第三章 いつもの4人
第9話 デート
高崎まつりから数日が経った、9月の初め頃。
僕は自宅から電車とバスを乗り継いで、
「奏くーーん! 見て見て、ヤギいるよ、ヤギ!」
遠くのほうで大きく手を振りながら僕を呼ぶ黒髪ロングの女子、
晴香さんとは数日前に恋人になった。そして今日は記念すべき初デートだ。
デート場所は僕のチョイスだ。
今まで4人で遊んできたものは、バッティングセンターやボルダリングなどアクティブなものが多かった。そこで、乗馬やアーチェリーが体験でき、それでいて、のんびりと動物も見ることもできる牧場を選んだ。
デート前日までは、チョイスの良し悪しが不安だった。なにせ、これが人生で初めてのデートだ。それも、小学生の頃からの初恋の相手である晴香さんとの。不安にならないわけがなかった。
しかし、僕の不安は一瞬で払拭される事となる。
「あっちにうさぎがいるんだって! 行ってみよう」
晴香さんがノリノリで楽しんでいるからだ。
今日の彼女は、真っ白のブラウスにオーバーオールを合わせている。カジュアルさが全面的に出ていて、のどかな牧場という背景にとても良く似合っている。
そんな彼女を、僕は独り占めしているのだ。幸福以上の何物でもない。
ただ、僕はどうやら顔に出やすいタイプらしいので、変にニヤつかないように注意する。そうして、心の中で落ち着いた所で、彼女のもとまで走っていく。
「うさぎにエサをあげられるみたいだよ」
「え! そうなの?」
「うん。おやつ担当のうさぎがいるんだって」
「なにそれ。あげてみたいかも! それにしても、やけに詳しいね」
「一応、しっかりと下調べしてきたから」
「奏くん、やるぅ〜〜」
晴香さんが僕の顔を覗き込みながらニヤついている。
恥ずかしくなって、僕は視線を遠くの方に向ける。ヤギが呑気に草を食べている。
「もぉ。褒めてるのに」
「そういうの、どういう反応すればいいか分からなくって」
「ふふん」
微笑みながら、彼女は僕と腕を組んだ。
「ねぇ。早く行こう!」
「そうだね」
こうして、僕たちはうさぎや羊などと触れ合った。また、規定されたコースを1周する乗馬体験もして、牧場を満喫していた。
そうしている内に、小腹が空いてきた。時刻は15時46分。何か甘いものを食べたくなる時間だ。
「晴香さん。お腹が空いてない?」
「うん。ちょっと何か食べたいかも」
テヘヘと恥ずかしさを誤魔化すように笑っている。そんな姿も可愛らしい。
「僕も。少し歩いたところにお店があったから、そこで何か食べよう」
「うん!」
少し歩いて、牧場の中心の位置にあるお店にやって来た。
晴香さんには外のベンチで座って待っていて貰う。その間に、僕は自家製ソフトクリーム2つを買った。
「お待たせ」
「ありがとう、奏くん! あれ? ソフトクリームの色が違う」
「うん。片方は普通の。もう1つは季節限定の。どっちがいい?」
「えっとね〜〜」
晴香さんはかなり悩んでいる。2つをじっと見比べて、腕を組みながら「ん〜〜」と唸っている。女子にとって甘い物とは特別なのだ。だが結局、ソフトクリームが溶け始めたのを見て、慌てて「こっち!」と、季節限定の物を選んだ。
僕は晴香さんの隣に座る。
正面では、羊とヤギがのんびりと歩いている、のどかな風景が広がっている。それを眺めつつ、手に持ったソフトクリームを1口いただく。
「……美味しい!」
思わず呟いてしまった。
スーパーで売っている普通のソフトクリームよりも遥かにミルクの味が濃い。それなのに、後味はアッサリとしていて、さらにもう1口と食べたくなってしまう。自家製というだけあって、他では味わったことのない美味しさだ。
「ん〜〜! こっちも美味しいよ!」
晴香さんが目を細めながら天を仰いで唸っている。普通のソフトクリームでもこれだけ美味しいのだ。季節限定ともなれば、唸りたくもなるだろう。表情豊かな晴香さんを見ているだけで、味が伝わってくる。
すると、晴香さんは自身のソフトクリームを僕に差し出した。
「はい。あ〜〜ん」
「え、えぇっ!?」
