第一章4 『愛してる』
タツヤの前に現れたの最愛の妹であるツクヨだった。
「...ツクヨか。もう4年くらい経つよな。ツクヨと別れて。」
「そうですよ。寂しかったんですからね。兄様、全然帰ってこないですし。」
ツクヨがぷくーと頬を膨らませてタツヤを責める。その仕草はよくツクヨがするもので、タツヤは懐かしさに頬を緩めた。
「悪い悪い。でも俺はまだツクヨを守れるほど強くなってないからさ。...それにいつも手紙で文通はしてるだろ?」
「近況は報告し合っていますが...それでも寂しいことには変わりありません。これは何かご褒美を貰わないと割に合わないですね。」
「ご褒美?」
予想外のおねだりに首を傾げるタツヤ。そんなタツヤを上目遣いで覗き込むようにして、ツクヨがご褒美の内容を口にする。
「昔みたいに抱きしめて頭なでなでしてください。」
「なんだそんなことかよ。ツクヨは頭を撫でられるのが好きだったからなぁ。」
ツクヨのおねだりを快く承諾するタツヤ。そのままタツヤはツクヨにどんどん近づいていく。それを見たツクヨがニヤリと笑った。
ーーそして紫電一閃、血の花が舞う。
「な...んで。」
「正直再現度高すぎてビビったよ。仕草や声はもちろん、話す内容までツクヨそっくりだとは思わなかった。ーーだけどあまり家族の絆を舐めんじゃねぇよ。」
タツヤの刀が少女の身体を斜めに両断する。その身体から鮮血が迸るが、それは幻影である。ツクヨは霧となって雲散した。それと同時に周囲の景色に歪みが生じ、タツヤは自分がダンジョンの最奥にいたことを思い出す。
「話には聞いてたけど幻影魔法って本当に術中だと、今の自分の状況とか忘れてしまうんだな。...他のみんなは?」
「あっタツヤも戻ってこれた?」
「ったくほんとに悪趣味な魔法だぜ。」
みるとマリーとリュウも既に幻影を打ち破ったようであった。そしてマリーが何故かジト目でこちらを見ている。
「ん?どしたマリー?」
「いや、やっぱりタツヤの口から抱きしめて欲しいなんて言葉が出たら気色悪いなぁって思って。」
「...なんかよく分かんないけど、すっごく失礼な事を言われていることだけは分かる。」
何故か意味不明な理由でマリーから責められているタツヤ。しかし今はそれを気にしている暇は無い。すぐに周囲に目を向けると、こちらに向かってくる人影があった。
「余もすぐに看破したぞ。幻を見ている暇など余にはない。」
それは片目を閉じて高らかにそう宣言してみせたフリップである。心配だったフリップも難なく戻ってこれたようだった。
ーーしかし予想外の人物が幻影魔法の悪夢に惑わされていた。
「クウガ!今までどこに行ってたんですか?フローラはずっと...本当にずっと探し続けていたんですからね。」
目に涙を浮かべながら人型の霧に語りかけているフローラ。彼女が呼んでいるのは数年前に行方不明になったとされる恋人の名前。だが今、目の前にいるのはただの幻影。作り物だ。フローラの目を覚まさせるためにタツヤは叫ぶ。
「おいフローラ!そいつはただの幻だ!目を覚ませ!!」
「あなたが教えてくれた光る蝶を出す魔法。毎夜それを眺めてはあなたのことを想っていました。あなたが留守の間に色んな魔法、いっぱい思いついたんですよ?」
しかしタツヤの声などフローラには全く届いていないようであった。
彼女は変な魔法ばかり使うが、だからといって普通の魔法が使えない訳では無い。寧ろその逆、魔法理論に精通しているからこそオリジナルの魔法を生み出すことが出来るのだ。つまりそれは魔法の防衛力にも秀でているということであり、タツヤはこれまでフローラが魔法を食らった所を一度も見た事がなかった。何故なら全て無効化していたから。
だからこそタツヤ達は驚いている。この場で1番効かないはずのフローラが幻影魔法の術中に嵌っているという事実に。
「なんでよりによって1番魔法耐性のあるフローラが。これは全力で肩でも揺さぶってみるしかないか。」
こうなったら直接叩いてでもフローラを目覚めさせるしかない。そう思いタツヤが動き出そうとしたその時、
「ーー!邪魔しようってか?」
守護者の身体がこちらを向き、連続でビームを飛ばしてきたのだ。タツヤはフリップを抱えて攻撃を回避する。そしてフローラと幻影の周りに分厚いシールドが展開された。それはまるで、
「俺達がフローラに干渉することを阻止しようとしてるみたいだ。守護者は一体何を考えてる?」
その気になればビームで無防備なフローラの胸を貫く事が出来たであろう。しかし守護者はそれをしなかった。まるでフローラを試すかのような行い。試験監督のような目でただじっと彼女を見つめている。
