Episode.2...First love.

 今は夏。のどの奥へと嚥下した想いは、瞳と思考に伝わる。

 私は想いに耽っている。

 狂おしいほどの熱情も持たない私こと達郎が、ひと時由真に魅せられて恋をしてしまうその一瞬は、まるで夢のように、心に仄かな灯を点してそこに燻っている。

 由真―――花火大会に連れ添った彼女。私の存在よりも心の中の彼女は虚像のように大きくそこに居座っている。そして、私は彼女の夢を聞いて、私自身何になろうか、ともがいていた。


[達郎の意志]


『夢を見ていた―――私が私となろうとする夢を。そして、存在を規定する。黒い羽を身にまとい、翼を生やし飛び立とうとする卵のような意志を持ち、私は私であることを望む』

〈……消えてしまえ、邪悪なる女性の悪意と共に闇へと葬り去ってしまえばいい―――〉

 しかし、答えは出ない。私が私であるにはどうなればいいのか、どうすればいいのかが分からない。ただ目の前の目標をこなしていく人生に何も魅力を持っていないのは確かだった。


 今は、気もそぞろに小説を読んでいる最中だった。清々しいくらい鮮やかな空想を懐き、探偵小説の真の答えであることを祈りながら私は小説の真実を観ている最中だった。そして、違っていることを知り、また一から読み直す。自分で悩んだ回答が間違っている、と知った後の見返す時間が最近愛おしくなってきた。

 僕と由真が入部している、探偵小説部は花火大会に参加することにした。この街の一大Eventだった。

「花火最近見に行ってないよね」

「そうだね」

「派手に咲かせるんだろうな、また、今夜は」

「ああ、きっと君よりかは派手じゃないかもね」 

 教室で僕が発言したら皆がしんと静まり返る。そのくらい僕の発言がClassの全員を驚かせるものであったのだろう。まあ確かにそうなのかもしれない。


 [断絶しそうなVegaの意思]

 『孤独の感情は、呼応するように存在する―――囁いて……私へと……その邪悪なる存在を全てEraseするために―――』

 『貴方には―――描ける感情があるの。どんな物だっていい、貴方の意志を姿に変えてその力を翼がはためく早さで私たちに示して……』

 『貴方は作家の経験は無いでしょう。しかし、作家にさせるだけの持っている力は貴方にはあった、それを私は示す。力を選択し、その道の力を証明するのは貴方自身です。貴方はきっと呼応することでしょう。何者かに出会っても、何者かの意志を感じ取れる貴方であれば、きっと―――俗物は描かない。単純に、私のことを宝石と喩えたのは、多分間違ってはいないでしょう。宝石はきんを生む鳥となるべき存在です。貴方の意志を体現するための時間をそのための時間を私は貴方を生かすことによって与える……』

 

 僕の思考と言う名の翼は屈曲する。

 僕は、切り取られた長方形の窓を見つめる。

 今日の空は素敵だ。何というか膨らんでいて球を触っているような感覚を覚える。空気が膨張して、熱気が辺りを包み湿度の高まった空は高く炎天下に沈むようにぐったりとなった僕たち。空はかかったように曇っているものの夏の暑さは失われていないのだ。

 蝉の音は何故か暑いのに聞こえなかった。そのかわり鶯が鳴いている。雀は朝飛び去ったのを確認した。緑の照り輝く葉が重なって影のGradationを演出しているのがとても見ていて癒やされるほど和ませる風景だった。

 燕は低く飛ぶだろうか?今日は雨が降らない、と言っていたはずだったけれど。

 今日は、悪くない。

 一日は今の所は快調だ。大丈夫だろうけれど、何者かが囁いている。その存在は多分私は知っているのだろう。

 しかし私は覚えていない。覚えていないというよりかは確かではないのだ。

 不確かな存在による頭の中の警報も今はとても穏やかになっている。

「でもBarとか行きたいよねえ。お酒は飲めないけど、Mont Blanc食べたい」

「―――あまり甘い物食べると太るよ、カササギさん」

 そこでしんと静まり返る一同。もう飽きたとばかりに手を振って私が答える。すると教室は元通りに戻り、話を続ける。


 (達郎の意志)

