愛情たっぷりで、………な咲希

 咲希が段ボールから嬉々として取り出したのは…… T字の皮のベルトみたいなものに金属が部分的に付いている物だった。


「それ…… 何なの?」


「えぇっ!? 見て分かるでしょ? 貞操帯だよ、知らないの?」


 何それ!? しかも知ってて当たり前のような言い方しないで! いや、テーソータイって、何? 


「えへへっ、これを…… こう着けて鍵をすると…… 脱げなくなっちゃうんだぁ!」


 パ、パンツみたいに着けて…… えっ? 脱げなくなったら大変だろ! トイレとか。


「一応トイレ出来る構造になってるみたいだよ…… えへへっ、これで外を歩いていて襲われても大丈夫だね!」


 咲希の未来での事もあるし、いつ何があるか分からないから絶対に襲われないとは言い切れない、でもだからといってわざわざ買う必要は……  


「必要だよ! だっていつ誰が襲ってくるか分からないんだよ? あんなに優しかった町内会長さんだって私を……」


 町内会長? ……あの大人しそうで優しいおじさんが? 引っ越してきた当時もお世話になったし、今も顔を合わせれば『分からないことがあったら相談してね』と、俺達夫婦に気をかけてくれている、あの町内会長が?


「町内会長さんも最初は、私達の家に頻繁に出入りする楠田を不審に思って様子を伺っていたみたいだけど、楠田に唆されたせいで…… 狂っちゃったのかな」


 一体、未来の咲希はどんな酷い目にあっていたのか…… 思い出したくないのと未来の俺への罪悪感からか、すべて包み隠さず語るのは辛いみたいだが、断片的に話してくれるエピソードが…… かなり衝撃的な内容なんだよ。


「だから…… これがあれば夏輝も私も安心でしょ? えへへっ、それに…… 首輪とこれも付ければ…… えへっ、更に夏輝専用ペットみたいになって…… えへっ、えへへ……」


 それで咲希が少しでも不安が紛れるなら…… 俺はこれ以上何も言うつもりはない。


「あとは…… これこれ!」


 そして更に箱から取り出したのは、アイマスクと…… 穴の空いたボールに紐みたいなものが付いている謎の物体だった。


 何…… それ?


「えへっ、えへっ…… んー……『夏輝専用ブタさんなりきりセット』……ってところかな?」


 ……ヘっ?


「あっ、あとはぁ…… 太めの水性ペンに……『踊るキノコタケノコ大戦争 あなたはどっちで封鎖する?』も買っちゃった! えへっ」


 水性ペン? キノコタケノコ…… わ、分からない! 分からないよ、咲希ぃ!


 分からない…… でも、その夜……


 我が家にブヒブヒと嬉しそうに鳴く、一匹のブタさんが現れましたとさ、めでたしめでたし……




 ◇



 ぶ、ぶひぃぃ…… し、幸せぇ……


 自分でもおかしいと思う。

 でも、おかしいと分かってはいてもトラウマを克服するには荒療治が必要…… あとは夏輝の愛情で上書きしてもらうしかないと私は思っている。


 実際、夏輝に愛され、擬似的だとしても支配されていると感じるだけで、外出する時の恐怖は軽減されている。


 間違ってる…… けどこれがトラウマ克服の近道になってくれると思う。

 これくらいしないと今のままでは、家族以外の男性と二人きりになる状況が出来てしまった時、身体が強張って動けなくなってしまうから危険。


 少しでも余裕ができて身体が動いてくれれば、逃げることもできるし、助けを呼ぶことができるかもしれない。


 だからこれは今の私には必要なことなの……


 うん、必要なのよ。


 

 ふへへっ…… べ、べつにMに目覚めたわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!?


