第6話 告白
夏休みの中頃。
僕たちのグループラインに
こうして、今現在、僕は哲也が住むアパートに来ていた。もちろん、哲也、晴香さん、希さんもいて、たこ焼き器の置かれたローテーブルを囲むようにして座っている。
哲也の部屋は、6畳ほどの広さにベッドとテレビと衣装棚が置かれ、白色を基調としている。南向きにベランダがあり、陽の光が室内にまんべんなく入ってくる。洗濯物が良く乾きそうな部屋だ。
「哲ちゃんの家、初めて来たけど、こんな感じなんだね。意外」
「思ってたより綺麗」
「2人共、俺をゴミ屋敷に住んでると思ってたのか!」
哲也がツッコみながら、焼いているたこ焼きをくるりとひっくり返していく。
ふわふわと煙が上がり、香ばしい匂いがしてきた。
「あっ。私もやるよ」
希さんが箸を使って手伝いだした。慣れているのか、かなり手際がいい。次から次にひっくり返していく。
「希さん。たこ焼き返すの上手いね」
「ありがとう。実は、高校生の時の文化祭でたこ焼き屋さんやってたんだ」
「うわぁ〜〜。文化祭とか懐かしぃ」
哲也がやけに懐かしがっている。
明るい性格の哲也のことだ。文化祭のような学校行事はさぞかし楽しかったのだろう。
「哲也くんは文化祭で何やってたの?」
「演劇。『ロミオとジュリエット』をクラス全員でやったんだ」
「わぁ。『ロミオとジュリエット』って、ロマンチックで良いよね」
希さんの言葉に晴香さんが頷く。やはり、女子というのは、ロマンチックな物語が好きらしい。
「哲ちゃんは何やってたの? 裏方? 役者?」
「役者。ジュリエット役」
「「「え?」」」
驚きの声が重なった。
しばらくして、ゆっくりと面白さが込み上げてきた。
「ふふっ」
希さんが笑い声を漏らした。
すると、そこからダムが決壊したかのように、一気に3人で大爆笑する。
つられて哲也も笑いだす。
たこ焼きをひっくり返す手を止めて、スマホを操作しだした哲也は、文化祭の写真を見せつけてきた。長い髪のカツラを被ってドレスを着た哲也が写っている。凛々しい顔立ち故に、女装が絶望的に似合っていない。
それが可笑しくて仕方ない。
「あぁ〜笑った、笑った。それじゃあ、奏は何やってたんだ?」
「お化け屋敷だよ。と言っても、僕は裏方だったから、文化祭当日はずっと暇だったけどね」
僕は文化祭当日は、他クラスの出し物を友達と純粋に楽しんでいた。
同じクラスだった
それもまた良い思い出だ。
「晴香さんは?」
「私はメイド喫茶やってたみたいだよ」
「おぉ……」
思わず変な声を漏らしてしまった。
晴香さんのメイド姿は見てみたい。ただ、この場で写真を見せて欲しいなんて言う勇気は僕にはない。
それに、晴香さんの返事には少し違和感がある。
「『みたい』ってどういうこと?」
「……実は、文化祭当日に参加できてなくって」
「そうだったんだ。体調悪かったの?」
「うん。まぁ、そんなところ。だから、文化祭を楽しめなかった分、今日は希ちゃんのたこ焼きいっぱい食べちゃうよ!」
晴香さんは笑顔で箸を掲げた。希さんも笑顔を返す。
「良いよ! そろそろ焼けるからね」
そう言って、焼けたたこ焼きを紙皿に取り分けていく。ソースと青のりとマヨネーズをお好みでかける。
僕たちはそれを熱々のまま頬張る。
ふんわりとした食感が、お店で食べるものとは違う手作り感があって面白い。濃いめのソースが舌に広がり、満足感を与えてくれる。
文化祭で作った経験が活きているのだろう。お世辞抜きに美味しい。
「美味しい」
「うん。美味しいっ!」
「良かったぁ」
僕と晴香さんの返事を聞いて、希さんは胸をなでおろし安堵していた。どうやら、不安だったらしい。
「どんどん食べて」
「おい! 俺が焼いたやつも食べろ」
そう言って、哲也が無理矢理に紙皿にたこ焼きを置いてきた。
希さんのものと違って、ソースをかける前からかなり黒色になっている。と言うか、明らかに焦げている。
