変化した夫婦の日常

 仕事が終わり真っ直ぐ家に帰ると、出かける準備をした咲希が家で待っていた。


「夏輝、おかえり!」


「ただいま、咲希」


 明るく笑顔で出迎えてくれて俺も自然と笑顔になる、ただ…… 何だ、そのパーカーは。


 咲希が今着ている黒のパーカー。

 その胸元には咲希お気に入りのブタの顔が可愛くデフォルメされたようなキャラクターがプリントされていた。

 笑顔で口の端から少しよだれを垂らしている絵で、正直に言うと…… ダサい。


「えへっ、可愛くて買っちゃった! ……あっ、そんなに高くないから安心して! 三千円くらいだったから」


 買っちゃったって…… 昨日宅配で届いた荷物がこれか? しかも三千円…… もっとオシャレで可愛い服も持っていたはずなんだけど、わざわざこれを選んで買うなんて、しかもそれを着て買い物に行くのか?


「だって…… 今持っている服だとどうしても肌の露出が多くなるんだもん、あっ、あとこれ、同じブランドのジャージも買ったんだぁ、えへへっ」


 よく見ると下に履いてるジャージも新品だ。

 咲希が笑顔でパーカーの裾を少し捲ると、ジャージの腰辺りに小さくブタのキャラクターの刺繍がされていた。

 パジャマにしているやつと同じキャラクターだが、咲希ってそんなにブタが好きだったっけ?


「あと、他にもネットで色々注文しちゃったから、届いたら見せるね! ちゃんと私のおこづかいの範囲内で買ってるから、心配しないでね?」


 それは心配はしてないけど、その格好で出歩くのは心配だよ? ある意味。


「えへへっ、夏輝とデートだぁ…… 嬉しい」


 食料品を買いに行くだけなんだけどね? でも、咲希が本当に嬉しそうな顔を毎回するから何も言わないけど。


 タイムリープ? してきたらしい咲希は以前と違い、一緒に居る時は小さな事でも大袈裟に喜んだり、寂しかったり悲しいとベッタリ甘えながら俺に伝えてくる。


 やはりどこか精神的に不安定で心配だから、まだ喧嘩とかはしていないが、なるべく喧嘩にならないように気を付けよう。


 まだ咲希がタイムリープしてきたと告白されてから二週間ほどしか経ってないが、正直、今の変わってしまった咲希を見ていると、告白の内容は本当なんじゃないかと思うようになってきた。

 でも、それが本当だとしてもやっぱり俺は咲希を愛してる。

 

「んっ? 夏輝、どうしたの?」


「……いいや、じゃあ買い物に行こうか」


「うん!」


 そして最後に咲希は用意していた黒いキャップを被りマスクをして、嬉しそうに俺の腕にしがみついてきた。



 ……キャップまでブタのキャラクターの刺繍があるんだね。



 ◇



 短いスカート、胸元が大きく開いたシャツ…… 全部着れない……


 今まで何人もの男達にいやらしい目で見られた私は、男性の視線に敏感になっている。


『へへへっ…… 良い身体じゃねぇか』


 ……っ! フラッシュバッグする過去の光景に身体が震えてしまう。


 男を喜ばせる身体だと言われ、エサに群がる獣のように…… でも、あの地獄からはもう解放されたんだ。


 今は悪夢のような経験を、愛する夏輝に幸せいっぱいに上書きしてもらっている途中、夏輝にならいつでも見てもらいたいぐらい。


 だから出かける時はなるべく地味な服を…… あっ! このパーカーも可愛い! 


 ポゥさんがプリントされたパーカー、地味だしゆったりして動きやすそうだから良いかも! ……買っちゃお、ポチっと。


 ……ふーん、一応ブランド物なんだぁ、ジャージも安いから買っちゃおっかなー? キャップもセットだとお得なの!? じゃあ買うしかないよね、えへへっ。


 おっと、いけないいけない、目的の物は違うんだった…… うわぁ、高いなぁ。

 でも、これがあれば夏輝も安心だよね?


