第5話 昨晩はお楽しみでしたね

 時は流れて、夏真っ盛りの8月。大学の前期が終わり、夏休みに入った。


 僕はお昼過ぎから紺野こんの俊太郎しゅんたろうの家に遊びに行っていた。

 今はクーラーの効いた室内で、ソファに腰掛けながら格闘ゲー厶の対戦をしている。


「久々だな。奏とこうやって遊ぶの」

「……確かにそうだね」


 話しながらも、コントローラーを操作する手は止めない。


「なんか、奏、疲れてね?」

「うん。晴香さん達とずっと遊んでたから」

「おいおい。そんなんで、単位は取れたのかよ」

「うん。なんとかフル単取れたよ」


 実際、かなり危うかった。大半の講義の試験で合格点ギリギリの


「幸せな疲れだな」

「うん。そうなんだけど……」

「なんか含みのある言い方だな。どんなことして遊んでたんだ?」

「まず、ヨージェネのライブに行った」

「あの高崎アリーナでやってたやつ?」

「そう」

「いいなぁ。俺も行きたかったわ」


 EuropeanヨーロピアンGenerationジェネレーションは若者世代に大人気のバンドだ。俊太郎も例外ではない。


 僕を羨ましがってるからなのか、ゲーム内で遠距離攻撃をチマチマとし始めた。


「それ面倒だからやめてよ」

「うるせぇ。それで、他に何したんだ?」

「カラオケに行ったり、映画館に行ったり」

「なんだ。全然普通じゃん」


 どんどんと僕のキャラクターにダメージが入っていく。


「奏が辛そうに言うから、俺はてっきり、富士山登りに行ったとか、そういうことかと思ったぜ」

「富士山には行ってないけど、山には登った。榛名山」

「おぉ……。おつかれ」

「それに、サッカー観戦、バッティングセンター、ボウリング、ボルダリング、キックボクシング、ビリヤード、川下り、エステ、陶芸体験、心霊スポット、メイド喫茶、オカマバー……」

「も、もういいぞ。なんか、凄いアグレッシブだな。それって、一緒に遊んでる他の友達が提案したの?」


 僕は首を横に振る。


「ううん。全部、晴香さんの提案だよ」

「へぇ~〜。清楚ってことしか聞いてなかったから、意外だわ」

「うん。僕も意外だった」


 俊太郎の言う通り、白石しらいし晴香はるかさんは超がつくほどのアグレッシブな人だった。5月の終わりから、夏休みが始まるまでの約2ヶ月間で、これだけの場所に出かけていたのだから。


 おかげで、いくらバイトに勤しんでも、貯金は増えるどころか減る一方だった。常に筋肉痛に襲われていた。そして、それを癒やす暇さえ無かった。

 とにかく、常に動き続けていたような日々が続いていた。


 今思い返すと、良くついて行けていたと思う。実際、そこらの運動部より運動していたのではないかとすら思うほどハードだったのだ。


 そんな中でも、特に凄かったのは小翠こみどりのぞみさんだ。女子でありながら、スタミナ切れもせずに一緒に遊び尽くしていた。加えて大学の成績は、最も優秀な「秀」を全ての授業で取るという真面目さだ。

 同級生ながら尊敬してしまう。 


「ふっ」


 突然、俊太郎が小さく笑った。


「なに?」

「いや。疲れはしたんだろうけど、楽しかったんだろうなって思って」

「何でそんな事言うの?」

「ニヤついてたから」

「うそっ!?」


 自分のことなのに驚いた。無自覚の内に僕はニヤついていたらしい。


「楽しくなかったのか?」

「……ううん。楽しかったよ」


 今まで、短期間でこれほど沢山、出かけた事はなかった。出かけたいと思ったことすらなかった。まして、群馬県内に遊び疲れるほどの楽しさがあるとは思っていなかった。


 しかし、僕は彼女のおかげで知ることができた。自分の身の回りに、こんなにも楽しい事が溢れていたことを。そして、僕自身が外出を楽しめる人であったということを。


 何より、僕、晴香さん、哲也、希さんの4人で過ごせたことが楽しかった。


「で、そんな日々を過ごして、奏の白石さんに対する思いは変わった?」

「もちろん、好きなままだよ」

「おしとやかじゃなくても?」

「うん」


 即答できた。


 昔の晴香さんは、物静かで、落ち着いていて、おしとやかだった。インドア派の僕にとって、その雰囲気はとても惹かれるものだった。何となく、自分の性格と似ているような気がしたから。

 だから、好きだった。


 今の晴香さんは、清楚な見た目はそのままに、昔のようなおしとやかさがなくなり、アグレッシブになった。見た目と性格が別人のように真逆なのだ。

 それでも彼女は、昔とは違う見え方なのかもしれないけれど、僕にはとても魅力的に見えた。

 あらゆることに積極的で、ポジティブで、活発的。僕とは正反対の性格。

 そんな彼女に、僕は再び惚れていた。


 僕の返事に、俊太郎は「ふぅ〜ん」と言いながら笑った。

 

