第二章1 『錬金術師ソフィア』

タツヤ達が夜桜傭兵団に加入して、およそ1年が過ぎた。


「うげっ!」


お腹に衝撃が加わり、タツヤは目を覚ます。彼のお腹の上に腰掛けているのは空色髪のミニツインテール美少女、シノンだ。


「おはようございます。今朝も寝顔がだらしなくて滑稽ですね。下僕。」


クスクスと笑いながらこちらを見下ろすシノン。彼女はとある一件を境に、こうしてたまにタツヤを起こしに来てくれるようになったのだ。その起こし方には色々と言いたいことがあるのだが。


「お、おはようシノン。とりあえずどいてくれない?」


「あら、まさかこのわたくしを重いなどとおっしゃるつもりでは無いですよね?」


「シノンは羽のように軽いよ!でも上に乗られたら俺が起きれないから!」


「...まあ、今日はこのくらいで許してあげましょう。そういえばアトス団長がお呼びです。朝食後団長室に来るようにと。」


要件をさっさと告げて、シノンは部屋から出ていく。1年経った今でも、彼女との距離が縮まったのかはよく分からない。セレイネとの添い寝がバレた後の数日は、会話すら拒否されていたので、それよりは関係値が良くなっているとは思うのだが。


「アトス団長から直々に下される任務か。またヤバそうだな。」


この1年間、タツヤは何度生死をさまよったか分からない。もう途中から数えるのを辞めたほどである。それほどまでに、この傭兵団の受ける依頼は危険なものばかりだった。


「さて今日も頑張りますか。」


そうしていつものように自分を鼓舞して、タツヤはベッドから出た。


△▼△▼△▼△


団長室に集まったのはタツヤを含めて三人の団員。タツヤとシノンと、もう1人は空色髪の生意気そうな少年だ。


「おっす。兄貴も今回の任務に参加するんっすか?」


「そうだよケント。よろしくな。」


「兄貴がいれば千人力っすよ~。」


「何度も言ってるけど、俺はそんなに強くないぞ。」


「またまた~。」


空色の短髪に綺麗な青の瞳をした少年。彼は団員のケントである。シノンの弟でもある彼は、何故かタツヤの事を兄貴と呼んで慕っているのだ。


「はぁ。よりによって愚弟と下僕がメンバーだなんて。先が思いやられます。」


一方で大きなため息をつくシノン。基本的に夜桜傭兵団は三人一組で任務を遂行する決まりとなっている。つまり今回のメンバーはこの3人で確定したということだ。


「そんなこと言って、姉貴も久しぶりに兄貴と一緒に仕事が出来て嬉しいんじゃないっすか?」


「は?その口、縫い付けるわよ。」


「姉貴が言うとそれ、冗談じゃなくなるんすよねー。」


氷のように冷たい視線でケントを脅すシノン。 これ以上言うと本当に武力行使されかねないので、ケントは苦笑しながらタツヤの背中に隠れる。


「おはようお前ら。早速だが任務について話すぞー。」


そんな時、団長室に入ってきたのは水色の長い髪を後ろで括った男性、アトス団長だ。そのまま執務机に着いた彼は、話を続ける。


「今回の依頼者は錬金術師ソフィア。まあ毎度お馴染みの客だな。多分素材集めの協力要請だと思うが、詳しいことは本人に直接聞いてくれ。それじゃあいってこい!」


今回は依頼者がよく知ってる相手ということもあり、アトスの説明はかなりテキトーだ。そしてその説明を聞いた三人はバラバラな反応を示す。


「今回は何作るつもりなんすかね!?楽しみだなぁ。」


「またとんでもない素材を求められなきゃいいけど。」


「このメンバーでしかも依頼者がソフィア。...嫌な予感がするわ。」


目を輝かせるケント、呆れた様子のタツヤ、そして顔を曇らせるシノンの三人が団長室を出る。そんな彼らを待っていたのは薄紫の髪を腰まで伸ばした美少女だ。


「タツヤ。私がいないからって無茶したらダメだからね!」


「俺のお母さんか何かかよ!大丈夫だよセレイネ。命大事にだろ?分かってるって。」


「...ほんとかしら。」


不審な目でこちらを見てくるセレイネ。そんな彼女にタツヤは苦笑しながら手を振る。

我ながら、その言葉に説得力が無いことは重々承知だ。この1年間、タツヤは何度も死にかけ、そして幾度となくセレイネによって命を救われているのだから。


タツヤとセレイネが夜桜傭兵団に入っておよそ1年。もう流石に彼女に頼ってばかりはいられないと、タツヤは改めて気を引き締めたのであった。


△▼△▼△▼△


錬金術師ソフィアの工房は王都ソフタルの郊外にある為、タツヤ達がアジトを出てから到着するのにそこまで時間はかからなかった。


「あっ。いらっしゃーい。取り敢えず、中に入る?」


明るい茶色の髪を肩まで伸ばし、黒色のベレー帽を被った女性。藍色のオーバーサイズコートを着ており、赤のショートパンツの上に巻き付けたベルトには錬金術で使うと見られる様々な器具が備わっていた。