ただ、作ってもらった手前、食べないわけにもいかない。無理矢理、口に放り込む。
「うん。まずい」
「もっとオブラートに包んでくれ」
晴香さんと希さんが可笑しそうに笑う。その様子を見て、僕たちも笑う。
あの新入生歓迎会から今日に至るまで、この4人でたくさん遊んできた。そのおかげで、言いたいことを気にせずに言える関係ができていた。自然と笑える関係ができていた。
この関係は、僕にとっては居心地が良い。良すぎると言っても過言ではない。
だからこそ、先日の
『のんびりしてると、他の人に取られちゃうよぉ』
言葉の意味は分かっている。起こる可能性として、低くないことも分かっている。焦らなければいけない。急がなければいけない。
分かっているのに、行動には移せない。
単に、告白する度胸がないからではない。今、目の前にある楽しさがなくなってしまうかもしれないことが怖いのだ。
こうして、楽しみながらも脳内では悩みを抱えたまま、たこ焼きパーティは終わりを告げた。
お昼から始めたはずなのに、帰る頃には辺りは真っ暗になっていた。こんな時間に女子を1人で帰らせる訳にはいかない。
そこで、希さんは家まで、晴香さんは最寄り駅まで一緒に歩いて見送ることに決めた。
まずは、4人で希さんの家を目指す。
聞いた話によると、希さんの家は哲也の家から歩いて15分ほどと、かなり近いらしい。そのため、苦労を感じることもなく、話しながら歩いていく。
「奏くん」
先頭を歩いていた希さんに振り向きながら呼ばれた。
僕は少し歩幅を大きくして彼女の横に並ぶ。
「どうしたの?」
「あの、その……ありがとう」
「え?」
あまりに突然の感謝に、僕は驚いた。
彼女は恥ずかしげに頬を赤らめている。
「僕、何かしてあげたっけ?」
「うん。この2ヶ月でいっぱい私と仲良くしてくれたから」
「なんだ。そういう事ね。僕の方こそありがとう。一緒に仲良くしてくれて」
「うん。……やっぱり、改まって言うと恥ずかしいね」
希さんは困ったようにはにかんだ。
僕も同じような気持ちで、同じように微笑んだ。
このままお互いの顔を見ていると恥ずかしさが増す気がする。そこで、気持ちを切り替えるために夜空を見ることにした。
真っ暗な空にいくつもの星が輝いている。この星空が見れるのは、田舎である群馬県の誇りかもしれない。
「私、不安だったんだよね」
「え?」
しばらくの沈黙の後、希さんが話しだした。
希さんの様子を伺うが、彼女がこちらを見ていない。もしかしたら、面と向かって話すのは嫌なのかもしれない。なので、僕も再び夜空を見上げた。
「私、小さい頃から人見知りで、初対面の人に凄く緊張しちゃうんだよね。だから、大学でも友達ができるか不安だった。
だから、大学では変わって、頑張って友達作ろうと思ったんだ。髪を茶髪にしてみたり、雑誌読んでオシャレ勉強したりして」
「『大学デビュー』ってやつ?」
「うん。そうかも」
微笑みながら、希さんは話を続ける。
「でも、ダメだった。見た目をいくら変えても人見知りは直らなくって。
だから、あの新歓の時も、きっとダメなんだろうなって思いながら座ってた。でも、違った。みんなが話しかけてくれた。その後もいっぱい一緒に遊んでくれた。それが、凄く嬉しかった。
全然変われないダメな私を、みんなが友達にしてくれた」
「希さんはダメなんかじゃないよ」
「え?」
驚いたようで、目を見開いた希さんが僕を見る。僕は希さんの目を見て話を続ける。
「希さんは変わろうと努力して、自分の意志であの新歓に来た。だから、僕達は友達になれた。希さんの力で友達になれたんだよ。だから、ダメじゃない」
「……」
希さんは返事をすることもなく、ただ、じっと僕の目を見続けている。
まさか、痛い発言をしてしまっただろうか。
「ぼ、僕、変なこと言っちゃった?」
