第一章12 『ようこそ夜桜傭兵団へ!』
「まずは俺から。」
アトスのツッコミの後、とりあえず落ち着いた一同は順番に自己紹介していくことになった。最初は新しく入ったタツヤ達がみんなに自己紹介する形だ。
「俺はタツヤ。霊視が出来て、生成銃を使った戦い方が得意だ。これからよろしく頼む。」
「私はセレイネ、ただの魔女よ。タツヤと同じで霊視の能力持ってます。あと、こう見えて結構強いです、私。」
二人の自己紹介を聞いて団員一同が拍手をしてくれた。それからアトスが進行役を引き受ける。
「んじゃあ右からいくか。キリマル、お前からだ。」
「えっ!?ぼ、僕から?」
アトスに指名されたキリマルは、意を決したようにタツヤ達の前に立った。
緑色の、強いクセがある短髪をした少年。そしてその髪の毛先だけは黒色に染まっている。立ち襟の黒のコートを着用しており、左右の腰には近未来なデザインの刀を一振ずつ帯刀していた。
それは本当の刀ではなく、フィロアで出来た刀身を持つ最新型の近接武器。工学都市国家オプティスが開発したもので、名前は『月光』である。亡霊カルロスが使っていた武器『光刃』の後継型ともいえる。
そしてキリマルは怯えた表情で身体を震わせながら自己紹介をする。
「ぼ、僕の名前はキリマル。あんまり頼りにはしないでほしい。これからよろしく!」
「よろしくキリマル。」
タツヤが笑顔でキリマルに握手を求めた。これはタツヤの持論だが、握手を交わすのは友好的な関係になる近道だと思う。
しかしそんなタツヤの考えとは裏腹に、キリマルは真っ青な表情を浮かべた。
「ひいぃぃ!?何の攻撃?」
「攻撃じゃなくて握手だよ握手!」
「あ、なんだ握手か。びっくりさせないでよー。」
「びっくりさせたつもりはないんだけど...」
ホッと安堵の息を漏らしたキリマルがタツヤの右手を握る。酷く臆病な彼が心を許してくれるのはまだまだ先になりそうだが、これが絆の第一歩だ。
それからキリマルと入れ替わるようにしてやってきたのは、ジェミニヘアの美しい女性。
「えっと、ボクの名前はエナ。サキュバスっていうちょっと珍しい種族です。でも魅了が使えないから戦闘ではあんまり役に立たないかも。」
左右に分けた髪を明るい桃色と黒色の2色で染めている。長いまつ毛、そしてその幼さと美しさが同居した顔は、危うげな魅力を醸し出していた。
肩とお腹、そして背中の大部分をさらけ出した奇抜な衣装は、エナの魅力を更に引き立たせると共に、彼女の身体的特徴を考えたデザインでもあるのだ。
エナの背中には小さな悪魔の翼が生えている。さらに、お尻からは細く先端が尖った黒色のしっぽまで生えているのだ。その見た目から、彼女がサキュバスであるという事実は疑いようがない。
エナは軽く指を組んで、モジモジしながら自己紹介をした。小さな翼をパタパタさせて、しっぽは激しく揺れ動いている。
どうやら落ち着かないといった様子だ。しっぽや翼の動きは感情と連動しているらしく、セレイネなんかよりもよっぽど分かりやすい。
「よろしくエナ。」
キリマルの時と同じようにタツヤは彼女に握手を求める。
サキュバスはこの世にフィロアが発現してから新たに登場した種族だ。その見た目と男性を魅了できる事以外は、ほとんど人間と同じなのだが、残念ながらあまり一般的に好まれる存在ではない。もちろんタツヤはそんなこと全く気にしないが。
笑顔で握手を求めるタツヤを見て、エナはしっぽをピンと立てた。翼のはためく回数も増加している。
そんな時、アトスからフォローが入った。
「エナは男性が苦手なんだ。」
「サキュバスなのに!?」
思わず口からツッコミが出てしまったタツヤ。てっきりサキュバスはみんな男性と接するのが得意だと思っていたからだ。
しかしすぐにタツヤは先程の言動を反省する。人間だって色々な人がいるのだから、男性が苦手なサキュバスがいたって何もおかしなことでは無いのだ。
