第20話 ろくでなし
千明に決意を述べた翌日、真理は武庫之荘から城崎へ帰って来たが、この日から自分でも驚くほど、心と体が躍動のうねりに呑み込まれ、激しい活性化の渦に巻き込まれてしまった。これまで乗れなかった―――というより、乗ったことのなかった自転車に乗れるようになったこともあるが、人生の方向性が定まると、心身がエネルギーと躍動感に満たされ、横溢する好奇心を抑えられなくなったのだ。
自転車は、柴が二十四インチの婦人用サイクルを買ってくれた。
「柴先生、佐和子おばちゃんのを借りて練習しますから、結構です」
真理が断ったのに、翌日の火曜日、診療所へ手伝いに行くと、入り口にぴっかぴかの萌黄色フレームの自転車が置いてあった。〈城崎温泉きみ待つ診療所・石田真理〉と前輪カバー上の見慣れた癖文字に、真理の目はぼうっとかすんで、危うく大粒の涙が頬を伝うところだった。さりげないが、憎らしいほどこまやかな心遣いだった。
「さあ、練習、練習」
その日から柴の特訓が始まったのだ。診療の合間を見ては、後から荷台を持ってハッパをかける。佐和子や田所美代子にも助けられ、一週間もすると、真理は自在に自転車を操れるようになった。
「佐和子おばちゃん。今日は駅前のスーパー、売り出しやから、ちょっと行ってくるわ」
これまで行ったことのない店まで、気軽に足を伸ばすようになった。
午前中は十時から十二時まで診療所を手伝う。自称・腰痛持ちのおばあちゃん看護師朝倉さんのピンチヒッターで、患者さんから事前に悪いところを聞いて柴に伝え、次の診察の予約を取る。午後は五時まで診療所は休みだが、四時過ぎから患者が訪れるので、四時には診療所に出ていなければならない。結局、十二時から四時までが真理の昼休みということになるのだが、その間に昼食を済ませ、夕食の買い出し、佐和子の花道教室の準備と続くので、平日は余りゆっくりも出来なかった。
実際、真理が落ち着いて近隣の史跡巡りが出来るのは、花道教室に休みを入れてくれた水曜日と、診療所が休みの土曜の二日間だった。診療所と花道教室は日曜日も休みだが、この日は千明に会いに武庫之荘へ行く日にしていた。行かないときは大抵、マルニ堂のご隠居の用事が入るのだった。
「暑いから、熱中症にかからないように気をつけて行くのよ」
佐和子の注意も上の空で、土曜の今日、真理は浮き浮きした気分で〈きみ待つ号〉のペダルを踏んで、名勝清竜の滝へ漕ぎ出す。空梅雨で雨が降らず、六月だというのに真夏さながらの日々であるが、好奇心の前では暑さもしばし脳裏から消えてくれる。それに、県立自然公園内の名勝庭園の木陰やそれを巡る小路はひんやりとした冷気に包まれ、日中の暑さを忘れさせてくれた。
ペダルを漕ぎながらの観光地や史跡巡りは、華やかな感動が沸き起こって興味が尽きないが、裏通りへ折れて、自転車を押しながらゆっくりと坂道を歩くのも楽しかった。忘れられた―――小さなお寺や崩れかけた土塀は、はっとするほど新鮮で、まるで平安時代にタイムスリップする気分に浸れるのだった。
自宅から30キロ以上も離れた史跡をターゲットにするときは自転車ではきついので、柴のクラシックカーがもっぱらの足になる。
「柴先生。学生時代中古で買うたんやったら、メチャクチャ古いやんか。走ってて分解せえへんやろか」
四十二年前製造のカローラを見る度、真理がからかうが、
「何を言ってるんだ。昔の車の方が頑丈に出来てて、安全なんだぞ。三角窓を開けば自然の風が入って来るし、音だって慣れるとクラシックの趣があるだろう」
柴は一向に頓着する気配がなく、むしろムキになって愛車を誉めちぎるのだった。