 『私は、彼女に出会った。彼女の名前はカササギ 由真。探偵小説部の次期部長である。しかし、たったそれだけの存在なのに、どうして意志を感じるのだろう。どうして螺旋のようなめぐり合わせに出会えた、と感じるのだろう。分からない、真実なんてないのだろうが、虚飾に満ちた欺瞞の果てに思うこの環状の心は何か』


 (隠されたVegaの意志)


『それを感じ取るのが運命でしょう。運命の女性は一つのかたちに囚われるものではありません。無数の出会いがあり、数奇な別れが貴方を襲うでしょう。嵐のような悲しみは、やがて去り、そうしておけば良かったのだ、という大いなる福音が訪れるはず……』


〈学校〉

「いやさ、甘い物もたまには良いんじゃない?達朗くんもあまり真艫まともなことばかり言うと嫌われるよ?」そういうのはもう一人の僕である由真の後押しする知り合いマキナ。

「でも本当のことだしなあ」

「良いのよ良いのよ。彼ってそんなら棒なとこあるけど、実は結構頭良いみたいよ」そういうのは鵲さん。

「人生が全てコンパクトに収まり過ぎている、シャープでね。同じ社会に属する者を感じる」とマキナさん。胸の鼓動が伝わってきそうなくらい今日の教室は暑い。下敷きで仰いでいた。

「じゃあ、海行こうぜ」そういうのは知り合いの男子で肉食系男子の矢沢健二。


[達郎の心の中]


 『下らないことばかり言うのは、欺瞞の皮を被った狼なのだろう。狼は真実を背中で語って去っていってしまう。その遠い背中を見て、友達と呼ぶのだろうか。呼べないだろう。多分彼らの事を一生に亘って仲がいいとは到底呼べない』

 〈―――矢沢は消えていく人だろう。僕の目前で〉


「私は、女か金にしか興味のない男は、スマートとは呼べないね」とマキナ。「そもそもスマートに生きるためには、己の利欲を最小限に保つことだと思う。それこそがスタイリッシュで生きていくだけにクオリティを上げていく。それだけに利欲を最小限化する。この行為がミニマリストであり、利益の最大化を目指さない在り方かもしれない。そうは思わない?」


[達郎の心の中]


 『彼女の創薬会社の夢は聞いたが、物語のRailからは偶然に外れてしまった。私の運命には彼は存在しなかったがしかし、一つだけ印象めいたTime Capsuleを皆の前で披露した。それは、私は、原始の時代から一個の原子として存在している、との冒頭から始まり、最後は、原子のことをもっと知りたかったと言っている。何故過去にしたのだろう、と思って訊いてみると、私には希望がない、とのこと。そんな欲求に支えられて生きている彼しかいないだろう。私の道にいないのも頷けた。彼は私と同一の存在なのだろう。対称とも言える存在は、反発し、拒絶する。拒絶した意志を無意味にしたくない。私も彼も磁石のような存在だったのだろう。ただ彼は、僕を知る勇気はあるのだろうか。心に邪悪と正義を抱えて生きる生き様の矛盾をどこまで知る勇気があるか』


(隠されたVegaの意志)


 『彼には感じ取れないはずです。私はそのような感情を抱かせる運命を与えていないはずです。貴方は何も分かっていない。私の命令に沿っているというよりかは、今はその時期ではないからです。単純に、貴方の行き先を決めているわけではありません。貴方にとってふさわしい経験をしておくべき指定席を用意していると言った方が分かりやすいかもしれない……』

