True End.達郎は、何処へ行った?

「僕は、疲れた」達郎は、言った。

Altairと共に、女性の意思の消えた世界。

ただの無と知しかない世界。

「Air Cloud Spot...に行こう、Altair」

返事はなかった。

達郎は、走る。あの坂を上り、夕刻の朽ち堕ちて、星の光芒で、満たされた世界。もう、僕は恋を忘れて生きる男になった。

一人、Altairと共に、出会う飛行機。

パイロットだった。

「やあ、達郎君、連れはどうした?」

「由真のことは、もう、見切りを付けました」

そうか、と告げる唇。

僕は、と言う、達郎の声。

Altairは、残光を発するシグナルを出し。

「君は、何に成りたい?」

「恋を忘れ、一人で孤独な時を過ごすよ」

「そう」

素っ気ないな、と達郎は、言うと、翻して家に着いた。

星が、永遠に時を止める。

僕の目は、唇に向く。

瞳は、夜の闇の歓楽街に向き、此で良いんだと言う。

パソコンを立ち上げると、執筆を再び開始した。亡くなったのは由真とイリアの精神体を称えて、これで良いんだと誓う。

 それでも別の道はなかったんだから。

 分かれたのは1on1の対等なやり取りだけ。

 バスケの試合みたいに、移すのはゴールへのスリーポイントに向かうシュートを放つ。しかしゴールに弾かれるくらい、淡く脆いものではなかった。そこからアリウープを繰り返し打つように、そっと奪われないようにボールだけはキープしている。

 どこへ向かう?→初老になろうかとするおっさんが、青春へ、みたいな。

 どこにも出口はなかったし、小説執筆にも希望があった訳ではない。単にあの時の由真が、現れて、また、君を連れ去って奪えるまで遠くどこかに逃げようとする時間を捕まえて寄せて、波のように繰り返し、再びスリーを放つ。

 遠くから君の声を聴いた気がした。「まだ、カッコつける気なの、って」

 違うよ、と僕は言った。決別なんだ。弱い僕との決別。弱くなっていく僕の粒を集めて社会という壁にぶつければ、いつか壁は無くなって消えてしまえないか、って。

 軽く歩いていけるくらいの速度で、君といつかあの時なんでああなったっけと言いたくって。

 それで僕は、書いていた。タイピングも間に合わず、いつか取り戻そうとするのは時間でなく、僕の記憶。純粋で透明に近いブルーのクオリアを僕だけが持っていると信じていたあの時。僕は忘れなかった。

 君は仲間だった。

 僕は邪推している。

 君もあっちへ行った。

 僕は、君の手を離した。

 君は握り返してくれなかったから、そのまま分かれた。

 その長い波のような揺らぎの時を経て、スリーは入った。小説は文学賞には受からなかったけれども、地元の事業所が出版してくださるとのことだった。

 ほかの誰でもない、僕だけのストーリー。

 描くのは僕の実態を残像と虚像を加え、海へミルク瓶の中にラブレターという遺書を入れて放つだけ。

 誰にも届かない無限の壁を越えて。

 どこにも行かない君だけを捨てて。

 僕は走った。

 誰も追いかけない。

 それでよかった。

 一斉に走り出した。

 もう誰も僕を止められないと信じ切った。あの横断歩道には由真は見えない。誰も見えない。僕だけの価値観。僕だけのオリジナル。僕だけの独創性は、僕にしか描けないんだ。それでいいんだ。価値は知らない。勝手に壁が決めていくことだった。僕はただ走るだけだった。あの50マイル先に微かに見えるテープを切るマラソンランナーのように、ただ延々と誰もいない中走り続ける僕は確かに誰ともつながらず、純粋な僕の濃度を保って勝利とか敗北とか引き分けもなく、ただ純粋なまでのパトスだった。

 (由真の対話)

