし如何せん情報が頼りなくてな。この雪山で“魔王城よりも高地にある”という情報しか無い」
「それはまた……何とも雲を掴む様な話ですね」
高まった気持ちも早々にクールダウン。
ワクワク感が一気に萎んでしまった彼女だが、悲報はそれだけではない。
温泉を見つけることも大変だが、見つけてからの苦労も場合によってはそれ以上。
様々な条件が重ならなければ温泉に入ってのんびり過ごす、なんてのは夢のまた夢の話だが、そこまで現実を突きつけるとコユキのテンションが――ついでに俺自身のテンションも下がりそうなので辞めておく。
先を心配し過ぎても仕方がない、というのは昨夜も思考した話だ。
(一歩一歩、確実に進むしか道は無い。欲張って大きく跳んでも
――――――――
――――
――
―
~ 数時間後 ~
身体が冷えない程度の小休憩を挟みながら山を登り、低い太陽が一番高く昇った辺りで足を止めた。
間もなく樹林帯を抜けようかという高度で、ここから上は風を遮るものが無くなる厳しい高度となる。
「城まで引き返す時間を考えると、今日はこの辺りが限界だな。昼食を食べたら帰路に就こう」
当然の話ではあるが、数時間の冒険で温泉を見つけることは出来なかった。
期待していただけに落胆も大きいが、そこまで現実が甘くないことは赤ん坊でもなければわかっている話。
今はそれよりも腹ごしらえだと、背中の籠から“魔法瓶”を取り出して「山羊のミルク」を
「わぁ、まだ温かいですね。この
「魔王に感謝だな。まぁその魔王を俺が追い詰めたせいで、何処かに消えてしまった訳だが」
「先日のキリサメ様の話を聞いて、魔王が良い人なのか悪い人なのか、
「さぁな。それがわかる時が来るといいのだが……」
言いつつ、
コユキが用意してくれた「ベーコンエッグサンド」の味が口の中を幸せにする。
彼女が服の下に入れていたおかげで凍らず美味しく頂けて、温かいミルクで流し込み――そこで気付く。
小さな口でモグモグと咀嚼するコユキ、その動きで僅かに揺れた髪が曇天の中でキラリと輝いたことに。
「それは……先日渡した“髪飾り”か。付けてくれたんだな」
「あっ、やっと気づいて下さいましたね。実は昨日から付けてたんですよ?」
「そうだったのか? 全く気付かなかったが……本当に昨日から付けていたのか? 俺を揶揄っている訳ではなく?」
「………………」
餅が膨らむ様に小さく頬を膨らませたコユキ。
どうやら気に障る発言をしてしまったらしい。
「何か気分を害したなら謝るが、そこまで不機嫌になる程ことか?」
「不機嫌になる程のことですよ。――いいですかキリサメ様、女の子はちょっとした変化にも気付いて欲しい生き物なんです。それがどれだけ些細なことでも、自分の大事な……オホンッ。え~、自分と距離が近い人、親しい人には、その些細な変化も見逃して欲しくないのです。それが女心というモノですよ」
「ふむ、そういうものか。女心は難しいな……」
「そうなのです、女心は非常に難しいのです」
何故胸を張り、彼女は「ふんすっ」と鼻息を荒くする。
「男性であるキリサメ様に、女心を理解するのは難しいことかもしれません。しかし、それでも可能な限り理解して欲しい、出来る限り自分の気持ちをわかって欲しいと、そう願うのが女心というものです。同時に、完全に理解したつもりになられても困ります」
「む、そうなのか? 理解して欲しいのではないのか?」
「理解して欲しいというのは本心ですが、全てを理解出来ると思わないでねと、そういう反骨的な精神も同時に持ち合わせているのです。女心は山の天気みたくコロコロ変わると申しますし、キリサメ様はその辺りをもう少し意識して――ハッ!?」
ふと我に返るコユキ。
先程までの威勢は何処へやら、急にシュンと肩を落とす。
「す、すみません。調子に乗ってキリサメ様にアレコレ偉そうに語ってしまいました……」
―――――――――
*あとがき
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