「ふふっ。あははは」
希さんが目を線のように細めながら、大笑いし始めた。下を向いて口を小さな手で隠し、僕に顔が見えないようにしている。でも、声だけで笑っているのはすぐに分かってしまった。
どうやら、本当に痛い発言をしてしまったようだ。
顔全体が熱くなってきた。手で顔を扇いでも少しも直らない。恥ずかしさで死にそうだ。
「や、やっぱり変だったね。今の言葉、全部忘れて」
「ふふっ……ううん。忘れないよ」
笑い終えた希さんは、晴れやかな笑顔を見せた。
「奏くん。ありがとう」
「っ! うん」
恥ずかしさも相まって、上手く返事ができなかった。でも、希さんと更に仲良くなれた気がする。
「ねぇ! なに話してたの?」
突然、後ろを歩いていた晴香さんが近づいてきた。
希さんはくるりと後ろを向いた。後ろ歩きで進みながら微笑んだ。
「晴香ちゃんもありがとう」
「ん? うん。なにかわかんないけど、どういたしまして!」
晴香さんは本当に理解できていないようで、不思議そうに首を傾げている。でも、希さんの表情で空気を察したのだろう。何も聞かずに微笑んだ。
希さんは軽く飛び跳ねて、1番後ろを歩く哲也を見る。
「哲也くんもありがとう!」
「あっ? どういう事?」
哲也が不思議そうに問いかける。
しかし、希さんは答えずにいた。そうして、困っている哲也の反応を可笑しそうに楽しんでいる。晴香さんもそれにつられて笑う。
僕はそんな光景を眺めながら夜の住宅街を進んだ。
そうして、希さんの住むマンションの前まで来た。
「送ってくれてありがとう」
「おう。気を付けて帰省しろよ、希」
「希ちゃん、またね!」
晴香さんが勢い良く希さんに抱きついた。そのままぎゅっと締め付けて、体をグリグリと当てている。マーキングでもしているのではないかと思えるほどの勢いだ。
ただ、希さんは苦しそうだ。でも、晴香さんが離れる頃には少し寂しそうな顔をしていた。
これだけ仲良くなったのだ。やはり、1ヶ月ほど会えなくなるのは寂しくもなる。
僕は最後に彼女に手を振る。
「またね。希さん」
「うん。また遊ぼうね! この4人で!」
お互いに手を振り別れを告げる。
こうして、僕たちは再び夜の住宅街に歩き出した。
次に向かうのは最寄り駅の北高崎駅。現在地からだと約10分ほど。終電を心配するほど遅い時間ではないので、慌てずにゆっくりと歩いていく。
「夜だと涼しいね」
晴香さんが「ん〜〜」と気持ち良さそうに腕を広げて言った。
「そうだね。でも、明日は最高気温36度らしいよ」
「うわぁ〜〜。地獄だな。奏は外歩くだけで溶けてそうだよな」
「あっ、なんか想像できる。奏くんがアイスみたいにドロドロになってそう」
「僕は液体じゃないから。それに、用がなければ絶対に外には出ない」
そんなことを話しながら進んでいく。
3人での会話は途切れることがない。しかし、どこか物足りなさを感じる。希さん1人がいないだけでそう感じるのだ。
希さんはお喋りなタイプではない。基本的に人の話を聞き頷いて、話しかけられれば返事をするような人だ。
だから、会話の量としてはそこまで変化はない。
でも、その僅かな頷きや返事がここ最近は常にあった。その僅かな変化で、僕は物足りなくなってしまう。
そう思えるほどに、僕は4人での日々を楽しんでいたのだ。
「なぁ、奏。せっかくだから、このあと俺の家に泊まりに来ないか?」
哲也がなんの脈絡もなく誘ってきた。
ただ、断る理由もないので、僕はすぐに返事をする。
「うん。いいよ」
「よし。それじゃあ、俺、今から速攻で家帰ってたこ焼き器とか片付けるから、奏は晴香さんを頼む」
「分かった」
「えぇ!? 2人でお泊りなんてズルい!」
晴香さんが不満そうに言う。
まさか、晴香さんもお泊りをしたいなんて思わなった。なにせ、友達とはいえ、僕達2人は男子だ。そんな中でお泊りなんて、いつ襲われてもおかしくないと普通なら考えるはずなのに。
