第12話 セフレ
希さんの部屋に行った日の夜。僕、晴香、哲也の3人は各々の自宅からグループ通話をしていた。
『さっきのアレ、どういうことだったのかな……』
電話越しの晴香が呟く。
晴香の言う「アレ」とは、希さんと金澤さんのいざこざのことだ。
「金澤さんが希さんの部屋から出てきたってことは、やっぱり……」
『あの2人、セフレなんじゃないか』
「哲ちゃん、そんなもろに言わなくても」
僕が言うのを渋っていたのに、哲也は平然と言ってのけた。
「は、晴香。なんかごめん」
『平気だよ。気にしないで。それより、希ちゃんが大学来れない理由って、アレを見る限り金澤さん絡みって事だよね』
『多分、そうだな。あの金澤さん? をどうにかしないことには、希を助けられそうにないよな。どうするか?』
「……とにかく明日、金澤さんに会って希さんと縁を切るように話してみよう」
そうして翌日、僕らは大学に訪れた。
事前に各々の知人から金澤さんがどの授業に出席しているかの情報を聞いている。その教室1つずつを見て回る。金澤さんが遊び人として有名だったのが幸いで、情報量はかなり多い。
しかし、どの教室にも金澤さんの姿はなかった。
「中々いないもんだな」
「もしかしたら、今日も授業サボって遊んでるのかも。私、3号館、見てくるね」
「分かった。じゃあ僕は喫煙所の方見てくる」
「おう! 頼んだ! 俺も4号館見に行く」
2人と別れて建物の裏に回る。
僕自身、喫煙者ではないので、喫煙所に行くのはこれが初めてだ。
キャンパス内に響く大学生達の話し声が少し遠くなる。建物の陰になっているため薄暗い。そして、ほんのりとタバコの香りが漂ってくる。すると、目の前で男性2人がタバコ片手に談笑するのが見えた。
「で、その子とは結局どうなわけ?」
「う〜〜ん、そろそろ飽きたから、別れようかなって感じ」
そう言って、笑っているのは金澤さんだった。僕は急いで哲也と晴香に金澤さんを見つけたことを連絡する。
「じゃあ、俺、バイト行くわ」
「おう。お疲れっす」
金澤さんの友達らしき男性が離れていった所で、金澤さんに一気に近づく。そして、逃さないようにすぐに声を掛ける。
「すみません。金澤さんですよね?」
「ん? そうだけど。君、誰だっけ?」
「蒼井奏です。スキー・スノボーサークルの新歓で一緒に飲みました」
「奏……あ〜〜、君があの奏くんか。へぇ〜〜」
どう言うわけか、ニヤリと笑って、僕の顔を面白そうに観察している。そして、ひとしきり見て満足したのか、タバコに火をつけて一服している。煙が僕にかかっているが、まるで気にする様子はない。
僕は煙を手で払い除けながら話を続ける。
「単刀直入に言います。これ以上、希さんと絡むのやめてください」
「希と? 別にいいよ」
「え?」
アッサリと要求を受け入れてくれて、僕は思わず拍子抜けした。
金澤さんは特に動揺することもなく平然とタバコを吸ってから話を続ける。
「アイツと付き合ってるってわけでもないし、最近、めんどくなってきたからさ。え? てか、もしかして、希のこと、好きになっちゃったとか、そういう感じ?」
「そうじゃないです。ただ、金澤さんが絡んでくるせいで、希さんが大学に来れなくなるのはおかしいと思っただけです」
「……は? どういうこと?」
金澤さんは眉間にシワを寄せて僕を睨みつけた。持っていたタバコを灰皿に捨て、僕に一歩詰め寄る。 不機嫌そうな態度は、まるで自分が責められている理由が分かっていないようだった。
金澤さんの態度に恐怖を感じつつも、希さんのために虚勢を張る。
「だから、金澤さんが絡んでくるから、希さんは大学に来れて無いんですよ!」
僕の発言に、金澤さんは目を丸くした。すると、ふっと吹き出して可笑しそうに笑い出した。
僕を見る彼の目は、僕の真剣さを嘲笑っていた。
「ふっ、はははっ!」
「真剣に聞いてください」
「いや、ちゃんと聞いているって。てか、君、なんか勘違いしてね?」
「勘違いですか?」
金澤さんは笑うのをやめて、再びタバコに火をつけた。
「あぁ。絡んでくるのは、俺じゃなくて、希の方だよ」
「……え?」
「いや、最初に手を出したのは俺だよ? でも、それ以降はずっと希から誘ってきてんだよ。だから、大学に来ないのは、希がそもそも行こうとしてないから」
「希さんが誘った?」
「そうだよ。アイツ、ついこの前まで処女だったくせに、1回ヤったらすぐ『セフレになって欲しい』って言い出したんだぜ」
「……」
信じられない。真面目な希さんがそんなことを言うとは思えない。
状況を理解できず喋れない僕を思ってか、金澤さんは気を利かせて話を進めてくれる。
「で、奏くんは希に大学に来て欲しいんだっけ?」
「そ、そうです」
「なら簡単だよ。君が希と付き合えば直ぐに大学に来るぞ」
「……意味が分かりません」
「あれ? 分からない? 希、君のこと好きなんだよ」
「え……」