「いや俺が悪いな。誰にだって得意不得意はある。すまなかったエナ。」
「それが普通の反応だと思うから気にしないで。ボクも二人とこれから仲良くしていきたいと思ってるよ。...握手はまた心の準備が出来たらしようね。」
上目遣いでこちらを見るエナ。魅了が使えないと言っていたが、そんな能力が無くても彼女は十分魅力があるように思えた。
そんな時、突如セレイネがエナに飛びつく。
「ならタツヤの代わりに私が仲良くしちゃうもんね。こしょこしょ~。」
「ひゃあ!くすぐったいよセレイネ。」
悪戯な笑みを浮かべてエナのお腹をくすぐっているセレイネ。やはりこの女、すぐに人との距離を詰めたがる。
だがそんなセレイネの様子に少しホッとしたのも事実だ。
「やっぱり俺にだけ距離感がおかしい訳では無いんだな。素でこんな性格してるのか。」
「あぁ!なんて美しい百合なんだ。」
「「お前は黙っとけ。」」
じゃれあっているセレイネとエナ。それを見た糸目の美丈夫、テセウスが感無量の声を上げる。あまりの気持ち悪さにアトスだけでなく、タツヤまでもがツッコミを入れた。
そしてエナの次は、偉そうに平たい胸を張った幼女がやってきた。
「吾輩の名はコハル。種族はあの偉大なる吸血鬼だ。お前たち人間とは格が違うということを覚えておけ。」
セリフとは裏腹に、幼く明るい少女の声、その小さな背丈からは威厳が全く感じられない。そして更にアトスからダメ押しの追加情報が告げられる。
「人間の血を力の源とする吸血鬼だが、そいつは血が飲めない。つまりこの傭兵団で1番弱いのがコハルだ。」
「なっ!?アトス、お前ぇぇ!おい、新入り。本気を出した吾輩は最強なんだからな!勘違いするんじゃないぞ!」
燃えるような赤髪を腰まで伸ばし、黄色の軍服を着た美しい幼女。その可憐で無邪気な姿は、見る人の母性本能をくすぐる。
そしてその真紅の瞳に涙を浮かべながら、コハルは虚勢を張った。
「よろしくな、コハル先輩。」
握手の代わりに、コハルの頭を撫でたタツヤ。ちょうど撫でやすい位置に頭があるのだから仕方ない。それに彼女を見ていると、故郷に残してきた妹の事を思い出してしまう。
「先輩という呼び方は良いが、吾輩を子供扱いするなぁぁ!!」
そして案の定、コハルはタツヤの行いに憤慨したのであった。
コハルの次にタツヤ達の前に立ったのは空色髪の美少女。二人を団長室へと案内してくれたメイドである。
空色髪のミニツインテールに、青の瞳をした美少女。メイド服を着用し、頭にホワイトブリムを装着している。その凛とした目からは、清廉な印象を抱かせた。
「わたくしはシノン。種族はメイド。以上です。」
「いやメイドは種族名じゃないだろ。」
端的なシノンの説明。しかし明らかにおかしな彼女のセリフに、タツヤは思わずツッコミを入れてしまう。
そんなタツヤの指摘を受けて、シノンは心底嫌な顔をしながら、舌打ちをした。
「チッ。めんどくさい男ですね。そんな細かいこと、どうでもいいじゃないですか。」
「全然細かくねぇよ!?」
大きなため息をつくシノン。それから彼女は渋々、自己紹介を改めた。
「はいはい、わたくしは人間です。メイドと傭兵を兼任していて、屋敷のことは、そこのテセウスとわたくしで担当しています。あぁ、貴方も良い下僕になりそうですね。わたくしがこき使ってあげますよ。」
「後輩から下僕に格下げされたの?俺。」
「これからよろしくね下僕。」
突然のクラスダウンに、自分を指差して首を傾げているタツヤ。しかしシノンは笑顔で、そんなタツヤを下僕認定した。
納得はいかないが、傭兵団の一員となったからには、雑用だろうがなんだろうが、何だってするつもりだ。
「...まあいいか。よろしくシノン。」
そして例のごとくタツヤはシノンへ握手を求める。
するとシノンの笑顔が一瞬で消えて、険悪なものになった。
「不潔。」