「お願い一回だけ。なあ、お前もそう思うだろ、達郎」矢沢は私に振る。

「まあ、興味なくもない」

「えーあんたもそうなの。やっぱ男の子ってみんなそうなのやっだあ・・」ってはぐらかすのはマキナ。でも満更でもない。「どういう意味?」

「それだけの発言でバランサを付けて監視する必要もない、と言うこと。無駄な思考は、混乱してしまう。高々矢沢相手に、やめたほうが良い」達郎は言った。

「ゲームしない?」マキナは言った。「コインに紐を付ける。そのコインの紐を持ったまま回転させ、天井まで放り投げる。落ちてきたコインをCatchして、捕まえられたら、水着を見せる。表だったら、あたしの今までの思想を撤回してあげる。裏だったら、あたしの支配下に収まればいい。どう?挑戦しない?」

「賛成」と僕。

 「なんだよ、それ」マキナは言った。「達郎って、本当お人好しだな。どうなっても知らないよ?」

そう言って紐を付けたコインを数回回して、前方に放り投げた。矢沢が走ってコインをCatchした。

 「あーあ、水着か」マキナは言った。「アジサイってアタシにピッタリの花ね。花言葉は「移り気」。そこで見つけたし、良いよ、なってあげる。水着に。レジャープール集合ね」

 「よっしゃあ」矢沢は握った手の中身を視た。「表だった」

 「不運ね、貴男。お金に苦しむことになりそう、知らない、どうなっても」

 「お金を持つことは悪くはないことだ。お金を持てれば良いがな、矢沢は」達郎は言った。「生憎僕もコインを触らせてくれ」

 矢沢は渡す。僕のコインを軽く投げてCatchする。出た目は裏だった。

 「へえ、君って案外縛りゲーが好きなんだ」

 「多分利権の問題と言うよりかは、生きただけの人間観察や、人生経験や、経験的知識や価値観や風貌や体力の問題だと思うな」達郎は言った。「まあマキナの言いたいことはよく分かる。人間そう単純な話でなく、互いに益を求め搾取し合い奪い合う生きものだということ」

 「分かっているじゃないの」とマキナ。「貴方意外と賢いのね。労力をダシに、奪っているのは時間。健康と共に奪っていくのは常に健康で生きていけるだけの時間なのよ、分かってる?矢沢」

 「分からないよ。時間を金で買うんじゃないのか?」矢沢。「そういうやり口はあるだろう」

 「金をダシに奪っていくのは労力。常に体力が奪われ続ける社会なのよ、資本主義って。気を付けて筋トレに励んでね、お二人とも」

 「あっそう言えば夏の鳥って何だっけ?」

 「心配しなくても夏には鳥が住んでいる」矢沢が言った。

 「止まない雨はないのと一緒だよ」僕が言った。

 「渡り鳥になったらどうしたい?」マキナは言った。「あたしは素敵な人とデートがしたい」

 「僕は渡り鳥であることを諦めたい」僕は言った。「早く資本主義に属する人間らしい人間になりたい、矢沢は?」

 「世界を見下ろすかな。見下ろし、巣を作り、家族を作り、箱庭を作る。空中に庭園を造ることもできるから、鳥になりたいかな」

 午前中で授業は終わり、三人で帰ることになった。二人の男子に囲まれる女子マキナは、デートなんてする気もサラサラ無いのかもしれない。

 だって、移り気だから。

 「アジサイは秋に咲くべきだよ、古代人が言っているじゃないか」矢沢。「女心と秋の空って」

 「夏で良いんだよ、JuneBrideしたがる移り気なカップル多いだろ」と僕。

 「あたしは決めている人がいる」とマキナ。「声優でも歌手でもなく、タレントでもなければ、ただ一人唯一決めている人がいる。それは人気度が高くて競争が激しいけど告白して散っても良いかなって」

 「オレか?」矢沢。

 「いや、僕ではないだろうな」と僕。

 「その僕だよ、達郎君」ふっふっふ、と指を振っている。「実にお見事な推理で」

 「誰も推理していない上に、外している。優等生は探偵に向かないとはよく言ったものだ」僕は海外ミステリのタイトルを挙げた。

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