第7話:アイダファミリー

 というわけで無事にオルクが家族になったわけなんですが、まだまだここには魔獣さんがいるんですね。きっと魔王様はオルク一体じゃあ満足はしないんだろうなぁと思いながら、オルクと一緒にこの牢獄のような魔獣小屋を歩いている。


 ただ朗報を言うならオルクのアドバイスにより新たに蛇の魔獣ヘイルとハエの魔蟲ブーンを仲間にした。ヘイルもブーンものんびり屋でヘイルは私の影の中に入って休んでおり、ブーンもオルクの毛の中に潜んでいる。


(なぁ…遅かれ早かれここの魔獣は全部テイムするんだろ?なら選ばずに片っ端からテイムしてきゃいいじゃねぇかよ)


 魔獣小屋を何往復もする行為に飽きたのかオルクが苦言を申す。確かに効率的ではないだろう。しかし、他の魔獣といえばかなり敵意がすごくて私はビビっちゃってるんですね。


「うぅ……できるだけ戦いたくないんだよねぇ…」


(どうせ俺らが戦うんだし、お前には関係ないだろ)


「うぐっ…それはそうなんだけどぉ…なんていうか見た目が動物なだけに傷ついてる様子が見てられないっていうかぁ…」


(はぁ…弱虫な主様をもったもんだなぁ…)


「わぅ!」(ユミは弱くないよ!)


(そういうことは言ってねぇんだよ!犬っころ!)


 我が子達の可愛らしい会話を聞きながらどうしようかと考え込む。


(……ユミさん)


「ん?どうしたのヘイル?」


(私の入っていた箱の横の者はどうでしょう)


 ずっと黙っていたヘイルが話しかけてきた。か細い声で小さな少年のような声だが、聞き逃さなかった私はえらい。


「ヘイルの横って誰かいたっけ?」


(あそこには、スライムがいたはずです)


「ほう、スライム」


 ヘイルにそう言われて私はセイラさんから受け取った本を取り出した。本をペラペラとめくって魔物一覧を見る。スライムのページには他の魔物よりも情報が少ないのでどんな子なのかはよくわからない。

 ページには擬態する液体状のなにか…と書かれている。魔法にも物理にも強く、弱点がないが敵意もない、そもそも生きているのか怪しく、不死ではないかという説もあるという不思議な生物だ。


 言われてみると確かにだだっ広い空白の檻の奥に樽が置いてあったなと思い出した。


 ヘイルに感謝を伝えて私はその檻へ向かった。


 檻の前につくと仲を覗き込んで見る。檻の奥に樽があるだけで他には何もなかった。


 警戒をしつつも檻を開けて中に入った。


 樽の目の前に来てもなにも反応がない。本当にこの樽の中にスライムがいるのだろうか。


 思い切って樽を押し倒した。その衝撃で樽は壊れてしまったが中から水色のスライムが出てきた。そのスライムは驚くわけでもなく、びくともせずにただ重力にしたがって床に広がっている。


(…寝てんじゃねぇのか)


「さ、さぁ…スライムって寝るのかな?」


 とりあえず何をすることもできないのでスライムにそっと触ってみる。


 スライムはひんやりとしていて、特に触ったからといって痛みや違和感があるわけではなかった。それどころかぷにぷにとした感触が心地よくて思わずそのまま触ってしまう。


「わん!」(撫でるならコマにしてよ!)


「えっ?あ、あぁごめん」


 コマに言われて我に返り、改めてスライムに向き直った。


「私はユミ。もしよかったら私と家族にならない?」


「……」


 スライムは何も反応はしなかった。ただ冷たかったスライムからほのかに暖かさを感じた。


「あなた、名前はないの?」


「……」


 スライムはやはり答えない。しかし、触っていたスライムの身体が少しぴくんと収縮した気がする。


「お名前、つけてもいいかな?」


「……」


「じゃあ…あなたはセレスト…セレストでどうかな?」


「……」


 スライムは答えないが、スライムから伝わってくる不思議な感覚が肯定しているのだと思わせた。


「…『私、相田由美はセレストを従属に加え、セレストの主となることを宣言しよう』」


 ここでこの定型文を言って何も起こらなければ勘違いだった、ということだ。その時は潔く諦めよう。


 しかし、私の決意をよそにスライムの身体は光りだした。


 そして伸びてばかりだったスライムの身体は形を取り戻し、まんじゅうのような形になった。その半透明な水色な身体の中に星と月の模様が輝いた。私のテイムモンスターになった証だ。


