ゆっくりと確実に一歩ずつ

「じゃあ行ってくる…… んーー!!」


 あぁん! 夏輝ぃ! いってらっしゃい! 寂しいから早く帰ってきてね?


 ……という気持ちをたーっぷり込めたキスをして、出勤する夏輝を見送る。


「は、ははっ、行ってくる……」


「はぁい! いってらっしゃーい! ふふっ」


 愛する旦那様の後ろ姿を見えなくなるまで玄関ドアからひょっこりと顔を出しながら見送り、姿が見えなくなったのを確認して家の中に入った。


 鍵を閉めて、チェーンをかけて…… よし! 家事を始めるわ!


 そしてまたまたネットショッピングで買った、ペット見守り用のカメラにしっかりと映るようにに着替える。


 ロックよし! 落書きよし! えへへっ、昨日もいっぱい夏輝のサインもらっちゃったもんねー? ……なになに? 『夏輝専門○○○ケース』? 『○乱○ッチ、ただし夏輝に限り有効』『ブヒブヒペット』…… うん! バッチリね!


 戦闘服にエプロン、その姿で部屋中をお掃除。

 もちろん外からは見えないから安心安全! あとは洗濯…… 夏輝の服の匂い残りをしっかりたっぷりチェックしてから洗濯機へと投入! あとは…… お茶でも飲みながら休憩…… たまに夏輝が確認しても大丈夫なようにカメラに向かってポーズの練習をしたりと、ごく普通の主婦生活をしている。


 夏輝、早く帰って来ないかなぁ。

 うぅっ、お腹が冷えちゃうから、パソコンでお仕事する前にお気に入りのポゥさんパーカーを着ておこう。


 そう思ってソファーから立ち上がった瞬間、突然インターホンが鳴った。


 一瞬身体が強張って動かなくなってしまった。

 夏輝が居ない日中…… インターホン…… 嫌な記憶が蘇ってくる。


『今日もよろしくね、咲希ちゃん』


『今日も来てやったぜ、へへっ』


『ほら、早くしろ!』


 あ、あぁ…… 怖い…… 怖い…… 


 でも……


『……本当に身体に書いていいのか?』


『うん! えへへっ…… 夏輝に書いてもらったら、私……』


 そうよ! 私は今…… 夏輝の所有物! 

 いーっぱい夏輝のサインがある! だから今の私は無敵なのよ!


 そして恐る恐るモニターを確認してみると……


 た、た、宅配業者さん…… だった……

 えっ? 私…… また何か買ったっけ?


 ……あぁっ! そうだった!


 うぅっ…… 宅配業者さんが男の人で怖いけど…… 過去、いや、未来のトラウマを克服する第一歩よ、咲希! ……夏輝、私に勇気をちょうだい! 


「……はい」


『荷物をお届けに参りましたー』


「……少々お待ち下さい」


 ……咲希、大丈夫よ、うん、大丈夫。


 そして……


剣持けんもちさんのお宅で間違いないでしょうか? ではこちらにサインをお願いします」


 サイン!? ……ふん! サインなら私の方がいっぱいしてもらってるもんね! 


「ありがとうございましたー」


 ……ふぅっ、やった! 勝った! 夏輝が居なくても荷物を受け取れた! 今の私にとっては大きな一歩よ!


 えへへっ…… 夏輝に褒めてもらわないと! いっぱいヨシヨシしてもらって、その流れでベッドにインしてブヒブヒタイム…… うん、完璧な流れね!


 あぁん! こうしちゃいられない! 夏輝に連絡入れておこうっと!


 

 ◇



 仕事で外回りをしている間、咲希からの連絡を確認する。

 ……誰にも見られない所で確認しないと色々マズイからな。


 家事をしたという報告メールには必ずといっていいほど咲希の自撮り写真が添付されている。

 それはいい、なんたって可愛い奥さんだからな、だが…… セクシーなブラジャーにエプロン、下半身には貞操帯という過激な格好で嬉しそうに自撮りする奥さんの写真を人に見られたらかなりマズイ!


 しかもエプロンでギリギリ隠れているが、身体には昨日の夜にまたおねだりされて仕方なく書いたサインがうっすらと残っていて、エプロンで隠れていない太もも部分は丸見え…… 『○○ブタ』『夏輝の○○○○穴』など、ハッキリと見えちゃっている!


 ……うーん、仲良しが終わった後に書くから仲良し中は気にならないけど、仲良し中にあの落書きが見えたら…… うん、仲良しする元気が失くなりそう。


 何が良いのかはさっぱり分からないが、それで咲希が安心してくれるなら…… これも旦那の務めだ。


 ……務め、なのか? いや、あまり考えてはいけない。

 咲希も言っていただろ? 『考えちゃダメ! 感じるの!』と…… ブヒブヒ言いながら。


 夫婦関係も良好だし、咲希も以前より明るくなってきたからいいじゃないか。

 ちょっと夜は良好過ぎるけど…… うん、良好というより濃厚。


 ……帰りに『明るく仲良し計画』的な秘密道具を買って帰るか、在庫がもうあまりなかったはずだし。


 ……おっ、咲希からまた新たなメールが来た。

 なになに…… 『宅配の荷物を一人でも受け取れたよ! だから、帰ってきたらいーっぱい褒めてね?』か。


 えぇっ!? インターホンが鳴るだけで酷く怯えていたのに…… 咲希も少しずつ過去、じゃなくて未来でのトラウマを克服できているみたいだな…… 良かった。


 それにしても…… また何を買ったんだ?

 最近ネット通販で買い物し過ぎじゃない? ……咲希が稼いだお金だし、家計のやりくりは上手だから心配はしてないけど。


 そしてまた写真も一緒に送られて来た。

 ソファーの上でM字…… いや、お座りしながら可愛らしく舌を出し、両手でピースをしている。


 そのポーズ、見守りカメラで咲希の様子を確認するとたまにしているよな…… 顔の横に両手を持ってきてピースするのがお気に入りみたいで、少し上を向くのがポイントらしいが…… わからん。


 とにかく家に居るということと、貞操帯してますアピールがしたいのは分かる。


 だけど咲希ちゃん…… その格好はやめてって何度も言ったよね? あっ、また写真が送られて…… 今度は何で指を咥えてるの? 『夏輝もこれを見て元気を出して、残りのお仕事頑張ってね?』って、どういう意味で!?


 うーん…… 咲希の考えていることは分からない…… いや、分かり過ぎるな。


 仕方ない…… 『明るく仲良し計画』の他に、栄養ドリンクも買って帰ろうと心に決めた俺だった。

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