ケツマツ

「到着しました」


 鬼島グループの本社から再び黒の高級車に乗せられ移動してきた先は……


「……港?」


 どういう事だ? 港なんかに連れて来て、トラの奴、俺達に何の仕事をさせるつもりだ?


「あ、兄貴……」


「……ケン!? お前、しくじりやがって!」


 車から降りると、そこにはトラの部下である黒のスーツを着た男達に両側から挟まれる形で肩を落とし立っている弟のケンがいた。

 更に横にはケンの元部下の春日まで…… 


「職場に連れて行くとか騙しやがって! 俺達をどうするつもりだ!」


 トラの部下にそう叫んでみても誰もこっちを見向きもせず無言だ。

 付き合ってられないし暴れて逃げるか…… いや、トラの部下の中にSPらしき人物も何人か混ざってやがる…… クソっ!


「はっはっは! 元気が良い新人だな!」


 後ろから笑い声がする…… 誰だ? ……っ!? お、お前は!


「……久しぶりだな、カズ」


「顔見知りの上司って…… お前か、ヒロシ」


 ヒロシ…… コイツも高校の時の同級生だ。

 久しぶりに会ったが、相変わらず身長もだが身体を鍛えているのか図体がデカイな……


「ウヒョッ! コイツはカズの弟か!? カズに似てイケメンじゃないか」


 それに相変わらず俺を見る目が…… 少し寒気がする。


「それで? 俺達は何をすればいいんだよ」


 さっさと職場を教えろ! ……こっちは逃げる都合があるんだ。 

 そしてこんな無茶苦茶な雇用をしたトラの悪行を広めて…… 今度こそアイツを潰す! そして邪魔者がいなくなれば朱凛だって……


「トラちゃんに聞いてないのか? まったく…… トラちゃんはいつもこれだからなぁ、仕方ない、仕事場に向かいながら簡単に説明してやるよ」


 職場に着いて、黒服達がいなくなったら…… ケンにも協力してもらおう。

 最悪、春日を囮にして逃げれば…… ははっ、それもいいな。


「お前達には今日から俺と一緒に漁に出てもらうことになる」


 ………………はっ?

 

「俺は遠洋漁業をしているんだ、そして漁に出ればしばらく陸地には立てなくなる、だから今のうちに揺れない地面を堪能しておくといい…… はっはっは!」


 遠洋漁業!? トラの奴! 俺達にとんでもないことをさせようとしやがって……

 

「そんな事に付き合ってられな……」


「俺の船ではイカ漁をしているんだがな…… 実は俺はイカが大好きで、俺の夢はこの海のどこかにいるかもしれない、新種のイカを見つけて俺の名前を付けることなんだ!」


 いや、お前の夢なんてどうでもいい! とりあえず俺の話を聞け!


「だから普通の遠洋漁業でのイカ漁は、大体一ヶ月くらいで港に戻ってくるんだが、俺の船は新種を探しながらゆっくり漁をするから最低でも二ヶ月は港に戻れないぞ」


 そんなの知るか! 働くつもりもないし俺には関係な……


 そんな下らないヒロシの夢の話を聞いてるうちに、一隻の船の前に辿り着いた。


 船体には『屋良奈やらな丸』と書かれている…… そういえばヒロシの名字は屋良奈だったな。


「そんな俺の夢を叶えるために一緒に船に乗って働いてくれるなんて…… カズ、俺達はもう家族…… いや、兄弟だな!」


 ひぃっ! な、何だ? 急に背中がゾワッとしたぞ……


「長くて過酷な旅になる…… でも今日から俺達は家族で兄弟だ! 時間はたっぷりある、お互いに支え合い助け合いながらじっくり家族の仲を深めて……」


 ち、近付いてくるな! 


「幻の新種のイカを…… 俺と一緒に探しに……」


 な、何をする! どこを触…… ケ、ケツ!? 


「イカないか?」


 う、うわぁぁぁぁーーー!!


 …………

 …………



 ◇



「虎雄さん、本当にこれでいいんですの? 被害者の方の事を考えたら…… わたくしには甘過ぎる罰だと思いますわ」


「はははっ、そうだね……」


 確かに朱凛の言う通り…… 探偵である大沢さんに二年近くもかけて色々調べてもらった結果を見ると…… 酷い扱いをされた被害女性達へ償うための罰にしては甘過ぎるかもしれない。


 だけど……


「警察に相談してもし捕まったとしても、何年かすれば出てきてしまうだろ? その間、きちんと反省するようなヤツらでもないと思うしね、それなら…… ヒロシに任せておけば、彼ならアイツら腐った性根を叩き直してくれるんじゃないかと思ってね」