賑やかなエンジン音と熱風を浴びての走行は、まるで赤道直下の砂漠を鳴り物入りで走る気分で、背筋に悪寒が走る事態にも時折遭遇するが、不思議なことに一度もエンストを起こしたことはなかった。
浦富海岸見物に鳥取県を訪れたときも、佐和子と真理は汗をかきながらの冷や冷や乗車だったが、
「ひゃあー! おばちゃん、真理ちゃん! 見て、見て! メーター表示に全部0が並んだよ。これで、走行距離は30万キロになったんだ。さあ、記念撮影、記念撮影!」
走行メーターにゼロが一直線に並ぶと、柴は道際に愛車を止めて、小学生のようにはしゃいで、愛車にもたれてデジカメのファインダーに収まったのだった。
柴と真理が藤井家の食卓を囲むようになって、佐和子も随分若やいで明るくなった。
「何かこう、家族っていう感じね。千明がここを出て八年になるけど、ホント、久し振りに家族の味を味わわせてもらったわ。やっぱり食卓を一緒にしないと駄目ね。‥‥‥主人と別れたのも、その辺りに原因があったのかな」
真理の入れてくれたアイスティーを飲みながら、佐和子もぽつりぽつりと昔の思い出を語るようになった。
「佐和子おばちゃん。もうちょっとの辛抱やんか。じきに千明さんが帰ってくるし、茂樹君も一緒に暮らすようになるんやから」
佐和子の口調が湿り出すと、真理はいつも千明と茂樹を持ち出してウエットなムードを和ますが、正直なところ、二人の帰郷にはあまり自信がなかった。
「へぇー、千明さんのお父さんて、こんな顔してはったん? これ、柔道で優勝したときの写真やね‥‥‥」
顔、体つきに雰囲気、柔道をしていたことまで三四郎と似ていると知って、真理には三四郎に引かれる千明の気持ちが痛いほど伝わってくる。と共に、持ち前の判官贔屓が頭をもたげ、佐和子と柴のために一肌脱がねばという意欲も、抑えがたく沸き上がって来るのだった。
「佐和子おばちゃん。ウチ、明日、千明さんとこへ行ってこようと思てんねん。城崎はそれほどやないけど、武庫之荘は異常渇水の影響出だしてるやろから、ちょっと様子見てくるわ」
明日の日曜日も武庫之荘へ出かけて、真理は千明に帰省を促すつもりなのだ。
「いいわよ、真理ちゃん。もうすぐ夏休みだから、言わなくても帰ってくるわよ。明日はマルニ堂さんの用事はないけど、公夫君の予定があるんじゃないの?」
「いや、僕のは大したことじゃないから、いいよ。真理ちゃん、行っといでよ」
いつもは強引に自分の予定に引き込むのに、千明の所へ行くときだけ、柴は急に物分かりが良くなるのだった。
翌日も、ミンミン蝉の鳴き声がかすんでしまうほどのカンカン照りの暑い日だった。庭の植木が枯れないよう、夜のうちにホースで水を撒くのだが、日差しが強まる9時を過ぎると、ぐったりと葉が萎み生彩がなくなるのだった。
「サツキは持ちそうやけど、ツツジはアカンみたいやな‥‥‥」
居間で食後のアイスコーヒーを飲みながら、真理は恨めしそうに、照りつける雲ひとつない青空と太陽を一瞥し、庭の植木に目を落とした。ピンクの花弁が哀れに萎んで、痛々しかった。
「千明が生まれたときに、こちらへ帰って記念に植えた木なんだけども‥‥‥」
ツツジを見る佐和子の横顔も寂しく沈んでしまう。庭からひとつ、大切なものが消えていく。
「そうなんだよな、あの花弁で色を取って、よく一緒に遊んだんだ。コップの水があんまり綺麗なんで一口飲んじゃったらさ、下痢を起こしちゃったよ」
ままごと遊びをした幼少時の思い出を口にし、柴はウエットなムードを茶化した。
「さあ、そろそろ出かけんと」
扇風機で涼を取りながら、柴に釣られ和やかに談笑していたが、真理はようやく重い腰を上げた。
