5話:罪悪感

 予め断っておこう。

 決して、娘が可哀想に思えて「朝食」を取ろうと思った訳ではない。

 昨夜この城に来たばかりの彼女には、アレコレと話しておかねばならないことがあるのも事実で、その為の時間を作ったまでのこと。


 よって、娘の作ったオニオンスープの一口目に対する以下の感想は、ただの結果論に過ぎない。


「………………(美味い)」


 今まで口にした中で一番美味い――は言い過ぎだろうか?

 俺が追放されたあの国において、この「オニオンスープ」は東京で言うところの「味噌汁」みたいなもの。

 2年に及ぶ異世界生活でも数え切れぬほど口にしてきたが、その中でも群を抜いて美味い気がするのは……ただの気のせいか?


(まぁ恐らく、昨夜のバタバタでいつもより腹が減っていたのだろう)


 腹が減っていれば大抵の料理は上手い。

 他に、このオニオンスープがこれほどまでに美味い理由の説明も付かないし、きっとそうに違いない。


 そう結論付けて、続けて腹を満たす為にバターとジャムのトーストも一口。


「………………(美味い)」


 コレは当然というか、パンを丸焦げにでもしない限り美味いのは確定。

 ただ、普段よりもパンがしっとりしていて、いつも以上に美味しく感じる――気がする。


 更に、ベーコンエッグも一口。


「………………(美味い)」


 卵は好みの半熟具合で、ベーコンも丁度いい焼き加減。

 油を引いて焼いただけの筈なのに、自分で作ったモノより不思議と美味しい――かも知れない。


 黙食モグモグ

 黙食モグモグ

 黙食モグモグ……ん?


 ふと視線を上げると、正面に座る娘の何処か不安そうな顔が見えた。

 よくよく見るとまだ食事に手を付けていないが、何か問題でもあったのだろうか。


「どうした、早く食べないと美味い料理が冷めてしまうぞ」


「え? あ……そ、そうですね。ではわたくしも」


 ホッと胸を撫でおろし、娘がようやく皿に手を伸ばす。

 食が細いのか、口が小さいのか、チマチマと食べ始めた娘は、それでもチラチラとこちらの様子を伺っている。


「何か気になることでもあるのか?」


「いえ、その、えっと……勇者様のお口に合って良かったなぁ、と」


「あぁ、そんなことを気にしていたのか」

 実は毒を盛っていて、それで俺の様子を伺っていたのかとハラハラした。

「飯が不味かったらこんなに食べない。どうやらキミは料理上手なようだが、何処かで習ったりでもしたのか?」


「いえ、習ったと言いますか……数をこなしている内に気付いたら自然と、という感じでしょうか。前の家では、家事全般がわたくしの仕事でしたので」


「そう言えば、確か生贄として引き取られたとか言っていたな。ならその前は――(いや、ちょっと待て)」


 何故、俺は娘との会話を広げようとしている?

 この娘は国王が送り付けて来た“監視役”で、彼女をことを深く知ったり仲良くする必要はない。

 朝食を取ったのは娘の話を聞く為ではなく、城のことを娘に教える為だ。


「勇者様? 急に口を閉じられてどうされましたか?」


「……いや、何でもない。朝食を済ませたら城の案内をする。なるべく早く食べ終えるように」


「あ、はい。では急いで食べますね」


 早食いパクパクと、娘の咀嚼そしゃくスピードが気持ち上がった。

 が、やはり一口が小さいので、トータルで考えるとまだ遅い。

 それでも頑張って早く食べようとしているのか、次から次へと口へ詰め込み、頬袋を一杯にしたリスみたいになってしまった。


「むぅ~……」


 頬をこれでもかと膨らませ、それでも急ごうと咀嚼を続けるも、小さい口では飲み込むのも一苦労。

 呼吸も苦しいのか半ば涙目になって来た娘を見ると、流石に罪悪感が湧いて来る。


「やっぱり急がなくていいから、落ち着いてゆっくり食べなさい。いいね?」


「………………(頷きコクリ)」


 最早言葉を発することも出来ず、彼女は小さく頷くに留まった。



 ■



 朝食を済ませ、食後のコーヒー(山羊のミルクあり)までたしなんだ後。

 食器を下げて「洗い物」を始めた娘の背中を眺め、ふと思う。


(あんな“冷水”では、手も凍えるだろうに……)


 蛇口を捻るとお湯が出て来る東京とは違い、この城に給湯器が設置されている筈もなく、何なら流し台に「蛇口」すら無い。

 城の裏手に滝があるので、そこから流れて来る川で水を汲んで使っている様な環境下だが、その滝もほとんど凍っている。


 つまり、何が言いたいのかと言えば。

 とにかく「水が冷たい」の一言に尽きる訳で……。


「キミ、そんな冷たい水でよく洗い物が出来るな。指先の感覚はあるのか?」


「え? あ、それなら大丈夫です。調理の時に沸かしたお湯と混ぜて使っているので。油汚れも温かい方が落ちますし」


「そうか……要らぬ心配だったな」


「いえ、とんでもございません。勇者様がわたくしおもんぱかって下さって……その、正直嬉しいです」


「……そうか」


 どうやら“要らぬ心配”ではなかったらしいが、心配されて嬉しいというのは何とも不思議な感情に思える。

 親しい者に心配されるのであればともかく、昨日今日あったばかりの相手に心配されたところで嬉しく思うものだろうか?

 心配されるということは、信頼されていないことの裏返しだと思うのだが……。


(監視役として、俺を油断させる為の演技か?)


 そんなモノで心を許す俺でもないが、何にせよ油断は禁物。

 これからは必要以上に心配するのは辞めようと、そんな思いを静かに胸に秘め。


 しばらくすると娘の洗い物が終わり、俺は予定通り“城の案内”を始めた。


 ―――――――――

*次話、サラッと城の案内をして、その後の展開に進みます。

内容も更新もゆっくりペースで進みますが、「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。

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