「えっ!?抱きしめて欲しいんですか?今ここで!?...なんだか今日はやけに積極的ですね。まあフローラも別にしたくなかったと言えば嘘になりますが。」
それは奇しくもタツヤが偽ツクヨに頼まれた内容と同じものだった。いや、もしかしたら全員、幻影には同じ事を頼まれたのかもしれない。つまりこの幻影は抱きしめられる事で次のフェーズに移行するのだ。
「そいつに近づくな!フローラ!!」
「ふふん。やっぱりクウガは暖かいです。...このままキスしちゃっても良いんですよ?」
タツヤの忠告虚しく、幻影へと飛びつくフローラ。そのまま頬を赤く染めながら、彼女は幻影へと顔を近づけていく。フローラの唇が幻影へ触れる直前、
ーー大きな黒い棘が幻影の胸から射出された。
そのまま棘はフローラの心臓を容易く貫く。それと同時に彼らの周りを覆っていたシールドがガラスのように崩れ去った。
「...あ。やっぱり幻影魔法でしたか。防衛する力はあっても心がこの魔法を、彼を求めていたって事なんですかね。」
少し寂しそうに笑ったフローラ。彼女は幻影だと気づいてなお、偽のクウガを見つめている。まるで彼がいなくなったこの数年間の埋め合わせをするように。
「フローラはこの魔法好きですよ。ーーたとえ全てが幻影でも、彼を想うこの気持ちだけは本物なんですから。」
その人の1番大切な人を幻影として見せる魔法。つまりそれはフローラが何年経っても彼を愛し続けているという証明に他ならない。その事に気づいたからこそ、満面の笑みのまま、フローラは光の粒子となって消失したのだ。
「フローラ...」
マリーがこの世からいなくなった彼女の名前を静かに呟く。タツヤもぎゅっと拳を握りしめ、仲間の死を受け入れる。そして刀を守護者の方へと向け、高らかに宣言する。
「絶対におまえを倒してみせる。」
「方法はあるのか?」
「実は1個思いついてる。多分あいつの弱点は瞳だ。」
リュウの問いかけにタツヤは自信満々にそう答えた。実はエンダによって両断された時、守護者が目を右へ動かしていたのをタツヤは目撃していたのだ。それは明らかに瞳を斧から守るような動きに見えた。
「へぇ、ほんとかよ。んじゃあ撃ち抜いてみるか。」
弱点を聞いたリュウ団長は巨大な黒色の直方体の筒を生成した。その先には体積にしては小さな四角形の穴が空いている。つまり何かを発射する兵器であるということだ。
「俺様自慢のイカした武器。レールガンをくらいやがれ。」
爆音と共にレールガンは発射された。その弾速は凄まじく、回避なんて出来たものでは無い。正確に瞳を狙った一発ではあったのだが、守護者が少し横を向いた為、瞳からズレた位置に着弾しそのまま球体を貫通する。瞳を貫く事は出来なかったが、分かったことはある。
「これで瞳が弱点って確定したな。不自然にそっぽ向きやがって。」
「かっけぇ。やっぱり団長は最高だよ!どんどん撃ちまくろうぜ!!」
「馬鹿野郎!そんなに便利な代物じゃねぇよ。再度発射するにはリチャージ時間がいる。それにまたそっぽ向かれたら意味がねぇ。奴の動きを封じる必要があるぜ。」
リュウのレールガンは超高速、高威力の破格の性能だが、その分制約も厳しいものらしい。おそらくフィロアの消費も凄まじいのだろう。つまり次の一発で確実に仕留める必要がある。その為には身を挺して守護者の動きを封じるしかない。
「...じゃあ俺が捨て身の覚悟で奴の動きを止めてくる。」
「なら私も一緒に行くわ。タツヤだけじゃ不安だもの。」
自ら動きを止める役目を買って出たタツヤ。その隣でマリーも手を挙げて志願する。マリーにも危険な役目を背負わせてしまうのは気が引けるが、タツヤ1人であの巨大な球体を止めるには役不足であることも事実。ここは二人で止めるのが最善策だろう。
「危なくなったらすぐ逃げろよ。」
「私はタツヤと違ってこのバネ足場ちゃんがあるから大丈夫です~。」
「それもそうか。」
マリーは得意げに自身の固有能力である黄緑色のバネを出現させてみせる。そんな彼女を見て、ふっと笑みを浮かべたタツヤは刀を構える。マリーも双剣を構えて臨戦態勢をとる。
ーーそして二人は走り出す。
何かを悟った守護者は緋色の瞳を光らせた。紫色の靄と共に出現し、二人の行く手を阻むのはこのダンジョンで死んでいった仲間達であった。
「ララ、カタリア、カミーユ、トッド、ソルク、エンダ、フローラ。」
彼らと過ごした日々が走馬灯のように浮かんでは消える。喜びを分かち合い、時にはすれ違いや喧嘩をする事だってあった。心と心を本気でぶつけ合えば、絆はより強く、固く、深くなる。そんな大切な事を彼らは教えてくれたのだから。
「ーー俺はもう迷わないよ。」