「ううん、かまへん。ウチ一人で駅まで行くさかい。柴先生は佐和子おばちゃんと、もうちょっとゆっくりしてて」
柴の見送りを断り、真理は一人で自宅―――のような、藤井家を後にして、暑い日差しの中を徒歩で駅へ向かう。ジャズフェスティバルが間近に迫っていて、公園やお寺に近づくと、急に力強いトランペットの音色が耳に飛び込んで来て生演奏が真理の体を芯から震わす。野外の演奏にも大勢の観客が集まり、マイカーのドライバーまでピアノとベース、トランペットの協演に魅了されて軽い渋滞を起こしていた。
「やあ、真理ちゃん。お出かけかい?」
マルニ堂のご隠居が、駅に近づく真理に気づいて、ステッキを振って合図を送る。ご隠居も店の車に送られて駅に着いたところだった。
「こんにちは」
券売機前でご隠居に挨拶を返すと、
「いやぁ、いいねぇ。ジャズが流れて来ると、家にじっとしていられなくて、ここまで送ってもらったんだよ。スイング、スイング」
ご隠居はまん丸顔に大きな笑顔を浮かべると、軽やかにお尻を振ってリズムに合わせ踊る仕草を見せる。
「そうか、千明さんとこへ行くのか。それじゃ、私からよろしくって伝えてね」
「はい、言っときます」
ご隠居に別れを告げ、いつものように城崎温泉駅の改札をくぐる。その後の行程も乗り慣れたいつものパターンで、三宮駅で阪急に乗り換え、武庫之荘の敬藍荘に着くと午後4時を少し回っていた。
「ただいま」
庭へ回り網戸越しに、汗がにじむピンクのツバ広帽子の顔を覗かせると、
「お帰りなさい」
六畳間から、千明が笑顔で迎えてくれる。クーラーが付いていないので、東窓と入り口ドアが開け放たれていて、扇風機が生暖かい風を真理の顔にまでそよがせていた。
「お待ちどうさま。はい、お弁当」
玄関へ回り、レースのカーテンを開けて、六畳間のテーブルに持参した弁当を広げる。
「ありがとう。―――まあ! 美味しそう。真理ちゃん、本当にお料理上手なんだから。何か、小学校の遠足みたいな気分ね」
のり巻に卵焼き、それに奈良漬けが懐かしい。
「三四郎さんにも、お裾分けしないとね」
「うん‥‥‥」
三四郎の分を皿に盛る千明の仕草が自然で、見ていて不思議なほど違和感が沸いてこない。自分のいない間に二人が親しみを増しているのかと思うと、真理は柴が可愛そうで、何とも言い表しえない無力感がこみ上げてくる。
「な、千明さん。一緒に三宮へ出てみぃへん? 千明さんと一緒に三宮を歩きたいんや」
食事が済むと、真理は千明を三宮へ誘った。二人が初めて出会った町を歩いて、新しい門出を確認というか、祝いたい気分がこみ上げてきたのだ。
「そうね、いいわね。ボーナスも出たことだし、お昼のお返しに、私がおごってあげる」
「ううん、エエって。ウチ、結構お金持ちなんやで。ひょっとしたら、千明さんより給料エエかも知れへんで」
給料が上というのは根拠のないもので冗談半分だが、食費や家賃が不要な分、月々手元に残るお金は、真理の方が多いかも知れなかった。
「はいはい。お金持ちさんには次回ご馳走になるとしまして、今日は貧乏人の藤井千明さんにおごらせてよ」
「うん、分かった。ほな、行こうか」
5時前にアパートを出て、買い物客や行楽客で賑わう三宮改札前を抜け、二人はJRと阪急が走る広い高架の下で立ち止まった。
「‥‥‥ここやったんやな」
真理は人混みの中で、千明の右腕をぎゅっと抱いて体を寄せた。
「もう! 止めてよ。暑いじゃない。排ガスも嫌ね」
真理に神妙になられると、千明は照れてしまう。さほど交通量もないのに、排ガスに顔をしかめる真似をして、地下へ逃げ込んでしまった。
「ね、真理ちゃん。あのワンピースなんか、どう? 淡いグリーンは、真理ちゃんによく似合うと思うわよ。試着してみない?」