「本当だからな? 多分、君が頼めば直ぐに股開くぞ、アイツ」
そう言って、可笑しそうに笑っている。希さんを見下して、彼女の全てを知りつくしているような嫌な笑顔だった。
そんな金澤さんの態度が許せなかった。声を大にして僕は怒鳴る。
「ふざけんな。希さんはそんなことしない。僕も希さんにそんなことを頼むわけない。それに、僕が好きなのは晴香です」
「へぇ〜〜本当に晴香ちゃんと付き合ってるんだ!」
「……」
金澤さんの態度は相変わらず、ヘラヘラとしたまま。まるで、蜃気楼に話しかけているかのようだった。
僕は溢れてくる怒りを拳を握って必死に抑える。
そうして、僕の言うことにまるで聞く耳を持たないまま、金澤さんは1人で話を進める。
「じゃあ、こうしよう! 俺たちと奏くんたちとの4p!」
「……」
「希は奏くんとセックスできて満足するし、晴香ちゃんと別れずに済む。俺は俺で晴香ちゃん味わえ……」
「っ!」
無意識に右の拳が前に出た。
バチンという鈍い音が喫煙所に響く。
人を殴ろうとするなんて、これが初めてだった。
僕の下手なパンチは金澤さんの顔面に届くことはなく、金澤さんの左手に受け止められていた。
右の指にジンジンとした痛みが広がる。それからまもなく、金澤さんが僕の拳を握り潰そうとするように力を入れてきた。
「は? 何この手?」
金澤さんの腕に血管が浮き上がる。僕の右手を抑えようとする力が更に強くなる。僕に一歩近づいく。目の前に金澤さんの巨体が広がる。
あまりの体格差に、僕は先程までの威勢を忘れて怯えきっていた。左腕で防御の姿勢を取るのが僕の精一杯だった。
金澤さんが右手を大きく振りかぶる。
僕は歯を食いしばって必死に目を瞑った。と、その時だった。
「奏っ!」
僕の背後から晴香の声がした。途端、僕の右の拳を握っていた手がスッと離れていく。
僕は直ぐに声のした方を振り向く。そこには、額に汗を流した晴香がいた。金澤さんを睨みつけて敵意丸出しだ。噛みついたりしないかと少し心配だ。
「晴香」
「おっ、晴香ちゃん。久しぶり」
「……。奏、大丈夫?」
「チッ……」
金澤さんを無視して晴香が僕のもとに歩み寄る。そんな晴香の態度に金澤さんは不服そうだ。
僕は少し金澤さんから離れると、直ぐに晴香が背後から僕の腕を抱きしめた。金澤さんを警戒しつつも、僕と腕を絡めて、決して離さないようにしている。
僕らを見て、金澤さんは苦笑いをする。
「そんなに警戒しなくたっていいのに」
「……」
「……」
僕らは無言を貫いた。
すると、金澤さん「はぁ〜〜」とため息を吐きながら空を仰いで気だるげに喫煙所を離れていった。
金澤さんの姿が見えなくなると、僕の全身から力が抜けた。思わずその場に座り込んだ。
「こ、怖かったぁ……」
「もぉ。心配したんだからぁ」
そう言って、晴香が僕を抱きしめてくれる。晴香の体温がじっくりと伝わって、実家に帰ってきたかのような安心感に包まれる。いつまでも味わっていたい。
晴香は僕の耳元僕にだけ聞こえる声で話し出した。
「わざわざ殴らなくても良かったのに」
「見てたの?」
「ん。ここに来てみたら金澤さんが私の名前とか言うの聞こえて、見てみたら、奏がいきなり殴りだしたからビックリしちゃったよ。奏は細くて弱いんだから、殴り合いなんてしちゃだめだよ」
晴香が抱きしめる力が強くなる。僕は地面についていた手をそっと晴香の背中にまわして、抱きしめる。
「ごめん。でも、金澤さんに晴香のこと傷つけられたくなくて」
「そっか。……ふふんっ。なんか、嬉しいな」
晴香の吐息が耳に当たってくすぐったい。
「嬉しい?」
「ん。奏がちゃんと私のために怒ってくれる人で。愛されてるんだな〜〜って感じられて」
「まぁ……晴香が好きだからね」
「ん。私も奏のこと好きだよ」
「……」
「……」
無言で2人だけの時間を共有する。
「……んっんんっ!」
突然、僕らの背後から大きな咳払いが聞こえた。
慌てて後ろを振り向く。
そこには、仁王立ちで僕らを見下した哲也がいた。
「仲が良いのは結構だが、そろそろ俺に気づいてもらえると助かるんだがな」
「ご、ごめん哲ちゃん!」
僕らは慌てて立ち上がる。
「あ、あはは。アリを見るのに熱中してて気づかなかったよ。ね、奏?」
「え? う、うん」
「誤魔化せてねぇよ」
哲也から頭にチョップをされる。
「で、その金澤さんと話はできたのか?」
「それが……」
僕は先程までの出来事を詳しく2人に話した。ただし、「希さんは僕のことが好きかもしれない」と言うことは恥ずかしいし、金澤さんの嘘の可能性もあるので話さないでおいた。
「なるほどな」
「それじゃあ、大学に来ないのは希ちゃん自身の意思で、金澤さんは関係ないってこと?」
「多分」
僕の頷きで晴香は決心した。
「もう1回、希ちゃんの家に話しに行くしかない」
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