6話:地下室の扉を開く「鍵」

 雪深い山奥に佇む「魔王の城」――これだけを聞けば“城塞”の如き堅牢な姿を思い浮かべるかも知れないが、そのイメージを持って城を訪れた者は恐らく拍子抜けするだろう。 

 実際のところは、ちょっとした貴族が建てた“別荘”程度の大きさで、城と呼ぶには割とこじんまりした3階建ての建物。 

 全て回ってもそこまでの時間は掛からない為、俺は簡単な説明を交えながら娘と城を回ることにした。



◇1階:ロビー & キッチン + パントリー(食材保管室)/トイレ & 風呂場 & 物置


 暖炉のある1階ロビーは「談話室」も兼ねており、自室以外では基本的にこの場所で過ごすことが多い。

 アーチ壁を挟んだキッチンは空間的に一体感があり、合計すると城の中で一番広い空間ではあるが、それ故に一度冷えてしまうと空間全体が温まるまで時間が掛かるのは難点か。


「俺が部屋に居ない時は、基本的に暖炉前で本を読んでいる。何か用がある時は、まずここに来なさい」


「はい、わかりました」


 娘の頷きを見て、2階に続く螺旋階段を上る。


 なお、ロビー奥にあるトイレのガッカリ具合は今更で、風呂場に関しては蒸気浴(サウナ)が基本だ。

 一応は薪風呂の設備もあるが使われた形跡はほとんど見当たらず、そもそも一人の為に湯を沸かすのは相当に薪が勿体ない。

 必然的に俺も湯船には浸かっていないが、これまた東京から来た身としてはトイレ同様に少々辛い部分となる。



◇2階:全4部屋/トイレ & 物置。


 螺旋階段を上った先に廊下があり、主に4つの部屋で構成されている。

 階段上って右手から順にトイレ、物置、その横に「本棚のある書斎」、「未使用の部屋 × 2」と続き、そして最後が「俺の部屋」だ。


「キミは階段に近いこの部屋を――」


 扉を開けるガチャリ

 未使用の部屋に入ると、大量の古びた荷物が部屋を陣取っていた。


(むぅ……そう言えば、魔王が残した使わない代物を、まとめてこの部屋に置いたのだったな)


 これを片付けて娘が住めるようになるには、どう考えても1日仕事。

 無理すれば出来なくも無いが、今日は“別の予定”がある。


「しかたない、キミは隣の部屋を使いなさい」


「はい、わかりました」


 かくして「未使用の部屋」の1つを娘に宛がい、続いて3階へ。



◇3階:屋根裏部屋/屋上。


 1・2階を繋ぐ螺旋階段と違い、3階への階段は相当な急勾配。

 そもそも普段は冷気が降りてこない様に蓋をしており、苦労をかけて上ったところで、何も無いガランとした屋根裏部屋が広がるだけ。

 採光用の窓も長らく閉じられたままで、昼間でもランプの灯りが欲しくなる程に薄暗い空間となっている。


「ここから屋上に出ることは出来るが、この雪山で屋上に行く必要も無いだろう。蓋を開けると冷気も下に降りてきてしまうから、基本的にここへは来ない様に」


「はい、わかりました」


 暗がりの中で娘が頷き、これにて城の案内は終了――とはならない。

 いや、娘への説明は確かにこれで終わりだが、実は今まで紹介した場所がこの城の「全て」ではない。


 最初に述べた「3階建て」というのは間違いないが、階層的には“恐らく4階層”。

 つまるところ、この城には「地下室」が存在している訳だが……生憎とまだ地下室の扉を開く「鍵」を発見出来ていない。


(何があるのかわからない以上、俺の部屋同様この娘には知らせないでおく方が得策……か?)


 『国外追放』されて余生を送るだけの人生において、魔王が残した「謎」は俺のちょっとした生きる楽しみだ。

 それを娘に邪魔されるのは避けたいところで、これにて城の案内は終了となる。



 ■



 久しぶりの朝食で温まった身体も、3階の寒さですぐに火が恋しくなる。

 ダイニングで余っていた椅子を暖炉の前に1つ移動し、娘をそこに座らせ、俺は元々あった椅子に座って彼女と共に暖を取った。


 一段落ホッとひといき


 『七匹の怪物』退治に勤しんでいたこの2年間が嘘のように、今はただ凪の様に穏やかな時間が流れるのを待つだけ。

 このまま何時間もゆったりとした時間の中に身を委ねていたいところだが、とは言えハイテク家電で溢れた東京とは違い、この世界においては何をするにも一苦労。

 水の確保は言わずもがな、ここには掃除ロボットも洗濯機も無いし、スーパーやコンビニも無いので食料の調達も大変だ。


 そのことは彼女もわかっているのか、娘が「あの」と遠慮がちに口を開く。


「勇者様、1つ疑問なのですが……こんな雪山で、食べ物はどの様に調達をなされているのですか?」


「そうだな。まぁ大体は1・2週に一度、山を二つ越えた先にある町まで買い出しに行っている。そこで食料をまとめ買いするのだ」


「山を二つ越えた先……“麓の村”では買われないのですか? そちらの方が距離的にも近いと思うのですが」


「麓の村は、俺を追い出した『トト王国』の領域内だ。国外追放されている以上、そこへ買い出しにはいけない」


「左様、でしたか……」


 悲し気な顔で目線を下げる娘。

 俺を憐れんだのか、それとも何かの目的を持った演技か。


 それがどちらにせよ、食料の話が出たのはこちらとしても好都合。

 年季の入った柱時計は8時半過ぎを指しており、あまり“出かける”のが遅くなると帰りの時間が怪しくなってくる。


「ちょうど今日は買い出しに行くつもりだった。これから出掛けて来るが、留守番くらい一人で出来るな?」


「そんな、勇者様は城にいらしてください。買い出しにはわたくしが行きます」


「辞めておけ。前回と前々回、山を二つ越える間に狼の群れと遭遇した。俺なら苦も無く追い払えるが、お前一人では喰い殺されて終わりだ。そもそも大量に食料を買い込んでも、お前の小さな身体では持ち運べる量にも限界があるだろう」


「………………」


 落ち込みしょぼん

 娘が悲し気に顔を伏せる。


(……少し、強く言い過ぎたか?)


 だが、事実だ。

 彼女の小さな身体で2つの山越えは厳しいだろうし、大量の食材を持って帰るのはそれ以上に不可能。

 合理的に考えて俺が行くのがベストだと、俺は娘をその場に残し、一度部屋に戻って外行きの防寒服に着替えた。


 それから部屋を出て、廊下を歩き、螺旋階段を降りた先に――娘。

 この城に来た時と同じ色褪せたコートを羽織り、やけに力強い瞳をこちらを向けている。


「勇者様、どうかわたくしも連れて行って下さい」

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