第12話sideヴィルジール・ノヴァック侯爵ーお父様ー①
私の天使、アイリーンが倒れた。
妻と2人で領地に向かっているところだったが、それどころではない。
邸から早馬が来て、セルジュからの手紙を読んだときは、体が急激に冷えた感覚になり、妻を支えていなければ私も倒れてしまっていたであろう。
雨に濡れ熱を出して倒れたではなく、雨に濡れると同時に急に倒れて熱を出しただと?いや、それは雨のせいではないだろう。
ここ最近、顔色が悪いような気がしていた。やはり、疲労がたまっていたのだ。
くっ!間違いなく皇太子妃教育のせいだ。
以前から、5歳になったら領地へ連れて行くとアリーに約束していた。しかし、体調が心配なのと皇太子妃教育に穴をあけるわけにはいかないということで、邸に残してきたのが悔やまれる。
聡いユーグは、アリーを思って、今回はともに残ると言ってくれた。ああ、ユーグも間違いなく私の天使だ。
忙しいからと転移魔法の取得を後回しにしてきたのが仇となった。気ばかりが焦る。
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幸い、邸に着くとアリーは目覚めていた。妻のように美しい白銀の髪、私とそっくりなアメジストの瞳を持つ天使アリーと目が合ったことで、やっと体に血が廻ったように気がした。
だというのに、そんな私にアリーからのまさかの宣告が
『ねえ、おとうさま?ねつもさがり、げんきになりましたし、おとうさまだけでも、りょうちにむかったらどうでしょう?』
嘘だろアリー。ここは、
「おとうさま、さみしかったです。ずっとアリーのそばにいてください。」
ではないのか?
妻に、促され廊下へと出る。
「ねえ、ヴィル、聞いたでしょ?アリーがごめんなさいって。心配をかけてごめんなさいって言ったのよ。5歳の子よ?いいえ、私が悪いの。しばらくお母様に甘えていなかったからと言わせる私が悪いの。淑女ですって、ふふ・・・ううっ」
大きな瞳からついに涙がこぼれてしまった。言っていることも支離滅裂で、いつもの冷静なレティではない。
「いや、落ち着くんだレティ。君は何も悪くない。将来は、お父様と結婚するのと言っていたアリーが、妃教育を始めて数か月しかたっていないというのに、急激に大人のようなことを言いだした。具合が悪いというのに私の仕事の心配をするなんて。それに、あの感情のない、スンとした顔。くっ…。どんな教育をしているんだ王宮で。」
そもそも、婚約させるつもりなぞ、欠片もなかったというのに。あの皇后のせいだ。
「任せろレティ。アリーの教育は、侯爵家で行う。王宮なんぞに任せるつもりはもうない。毎日毎日アリーを王宮に連れて行きやがって。皇太子妃として必要な知識?そんなものもっと大きくなってからでいいだろう。」
そもそも皇太子が、毎日勉強しているなんて話、聞いたこともない。
「そうね。そうよね!でも、それでしたら、私のほうから皇后様に進言したほうがよろしいのではなくて?」
「いや、アリーのそばにいてやってくれ。私は、今すぐ王宮に行く。先ぶれなんぞ知らん。そもそも陛下とは旧知の仲だ。あいつの尻ぬぐいをどれだけ私がしてきたことか。愛娘についての要望くらい必ず聞いてもらう。」
そうこうしているうちに、アリーが再び熱を出した。知恵熱?やはり頭を使いすぎだ。許さん許さんぞ。
「レティ、頼んだぞ。私の分までアリーを甘やかしてくれ。ああ、きみのエメラルドの瞳に、しばらく私の姿が映らなくなると思うと胸が張り裂けそうなのだが、アリーに叱られてしまうから王宮からそのまま領地へ向かう。…最後にこっそりアリーに会うというのはどうかな?」
「ふふ、医師にゆっくり休ませるように言われたでしょ。アリーのことは任せて、ヴィル。」
寂しいわと言う愛する妻を抱きしめたあと、急ぎ、私は王宮へ向かった。
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