 念には念を入れて、防犯グッズとかGPSの発信器も買っておこう。


 ……いつ何があるか分からないもんね、まさか近所のスーパーの店長まで楠田にお金を払って…… もうあのスーパーには行くつもりはないけど。


 あと、夏輝の会社の同僚だという人も楠田に唆されて、何度も家に訪れては…… 今の所関わりはないらしいが夏輝には伝えた。

 不安の芽は今のうちに刈っておかないと心配だ。


 記憶を失くしたら楽に…… いや、私はバカだから罪を忘れたら判断を誤り、また過ちを繰り返してしまいそう。

 罪を忘れず、これからは精一杯夏輝のために尽くしていくと決めたんだ。


 ……これで、良いかな? ……購入っと。


 ふぅっ…… あっ! もうそろそろ夏輝が帰って来る! さてと、ポゥさんパーカーが届くまではなるべく地味なのを選んで過ごそう。



 ◇



 どうやらいつも行っていたスーパーには嫌な思い出があるらしく、今日は少し離れた違うスーパーに歩いて向かっている。


『あそこの店長にも……』


 多くは語らなかったが、少し震える自分の身体を抱えように話していたから相当嫌な事があったんだろう。

 俺も今は詳しく聞かないようにして、話し終える前に咲希を抱き締めると、安心したのか震えは止まり、笑顔を見せてくれた。


 ……楠田って奴はどれだけ咲希を傷付けたんだろうか。

 でも会社に楠田という男がいないか改めて調べてみたが全く見つからない、でも咲希の話では俺の上司だと言っていた、だから……


 未来の俺は、咲希が傷付き苦しんでいる間も気付かずに暮らしていたと思うと腹が立つ、だからこれからは咲希を守り、俺も警戒しながら生活しないとな。


 とりあえず今関わりがある俺の同僚も加担していたらしいので、咲希とは会わせないようにする。


 そういえばあいつ『新年会に嫁さん連れてきたらどうだ?』とか言ってたよな? 待ち受け画面にしている咲希とのツーショット写真も見せたし…… 楠田に唆されたんだとしても、人の奥さんに手を出すようなやつだと分かったから、少し付き合いを考えよう。


「夏輝、また考え事?」


 組んでいる腕を軽く引っ張り、心配そうな目で見てくる咲希…… 目深に帽子を被り、マスクもしているから目元しか分からないが、心配している顔で合ってるよな、多分……


「咲希とこれからもずっと一緒にいるために頑張らないとなーって考えてたんだよ」


 咲希が安心して笑って暮らせるように、な。


「えへへっ、私もずーっと夏輝と一緒がいい」


 

 ◇



 えへっ、えへへっ…… 夏輝ぃ……


 私を守るように腕をしっかりと絡ませてくれている……


 最近、出かける時は必ずこうしてくれるから…… えへへっ、嬉しい。


 夏輝の腕…… この腕でいつも抱き締められて…… はぁん…… 


 じゅるっ! いけない、買い物に行く途中だよ、私! マスクがあって良かったぁ、きっとだらしなくよだれを垂らしていたわ。


 …………


 無言で真っ直ぐ前を見つめ、真剣な顔で考え事をしている…… うん、そんな横顔もカッコいい。


 でも、きっと私の事で悩んでいるんだろうなぁ…… ごめんね、夏輝。


 大丈夫、私も自分の身を守るために色々考えてるから。

 だから、悩まないで欲しいな…… 夏輝が笑顔で居てくれるのが私の一番の幸せだから。


「夏輝、また考え事?」


「咲希とこれからもずっと一緒にいるために頑張らないとなーって考えてたんだよ」


 心配していたのが顔に出ちゃったかな? でも、嬉しいな…… 


「えへへっ、私もずーっと夏輝と一緒がいい」


 あぁん、夏輝に優しく微笑まれると、ムズムズしちゃう! ……ダメよ咲希! 夜まで我慢よ!


 でもぉ、夏輝と触れ合って見つめられたら、我慢出来なくなっちゃう。


 ……下が黒いジャージで良かった。

 シミになっても目立たないもんね。


 我慢するためにちょっぴり甘えちゃお!

 

 そして私は夏輝の腕に頬擦りするように更に密着して、買い物デートを目一杯楽しんだ。

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