迫り来る……異なる未来

「はははっ、いやぁー、白井社長も大変ですね」


「それでもこうして若手の社員達が頑張ってくれているから何とかなっているんだよ」


 一応商品の説明を一通り受けて、これから社内で検討するという形で話は終わり、その後は普通に食事会になり、社長と鎌瀬さんは酒を飲みながら雑談をしていた。


 俺と春日くんはそんな二人の話に相槌を打ちつつ、注文した料理をちびちびと食べている。


 若い頃の苦労話やちょっとした自慢話などを、酒が入って上機嫌な社長が話し、それを盛り上げるように鎌瀬さんは話を広げたりと…… あははっ、大変そうだな。


「剣持くん、どうしたんだい? ウーロン茶ばかり飲んで」


「ははっ、元々お酒はあまり飲まないんですよ」


「そうだったかい? 忘年会の時とかは飲んでいたじゃないか」


 たまに飲むこともあるが、最近は全く口にしていない。

 酒なんか飲んだら…… 夜が大変だ。

 甘えん坊で暴れん坊な咲希との格闘ゲームに支障が出てしまうからな。


「もしかしてあまり飲んだらいけないって奥さんに言われているとか?」


「いえ、そういう訳ではないですが……」


「それなら一杯くらい…… おっと、こうして無理矢理お酒を勧めるのは良くないんだったね、たしかアルハラとか言われてしまうんだよね」


「あははっ」


 社長は無理矢理勧めるような人ではないから、そこまで気にしなくても良いと思うけどね。


「へぇー、剣持さんはご結婚なされてるんですね、ご結婚されてどれくらいになるんですか?」


「はい、結婚して…… えっと…… あと一ヶ月くらいで二年経ちますね」


「そうですか、ははっ、だからお酒を控えているんですね」


「あっ! なるほどー、それはお酒を飲んでいる場合じゃないね」


 社長と鎌瀬さん、ニヤニヤしながら何を言ってるんだよ! ……ほぼ当たりだけど、子供を作ろうとしてるんじゃないよ? 

 ……練習はみっちりしてるけど。 


「それじゃあお酒はやめておいた方が良いと…… 剣持さん、グラスが空になってますけど何を飲みますか?」


「んー…… じゃあウーロン茶をもう一杯頼んでもらえるかな? 悪いね春日くん」



 ◇



 ふっ! はぁっ! ふぅー…… これくらいにしておこうかな?


 ムラム…… 運動不足を軽くシャドーボクシングをして解消し、じんわりと汗をかいたのでタオルで拭う……


 んっ!? こ、これは…… 

 タオルじゃなくて夏輝の使用済みTシャツだった!!

 良い匂いがするからビックリしたぁ……


 もう拭いちゃったし、新しいタオルを出すのはもったいない。

 洗濯物も増えちゃうし、これはうっかりミス、だからぁ…… 仕方ないよね、えへへっ! 全身拭いちゃお!


 んっ…… ふぅーっ! 

 あれ? そういえば汗をかいたのに消えない!? いつもなら滲んで消えちゃうのに…… あっ!! これ、もしかして…… 間違えて使っちゃったかな?


 …………えへへっ、まっ、いっか!

 さーて、お風呂の準備をしよーっと!


 ふんふんふーん♪ 夏輝の予想だと遅くてもあと一時間くらいで帰って来るだろうし、それなら一緒に入った方がお得だもんね! ……色々。


 ふとリビングに置いてある卓上カレンダーが目に入った。


 ……もう少しで結婚記念日か。

 

 結婚して二年。

 未来では結婚記念日が過ぎて、しばらくしてから私は…… 


 ……気にしないように過ごしていたけど、やっぱりその日が来るんじゃないかと思うと恐い。


 最悪な未来にならないよう、私も夏輝も色々気を付けて行動はしているけど……

 

『どんなに頑張っても、もし未来が変わらなかったら……』


 そう考えるだけで身体が震えてしまう。

 そもそもどうして過去に戻って来れたのかも分かってない、頑張りが無駄になる可能性もある……


 ううん、悪い方に考えたらダメよ、咲希! 


 ……夏輝、早く帰って来ないかなぁ。


 不安な気持ちを書き消すくらい、いーっぱい愛して欲しいな。



 ◇



「それじゃあもうそろそろお開きに…… 大丈夫かい、剣持くん?」


「あ、ははっ…… 大丈夫です、よ……」


「すいません、剣持さん! 自分が頼んだウーロンハイを間違えて渡してしまって……」


「いや、気にしないで…… おっと!」


 久しぶりに酒を口にしてしまったからか、足がふらつく…… 俺ってこんなに酒が弱かったかな? 


「剣持くん、帰れるかい?」


「だ、大丈夫です…… そんなに飲んでないし、少し休めば……」


「あっ! 剣持さん、転びそうになっているじゃないですか! 大丈夫じゃないですよ…… 社長、剣持さんは自分が送って帰ります」


「これじゃあ一人で帰るのは危なそうだから、そうしてもらえると助かるよ、すまないね春日くん、それじゃあ頼んだよ」


「はい、任せて下さい」


 くっ…… 意識がぼんやりして、視界が揺れているように感じる……


 ウーロンハイをコップ半分飲んだくらいでこんなになるなんて…… おかしい……


「社長、タクシーが来ましたよ」


「じゃあ先に春日くんが……」


「いえいえ、社長が先に乗って下さい、自分達は次のタクシーに乗りますから、ほら、すぐ後ろに停車してますし」


「そ、そうかい? では…… 鎌瀬さん、また後日連絡しますので」


「ええ、お待ちしております、今日はありがとうございました」


 ……さ、咲希に連絡をしてなかったな。


「……では行きましょうか、鎌瀬さん」


「ふふっ…… ああ、そうだね」


 えっ?…… 鎌瀬…… さん? 

 何で一緒にタクシーに…… 


 ああ、ぼんやりとして頭が回らない…… 


「どちらまで?」


「○○○○の△△△までお願いします」


 春日、くん、何で…… 俺の家の、住所を……


「ふふふっ……」


 さ、咲希……


 …………

 …………



 ◇



 夏輝から連絡が来ないなぁ…… 食事会が長引いてるのかな?

 

 さっきから何度もスマホを確認しているけどメッセージはない。

 終わったら連絡くれるって言ってたのに…… もしかして帰り道に事故とか!? ううん…… きっとただ遅くなってるだけだよ。


 どんどん悪い方に考えてしまうのはやめよう…… とにかく夏輝からの連絡を待つしかないよね。


 ……あっ、家のインターホンが鳴った。


 ……こんな夜遅くに誰?

 身体が強張り、一気に嫌な汗が出てきた。


 そして恐る恐るインターホンのモニターを確認する。


 そこには…… 知らない男の人と、その人の肩を借りてぐったりとしている夏輝の姿が映っていた。


 夏輝!? どうしたの!?

 

 慌ててインターホンの通話ボタンを押し、恐る恐る返事をする。


「は、はい……」


『すいません、剣持さんの部下の春日ですが…… 剣持さんが酔い潰れてしまって連れて来ました』


「夏輝が? ……い、今開けます!」


 

 …………


 何故すぐに開けてしまったのか……

 

 後悔したってもう遅い……


 寂しさと目の前でぐったりしている夏輝が心配で、注意を払うことが出来なかった。



「夫を送っていただきありがとうございま…… きゃっ! んーーっ! んーーっ!!」


「……春日くん、ここで騒がれたらマズい、家の中に連れ込むんだ」


「はい! ……へへへっ」


 な、なつ…… き……

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