14話:コユキ、拗ねる

 トイレに行きたくなった、というのも理由の一つ。

 コユキが不機嫌になった土産物屋で早々に町の観光を切り上げ、18時前には宿屋に戻った。


 なお、観光客も多いこの『国境の町:ラクヴェル』には「公共トイレ」も存在するが、少額ながらも利用料がかかるし、城のトイレよりも“残念仕様”。

 プライバシーもへったくれもない作りであり、まだ多少はマシな宿の方を利用したかったという実情もあるが、まぁ余談はさて置き。


 電気が普及していないこの世界では、なるべく陽の光がある内に、様々なことを済ませた方がいいのは事実。


 かくして宿に戻った俺はトイレを済ませ、ついでに汗を流す為に風呂場へ。

 1つしかない風呂場は時間で男女が区切られており、今が男の時間であることを確認して中へ入った。


「お、兄ちゃん良い身体してんな~。って、随分と傷が多いな。傭兵でもやってんのかい?」


「あぁ、まぁそんなところだ」


 先客(初老の男性)に声を掛けられ、適当に返しつつも内心では落胆。

 8畳程の空間は、石畳の床の上に板の簀子すのこが設置され、L字型で壁と一体になった2段の椅子(木製)が確認出来る。

 そして椅子と反対方向には、薪ストーブの上に幾つもの石が熱せられた状態で設置されていた。


(ここも蒸気浴サウナか。国が変わればもしかしたらと思ったが……まぁ仕方ないな)


 蒸気浴サウナの手法としては所謂「ロウリュ」。

 薪ストーブの上にある石:サウナストーンに水をかけ、生み出した蒸気で身体を熱し、汗で汚れを浮かせて水や湯で流すのが一般的だ。


 俺が追放された『トト王国』は言わずもがな、『アルバース公国』にも湯船につかる習慣は無いらしい。

 まぁ今更文句を言うつもりも無く、むしろ今の文明レベルで、一般人の多くが毎日身体を清潔に保つ習慣を身に着けているだけで上出来と言える。


 とは言え。

 こうも蒸気浴サウナばかりでは流石に湯船も恋しくなる訳で――だからだろう。 

 前回の買い出しで聞いた“こんな話”を思い出した



『アンタ知ってるかい? この前訪れた行商人が言ってたんだけど、魔王が隠れていたあの雪山には、不思議なことに“湯が沸く泉”があるんだとよ。薪も無いのに湯が沸くかねぇ?』



 俺に教えてくれた店主はこの話を訝しんでいたが、火山活動が活発な日本列島に住んでいた身からすれば、何も不思議な話ではない。

 あの雪山が「活火山」だとすれば、むしろ温泉があって然るべきとすら言える、かどうかは知らないが。


(よし、明日は魔王の城へ帰る前に“温泉”を探して……いや待て。俺一人ならともかく、コユキが居るとアチコチ動き回るのは厳しいな。……仕方ない、また別の日に改めよう)


 今になって思うが、やはり一人の方が気楽。

 何の遠慮も無く好き勝手動けるし、誰に迷惑をかけるでもない。

 一人の方が圧倒的に心地よく、二人では圧倒的に不便さが付きまとう。


 コユキが来てから、まだ1日も経っていないというのに――。


 それでも俺は、誰かを気に掛ける煩わしさが、徐々に重荷に思えてきたのだった。



 ――――――――



 風呂から上がり、部屋に戻ると。

 コユキがムスッとした表情のまま椅子に座っていた。

 俺が風呂に行く前からああだったので、未だに機嫌が直っていないらしい。


「何をそんなに拗ねている? 俺は小遣いをやろうと、そう言っただけだぞ」


「別に拗ねていません。どうぞお気になさらず」


 言いつつ、コユキはツーンとそっぽを向く。

 言葉と言動が明らかに一致していない。


「ほら、やはり拗ねているじゃないか。一体何が気に喰わないんだ?」


「別に気に喰わないことなど何もありませんし、仮にあったとしても言いません」


「やはりあるんじゃないか。怒らないから、何が気に障ったのか言ってみなさい」


「別に、何も気に障ることなどありません。わたくしにお構いなく」


「ふむ……(話にならんな)」


 少し前まで、例え自分が悪くなくても、何かある度にすぐに謝っていたコユキ。

 それが今やどうだ?

 何処で何のスイッチが入ったのかは知らないが、梃子てこでも動かぬと言わんばかりに憮然とした表情を浮かべている――ので。


「ひゃッ!?」


 首根っこを掴み、コユキを強制的に持ち上げる。

 そして悲鳴を上げた彼女に顔を近づけ、鼻がくっつく程の距離で、ギロリと睨みつけながら告げる。


「あまり俺を困らせるな。帰りの雪山で、狼の餌として投げ出されたいか?」


「そ、それは嫌です……」


「なら、先の態度は改めろ。次にあの様な態度を取ったら――わかったな?」


「は、はいッ。ごめんなさい……調子に乗りました」


 目尻に涙を浮かべ、半泣きの顔で。

 しゅんと落ち込んだコユキを椅子に降ろすと、元より小さい身体が更に小さくなった様にも見えた。


 少し脅し過ぎたか? と思わなくもないが。

 理由を尋ねても口を閉ざしたまま、不機嫌を続けられたらこちらの機嫌も悪くなるというもの。

 これは必要な処置だったと結論付け、それから壁の時計にチラリと目を向ける。


「そろそろ男女交代の時間だ。コユキも風呂を済ませて来なさい」


「……はい」


 さっきまでの威勢(?)は何処へやら。

 コユキはいそいそと身支度を整え、逃げる様に部屋から出て行った。



 ■



 風呂場から戻って来たコユキを連れ出し。

 宿屋の1階に併設された「小さな酒場」を訪れたのが19時過ぎ。

 味は悪くないのだが、何か物足りなさを感じながら食事を済ませ、部屋に戻って来たのが20時となる。


「コユキ、今日は疲れただろう。キミは先に寝なさい」


「先に……ということは、キリサメ様はまだ起きておられるのですか?」


「あぁ、近くの酒場で知り合いと飲んでくる。帰りが遅くなるかどうかは状況次第だから、気にせず身体を休めなさい。部屋の鍵は閉めておくように」


「あ、はい。わかりました……あの」


「では、行って来る」


 待ち合わせの具体的な時間は決めておらず、「夜に酒場で」という曖昧な約束。

 あまり遅いと“彼女”が帰ってしまうか、もしくは酔い潰れて話にならない、なんてことも考えられる為、俺は急ぎ早に部屋を出た。


 ―――――――――

*あとがき

「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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