『虎』の尾を踏んだ結果……

 ◇


 

 くっ! ……ケンのやつ、しくじりやがったのか!


 昨日の夜、計画を実行すると連絡が来てから音沙汰が無いからおかしいとは思っていたが…… 朝早くから家にやってきた奴らを見て、ケンが失敗したのだと確信した。


楠田くすだかずさんですね? 弟さん達の事も含め、会長が話し合いをしたいと言っていますので、一緒に来て頂けますか?」


「断ったらどうなるんだ?」


「……多少手荒でも構わないから連れて来いと言われてますので」


 クソッ! 逃げるにしても、きっと俺を逃がさないようにの部下達が俺の住むマンションの出入口で待ち伏せているんだろう……


「分かった……」


 大人しく従う道しかないか……



 黒いスーツを着た男達に連れられ家を出ると、マンションのエントランス前には黒の高級車が停車していた。


 前方のエンブレムは純正品ではなく、特殊な…… 『金棒』のようなものが二本、クロスしたようなデザインの物に代えられていた。


 そのエンブレムのマークはここら辺に住む人なら誰もが知っている…… 大企業『鬼島グループ』のロゴと同じ物だ。


 その後、高級車に乗せられて走る事数十分、鬼島グループの本社ビルに到着した。


 両脇には逃げられないようにするために二人が俺を挟むように並んで歩き、前、後ろにも少し距離を空けて二人ずつ、計六人に囲まれながらエレベーターに乗り込み最上階へと向かう。


 そして最上階に着くと『会長室』と書かれた扉の前に立たされた。


「会長、連れて参りました」


「ご苦労様、入ってもらえるかな」


 黒スーツの一人が扉をノックしてそう言うと、中から久しぶりに聞く声が聞こえて、もう一人の黒スーツが扉を開くとそこには……


「久しぶりだね、カズ」


「……ふん、久しぶりだな、トラ」


 鬼島グループの会長、そして高校の同級生だった『鬼島きじま虎雄とらお』が椅子に座りながら俺を出迎えた。 


 

 

「トラ、茶ぐらい出ないのか? 大企業の会長のくせにケチ臭いな」


「はははっ、お客さんだったら出すんだけど、あいにくカズはお客さんじゃないからね」


 ……チッ! ヘラヘラと笑っているように見えるがあれは敵を見る目をしていやがる。

 これはかなりマズイな……

 

「さて、長話をするつもりもないし本題に入ろう…… カズ、ずいぶんと稼いでいたみたいだね、情報は入って来ていた…… ただ、上手くやっていたのか首謀者の情報は全く入って来なくてここまで苦労したよ、しかしまさか『カズ』だったとはね……」


 ……さ、殺気!? トラに直接被害があった訳じゃないのにここまで敵視されるとは…… 今回の件とは別に何かあるのか!?


「ケンくんがすべて正直に話してくれたよ、今までどれだけの人を弄んだか…… 聞き出すのに少し苦労をしたけどね」


「トラぁぁっ! ケンに何をしやがった! ……っ!?」


「別にそれほど酷い事はしていないよ? 被害にあった彼女達ほどにはね? ……いやー、ケンくんがわざわざ結婚して『鎌瀬』という名字にしているとは思わなかったよ、調べるのに苦労したみたいだよ『楠田』だったらすぐに『色々』分かっていたのに」


 ……どこまでバレているんだ!? 


 昔、腹いせにやったがバレていたら…… きっと俺はタダでは済まない…… いや、あれはかなり昔で証拠は残ってないはずだ。


「それでケンくんに話を聞いて僕なりによく考えたんだ、これからどうした方が良いのかってね…… それで考えた結果、トラやケンくんを『鬼島グループ』の下請け会社で雇うことに決めたよ」


 ……下請け? 雇う? 何を言ってるんだ?


