16話:啓示秘文《パッチノート》

 “啓示秘文パッチノート”。

 この異世界に起こる何かしらの変化:“神の啓示アップデート”の情報が記された秘密文書。


 既にジョッキ3杯を空にした赤毛の少女:マニは、その“啓示秘文パッチノート”を運ぶ仕事を商会から任されているらしい。

 彼女は顔を近づけたまま、俺を見つめながらスッと目を細める。


「――で、キリサメは何から知りたい? “啓示秘文パッチノート”の内容? それともアタシのスリーサイズとか?」


「聞いたら答えてくれるのか?」


「それは内容とお金次第かな。無料なのはここまで、これから先は有料だよ」


「なるほど、そういう流れか」


 そう言えば昼間、彼女は上に内緒で「情報屋」をやっているとも言っていた。

 つまりは仕事を振ってくれた商会に内緒で、俺みたいな人間に情報を売り付け小金稼ぎをやっている訳だ。

 商魂たくましいと言えば良くも聞こえるが、あまり褒められたことではない。


「上にバレたら怒られるだけじゃ済まないぞ」


「勿論わかってるって。だからアタシも、キリサメ以外で声を掛けたのは一人だけだしね」


「一人だけ……それが誰なのかも気になるが、その情報も有料か?」


「いや、そこは秘匿事項だからお金貰っても教えないよ。その方がキリサメだって安心でしょ? アタシから“情報を買ったっていう情報”は漏れて欲しくないだろうし」


「ふむ、それもそうだな」


 やっていることの是非はさて置き。

 マニの方針は「買う側」からしても都合がいい。

 となれば、ここで酒を飲んで帰るだけなのは色々と勿体ない。


 俺はマニから顔を遠ざけ、ゆっくりと周囲を見回す。

 酒場に来た時は感じていた好奇の視線も、今となっては興味を失ったのか、客達は各々楽し気に談笑していた。

 

 それから俺はジョッキのビールをグイっと飲み干し。

 2杯目を頼んでからテーブルに頬杖をつく。


「――さて、それじゃあ“商談”を始めようか」



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 2時間後 ~


「参ったな。まさかマニが酔い潰れるとは……」


 今、俺の前にはテーブルに突っ伏すマニの寝顔がある。

 空になったジョッキを手にしたまま、変わらぬ顔色でグーグーと寝息を立てているが、酒に強い彼女が酔い潰れた姿を見るのは初めて。

 顔色が全く変わらない為に、何杯ビールをおかわりしても大丈夫だろうと油断していた。


(有用な情報はいくつか聞けたが……はてさて、コレはどうしたものか)


 最初の1時間ほどで“啓示秘文パッチノート”関連の話は終わり(当然、彼女のスリーサイズは聞いていない)。

 その後、昔話に花を咲かせていたらコレだ。

 電池が切れたオモチャの様に寝落ちして、声を掛けても身体を揺すっても一向に目を覚ます気配が無い。


「おいマニ、宿は何処を押さえている? おぶってやるから場所を言え」


「………………」


「マニ、起きろ。マニッ」


「ん~……Zzz」


 駄目だ、この様子では明日の朝まで目を覚まさないだろう。

 ならばここに捨て置くしかない、という選択肢を取る訳にもいかず。


 二人分の酒場代を払い、俺は仕方なく酔い潰れたマニを背負う。

 そして随分と気温の下がった夜の道を、「自分の宿」目指して溜息交じり・白い息交じりに歩いたのだった。



 ■



 コインを置く音パチッ

 宿のカウンターに金貨1枚を置くと、その真横で寝息を立てていた髭の宿屋主人が「ん~?」と寝惚け眼ねぼけまなこで目を開く。

 キャンドルライトの淡い光に照らされたその顔は、酷く眠たいのか目が開いているようで開いていない。


「主人、もう一人追加で頼む」


「んあ? ……あぁ、あんちゃんか。ふあぁ~……あ~、追加って言っても、もう部屋は空いてねーぞ」


「俺の部屋で構わない。酔いが醒めるまで寝かせるだけだ」


「そうかい、ならまぁ構わないが……おっと、そろそろ鍵閉めておかねーとな。酔っ払いや浮浪者が入ってきたら面倒だ」


 主人はそそくさと金貨を懐にしまうと、カウンターから出て入口に鍵をかけた。

 観光客にも人気なだけあって比較的治安は良い町だが、夜中まで入口を解放しておく理由も無いのだろう。


 そして大欠伸しながら裏へ歩といて行く主人の背中を見送り、俺も薄暗い廊下を歩いて自分の部屋まで進む。


 静かに扉を叩く音コンコンッ


「コユキ、俺だ。悪いが扉を――」


 扉が開いたガチャリ

 ノックから2秒で扉が開いた。 

 そして開いた扉の先には、お辞儀で頭を下げている小柄な娘:コユキの姿。


「お帰りなさいませキリサメ様」


「……随分と早い出迎えだな。まさかとは思うが、ずっと起きて待っていたのか?」


「はい。ベッドが1つしかないので床に寝ようかと思いましたが、床に寝るとキリサメ様に怒られそうなので、どうしたらいいか聞こうかとお帰りをお待ちしておりまし……え?」


 ピタリと、コユキが固まる。

 彼女の視線は俺の背中に注がれており、パチパチ、パチパチと何度も瞬きを繰り返している。


「えっと……そ、そちらの方は?」


「マニ、俺の知り合いだ。彼女と酒を飲んでいたが、完全に酔い潰れてしまってな。それで宿まで連れ帰って来た」


「え? 女性を連れ帰って来たって……え? あッ、わたくし、すぐに部屋を出た方がいいですかッ!?」


「部屋を出る? トイレにでも行きたいのか?」


「いえ、そういう訳では無くて……えっと……え? ど、どういうことですか?」


 何故かコユキがオロオロしている。

 どういうことなのかは俺が聞きたいくらいだが、トイレに行く訳ではないなら部屋を出るのはあまり推奨しない。

 桜が咲く季節の昼間はともかく、日が落ちたこの時間帯は早く温かくして寝ないと風邪を引いてしまう。


「悪いが、マニはベッドに寝かせる。初対面で気まずいかも知れないが、女性二人ならそこまで窮屈ではない筈だ」


 背中の酔っ払いをベッドに降ろし、靴を脱がせ。

 何故かオロオロしているコユキを持ち上げ、「ひゃっ!?」と驚いた彼女もベッドへ降ろし、靴を脱がせ。

 そして強引に毛布を掛けると――


「……あっ、こういう意味ですか?」と、コユキが今頃になって状況を飲み込んだ。


 ―――――――――

*あとがき

「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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