しかし、これまでの晴香さんのアグレッシブさを考えれば、その程度は気にならないのかもしれない。
「いくら晴香でも、男子2人の部屋に泊まるのはアウトだろ。親が心配するぞ」
「哲ちゃんの言うとおりだよ。今回は諦めて」
「むぅ。確かに心配すると思う……。分かった。また今度ね! 絶対だからね!」
こうして、次に集まる時は4人でどこかにお泊りすることが決定した。
「じゃあ、晴香は奏に任せた。俺は家に戻って片付けしてくるわ」
「分かった」
「晴香。またな」
「うん。またね!」
こうして、哲也は走って家に戻った。
僕は晴香さんと一緒に駅へ向かう。
思いがけない形で2人きりになった。これだけ遊んでいても、2人きりには慣れていない。緊張して何を話せばいいか分からなくなる。
「今日、楽しかったね!」
緊張する僕のことなど気にすることもなく、晴香さんは話しかけてきた。
「うん」
僕はそっけなく返事する。
晴香さんは、僕の隣でニコニコと笑っている。今日のことを思い出しているのかもしれない。
大抵、彼女は笑っている。どんなことをするにも、全力で、前向きであるからこそ、そうして笑っていられるのかもしれない。
そう思っていると、ふと、疑問が湧いた。
「あの、ちょっと聞いてもいい?」
「ん。なに?」
「晴香さんはどうしてそんなに積極的に動けるようになったの?」
「積極的に?」
「うん。積極的って、悪いことではないと思うんだ。むしろ、家にずっといるような、インドア派の僕よりもずっといいと思う。
でも、あの新歓みたいに怖い思いをすることもある。
それに、小学生の頃の晴香さんは、言い方が悪いかもしれないけど、今と真逆で静かだった。
それなのに、どうして積極的に動けるようになったの?」
僕の知らない間に、彼女にどのような心境の変化があったのか。それが知りたい。
「どうしてって、人生は短いからだよ」
晴香さんは、僕の質問に悩む素振りも見せず、あっさりと言ってのけた。
彼女の答えは予想外のものだった。だから、余計に気になった。
「人生が短いって?」
問いかけると、突然、彼女の持っていたカバンから何かが落ちた。
僕は落ちたものを拾う。
「えっ?」
確認してみて驚いた。
落ちていたのは錠剤だった。6つの大きめの錠剤がシートに入っていて、それが落ちたのだ。
嫌な予感がした。先程の発言と、この錠剤。
まさかと思った。
晴香さんは、錠剤を拾った僕を見て、特に動揺することも無く手を差し出している。それこそ、落とした消しゴムを拾ってもらった時みたいに、当たり前のように。
そんな彼女の表情を見て、背中にすーっと嫌な汗が流れていく。
僕は彼女の目を見ながら錠剤を手渡す。そして、恐る恐る質問をする。
「まさか、これって……」
「ん? ラムネだよ。食べる?」
「え?」
「はい」
晴香さんはシートから錠剤を1つ取り出して、僕に差し出した。
僕はそれを受け取って、口にいれる。噛んでみると、ヨーグルトの味がする。
本当にただのラムネだった。
「な、なんだ……」
そっと胸をなでおろす。
「なにその反応? 他の味の方が良かった?」
「ううん。こっちの話だから気にしないで」
「ふぅ〜ん」
僕の慌てように、晴香さんが疑問の視線を向けてくる。ただ、すぐにどうでも良くなったようで前を向き直した。
「あと一応聞きたいんだけど、晴香さんって、死ぬような病気持ってないよね?」
「ん? 持ってないよ。見ての通り、超健康!」
晴香さんは腕を掲げてぎゅっと力を入れている。あまり筋肉があるようには見えないけれど、健康そうな、女子の腕だ。
僕は再び胸をなでおろす。
会話の内容と、落とした物と、落としたタイミングと、全てが変に合わさって、勘違いをしてしまった。てっきり、何かしらの重い病気にでもなっているのかと思ってしまった。ただ、それが勘違いだと知れて良かった。