 でも…… キノコタケノコは駄目だったな…… 夏輝以外を受け入れるとなると、身体が拒絶して…… キノコタケノコですら気持ち悪くなって吐いてしまった。


 せっかく盛り上がって…… ゲフンゲフン、せっかくトラウマ克服のためにじっくりねっとりと夏輝と協力して厳しい修行をしていたのに、中断せざるを得なかった。


 でも落ち着いてから今度は普通に続きをしてもらって、最後は優しくお腹の下の方に夏輝の直筆サインを貰っちゃったけどね…… えへへっ、ぶひぶひしちゃったぁ。


 洗えば消えちゃうのが少し残念だけど、またサインして貰えばいっか! いつか夏輝のサインだらけにして欲しいなぁ…… 


 あっ、いけないいけない! 私は今、修行中の身よ! 夏輝の好きな漫画と似た状況で…… 今の私は未来から来たスーパー戦闘民族と同じ、悪者との戦いのために夏輝と一緒に修行をして強くなっているの!


 気を引き締めないと!


 えへへぇ、でも…… 荒々しい夏輝もなかなか…… 


 隣には修行で疲れ果てて眠ってしまった夏輝。

 そんな夏輝に感謝しながら抱きつき、今日も安心して眠りについた。



 

 ◇



 

 まるで別人になってしまったかのような咲希。

 本来恥ずかしがり屋な咲希をあそこまで変えてしまうとは……


 その後も『楠田』という男がいないかと、更に範囲を広げて取引先の人も注意しながら探ってみたが、やはり該当する人物はいなかった。


 夜にどれだけ乱れようが、プロのような技を繰り出されようが、ブヒブヒ言おうが、そんな些細なことで咲希を愛する気持ちが揺らぐことはない。


 ただ…… 吐いてしまった姿を見て、どれだけ咲希が明るく振る舞っていようが、その心には俺には計り知れない深い傷が付けられているのが分かってしまった。


 慰めることしか出来ない無力な俺と、未来の俺は何をやっていたんだという怒り、そして咲希をここまで傷付けた『楠田』という男への怒りが増している。


「えへへっ、なーつーき、おはよ!」


 そんな事を寝起きの頭でぼんやりと考えつつゆっくり目を覚ますと、隣には変わらない笑顔の咲希が居て、俺は思わず強く抱き締めてしまった。


「あん! ……朝からどうしたの? ……する?」


 いや、しないけど…… ただ抱き締めたかっただけで…… 咲希ちゃん? ねぇ、俺が起きるまで何をしていたのかな?


「えっ? 毎朝する美味しいん棒チェックだよ? 今日も美味しいかなぁって、えへへっ」


 道理で気持ちいい目覚めだと思ったよ! 


「温度に硬さ、味付けも確認済みだから…… いつでも食べ頃だね! えへへっ」


 味付け!? いつの間に…… 美味しいん棒職人の朝は早いね!


「で…… するの? しないの? どっちなの?」


 そう言いながら美味しいん棒チェックは続けてるじゃないか…… 


「……キャッ!! ……えへっ、夏輝ぃ」


 そんなに食べたいなら…… 食べさせてやるよ!


「ぶ、ぶひぃぃ……」



 …………



 

 ◇



「じゃあ行ってくるよ」


「いってらっしゃい! んー、ちゅうっ、んっ……」


「い、行ってくる……」


「ちゅっ、ちゅっ……」


「行っ……」


「んちゅうぅぅぅー!」


「も、もう行かなきゃ! つ、続きは帰ってから! じゃあ行ってくるよ」


「あぁん! ……いってらっしゃーい!」


 朝からお腹いっぱいで、幸せな気分で出社する夏輝を見送る。

 ついついいってらっしゃいのキスが長くなりがちだが、そんな私に付き合ってくれる夏輝は優しい…… 好き、愛してる。


 そして見送った後は洗濯機を回し、部屋の掃除。

 特に寝室は念入りにしないとね! シーツは洗濯、消臭スプレーをたっぷりと撒いて空気の入れ換えをして…… ひと休み。


 早速買ったばかりの貞操帯を身に付けて、ウキウキしているから家事も捗る。


 鍵は夏輝が一つ持っていて寝室の棚にはスペアの鍵も隠してあるから、いざとなれば家なら外せる。


 夏輝に見守られながら装着したせいか、常に夏輝に守られているような気がして、余計に気分が良いんだろうな、えへへっ。


 もうそろそろ、一人で外出する練習もしないとな……


 朝、新たなサインを貰った場所を撫でながら、私はそんな風に思った。

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