24話:桜の髪飾り

 夕食後、薪ストーブで温めたお湯を使って皿を洗う。

 決して料理が得意とは言えない俺だが、この1カ月、毎日の様に繰り返していた行為なので皿洗いは手慣れたものだ。


「そんな、わたくしがやりますよ」と言うコユキを差し置いて、ものの見事に皿洗いを成し遂げた――と思っていたら。

 隣で見ていたコユキが、そわそわと何か言いたげに視線を泳がす。


「何だ、どうかしたのか?」


「あ、え~っと……その、大変申し上げにくいのですが、洗い残しが多過ぎるのではないかと」


「むっ、そうか? いつも大体こんなものだが」


「いけませんッ。いくら寒い雪城とは言え、暖炉と薪ストーブの熱で雑菌が繁殖する可能性があります。お皿洗いはしっかり丁寧にされませんと」


「そ、そうか。それはすまない」


 珍しく強いコユキの口調に、反論の余地もその気も起きない。

 謝るのが精一杯で、俺は彼女に背中を押された。


「後はわたくしはやりますので、キリサメ様は暖炉でおくつろぎ下さい。今日はお疲れになったでしょう?」


「疲れたのはキミも同じだと思うが……」


わたくし背負子しょいこを背負っておりませんでしたから、キリサメ様よりは疲れていません。さぁ、どうぞ」


 問答無用とは正にこの事。

 有無を言わさぬ力で俺を暖炉の前まで押し、半ば強制的に椅子へと座らせ、コユキは洗い物を“やり直す為”にキッチンへと戻ってゆく。


「………………」


 何とも表現し難い感情が俺の心に渦巻いていた。

 年下の少女に「出来ない子」扱いされた事実は、屈辱的と言えば屈辱的。

 自分自身の不甲斐無さに腹も立つし、そんな扱いをしたコユキに一切腹が立っていないと言えば嘘になるが、かと言って恨みを持つような腹立たしさでもない。

 右を向きながら顔は左に向けている様な、妙に曲がった感情ではあるが……やはり、これを表現するのは難しいようだ。


 一旦ここで思考を諦め、暖炉の前でボーっとすること10分。


(ん? コレは……)


 何気なくポケットに手を伸ばすと、完全に忘れていた物の感触があった。

 コユキが皿洗いを終えて丁度こちらに来たので、もう1つの空いている椅子へ座る様に命じる。


「えっと、どうされましたか?」


「あぁいや、大したことではないのだが」


 何故だろうか?

 妙に心臓がざわざわするが、呼びつけておいて何もしないのは意味不明。

 自分の行為の正当性を守る為、俺はポケットに入れていた品物をコユキに渡すと、彼女は「あっ」と小さな声を上げて瞳孔を広げる。


「これ、土産物屋にあった“桜の髪飾り”……」


「昨日はキミがへそを曲げて、結局買わずじまいだったからな。靴の採寸をしている間に買っておいたのだが、別に要らなければ――」


「い、要ります!!」


 ギュッと、小さな手で小さな髪飾りを握るコユキ。

 思わぬ大声で俺が吃驚し、想像以上の声だったのか彼女自身も吃驚していた。


「す、すみません、大声を出してしまって」


「いや、別に構わないが……まぁなんだ、喜んで貰えたのなら良かった。随分と欲しそうに見ていたからな」


「はい、凄く可愛いなと思って。わたくしとても嬉しいです」


 口元を緩め、はにかんだのも束の間。

 彼女の表情が急に何故か曇る。


「どうした? もしや欲しかった髪飾りと違ったか?」


「いえ、そうではないのですが……その、わたくしは貰ってばかりで、何もキリサメ様にお返し出来ないのが悔しくて」


「何を言うか、美味い飯を作ってくれるだけで十分だ。俺一人ではあんなに美味い飯にあり付けなかったからな。一人に慣れていたとはいえ、こうやって話が出来る相手が居るのも退屈せず悪くない」


「ですが……」


 何か言葉を紡ごうとして、しかし紡ぐべき言葉が見つからないコユキ。

 当然、言葉が出ないからと言って納得しているとは言えない訳で。


(ふむ。――腰が低いのにプライドが高い、というのも違うな。なるべく負い目・引け目を感じたくない……という感じか?)


 もしそうだとすれば、俺とは随分「認識」が違う。

 こちら的には美味い飯を作って貰っているので、コユキの「貰ってばかり」という発言に正当性を感じないのだが、俺がそう感じたところで彼女はそう思っていないのだろう。


 恐らく、長年家事全般を行っていたコユキからすれば“当たり前のこと”をしているだけで、それが特別な事だとは考えていないのだ。

 そんな彼女に対してただ「感謝」を伝えたところで、欠損した自尊心が満たされるとも思えない。


 となると、この問題の解決方法は別途用意しなければならない訳で……。


「よし、ならばこうしよう。俺としては今のままでも十二分に感謝しているが、コユキがそれで納得しないと言うのであれば、“週に一度デザートを所望する”」


「はい? デザート……ですか?」


「そうだ。この雪山で生活を始めてから、甘いモノを食べる機会がめっきり減ってしまってな。勇者として旅をしていた頃は好きに買い食い出来ていたが、今はそれが出来なくて少々ストレスを抱えている。そこでキミにはデザートを作って貰いたい。――作れるか?」


 この問いに、彼女は今一度ギュッと桜の髪飾りを握りしめる。


「が、頑張ります!!」



 ■



 ~ 風呂場にて ~


 流石に宿屋よりは狭いものの、それでも一般家庭よりは広い魔王城の風呂場。

 使っていない薪風呂は今日も埃を被るだけで、使用するのはその隣に設置された薪ストーブの方だ。

 今日も今日とてサウナストーンに水をかけて蒸気を生み出し、その熱で汗を流しながら明日以降の動きを考えようとするが、ここに来た途端に“あの話”を思い出してしまう。


(確かこの雪山には“湯の沸く泉”があるという話だったな。帰りに探そうかと思っていたが……狼のせいで台無しだ。――いや、どのみちコユキが居たらそんな寄り道は出来なかったが)


 半日歩いた後の蒸気浴サウナ

 これもまぁ悪くはないが、やはり日本人としては湯船が恋しいところ。

 時間が出来たら探しに行こうと思案しつつ、考えるべきことは他にもある。


 というのも、今日は買い出しで面白そうな「種」を手に入れたのだ。


(店主の話では、最近見つかった“雪の下でも育つ野菜の種”らしい。流石に昨日の“神の啓示アップデート”で追加された代物ではないだろうが、何にせよこの雪山でも育つのであれば試してみたい)


 買い出しをすれば食料に困ることはないが、せっかく珍しい物を手に入れたのだから試してみない手はないだろう。

 種10個で金貨1つと馬鹿みたいに高い代物だったが(コユキは呆れていたが)、上手く育って種も残れば元が取れる……かどうかはわからないが、この雪山で採れたて野菜を食べられるなら悪くはない。


 ただし、「湯の湧く泉探し」や「畑仕事」はあくまでも二の次。

 明日は魔王の書斎で「血の契約」に関して調べることが最優先事項となる。


(さて、今回の契約が吉と出るか凶と出るか……俺が“討伐したことになっている”あの魔王に、一歩でも近づける手掛かりになるといいが)


 ―――――――――

*あとがき

「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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