「で、なんで人生が短いか、だっけ?」
「う、うん」
「じゃあまず質問ね。奏くんは人生の半分って、何歳のことだと思う?」
「人生の半分……人生100年時代って言うぐらいだから、50歳かな?」
「ぶっぶー!」
晴香さんが腕を体の前で大きく交差させる。
「正解は20歳でした〜〜!」
「20歳? 寿命は人それぞれだと思うけど、それでも早すぎない?」
「ううん。偉い人の研究によると、年を取るごとに時間の進み方が早く感じるから、体感だと、20歳が半分なんだって」
「なるほどね。そう考えると人生は短いかも」
妙に納得できた。
僕の今までの人生は実に平坦なものだった。趣味や特技も無く、インドア派だったからだ。それでも、暇な時は本を読んだり、ゲームをしたりと、常に自分の好きなことができていた。
それができたのは、親がいて、良い環境があって、自由に使える時間があるからだ。
でも、今後は違う。
親元から離れて自立しなくてはいけない。環境は自分で作らなければいけない。自由な時間を作るために働かなくてはいけない。
そうして、日々を忙しく過ごさなければならない。
忙しく過ごす1日はあっという間だ。その1日に何か特別な出来事がなければ更にあっという間に感じるだろう。
自分の好きなことができる1年。忙しい日々が続く3年。
数字の世界では1イコール3はありえない。でも、体感時間ではイコールで繋げられるのかもしれない。
それを人生に置き換えて言えば、20歳が半分ということは、決して間違いではない気がする。
「私はね、ある時に『人生の半分』を知ったの。
消極的だった私は、その時に、本当にこのままでいいのかなって思った。もちろん、消極的な方が安全で安心できることもあるよ。でも、それじゃあ、人生の最期に振り返った時に後悔すると思うの。このまま何もしないまま、私という存在が消えてしまって良いのかなって。
そうやって考えていく内に、こう考えるようになったの。
せっかく生まれたなら、楽しめるうち楽しまないとって。やらない後悔よりやる後悔をしようって。そうすれば、最期に振り返った時に、笑えるから。
はい。私の話はこれでおしまい!」
晴香さんは手をパンッと叩いた。自分語りが恥ずかしくなったのか、話に区切りをつけた。
僕の質問に答えてくれただけなのだから、そこまで恥ずかしがらなくてもいい気がするけど。彼女にしては、無理矢理な区切り方のように感じた。
でも、おかげで心境の変化は明確に理解できた。「人生の半分」を知ったからこそ、今こうして明るく前向きで積極的な彼女でいられるのだ。
「話してくれて、ありがとう」
「ううん。昔の私を知ってる奏くんからしたら、気になる変化だもんね」
こうして話していく内に北高崎駅にたどり着いた。
「奏くん。またね!」
「うん。気をつけて」
大きく手を振って、晴香さんは改札を通る。
僕は彼女が階段を上って見えなくなるまで見送った後、1人で哲也の家に向かう。
ゆっくり歩いていると、遠くの方から電車の走る音が聞こえてきた。晴香さんを乗せていくであろう電車は、静かな夜の街に溶け込むように停車した。そうして、再び音を鳴らしながら走り出していく。
その音を聞き終えて、僕は哲也の家へ向かう足を早めた。
哲也の家に戻ると、室内は綺麗に片付けられていた。そして、先程までなかったゲームのコントローラーがローテーブルに置かれている。
「おかえり奏。今日は徹夜でゲームしようぜ」
ベッドに座る哲也がコントローラーを僕に差し出した。
僕はそれを受け取り、テレビ画面を確認する。画面にはレーシングゲームが映し出されている。
「レーシングゲーム? うん。いいよ」
「よしきた!」
僕も哲也と同じようにベッドに腰を下ろす。
そうして、2人でゲームを始めた。小1時間ほど遊ぶと、ゲームソフトを入れ替えて別のゲームを遊ぶ。それに飽きたら、また別のゲームで遊ぶ。