 助けて、達郎君。多分、君はあたしのことを要らないかもしれない。しかし、あたしだって君は要らない。でもね。あたしだけは多分貴方がいつまでも走っていると信じている。だから手を伸ばすの。貴方以上に走っていたいから。またスリーポイントを狙っている貴方だって、ダンクシュートを決めて、単に何事もなく、ボール入れにスリーポイント決めて帰る中高生みたいな気分を味わって寝るのがあたしのやりたかったことだった。とにかく、あんたに追いつくとかそんなのどうだっていい。でもあたしだって何か協力したい。だから走っていたかったんだ。それだけ知って。

 また、ただの由真の残像だった。また精神体が流入しているのか。

 (Vegaの思考)

 貴方は知らない。まだ道は、今から始まった点と、過去に終わった点の点でつないでしまっている。単純に、あたしの意思を殺したのは、新たな一歩を踏み出そうとしたんでしょうけれども、あたしは死なない。貴方を支援するつもりもない。同情する気もない。ただ、貴方は社会の海に早く出ないといけない。社会は貴方を出ていけというつもりもない。貴方は負けず嫌いだから、きっと貴方だけの道はあるはず―――。

 イリアの精神体だ。まただ。戯言も体外にしろ。君たちに何がわかる!

 「達郎君」パイロットが言った。「今だ。ずっと今なんだよ、君にしかないものは今の自分だ。それだけを信じろ」

 矢沢は言った。「あるのはお前の人生なんだろ、それさえあれば、きっと前に行けるはずだよな」

 石井は言った。「気を抜いたらちょうど、君らしくなって丁度いいよ」

 エリザは言った。「あんたらしくないわね、貴方は、息を吸うようになんでも高く飛ぶくせに」

 由真は言った。「あとはあたしに任せて」

 多分みんなの手を握り返すこともなく。

 僕はみんなにサヨナラを言って、執筆する。誰もいない中、不器用に届かない背中を追いかけて、脆くなっていく自分を道端で鳴く猫のように譬えて。

 僕は知っていた。

 後は走るだけだ。

 皆の言うことは当てにならないものばかりだ。前に行け、いや横だ。斜めだなどと言う。

 しかし、僕だけが僕の道を知っていた。僕だけの人生だから、当然なんだ。

 誰にもない僕を。

 見せてあげる。

 「―――さあ、どうかな」そう言って、ダーツを投げるように壁に画鋲を打ち込んだ。誰も答えはしない。キューブアイスはカランと音を立てる。

 風鈴がチリンと鳴った。扇風機の電源を消した。麦茶を注ぐ。

 「僕が僕になれるときって、部屋だけだもんな―――」

 僕は。

 打った。

 誰も返事しない由真へのメッセージとして、メールを打った。

 返答は、……数分後に来た。「貴方はあたしを攻撃したでしょう?あの時から、もう逢瀬を重ねることはないよ。病院で命だけは取り留めたけど、一大事だよ。ダメ、もう貴方は会ってはいけない」

 会う気は無かった。単に、僕だけは、由真と出会った僕にならないように気を付けようと思い、「別れよう」と送っただけだった。僕はなんで味方とか敵とか、チーム分けして駆け引きしながらドッチボールやるみたいに、一々僕らも戦い合わないといけないんだろう。

 やることは。

 麦茶を飲む。

 甘かった。

 「昔のようには、戻れない。ηは帰らない。帰納するのはθのみ」達郎は笑った。どこがおかしいのか分からない。麦茶は飲み干した。

 これで一人だけになった。「もうθだけになったね」

 由真は戻らない。「ηは帰らない」

 二人だけの暗い過去を吹き飛べと、あの時1on1で差し向かいに、争わないで、ただ単純にキスしていれば、それで終わっていた関係をぶち壊してまで、あどけない由真に分かれを告げ、僕は部屋から出ていった。

 Air Cloud Spot...へ行こう。

 Vegaは時を止めた。

 由真は現れた。

 手を握る。

 手渡したのは、フレンチクルーラー。

 由真は不思議な顔をする。

 僕は手を振って、無言で走って帰った。振り返らなかった。

 僕の恋は、終わった。

 

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〈Novels.〉Air Cloud Spot... Dark Charries. @summer_fish

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