「ま、告白する勇気がなければ、いくら好きでも意味ないけどな」


 そう言われた途端、僕のキャラクターが画面外に吹き飛ばされた。晴香さんのことを考えていて、集中できていなかった。

 「Finish」の文字と共に、僕の負けが決まった。


「あっ……」

「しゃーー! 俺の勝ち!」


 俊太郎がガッツポーズを決める。

 僕は悔しくて、俊太郎を睨みつけた。

 俊太郎はコントローラーを眼の前のローテーブルに置く。そして、可笑しそうに笑って僕を見た。


「奏は相変わらず格闘ゲーム弱いよな」

「俊がチマチマ遠距離攻撃してくるからだよ」

「それも戦略だ。勝つためだったら、どんな方法でもいいんだよ」

「……」


 俊太郎は得意げだった。

 何か言い返したくもなったけれど、俊太郎の言うことに間違いはないので、黙るしかない。


 すると、インターホンが鳴り響いた。

 俊太郎が桜木さくらぎなぎささんを呼んでいたらしいので、恐らく彼女だ。


 俊太郎が玄関に行って鍵を開けると、予想通り桜木さんを連れて戻ってきた。

 茶髪をベースに金色のインナーカラーを入れたロングヘアをかき上げて、Tシャツにハーフパンツで焼けた肌を見せる彼女は、ギャルっぽくて威圧感がある。

 多分、俊太郎の紹介がなければ、僕は一生、関わらないタイプの人だ。それでも、話してみれば少しも怖い人ではない普通の人だった。


 桜木さんと目が合うと、僕は軽く会釈する。桜木さんも笑顔で手を振る。


「おっ。奏くん久しぶり」

「こんにちは、桜木さん。この前は新歓に行くために色々とありがとうございました」

「いいのいいの。気にしないで。シュン。なんか飲み物欲しい」

「了解。ちょっと待ってて」


 俊太郎が冷蔵庫から麦茶の入ったペットボトルを取り出すと、ガラスのコップに注いでいる。彼女からのお願いに直ぐに応えるのは俊太郎らしい。

 

 桜木さんは食卓の椅子に座って「あっつ〜〜い」と言いながら手で顔を扇いでいる。お昼すぎの時間帯なので、外はかなり暑かったのだろう。


「あっ。そういえばシュンから聞いたよ。奏くん、好きな子を金澤から守ったんでしょ? 凄いじゃん」

「守ったっていうか、何と言うか」


 「守った」なんて、ヒーローのように言われてしまうと恥ずかしい。

 実際はお酒を飲みまくって、ベロベロに酔って、吐きまくってと、見るに耐えないような有り様だったから。見た目だけで言ったら、ヒーローよりもヴィランに近かったかもしれない。


「渚。麦茶」

「ありがと」


 俊太郎が麦茶を手渡す。

 桜木さんは麦茶を1口飲んでから話を続ける。


「そういうの、ちょっと憧れるもん。それに、金澤とんでもないヤリチンだから」

「そ、そうなんですか?」


 桜木さんの突然の「ヤリチン」発言に少し驚く。そんな僕を気にすることもなく、桜木さんは頷いた。


「そうだよ。アイツがヤリチンってのは、サークルの中では結構、有名だから。セフレいっぱいいるって聞くし。だから、奏くんが守ったのは大正解」


 桜木さんが親指を立てて僕を褒めてくれる。


 桜木さんの話は、僕にとってかなり衝撃的だった。「セフレ」なんてものはフィクションの中の話のような気がしていたし、そんなヤリチンが身近にいるとは思えなかったからだ。

 でも、そんな人物が直ぐ側にいた。そして、そんな人物から白石さんを守れていた。それがとても嬉しかった。


「それから進展はあったの?」


 桜木さんが興味津々といった感じで聞いてくる。

 僕は向けられる視線から逃れるようにして答える。


「いや、特には」

「えぇ〜〜? つまんない」


 数秒前まで褒めていたのに、今度はブーイングが飛んできた。

 それを聞いていた俊太郎は、また可笑しそうに僕を見て笑っている。


「ま、奏だからな」

「うるさい」

「奏くん。のんびりしてると、他の人に取られちゃうよぉ」


 言いながら、桜木さんは麦茶を飲み干す。


 僕は返事に困った。


 晴香さんは可愛い。複数人から告白されてもおかしくないほどに。

 だから、桜木さんの言うように、のんびりしていたら、誰かに取られてしまうかもしれない。

 晴香さんが他の誰かに取られてしまうのは嫌だ。だから、あの新入生歓迎会の時は全力で彼女を守った。


 でも、晴香さん達と遊んだ約2ヶ月を経て、僕は少し考え方が変わった。


 取られてしまうのが嫌という、独占欲がゆえに告白する、というのは違う気がするのだ。


 僕が晴香さんを好きなのは確かだ。

 告白して彼女にしたい。手を繋いでみたり、デートをしてみたり、キスをしてみたりしたい。欲を言うなら、もっとエッチなこともしてみたい。

 でも、独占欲を理由に告白はしたくない。


 それに、僕の独占欲によって、今の関係が壊れてしまうのが嫌だった。晴香さんとの関係という意味ではない。僕、白石晴香さん、小翠希さん、赤坂哲也。4人の関係が壊れてしまうのが嫌だった。

 そう思える程に、あの日々は楽しかった。


 僕はどうすれば良いのだろう。

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