「!!!セレスト!」


 私は感極まってセレストに抱きついた。広がっていたときは気づかなかったがセレストは腕の中に収まるぐらいの大きさでコマよりも少し小さいくらいのサイズだった。

 セレストは私の腕の中で少しモゾリと動き、私に向かって温かい物を送ってきた。これは魔力なのかな?セレストにも感情あるんだなぁ…とほっこりする。


(おい、テイムしたなら意思疎通できるんじゃねぇのか?)


「ハッ!その手があったか!」


 私はオルクに言われてセレストに伝われ〜っという気持ちで話しかけた。


「ねぇ、セレスト。私の言葉って伝わってるの?」


(……)


「やっぱり話せないのかなぁ?」


(……)


 やはりスライムはそういった機能を持ち合わせていないのかな?セレストに動きはあっても言葉での反応はない。これは本能でしか動いていないということなのだろうか。


(……ぁ…)


「ん?誰か何か言った?」


(…ぁ…ぃ)


(俺も犬も何も言ってねぇぞ)


「え?じゃ、じゃあもしかして…」


(…あるじ)


 セレストが喋った!


 腕の中のセレストを見ると相変わらず何も変わっていなかったが、セレストが話してくれたのだと分かった。


 にしてもセレストの声は可愛かった。コマよりは大人っぽさがあるがまだ幼さの残る可愛い声だった。なんていうか、人見知りの親戚の小学生を思い出す。


「セレスト、よろしくね」


(……うん)


「わん!」(コマ妹もできちゃった!)


 コマは私の腕の中のセレストをペロペロと舐めようとするが、なんとかそれは阻止してお祭り気分のコマを落ち着かせた。


「さぁ、セレストは家族になってくれたけど…これからどうしよっか?」


 セレストが新たな家族になってくれたのはいいものの根本的な問題は解決していない。この魔物小屋にはまだまだたくさんの魔物がいる。数で言うとあと20匹いないくらい?


(…あるじ)


「ん?なぁに、セレスト」


(…わたし、どく、できる)


「毒?」


 そういえばスライムは微毒を持っていてその毒の種類は様々だと聞いたことがある。麻痺毒を使うということだろうか。しかしテイムはお互いの意志がないとダメなはずなんだけど……。


(てき、しゅんさつ…かのう)


「敵を瞬殺するの?」


 セレストからは強い意志を感じ、言葉に嘘はない。ならば信じてみようと思うのが飼い主であり、親の気持ち!


 というわけでセレストを隣の檻の前まで連れてきた。隣の檻にはオルクの3倍くらいでかい闘牛のような魔獣がいる。正直私はセレストのことが心配です…!!!


 セレストは私の腕から降りて檻の中へと入った。闘牛はそんなセレストにビビるわけもなく噛み付いた。闘牛が再び顔をあげるとそこにセレストはもういない。


「せ、セレスト…?」


 もしやセレストが死んでしまったのでは…?


 そんな最悪な考えが脳裏をよぎる。それと同時に闘牛は倒れた。


 そして倒れた闘牛の力なく開いた口からセレストが出てきた。セレストの身には傷ひとつなく、変わらず無口だが元気なようだ。

 私は慌てて檻の中に入り、セレストの方へ向かった。


(どく…ちりょう、はやく)


「え、えぇ〜?!」


 私はセレストに急かされるがままに闘牛に手をかざした。しかし、私は解毒魔法を取得していない。なので解毒はできないはず…。


 しかし、私の考えをよそに闘牛は輝き出した。


(ちりょう、おまかせ)


 どうやらセレストが私が治療しているように見せかけているようだ。


 闘牛は起き上がると私に対して頭を下ろして服従の姿勢をとった。


 私もそれに応えるように闘牛の頭に手を置いた。闘牛からは『ボルド』という名前を感じ取った。


「私はユミ。『私、相田由美はボルドを従属に加え、ボルドの主となることを宣言しよう』これからよろしくね、ボルド」


 ボルドは安らかな目になったが私の腕に登ってきたセレストを見るとすかさず距離を置き、酷く怯えているように見えた。


 …微毒…だったんだよね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る