ファイト一撃でスッキリ!

 動いてみるか、って言われてもぉ…… どうしたらいいの?


「とりあえず拳を痛めたら大変だからグローブを付けておくか」


 グローブ…… あっ、指が見えるタイプの…… 昔、唯愛の部屋に転がってたのを見たことある!


 わぁぁ…… 何かこれだけで強くなった気分になる! えへへっ。


「よし、そこにぶら下がっているサンドバッグを好きなように殴ったり蹴ったりしてみるといい」


「は、はい……」


 殴ったり蹴ったりなんてしたことないよぉ…… 夏輝に毎日のようにお尻をペチペチはしてもらってるけど。


「わははっ! とにかく軽く殴ってみろ、スカッとして楽しいぞ」


「わ、分かりました……」


 うぅっ、よく分からないけど…… えーい!


 ポフッ、とか、ペチッて音しか聞こえてきそうにないくらいにしか叩けないよぉ……


「お姉ちゃん、手首をケガしないようにちゃんと固定して真っ直ぐ打つといいわよ! こういう風に…… ふん!!」


 わぁぁっ! ドスッ! って重い音がしてサンドバッグが揺れている…… 


「わー! 唯愛、すごーい!!」


「んふふっ、これでもまだ軽くしか殴ってないのよ?」


「ほぇー……」


「コラッ! 初心者に見せびらかして喜んでるんじゃない! 咲希、ユアのことは気にせずに好きなように身体を動かしていいからな?」


「はーい…… えい! えい!」


 ピタン、ピタン、ペチッ、ペチッとパンチやキックをすると、お腹周りについたお肉がプルンプルンと揺れているのが分かる。


 ……唯愛の言う通り、私、気付かないうちにプニプニになっちゃってたのね。

 ポールダンス中は夢中になっているから余計に…… あぁん、夏輝ごめんね? 重いのに激しくダンスしちゃって。


「わははっ! へっぴり腰になってるぞ? もっと気楽に、自由に叩いてみるといい、そうだなぁ…… あっ! ムカつくやつの顔でも思い出してパンチするとスカッとするぞ」


 ムカつく…… ムカつく…… あっ


 ……楠田!!


「……ふん!!」


 私達の幸せをめちゃくちゃにして! 絶対に許さないんだから! えい! えい!


「お、お姉…… ちゃん?」


「おお…… さすがユアの姉だな、なかなか筋が良いぞ……」


 楠田の顔を思い浮かべて、ありったけの怒りを込めてサンドバッグを夢中で叩き続けていたら…… あれっ?  えへへっ、凄くスッキリした!


「ふぅ…… 唯愛? そんなに私を見つめて、どうしたの?」


「い、いや…… 相当ストレスが溜まっていたのね…… 凄い迫力だったわ」


「えっ!? そんなつもりはなかったんだけど……」


 タイムリープしてきてからは毎日夏輝とストレス解消していたから気付かなかったけど、やっぱり心の奥底ではずっとモヤモヤとしたストレスが残っていたのかな? 


「咲希、練習すればもっと強くなれるかもしれないぞ?」


「強く……」


 唯愛と違って私はあまり強さには興味ないんだけど……


「身体が強くなれば心にも余裕が出てくる…… まあダイエットでも暇潰しでもいいからこのジムに通ってみないか?」


 うーん…… でも楽しかったし、夏輝も私が外出するようになったら喜んでくれるよね? 


「……唯愛とまた遊びに来させてもらおっかなぁ?」


「いいわよ、あたしは構わないわ、お姉ちゃん」


「なら決まりだ! よろしくな、咲希」


「よろしくお願いします!」


 ……普通の日常に戻るための新たな一歩だと思って頑張ってみよう!


 そして私は、唯愛と一緒にクレアさんのジムに通うことになった。



 ◇



『唯愛と一緒にジムに通ってもいいかな?』


 そう咲希から昼過ぎにメッセージが入っていた。

 しかもサンドバッグを笑顔で叩いている写真付きで。


 ……メッセージを見て、まず最初に思ったのは『あのブタのキャラのジャージで行ったんだ』ということ。


 一枚目の写真はジャージの上を着ていたけど、二枚目は上を脱いでデカデカとブタのキャラがプリントされたTシャツ姿だった。


 咲希がいいならいいんだけど…… 全身ブタのキャラって…… 


 あとは咲希の妹、唯愛ちゃんと笑顔で並んで撮っているものや、ジムのトレーナーの…… 褐色美女とのツーショットも送られてきた。


 しかもこのトレーナーさん、金髪でスタイル抜群で、ちょっと唯愛ちゃんに似た雰囲気だ。

 なんでも父親が南米出身のハーフだとか。

 言われてみれば外国の人のような顔をしているな。


 それよりも…… 咲希が外出して笑顔を浮かべているのが俺的には一番驚いている。

 いつも外出するとビクビクオドオドしているからな…… 唯愛ちゃんが連れ出してくれて良かった。


『咲希が大丈夫なら良いんじゃないかな?』


『ありがと! じゃあ通わせてもらうね!』


 そう返信があり、スマホをしまおうかと思ったらもう一通メッセージが来て……


『今、ジムにあるシャワーを借りているよ!』


 ……すっぽんぽんの咲希の自撮りが送られてきた。


 もう! それは送らなくてもいいから!


『夏輝のサイン、汗で流れちゃった…… 今夜またサインしてね?』


 ドアップでその部分を撮らなくていいよ!

 はぁぁ…… サインしないと言うと凄く悲しそうな顔をするし、サインをすればブヒブヒ言うし…… でも咲希が喜んでくれるならと、最近は諦め気味だが言われた通りにサインしている。


『うん、分かった、気を付けて帰るんだよ』


『うん! 夏輝愛してる!』


『俺も愛してるよ』


 ……ふぅ、でもやっぱりどんな事があっても咲希は可愛いから、可愛いお嫁さんである咲希のお願いは断れないんだ。


 そしてスマホをポケットにしまい、車に乗り込んで会社へと戻った。



 ◇



「ヒメー? ただいまー!」


「あう、あう!」


「んふふっ、良い子にしてたかしら?」


 ジムの帰りに私達の実家に寄り、ママに預かっていてもらっていた陽愛ちゃんを迎えに行った。


 そして実家で少しお茶をしながらママとおしゃべりをした私達は、一緒に私達の家へと帰ってきた。


「お姉ちゃん、時間もあまりないし今日は何かデリバリーしましょ?」


「う、うん……」


 宅配の人が家に来るのは苦手なんだけど、唯愛がいるし大丈夫よね?


「もしかして嫌だった?」


「そ、そんなことないよ! ……じゃあ陽くんも来るしいっぱい頼んじゃお! えへへっ」


「んふふっ、そうね」


 唯愛、心配かけてごめんね。

 姉妹だからなんとなく私が変なのが分かっちゃったんでしょ?

 そして私を元気付けようとあれこれ気にかけて連絡をくれたり、今日みたいに外に連れ出してくれたり……


 心配してくれる家族のために、もっと私が強くならないとね!


 心の中でそう思いながら、晩ご飯のメニューを唯愛と相談しながら決めた。

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