第6話:はじめまして魔獣さん
残されてしまった魔獣小屋の中で私は地べたに座って本を読んでいた。
最初は投げやりな!って思っていたけど案外この本はわかりやすかった。要は魔獣にとって弱点になりうる眉間を触らせてもらえば合格、とのことだ。眉間を触れば魔獣の声が聞こえ、お互いの名前を伝えあい、定型文を唱えるだけのようだ。
しかし眉間を触らせて貰えるまでの道のりは魔獣それぞれのようで、特にこうするべきとは書いてなかった。魔獣に気に入られるか認められるかされればいいらしい。
本を無事読み切った私は再び頭を抱えた。コマはこの空間に慣れたのか私の足を枕にしてお昼寝していた。
「う〜ん……とりあえずはチャレンジ、だよね!」
頭痛を振り切るように元気よく宣言し、立ち上がった。取り合えずすぐ近くにある檻に近づいて、中を覗き込む。
この檻はこの空間においては結構小さいほうで中には煤けた感じの毛をした狼がいた。
狼は冷静にこちらを見ており、とりあえず凶暴的ではないことに安心する。
「こ、こんにちはオオカミさん」
「…………」
「私は新しく魔王様の配下になったユミです。そしてこっちは愛犬のコマ」
「わん!」(はじめまして!)
狼は何を言うわけでもなく、ただこちらを見つめていた。檻の鍵は渡されていたが、まだ入る勇気は出なかった。
「よ、よかったら私の従属に…なったりしない?」
「…………」
やっぱりダメか…。狼はやはり表情1つ変えず、ゆっくりとまばたきをしている。
ふとコマを見ると反応のない狼に耐えかねたのか檻の中に入っていった。コマは身体が小さいので難なく隙間を通り抜けたのだ。
(ねぇ!なんとか言ったらどうなの?ユミは最高のご主人なんだよ!)
「こ、コマ?!」
(優しいし、いい匂いだし、たくさん褒めてくれるし、撫で撫でだってたくさんしてくれるよ!)
ほぼ0距離まで近づいてきたコマに流石に反応せざる負えなくなったのか狼はゆっくりと口を開いた。
(俺が人間ごときに従属?笑わせるな)
恐ろしく低い声に私はチビリかけた。人間に置き換えると大柄なヤクザの男性にて下になれと言っているようなもの。そりゃこうなるよねって感じだよね。
コマは私が怖がっているのを察したのか狼に対して威嚇をはじめた。
「わぅん!」(おい!ユミはすごいんだぞ!何だその態度!)
「ちょ、ちょっとコマ?!」
(ほう、ならそのすごさとやらを見せてみよ)
一発触発のこの空間。怖すぎぃ……。
「わん!わぉん!」(ユミを怖がらせるな!)
「グルル…」(うるさいぞ、小娘が)
狼は苛立ちが限界を迎えたのかついに立ち上がり、コマと向き合った。その体の大きさの差はコマと比べても10倍以上。コマが超小型犬に見えてしまう。
(ふんっ!ちょうどいいわ…お前からやってやるわ)
そう言うと狼はコマに向かって大きな口を開いた。
私はコマのことを一瞬心配したが、狼のセリフがあきらかに負けゼリフすぎる。コマは狼を見て焦りどころか余裕の表情だし、正直今は狼の命のほうが心配だ。
狼は大きな口から真っ白な冷気を出しており、檻の外にいる私からでもその寒さが伝わってくる。彼はおそらくフェンリルの一族なのだろう。彼の周りから大きな魔法陣が浮かび上がり、大きな氷塊が現れた。
「コマ!」
私はコマに戻ってもらおうと声をあげた。
その瞬間、コマは口を開き大きな声で吠えた。
はい、皆さんお察しですね。コマの口から炎が吹き出され、狼の出した氷塊などいともたやすく溶かし……いや、溶ける前に威力で壊した。
狼も流石にこんなにプリティーなわんこからこんなにも威力の高い反撃をされるなど思っていなかったのか、固まっていた。
そんな狼に対して何の慈悲もなく、今がチャンスと言わんばかりに2発目の炎を叩き込んだ我が子は流石だと思った。
その炎は狼へとまっすぐに突き進み、避けようとした狼を絶対に逃すことのない剛速球だった。狼にぶち当たった炎はバチンと弾き飛び、狼を包んだ。煤けた狼の身体は更に真っ黒になってしまった。