彼女の名前はソフィア。錬金術という珍しい技を使う者である。


「お邪魔しまーす。って相変わらず汚ぇな!」


「えへへ。整理はちょっと苦手で。」


恥ずかしそうに自分の髪の毛を触るソフィア。彼女の工房内は様々なもので溢れかえっていた。床には開きっぱなしの本や素材が散らばっており、唯一綺麗なのは部屋の中央にある錬金釜だけだ。


「そういえばあたしの錬金術で作った刀は、まだ壊れてない?」


「あぁ。切れ味も抜群で言うことねぇよ。すっげぇ助かってる。」


「まああたしの自信作だからね!」


実はタツヤは夜桜傭兵団に入ってすぐ、彼女に刀を作ってもらうように依頼したのだ。思い出と素材を融合させて出来たその刀は、タツヤがツクヨから貰ったあの妖刀そっくりの見た目になった。

もちろん、かすっただけで人を死に至らしめるその妖刀の効果は消え去ったわけだが、タツヤが大切だったのは妹との思い出の方なのだ。特に問題は無い。


「おっなんか面白そうなもの落ちてるっすね。」


すると暇を持て余していたケントが、床に落ちていた謎の赤い球体を拾い上げる。


「あっそれ触っちゃダメ!」


ーー次の瞬間、小さな爆発が起きてケントは黒焦げになった。


「小さいのにすげー威力。やっぱりおもろいっすね!ここ。」


「本当に愚かな弟だわ。」


アフロヘアーのまま、腹を抱えて笑い転げているケント。そんな馬鹿丸出しの弟の姿を見て、シノンは今日何度目かのため息をついた。


「ケントに工房をめちゃくちゃにされる前に、今回の依頼について話すわね。」


ジト目でケントを見ながら、ソフィアは話を続ける。


「今必要な素材があって、それがウォスタ村にいるメレーっていう種類の羊から取れる肉なの。けれど最近、その村の家畜が襲われる事件が多発してるってわけ。」


「なるほど、そこでわたくし達の出番ということですか。」


「その通り!それじゃあ早速、ウォスタ村に行ってみよー!」


察しの良いシノンの肩に手を回して、工房を出ようとするソフィア。その後ろにタツヤも続く。しかしまだ工房内で遊んでいる空色髪の少年が一人。


「おっ、なんすかこのイカした杖は!」


「あっそれも触っちゃ...」


「うびびびびび。」


そして謎の杖によって電撃を食らったケントが情けない声を出した。


△▼△▼△▼△


「というわけで十中八九、その森に巣食う風狼の仕業かと思うのですが。」


ウォスタ村に着いたタツヤ達は、村長の元へと訪れ、その事件の詳細について聞いていた。道中にいた村人達からも、その犯人候補として同じ名前が挙がっている。


「風狼か。文字通り風を纏った狼。実際に戦ったことは無いな。」


「大変すばしっこく、厄介な相手です。どうかお気をつけて。」


情報を仕入れたタツヤ達は村長に別れを告げて、その風狼が巣食うと言われている森へと向かった。


「にしてもこんな広い森の中でワンコロを探すなんて、結構無謀じゃないっすか?」


「...下僕を木に縛り付けて誘き出す作戦とかどうでしょう。」


「それただシノンがやりたいだけだろ!」


静かな森の中で三人の騒ぐ声だけが響く。そんな時、後ろにいたソフィアが不敵な笑みを浮かべた。


「ふっふっふ。あんた達には、この錬金術師ソフィア様がついているってことを忘れてないかしら。こんな問題、御茶の子さいさいよ!」


そう高らかに宣言して、ソフィアが瓶から取り出したのは強烈な匂いのする袋だった。といってもその匂いは刺激臭などではなく、どちらかというと食欲をそそられるような香ばしい匂いである。


「美味しそうな匂いっすね。それ食いもんっすか!?」


「違う違う!これは肉食動物を誘き寄せる為の匂い袋よ。その効能範囲は絶大で、この森中の肉食動物が一斉に集まってくるはず。」


「おー!!すげぇ!!」


ケントの歓声によって、えっへんと胸を張るソフィア。しかしタツヤとシノンはその逆で、強い危機感を抱いていた。


「つまりさ、それって...」


「わたくし達が森中の肉食動物に囲まれるって事ね。」


ーーそして暗い森の中に赤い双眸が煌々と光る。


その闇に浮かぶ光点は次第に数を増し、タツヤ達の周囲を埋めつくしたのだ。低い獣の唸り声が、タツヤの全身に響く。


「おいおい、流石に多すぎだろ。」


絶体絶命の状況に黒髪の少年は冷や汗をかいたのであった。

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