21話:隻眼の老狼
~ 靴職人の店にて ~
「主人、雪山でも履けるブーツを彼女に作ってやりたいのだが」
「あいよ、オーダーメイドね。そしたら嬢ちゃん、靴を脱いで足をここに乗せな。採寸するから」
忙しいのか、それとも元の正確か。
テキパキと無駄な動くこの職人なら恐らく仕事も早いだろう。
ちなみにこの異世界での「靴事情」だが、一定以上の富裕層は基本的にオーダーメイド。
中間層はいくつかの規定サイズで作られた靴を購入するが、労働者の大半は自分達で作った簡易的な靴を履いている場合が多い。
この町で暮らすならそれでも構わないが、雪山で暮すとなればそれなりの性能は欲しいところだ。
それから革靴の素材や装飾などを話し合いで決めたが、この職人がいくら仕事が早かろうと、今日中に靴を受け取れる訳ではない。
「出来上がるのはいつ頃になる?」
「ウチの場合、大体1週間後くらいだね。作るだけなら3日で出来るが、他の依頼もあるからよ」
「では、それ以降に改めて取りに来る。料金はいくらだ?」
「さっきの要望を全部取り入れたら……まぁ金貨15枚が妥当なとこだな」
「じゅッ――」コユキが固まった。
値段に吃驚して思考が停止したのが、全く動く気配は無い。
まぁ正気に戻ると「高過ぎます」とか言われそうなので、彼女が停止したこのままで話を進める。
「支払いは受け取り時に?」
「いや、保証金として前金で金貨5枚。残り10枚を受け渡しの時に貰う」
「わかった。では今日は
――――――――
靴職人の店を後にし、そこからアレコレと食料品や日用品を買って。
買い出し品を背負子に乗せて崩れない様に紐で縛り、最終的に町を出たのは午後1時のことだった。
徐々に遠くなる背後の桜並木も、曇り空の下では昨日ほどの美しさは見出せない。
「桜の花びらも、この後の雨でほとんど散ってしまうだろうな。今が見納めだ」
「寂しいですね。せっかくあんな綺麗に咲いているのに……」
「なに、散ったら散ったで今度は新緑が芽吹くさ。夏には青々と繁って、秋には鮮やかに紅葉し、冬には厳かに葉を落とす。そしてまた春に美しい花を――」
いや、何を言っているんだ俺は?
自然のサイクルを説いたところで、寂しいと思う彼女の気持ちを否定する理由にはならない。
「訂正しよう。確かに俺も少し寂しく思う」
「キリサメ様……?」
「また来年、見れるといいな」
「――はいッ」
少し驚き、その後に満面の笑み。
舞い散る桜に代わりに美しく咲いた彼女の笑顔は、曇り空の下でも眩い輝きを放っていた。
■
魔王の城から『国境の町:ラクヴィル』に着くまで、往路は6時間弱かかった。
吹雪での停滞もあって予定より時間はかかったが、それさえなければ片道の時間はもう少し短くなる。
体格の割に体力のあった彼女の脚を踏まえても、順調に行けば18時頃には城に着くだろう
(山腹での日没は
陽が落ちてからも歩くのはいつものこと。
あとは彼女次第なところが大きいが、今のところ出だしは順調に進んでいる。
「どうだコユキ、少し休憩するか?」
「いえ、大丈夫です。沢山寝たので元気ですし」
「そうか。ならこのまま行くぞ」
どんより広がる曇天の空は、いつ雪が降って来てもおかしくない空模様。
麓より気温が低くて雨になりづらいのは救いだが、どのみち身体が濡れて体温が低下するのは免れない。
(魔法瓶があって助かった。寒い中でも温かい物が飲める)
宿屋を出る際、魔法瓶の中に「湯」を入れて貰った。
厳冬期は過ぎたと言っても、山頂らへんは1年を通して雪が消えることは無く、城の周辺も半年以上は雪が積もる降雪地帯だ。
寒さに対する手段はどれだけあってもあり過ぎるということはない。
それから途中で雪山装備に着替え、適度に休憩を入れつつ歩き続け、魔王の城まであと30分程のところまで来た。
時刻は17時半を過ぎたところで、少し前から雪が降りだしているのも想定内。
周囲の景色は完全に夜の装いに変わりつつあるが、ここまで来れば道を間違いようも無く、計算通り18時頃に城へ戻れるだろう。
(町で聞いた“湯の沸く泉”を探そうかとも思っていたが……流石に今日は辞めておいた方がいいな)
俺一人ならともかく、コユキを無駄にアチコチ歩かせるのは忍びない。
買い出しの日とは別に、後日改めて探すべきだろうと考えていた――そのせいかどうかはわからないが、全く気付かなかった。
周囲に忍び寄っていた“白銀の狼達”の存在に。
(むっ? 囲まれているな……2、4、6、8、10、12、14と15。7匹と、残り1匹は“あの巨大な老いた狼”か)
いつの間に近付いていたのか、周囲を囲む15の青い瞳。
尻尾を含めた全長が3メートルを越える成狼が7匹と、更に一回り大きな隻眼の老狼が1匹。
この8匹の群れには見覚えがあり、流石に無視して進む訳にもいかない。
(俺が初めて魔王の城を訪れた際、襲い掛かって来た雪山狼の群れだな。全く、せっかく殺さずに生かしてやったというのに……また懲りずに現われるとは)
「キリサメ様、何故急に立ち止まられたのですか?」
「あぁ、雪山狼に囲まれたのだ。こちらに来い」
「へ? 雪山狼って……わっ!?」
どうやら今頃気付いたらしい。
周囲を囲む青い瞳にコユキが短い悲鳴を上げ、俺に身を寄せコートを掴む。
「ど、どうしましょうキリサメ様ッ」
「慌てるな、問題ない。襲い掛かってきたら全て返り討ちにしてくれる」
「ですが、相手は物凄く大きな狼ですよ? 武器はお持ちになっておられるのですか? 聖剣は国王に返却と聞いています」
「返却と言うか、没収されたのだがな。まぁ問題は無い」
この雪山狼の何倍も大きな『七匹の怪物』を、俺は全て倒している。
例え聖剣を失っても今更負ける相手ではないが、コユキからすれば恐怖の対象であることに変わりはないか。
雪を手に取り、圧縮。
シンプルな雪玉を作り――投げる。
松の幹にぶつかり、
銃痕の様に表皮を抉った雪玉の威力が枝葉を揺らし、積もっていた雪がガサリと落ちる。
この雪玉が自分に当たったら……本能的にそれを恐れた結果か、7匹の狼が自然と
唯一動かなかった老狼を見据え、俺はゆっくりと背中の背負子を下ろす。
「俺の力はわかっただろう? 死にたくなければ今すぐここから立ち去ることだ。そちらが手を出さなければ俺から手を出すこともない、と言っても言葉は通じないだろうが――」
『誤解するな。今日は其方と話しに来たのだ』
「………………」
喋った。
隻眼の老狼が、口を開いて人間の言葉を。
「え? ……え? しゃべ……え?」
理解が追いつかないのだろう。
コユキは混乱した様子で俺と老狼を交互に見ているが、俺の反応は少し違う。
確かに驚きこそしたものの、それと同じくらいの割合でこう思っている。
(喋る魔物……“マニが言っていたこと”は本当だったのか)
―――――――――
*あとがき
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お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。
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