これはまさか、世間一般に言う「あ〜〜ん」なのか。夢にまで見た晴香さんからの「あ〜〜ん」がこんなに急に体験できるのか。それに、間接キスまで。ここは天国か、天国なのか。
余りに急な出来事に変に動揺してしまう。
すると、僕の態度が気になったのだろう。晴香さんが髪の毛を耳にかけながら首を傾げた。
「イヤ?」
「嫌じゃない! 嫌じゃない!」
せっかくの「あ〜〜ん」を無駄にはできない。急いで訂正して、ソフトクリームに口を近づける。
「あ〜〜ん」
「どう? 美味しいでしょ?」
「うん。今まで人生で食べた物の中で宇宙1美味しい」
「なにその感想」
晴香さんが可笑しそうに笑う。
数日前までは、決して見ることのなかった、僕だけに向けられた笑顔。それを見せられて、僕の心がふんわりと暖かくなる。そうしてもっと彼女を喜ばせたいと思ってしまう。
いわば、幸せの永久機関だ。
そうして、2人でソフトクリームを堪能している時、 僕らのスマホから同時に通知音が鳴った。恐らく、哲也か希さんだ。
僕はソフトクリームが垂れないように気をつけながらスマホを確認する。1件のメッセージが届いており、送り主は希さんだった。
『群馬に戻ってきたよ! また前みたいに遊びに行こう! 明後日とか暇なんだけど、どうですか?』
「誰からだった?」
晴香さんが僕のスマホを覗く。
「希さん。群馬に戻ったから遊ぼうって」
「希ちゃん!」
晴香さんがぐっと画面に顔を近づける。よほど文章が気になったのだろう。
「そっか! 帰省するの8月の終わりまでって言ってたもんね」
「明後日遊びたいって。どこに行く?」
「明後日ね……」
そう呟いて、晴香さんはしばらく黙っていた。
何か不都合があるのかもしれない。
「もしかして、何か用事があるの?」
「ううん。用事はないよ。でも、もう少しで大学の後期が始まるでしょ?」
「うん」
僕の返事を待ってから晴香さんは俯いた。そうして、足をぷらぷらと揺らしながら、つま先を見ている。
どうしたのかと気になり、僕は晴香さんの顔を覗き込む。僅かに頬が紅潮しているように見える。
僕の様子を横目でチラチラと伺いながら、晴香さんはこう続けた。
「……だから、それまでは奏くんとデートとかいっぱいしておきたいなぁって思ってて」
「……なるほど」
可愛すぎる。
「あ〜〜ん」、間接キスと続いて、こんな甘えた姿まで見れてしまうなんて。僕の一生の運気が今日だけで使い果たされてしまいそうだ。
彼女は理由を言った恥ずかしさのせいか、僕に後頭部を向けている。真っ赤な顔を見せたくないのだろう。でも、揺れる黒髪から時折見え隠れする真っ赤な耳が隠せていない。
ただ、当人は気づいていないようで「あっ、あっついなぁ〜〜」とソフトクリームを持っていない方の手で顔を扇いでいる。
そんな仕草もまた可愛い。ただ、このまま後頭部を向けられたままも嫌なので、僕の意見を言ってみる。
「ぼ、僕も晴香さんと夏休み中はデートしたいな。だから、希さんとは夏休み明けに遊ぶってことにしよっか」
「う、うん」
僕の意見に納得してくれたようで、すんなりとこちらを向いてくれた。
と言うわけで、ソフトクリームを食べきってから、メッセージで用事があるので遊べないという適当な嘘と、夏休み明けに遊ぶという旨を伝える。すると、横から晴香さんが唇を尖らせて、何やら不満げに僕を見てきた。
「なに、晴香さん?」
晴香さんのすらっとした人差し指が僕の口元を指差す。
「それ。せっかく恋人になったのに、さん付けはちょっとなぁ〜〜って」
「じゃあ、は、晴香?」
「なんで疑問形なの」
「……晴香」
僕は小っ恥ずかしくなって、慌てて前を向く。
ただ、晴香さんは僕の不安まじりの呼びかけに満足したようだ。僕の耳元で「ふふん」と微笑み、僕の肩に頭をあずけてきた。
「うん、奏」
手元を見ることなく、自然と手を握り合う。そうしてお互いの体温を感じ合いながら、目の前に広がるのどかな景色を堪能するのだった。
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