彼らを斬り伏せて、タツヤとマリーは前へと進む。頬を伝う涙。それを乱雑に腕で拭い、守護者の元へ。
「「おりゃあぁぁ!!」」
二人は掛け声と共に自分の得物を守護者の瞳に目掛けて突き立てる。だが二人の小さな武器では守護者の大きな瞳を破壊することは叶わなかった。だがそれが本来の目的では無い。二人はそのまま武器を下に思いっきり振って、守護者を床に落とす。そして床に落ちた守護者をがっちりと拘束したのだ。
もちろんそれは身体強化で怪力になったからこそ出来る芸当だ。しかし守護者を拘束できている要因はそれだけでは無い。
「フローラの接着剤魔法がこんなとこで生きてくるとはな...」
未だにフローラの変な魔法によって接着剤を目から垂れ流し続けている守護者。空中ではあまり効果が無かったが、こうして床に接地してしまった為に、その悪魔の効果が発現した。守護者と床の接地面に接着剤が流れ込み、固まってしまったのである。
すると身動きが取れない絶望的な状況を悟った守護者がその瞳に光を溜め始めた。それは明らかな大技の予兆。だがタツヤとマリーは迂闊に離れることも出来ない。己にかかる力の強さで、守護者は接着剤だけでは少しの間しか拘束できないことに気づいているからだ。
「なんかヤバい攻撃が来そうなんだけど!リュウ団長、まだ時間かかるわけ!?」
「あと8秒ってところだ!」
マリーの焦りの声にリュウはそう答える。あと8秒。短いようで長い。守護者が力を溜めきるのが先か、リュウ団長がレールガンを発射するのが先か。タツヤはどちらも同じタイミングであるような気がしていた。だからマリーに退却を指示する。
「マリー、ギリギリまで俺一人で抑えられるから退却しろ。」
「...そうね。」
珍しく素直に自分の指示を聞いてくれたことに安堵するタツヤ。しかし次の瞬間、
ーーマリーはバネ足場を使ってタツヤを吹っ飛ばしたのだ。
「何やってんだよマリー!?」
ものすごい勢いで守護者とマリーから遠ざかっていくタツヤ。過去一で怒っている彼を見ながら、マリーは苦笑した。
タツヤが手を差し伸べてくれたあの日のことを、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
新しく傭兵という道を選んでマリーはすぐ後悔することとなった。常に死と隣り合わせの戦場。呆気なく死んでいく同僚達。死に恐怖して塞ぎ込む日々。そんな暗闇からタツヤは救い出してくれたのだ。
「俺がマリーも死んでいった仲間達も全部覚えておいてやる!だから一緒に来い!」
その言葉にいったいどれほど救われたことか。彼の手をとってそこから見た空は、青く澄み切っていて、清流のごとく私の不安を押し流したのだ。
ずっと胸の奥に秘めていた思いが溢れ出す。それはたった5文字の言葉となって彼女の口から告げられた。
「ーーてる。」
だがその言葉がタツヤに届くことは無かった。何故なら守護者が溜めきった力を解放して、目の前で大爆発を引き起こしたからだ。
結局最後までこの思いを伝えることは出来なかったが、マリーはそれでも良いと思っていた。
ーータツヤならきっと私を忘れないでいてくれるから。
「マリー!!!」
悲痛な声で彼女の名を叫び、その手を伸ばす。しかしタツヤの願い虚しく、マリーは大爆発に巻き込まれ、消失した。そして大爆発の直後、レールガンから放たれた一撃が守護者の緋色の瞳を破壊する。
「この一撃は死んでも外さねぇよ。」
珍しく静かに噛みしめるように呟いたリュウ団長。瞳を破壊された守護者は霧となって雲散する。
「...俺が覚えている限り、みんなはこの世から消えたわけじゃない。」
「余が必ずそなた達の遺志を継いでみせる。」
守護者を倒し、それぞれが未来に思いを馳せている。これでS級ダンジョンはクリアとなる...はずだった。
ーー突如大広間の中央に緋色の文字が浮かび上がる。
「ただ1人だけにその資格は与えられる。残り2人...?」
「資格とは宝具のことじゃろうな。1人だけしか使えない宝具なのではないか?」
「なら元々フリップに宝具を渡すのが目的なんだしなんの問題もないな。...んでその宝具ってどこ?」
「それは余にも分からん。」
緋色の文字は宝具の使用条件だと推測するフリップとタツヤ。辺りを見回して宝具を探している二人の背後で、リュウが腕を組んで思案している。そして彼はひとつの答えへとたどり着いた。
「カルロスの言っていた覚悟ってこういうことかよ。...悪く思うな金髪坊主。」
ーー突如リュウがフリップの胸をレーザーランスで貫いたのだ。
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