時間はあっという間に過ぎて、深夜の3時になっていた。
ゲーム自体は楽しいのだが、肉体的な限界が来た。どうにも眠くて仕方ないのだ。画面のロード中の少しの間に、自然とぼーっとしてしまう。気を抜くとまぶたを閉じて眠りそうになってしまう。そのせいか、哲也の言葉に対しての返事が遅れてきた。
流石に限界かもしれない。
「哲ちゃん。そろそろ寝ない?」
「おいっ! もう寝るのかよ。夜はまだまだこれからだってのに」
哲也はまるで疲れた様子を見せていない。目は大きく開いていて、口調も明るい。同じように夜ふかしをしている人間とは思えない元気さだ。
対して、僕の目は半開きで、テンションも低くて、反応速度も低速と、さながらゾンビのようだ。
そんな僕を見て、哲也はあっはっはと高笑いする。
「はぁ、仕方ない。そろそろ寝るか」
「……うん」
短く返事をして、コントローラーをローテーブルに置く。
哲也はサッと素早く立ち上がり、クローゼットから敷布団とタオルケットを手際よく出してくれた。
僕はそれに寝転がる。じんわりと体に広がる疲れを感じる。すぐにでも眠れそうだ。
「電気消すぞ」
部屋が真っ暗になる。
哲也はベッドにバタンと音を立てながら倒れ込んだ。「あぁ〜〜」と謎の声を上げている。
「なんか、友達と一緒に寝るなんて久々だわ」
天井を見上げながら返事をする。
「……うん。高校の修学旅行以来かも」
「うわぁ〜、懐かしい。奏は修学旅行どこ行った?」
「……沖縄」
「沖縄!? ずりぃ。俺なんて、京都だぞ。京都」
「……僕は京都の方がいい場所だと思うけどね」
沖縄県は日差しが強く、海水浴やカヤック体験などのアクティビティが多い。もちろん楽しいのだけれど、日焼けもするし、何より疲れる。インドア派の僕からすれば地獄のような場所だった。
アウトドア派の哲也からすれば、羨ましいのかもしれないけれど。
「……」
「……」
少し話しただけで、すぐに沈黙が広がった。
眠くて、僕の話す気力が残っていないのだ。
「……なぁ。せっかくだし、恋バナでもしようぜ!」
「え? ……もう寝ようよ」
「んだよぉ。いいじゃねぇかよぉ!」
哲也は「恋バナ恋バナ」と連呼している。それが目覚まし時計のようにやかましくて、中々、僕を寝かせてくれない。
更に、哲也はベッドの上から、僕の顔を凝視している。暗闇の中で、猫のように目をランランと輝かせているのだ。この目が輝きを失わない限り、僕は寝ることができないのだろう。
「……分かったよ。恋バナしよう」
「よっしゃあ! それじゃあ、奏は好きな子とかいないのか?」
「っ! ……いないよ」
とっさに事に驚いて、嘘をついてしまった。
いや、この場で正直に晴香さんが好きだと伝えてしまえば、今の4人の関係が壊れてしまうかもしれない。驚いていようといまいと、どちらにしても、嘘をついていただろう。
僕の返答に、哲也は不満そうな声を上げながら、ゴロゴロとベッドの上を転がりだした。そのままこちらに落ちてきそうな勢いだ。
「なんだよ〜〜。いないのかよぉ〜〜」
「うん。いないよ」
平然を装っておく。
幸いにも部屋は暗い。おかげで、お互いの表情は読み取りづらくなっている。嘘だとは気づかれづらいはずだ。
「……そういう哲ちゃんはいないの?」
「俺はいるぜ」
「へぇ〜〜。どんな子なの?」
「どんな子も何も、奏も知ってる人だよ」
「え……?」
僕の女子の知り合いはそれほど多くない。まして、哲也と共通の知り合いの女子なんて、2人しかいない。
嫌な予感がする。せめて、希さんであってほしい。
僕は暗闇の中の哲也の口の動きに注目した。
哲也は天井を見て、恥ずかしがりながらも嬉しそうに話しだした。
「俺さ、晴香のこと好きなんだ」
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