 高校の時から悪さをする奴を更正させるのが上手いというか…… 更正させるために根気良く付き合ってあげるような優しい男なんだよな、ヒロシって…… どうやって更正させているのかは教えてくれないし、何故か更正させるのは男性ばかりだけど。


 ヒロシ曰く『『根』で『気』……良く、お互いにぶつかり合えば、いずれ分かってくれる』と高校時代に言っていたが…… 


 そういえばその辺の話を詳しく聞こうとするたびに朱凛が走って来て、俺達を引き離していたっけ? はははっ、懐かしいな……


「ヒロシさんが良い人なのは知ってますけど、わたくしあの人はちょっと苦手ですわ…… だっていつも虎雄さんのお尻ばかり見ていたんですもの……」


「えっ? そんなわけないじゃないか! はははっ、きっと朱凛の見間違いだよ」 


「…………お尻を見るということは虎雄さんは後ろを向いてますもの、それでは視線に気付かないですわよね」


「んっ? 何か言ったかい?」


「何でもないですわ! ……まあ、ヒロシさんと一緒に海の上でしばらく生活ですから、ある意味彼らとっては捕まるよりももっと辛い生活なのかもしれませんわね」


 …………


 本当なら僕の手で始末したいくらい憎い。

 でも…… それが出来ないから更正してもらい、二度とこの街に姿を表さないようにしないといけないんだ……


 その理由は、朱凛には絶対知られてはいけない、カズの過去の悪行が関係している。

 

 ……高校時代に朱凛にフラれた腹いせに、まだ中○生だった朱凛の妹、晴海はるみちゃんを騙して手を出し、挙げ句の果てに妊娠させて逃げたのがまさかカズだったとは……


 その事実を知ったのはつい最近で、カズ絡みの事件を色々調べているうちに発覚したのだが…… 晴海ちゃんは娘の美海みうちゃんと共に優しい旦那さんを見つけ、更に子供も生まれて幸せに暮らしてのに、この事を知られてしまったら…… 母娘がやっと手に入れた幸せが壊れてしまうかもしれない。


 だけどカズが晴海ちゃんを傷付けなければ、今の幸せはない……


 だからわざわざ波風を立てるような事はせず、この事実は僕の中に一生秘めておき、家族の幸せを何があっても僕が守り抜くと決めたんだ。

 

 ただ、もしカズ達が更正しないようなら…… 


 遠洋漁業は過酷な仕事だ、万が一の事故がある可能性だって…… ヒロシには悪いがその辺りの判断は任せてある。


 …………


「虎雄さん?」


「……はははっ、何でもないよ」

 

 とにかく、俺達家族や被害者の前に二度と姿を見せられないくらいビシバシ使ってくれとヒロシには伝えたから…… もう大丈夫だろう。


 次があったら、もう容赦はしない。

 家族を守るためなら僕は……

 

「虎雄さん…… 恐い顔をしてますわ……」


「あっ、ごめん…… ちょっと考え事をしていたら変な顔になっちゃったかな?」


「……何があってもわたくしは虎雄さんのそばにいますからね」


「ははっ…… ありがとう朱凛、愛してるよ」




 ◇




「あ、兄貴ー!!」


 兄貴がヒロシとかいう男にガッシリと掴まれ船へと乗せられていく……

 漁船? イカ漁? ふざけるな!

 くっ! 兄貴を助けるためにはどうしたら……


「さあ、僕達も行きましょう、鎌瀬さん」


 お、お前は!


佐古さこくん!?」


 佐古くんは以前、一緒にをしていた仲間で、私の元部下だった男だ。

 あのブタの嫁に手を出し、返り討ちにあった時以来、音信不通だったのだが……


「何故君がここにいるんだ?」


「あの後『鬼島会長』に見つかってしまいましてね…… この船で働いているんですよ、もう一年くらい経ちますかね?」


 ま、まさか…… だから『鬼島』に私達の事がバレて……


「勘違いしないで下さい、僕は口を割りませんでしたよ、絶対に…… なかなか口を割らないから、別の所を割られましたけど」


 はっ? 割られた? 何を言っているんだ? 少し目がギラギラしていて恐怖を感じるんだが……


「だから鎌瀬さんも大丈夫です、キツいのは最初だけですよ、船長は『教える』のが凄く上手ですので、そのうち身体も慣れてイきますから」


 佐古…… くん? 少し雰囲気が変わったというか…… なっ! わ、私に触れるな!


「僕も手取り足取り『教え』ますんで…… 大丈夫、漁をしている時以外、海の上ではたーっぷり時間がありますから、船長も言っていたじゃないですか『俺達はもう、家族で兄弟』だって…… だから…… みんなで仲良くヤっていきましょう」


 ひっっ!! イヤだ! イヤだぁぁぁー!!

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