「あ、あぁ〜……大丈夫かなこれ……」
「わぅん…」(手加減はしたもん…)
檻の鍵を開けて、狼に近づいてみると気絶しているようだった。かろうじて息はしているが、所々血が滲んでおり、毛で隠れて見えていなかったが朽ちた首輪が外れかけていた。
狼のそばに座り込んでどうせなら、と治療魔法を試してみることにした。
治療魔法は念じるだけではダメらしく、お祈りの言葉を言う必要があるらしい。地域にもよったりするらしいが、とりあえず本に載っていた言葉でいいだろう。
「と、その前にこの煤だよね…」
流石に煤まみれの傷口を治療する訳にはいかないだろう。せめて私のなけなしの水魔法を使って傷口周りは洗っておきたい。能力値が1でも水で洗い流すことぐらいはできるだろう。
「えーっと……『
狼の身体に手のひらを向けてそう唱える。私の手から魔法陣が光り輝き、水が流れ始める。狼の身体へ、と念じるとその水流は空中で流れを変えて狼の身体へと流れはじめた。なんともファンタジーな光景だった。
しかし、私は魔力量が多いせいなのかその水流はかなりの太さだった。思ったよりも多かったので止める判断が遅れてしまい、あっという間にデカい狼の体は水浸しになってしまった。
「やりすぎちゃったなぁ…」
「わふ?」(コマが乾かそうか?)
「え、そんなことできるの?」
「わん!」(うん!)
コマは元気よく返事をすると狼に向けて一鳴きした。するとドライヤーくらいの程よい風が吹きはじめ、狼の身体を乾かしはじめた。数分経つ頃には狼の身体はあっという間に乾いており、コマも自慢げにこちらを見ていた。相変わらずうちのコマは天才なようだ。
コマをナデナデして褒め、私は改めて狼に向き直った。狼の治療を開始しよう。狼の傷は主に火傷で、他にも今は外れてしまった首輪がキツかったのか首に傷ができていた。
「…『
狼の傷口を確かめながら治療していく、狼の身体が頑丈だったのかコマが手加減したのか案外傷は少なく、15分経つ頃には狼の身体ははじめ会ったときとは違い、きれいな姿になっていた。煤だらけの身体は元々黒かったようできれいな黒い毛が輝いている。所々禿げていた毛もヒールのおかげか目立たないくらいにはなっていた。
「ふぅ…これで終わり!」
「わふんっ!」(お疲れ!ユミえらいえらいだよ!)
コマは私の真似をして褒めようとしているのか前足をちょこちょこと私の足にポンポンしていた。かわいい
(…終わったか)
急に背後から声がしたかと思うと狼が起きてきたようだった。
「もう…襲わないよね?」
(あぁ…敗北者だからな)
狼は少し寂しそうに笑った。
(さぁ、俺を従属させるんだろ?早めに終わらせろ)
「!!!」
狼は私に向かって自分の頭を差し出した。私もそれに答えるように狼の眉間に手を添えた。
「ありがとう。私は相田由美」
(俺は…名前はすでに捨てている。お前がつけろ)
「そうなの?ん〜……じゃあオルク!君はこれからオルクだよ」
(あぁ、俺はオルクだ)
名前をつけるとオルクは少し安らかな顔になった気がする。
「『私、相田由美はオルクを従属に加え、オルクの主となることを宣言しよう』」
定型文を唱えると手を添えていたオルクの眉間部分が光り輝き、眉間から額にかけて星と月のような模様が浮かび上がった。これが私のテイムモンスターの証のようだ。
オルクは前まであった邪気が嘘だと思えるくらい穏やかな顔をしていた。
(ユミ、お前はこれから俺の主だ。俺の主として恥のないようにしろよ)
言葉だけは変わらないようだが、そこに恐ろしさなどはなく思春期真っ只中の高校生男児を見ているような気分になる。
「うん!オルクはこれから私の家族の一員だからね」
(はぁ?!家族じゃねぇよ!)
「わんっ!わぅん!」(家族!コマがお姉ちゃんだよ!オルクは弟!)
(あぁん!?俺が弟だと!?!?)
私は二匹の会話を見ながら家族が増えたという実感に胸が暖かくなった。
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