「それで早速だけど三人にはしばらく出張に行ってもらいたいんだ」


「ちょ、ちょっと待て! 何を言っているのか意味が分からない! お前の会社で雇うって、どういう……」


「まあ、行けば分かるよ、それにその職場の上司もカズの顔見知りだから、きっと上手くやっていけるさ」


「トラ! 分かるように説明……」


「あっ! そうそう、給料はきちんと払うからね、でも…… 会社で立て替えてある被害女性達の慰謝料が天引きされるから…… しばらくは手元に何も入って来ないとは思うけどね、あとケンくんの場合は奥さんへの慰謝料と子供への養育費もあるから更に上乗せされて大変だろうけど、兄弟仲良く手を取り合って頑張って働いてほしいな」


 どうなってる!? ケンが離婚? いつの間にそんな話に…… いや、もしかしたら俺達が再び動き出すこの日を、すべての準備を終えて待っていたのか!?


「あー、勘違いしないでね? わざわざ泳がせていたとかはないから、本当に尻尾を掴めなくて苦労していたんだ、だから派手に動いてくれてありがとう、これでやっとグッスリ眠れそうだよ」


 っ!! クソぉぉぉーー!! もう少し大人しくしていれば……


「楠田さん、お迎えに参りました」


「トラぁっ! クソっ、覚えてやがれ……」




「まあ! 相変わらずギャアギャアとうるさい男ですわね!」


 はっ? …………あっ、あぁぁっ!


「虎雄さん、そろそろ時間ですわよ? わたくし達の大切な孫、紫音しおんが待ちくたびれてますわ」


朱凛あかり…… もうそんな時間かい!? こんな下らないヤツに時間を使っている場合じゃない! 紫音を待たせて嫌われでもしたら僕はもう立ち直れないよ!」


 鬼島朱凛…… 俺達の高校の同級生でトラの嫁…… そして、俺が唯一本気で好きになった女……


「ふん! 久しぶりにあなたの顔を見ましたけど相変わらずですわね…… わたくしをいやらしい目でジロジロ見て! 本当に気持ち悪いですわ!」


 ……キモっ!? ……でも朱凛は相変わらず、凛々しく美しいな。

 その睨み付ける時の鋭い目もまた…… 美しい。


「さっさと連れて行って下さいまし! ……あっ! 決して紫音の視界に入れてはなりませんわよ? わたくし達の可愛い紫音が穢れてしまいますわ!」


「かしこまりました…… では楠田さん参りましょう、弟さんも先にお待ちです」


「じゃあカズ、頑張ってくれ! 立て替えたお金を全額返済してくれたらあとはうちで仕事を続けるなり、辞めるなり好きにしていいからね! さっ、行こう朱凛」


「ふふふっ、はい、虎雄さん」


 トラ、待て! …………ふっ、まあいい。

 こんな無茶苦茶なあるかも分からない雇用契約、知り合いの弁護士に相談して破棄すれば…… 俺達はまた自由だ! そして今度こそお前を潰して朱凛を俺のものに……


 とりあえず、俺を働かせるつもりだという職場に行ってしまえばこっちのもの。

 そこから逃げ出して、すぐに弁護士に連絡をしよう……


 ところで、トラが少し気になる事を言っていたな。

 上司が俺も知っている顔見知り? ……誰だ? 



 ◇



「虎雄さん、あの男達をわたくし達のグループ企業で雇うだなんて…… 正気ですの?」


「うん、正気だよ」


「……お熱はなさそうですわね」


「はははっ、大丈夫だって、それにカズ達の勤務先は…… ヒロシの所だからね」


「ヒロシさん…… なるほど、そういう事でしたのね」


「ああ、それに…… ヒロシならアイツらを上手く使ってくれそうだからね」


「虎雄さんがそう決めたのなら、もうわたくしは文句を言いませんわ」


「……ごめんね、朱凛」


「えっ?」


 ヒロシなら大丈夫…… それにあそこで働けば、逃げ出したくてもそう簡単に逃げられないからね。


「……さて、あおいと紫音を待たせるのは悪いから、僕達も急ごうか」

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