冷房の効いたさんちかを歩きながら、ショウウインドウを飾るグリーンのワンピースが目に付くと、千明は何度も立ち止まって真理に試着を促すが、
「ウチやったら、エエねん。千明さんのお古、城崎の家に一杯あるから、それ貰おうと思てんねん。この麻のワンピースも千明さんが高校の時、着てたんでしょう。覚えてる?」
涼しげな夏物ワンピースを着たマネキン前で、真理はゆっくりと一回転して白のワンピースを千明に見せる。
「‥‥‥ええ。覚えてるわ」
ノースリーブなので、千明はどうしても真理の右腕のあざに目が行ってしまう。
「今日は奮発して、真理ちゃんに似合う服を買ってあげようと思っていたのに」
ウィンドーショッピングを楽しんだだけで、何も買わずにポートタワーの展望台でチョコレートパフェを食べて、武庫之荘へ帰ってきた。
「久し振りに神戸も楽しかったわ」
半月前、真理を捜しに三四郎と行ったばかりだが、これは真理には内緒だった。
「もう6時を回ってるから、今夜はやっぱり泊まって帰ったら?」
アパートの玄関で、千明が三度目の誘いを口にするが、
「うん、泊まりたいけど、泊めて貰たりしたら、柴先生が一番困るから」
今度も、千明は真理に断られてしまった。
「そうね、診療所が困るんじゃ、仕方ないわね。―――アイスティーを入れるから、それだけ飲んでって」
スリッパに履き替え、薄暗い廊下灯を頼りに鍵穴に鍵を差し込みドアを開けると、二人を追うように玄関から人影が忍び寄って来た。
「エッ!」
千明が声を上げるのと同時に、真理が千明の後ろに逃れた。皓三だった。
「マリー! お願いや、僕のとこへ帰って来てくれ。‥‥‥なあ、お前なしではやって行かれへんことがよう分かったんや」
千明を押し退けて、皓三は哀願口調で真理にしがみついた。
「ちょっと待ちなさい! 山乃瀬君、アナタも男だったら、女性に頼らずにちゃんとした生き方をしたらどうなの!」
真理を守ろうと、千明が二人の間へ割って入る。
「何やと! お前のせいやないか! お前さえいてへんかったら、マリーは僕から離れへんかったんやないか!」
皓三は狂ったように千明に飛びかかって、細い痩せた手で彼女の首を絞めた。
「止めなさ―――」
やはり男の力だ。千明は急に喉を押さえ付けられ、声が出なくなってしまった。
「千明さんに何すんねん! 早よ手を離さへんかったら、アンタを殺すで!」
皓三が千明に手をかけると、真理は果物ナイフを持って血相変えて台所から飛び出してきた。
「どうしたんだ!」
二階から三四郎が駆け下りて来るのと同時だった。
「うわあー!」
三四郎の顔を見ると、皓三は千明の後ろに回り、彼女を楯に逃げようとするが、勢い余って体を押してしまった。
「危ないっ!」
三四郎の声に続いて、
「うー!」
千明が腹部を押さえてうめき声を上げた。
「うわあー! 俺ちゃう、俺ちゃうでー!」
皓三は大声でわめきながら逃げ去ってしまったが、
「千明さん、どないしょ! 堪忍して! ワーン!」
真理は顔を両手で覆い、その場に泣き崩れてしまった。
「千明さん! 抜いちゃ駄目だ! 真理ちゃん! 救急車を呼ぶんだ!」
三四郎は千明に駆けより彼女を支えると、大声で真理に救急車を呼ぶよう指示する。
「お願い! 救急車は止めて! それほど深くないから、我慢できるわ。―――真理ちゃん、公夫君に電話して、すぐ来てくれるように言って」
警察沙汰になるのを恐れ、千明は柴を呼ぼうとする。
「‥‥‥しかし」
淡いチェックのブラウスが真っ赤に染まっていて、一刻を争うようにも見えるが、かといって千明の意図が分かるだけに、三四郎は判断に迷ってしまう。
