変化した……夫婦関係
咲希の衝撃的な告白から一ヶ月くらい経ち、若干ではあるが咲希が外出中オドオドする事が減ったように感じる。
ただ、まだ一人での外出は怖いようで、用事がある時は俺が仕事を終えて帰って来るか、休みの日に一緒にお出かけするくらい。
だから咲希が運動不足になると思い、ルームランナーを買ってみたのだが……
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「…………」
「はぁん、はぁっ、はぁぁんっ!」
何故だ……
ルームランナーを使って走る咲希…… と、その横でリードを持って立つ俺。
リードの先は咲希の首元に巻かれた、可愛らしいデザインの鈴の付いた首輪に繋がっている。
何故……
「ふぅー! ……えへへっ」
二十分にセットしたタイマーの終了アラームが鳴り、その間ゆっくりとしたスピードで走り続けた咲希が、走り終えて俺の方を笑顔で見つめてきた。
「……頑張ったな咲希、えらいえらい」
「えへっ、えへっ……」
こうしてちゃんと走り切った咲希を頭を撫でて褒めると、デレッとした顔で喜ぶんだ。
何故こんな事になったのか……
運動をさせたい俺と、運動はしたくない咲希。
咲希は『運動するならセッ○○で十分!!』と言い張るのだが、俺としてはすべての運動をそれに集中されると…… 身体が持たないんだよ。
何とか説得してルームランナーを買ったまではいいが、なかなか使おうとしない咲希。
どうすればいいかと悩んでいたら『ご褒美があれば頑張れる!』と言うので、咲希が望むご褒美を与える約束をした結果がこれだ。
そして俺が見守る中、いつの間にか用意していた首輪をして咲希は嬉しそうに走り出した。
しかも汗をかいてもいいようにと、白のタンクトップにショートパンツ姿でブルンブルンさせながら…… どこがとは言わないが。
これの何がご褒美になるのかは分からないが、こうしないと咲希は運動をしてくれないから仕方ないと半分諦めている。
最初は久しぶりの運動で疲れたのか、いつもなら求められる時間帯にはぐっすりと眠ってしまっていた。
ただ、徐々に体が慣れてきたようで……
「えへっ、へっ、へっ……」
犬のようにお座りをして俺に頭を撫でられた後は
「んんっ…… 美味しいん棒で水分補給っと……」
首輪を付けたまま…… 咲希曰く『クールダウンタイム』に突入してしまうのが最近の流れ。
あれ? 俺…… もしかして失敗した? 運動で疲れてもらうのが目的だったのに、逆に耐久力がついちゃったよ!
「あぁん、夏輝だけのペットになった気分で…… し・あ・わ・せっ! えへへっ」
でも咲希が幸せならそれでオッケー、なのかな?
……俺もルームランナーで運動して体力付けないと。
◇
はぁっ、はぁっ、はぁっ…… 夏輝に、見つめられているっ!
夏輝に運動不足になるからと言われて始めたルームランナーによる軽いジョギング程度の運動。
だが運動不足だった私には大変で、初日は足がガクガクしちゃった……
夜の運動では足どころか全身ガクガクのビックビクになってるけど、それとこれとは話が違う。
ただ、ご褒美があるから私は頑張れるんだ! えへへっ…… まるで散歩をしている犬みたいに首輪にリードを付けられながらのジョギングは、正直夏輝のペットとして一生飼ってもらいたいくらい興奮しちゃう。
夏輝専用、奴隷兼ペット兼肉○○…… あぁん、素敵ぃぃ!!
たまたまネットショッピング中に見つけた首輪がこんな所で役立つなんて、買っておいて良かった。
この状態…… 夏輝に支配されているようで安心する。
このままずーっと離さないで欲しい。
……願望なのかな? 二度とあんな目に会いたくないから、ちゃんと夏輝の物にしておいてね? という私の願望……
今でもたまにフラッシュバッグする光景、そして襲われる強烈な不安を書き消すためには、ちょっぴりハードなくらいが丁度良いんだよね。
あとは…… もう少しで荷物が届くから、そうすればちょっとは外出が怖くなくなるかもしれない。
「さ、咲希っ!」
んんっ!! …………えへっ、水分補給、完了…… かな?
「……ありがとう、咲希」
そしてまた頭を撫でられお礼を言われる…… あぁ、辛くて苦しかった記憶がまた一つ上書きされていくみたい。
たっぷり甘やかされ、少しずつ、少しずつ癒されていく心の傷……
諦めて捨てようとした未来が取り戻せているように感じ、過去に戻ってこれたことを感謝しながら生活している。
「ちょっと…… くすぐったいから…… もういいよ」
……もうちょっと。
「……っ! 咲希っ、止め……」
未来では二度と味わえなくなってしまった私だけの美味しいん棒、だからもう二度と忘れないくらい、味がしなくなるまで食べちゃうもんね! ……えへへっ。
◇
積極的になった咲希に戸惑いつつも、今まで味わったことのない体験をしてドキドキしている自分がいる。
嫉妬や悔しさがない訳ではない。
だが、あのまま二人だけだとアマチュアのままで、プロにはなれなかっただろうと思うと複雑な気持ちになる。
もちろんそれだけが全てではないが、仲良くする幅も広がり、以前よりも夫婦として親密になれているような気がする。
「えへへっ……」
ただリビングでテレビを見てくつろいでいる時間だって、二人でソファーに座っているか、手を繋ぎながらくっついて見ているかでかなりの差があると思う。
何が言いたいかというと…… お互いに大切に想う気持ちが更に強くなり、今が一番ラブラブだという事だ。
たまに甘えるようにキスをせがんできたり、ついつい盛り上がったり。
「ねぇ…… 夏輝?」
今も潤んだ瞳で見つめてくる咲希にドキドキしながら抱き締めようかと手を伸ばして……
ピンポーン
「えっ? 誰だろう、こんな時間に」
今は二十時だぞ? 来客では…… ないよな?
「な、夏輝ぃぃ……」
突然のインターホンの音に、咲希の身体は強張ってしまっている。
「ちょっとモニターを確認してくる」
少し怯えている咲希の頭をそっと撫でて、インターホンのモニターを確認すると……
んっ? 宅配業者さんの制服を着ているぞ、何か頼んだ覚えはないんだが……
「……あぁっ!!」
すると咲希が何かを思い出したかのように立ち上がり
「私が買い物をした荷物だ!」
どうやら咲希がネットでまた何かを買っていたみたいだ。
そして、咲希に代わり俺が荷物を受け取った後、咲希は嬉しそうに荷物の入った段ボールを開け始めた。
「えへへっ、今日だったのすっかり忘れてた…… じゃーん! 見て見てぇ! どうかな、これ?」
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