「志水先生に頼んでみるから、しばらく我慢するんだよ」
千明を抱き上げベッドへ運ぶと、三四郎は携帯で志水医師を呼び出した。
「千明さん、ごめんなさい。本当に御免なさい」
真理は泣きながらも、手際よくブラウスを破って傷の具合を確認し、簡単な手当を施す。幸いなことに、動脈は切れていなかった。
「―――危ないとこやったけど、腸にまで達してないし、動脈も切れてないしな。まあ、不幸中の幸いやったな」
志水医師は車ですぐ駆けつけてくれたが、彼の見立ても真理と同じだった。
「僕は内科専門で、外科は苦手やけど、まあ、何とか様にはなったやろ」
傷口を四針縫って、志水医師は三人に軽口をたたいた。
「ほなら、三四郎先生。安静にしといたげてな。明日の朝、また往診に来るさかい。うん、大丈夫や、心配せんでエエ」
三四郎から説明を受けていたので、志水医師は最後に真理を励まして帰って行った。
「‥‥‥本当に大丈夫なんだから。志水先生も、ああおっしゃって下さったんだから。ね、二人とも心配しないで」
深刻な顔で、長い沈黙が続くと、千明が一番気まずくなる。何度も二人を見回し、微笑みかけていると、
「おばちゃん! ここだ、ここだ!」
タクシーのドアが閉まる音と大きな声に続いて、急ぎ足で柴と佐和子が部屋へ入ってきた。
「柴先生! 佐和子おばちゃん! ワー!」
二人の顔を見ると、真理は柴に抱きついてオンオン泣きじゃくった。
「‥‥‥あのう、倉岡といいます―――」
三四郎が立ち上がって、柴に挨拶をしようとするが、
「千明ちゃん、どうしたんだよ。真理ちゃんから電話があって、びっくりしちゃったよ。―――でも、この様子じゃ、大事ないんだ」
柴は三四郎を無視して、ベッドの脇に腰を下ろした。城崎へ千明が帰らない理由がすぐ分かった。千明の父の懐かしい印象が、三四郎の雰囲気と重なって愕然としてしまった。
「‥‥‥ね、公夫クン。いつもお世話になってる、三―――、倉岡さん」
千明が言いにくそうに三四郎を紹介すると、
「え、ああ、‥‥‥どうも、柴です。よろしく」
柴は初めて気づいたように、バツの悪そうな顔で立ち上がると、三四郎にぎこちない挨拶を返したのだった。
「千明がいつもお世話になり、ありがとうございます」
佐和子が三四郎に丁寧な挨拶と礼を述べている間、柴はわざと大きな声で千明と真理の説明に返答していたが、
「そうか、そうか。志水先生が適切な処置をしてくださったから、もう出血も止まっているようだし。‥‥‥そうだな、大事を取って、俺は今夜、ここへ泊まるよ。ね、おばちゃんも、泊まっていこう。真理ちゃんと三人で泊まろうよ。‥‥‥いい機会だから、千明ちゃんに話したいこともあるしさ」
佐和子と千明を見回して、急に襟を正した。
「公夫クン、いけないわ。公夫クンは明日、診療所があるんだから。私のために患者さんに迷惑をかけちゃ、申し訳ないし‥‥‥」
お年寄りに迷惑をかけたくなかったし、出来れば柴の話したいことは聞きたくなかった。
「そうよ、公夫ちゃん。千明の世話は私一人で十分だから、あなたと真理ちゃんは帰って頂戴。‥‥‥ね、気持ちだけで嬉しいから」
三四郎を一目見て、佐和子も柴の入り込む余地はないと思った。今夜泊まって千明に告白したりすれば、彼に恥をかかせるだけなのだ。
「‥‥‥そうだな。俺らは、タクシーにでも乗って、帰ろうか。タクシーがダメだったら、レンタカーにしよう」
佐和子にまで千明サイドに立たれると、柴は真理の肩に手を置いて、渋々ではあるが頷かざるを得なかった。
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