「おまえ、俺の事ほんと嫌いだな!」
セレイネとは正反対である。シノンのタツヤに対する好感度は0を下回り、マイナスにまで下がっているような気がしていた。
まあこれから徐々に上げていけるように努めていきたい。
そしてシノンの後にやってきたのは糸目のイケメン変態、テセウスだ。
「私の名前はテセウスと申します。先程のシオンの説明の通り、執事と傭兵を兼任しております。以後お見知りおきを。」
「よろしくなー。」
「あれ?タツヤ、私との握手はよろしいのですか?」
「まあテセウスならいいかなって。」
「私の扱いが少々雑ではないですか!?」
テセウスのことをテキトーにあしらうタツヤ。彼の印象は一言で言うと、残念な変態イケメンである。それに握手がなくても、タツヤは彼と上手くやっていける気がしていたのだ。
「ならセレイネ。私と友好の握手を交わしましょう!」
「え。普通に嫌よ。」
セレイネにさえあっさりと拒否されてしまったテセウスは、真っ白に燃え尽きたまま、部屋の隅っこでいじけている。
「最後は俺だな。名前はアトス。この夜桜傭兵団の団長だ。もちろん全団員の中で一番強い。」
「元百花繚乱のメンバーは化け物揃いだもんな。」
アトスの端的な自己紹介。そして最後のセリフには自信が満ち溢れていた。それから彼は他の団員についての説明をし始める。
「夜桜傭兵団は総勢10人。新しく入ったお前らを入れて12人になった。今、任務で出かけている3人は、また追い追い顔合わせすればいい。それで残りの1人は...」
「おはよぉー。今日も良い一日だ。」
アトスの説明を遮るようにして勢いよく部屋に入ってきたのは、銀髪のウェーブ髪を肩まで伸ばした女性だ。
そんな彼女を見て、アトスは大きなため息をつく。
「もう午後4時だぞ、セーナ。しかも今日はお前にしか出来ない依頼もあっただろ。いつまで寝てるんだ。」
「まあ依頼は大事だけどさ、」
それからセーナはピンク色の瞳を輝かせる。
「人間、寝たかったら寝るんだよね。」
全く謝る気がない、というか申し訳なさなど1ミリも感じない彼女の態度にタツヤは口をあんぐりと開く。
厚顔無恥という言葉が世界一似合う女性である。
そしてセーナはタツヤ達を見るやいなや、目を輝かせて近寄ってきた。
「おっこれが噂の新入りかー。あたしはセーナ。よろしくー、タツヤとセレイネ。」
気さくに接してくるセーナ。しかしタツヤはある違和感を覚えた。怪訝な顔をしたタツヤがその違和感を口にする。
「今来たばかりなのに、なんで俺らの名前を知ってるんだ?」
セーナが部屋のすぐ外で盗み聞きしていたとは到底思えない。それなのに彼女は二人の名前を知っているのだ。
「昨日予知夢で見たんだよー。二人がこの傭兵団に入団するとことか、自己紹介してるとこ。」
「それを言ってくれたら、もう少し話が早かったんだが。」
額に手を当てて、再度ため息をつくアトス。しかしセーナは彼の言葉を首を横に振って否定する。
「それは面白くないでしょ。」
「とまあこんなヤバいやつだが、その能力は本物だ。予言者セーナ、予知夢の使い手だよ。」
「改めてよろしくね2人とも。」
「「よ、よろしく。」」
タツヤ達は戸惑いながらも、自由奔放な彼女に向けて返事をしたのであった。
△▼△▼△▼△
場所は屋敷の一室。それは団員一人一人に与えられた個室だ。6畳の広さで、書類を作成するための机と椅子。そして衣類を収納するためのクローゼットと少し大きなベットが置かれただけの簡素な部屋である。
「今日は怒涛の1日だったな。」
みんなで夕食を済ませ、20人はつかれそうな程巨大な湯船で男団員達と談笑する。それから寝巻きに着替えて、歯を磨いて、タツヤは自室のベットに横になった形だ。
多くの仲間を失い、多くの人と出会う一日だった。今日だけで1ヶ月分の体験はしたと思う。
「世界滅亡なんて実感が湧かねぇよ。」
セレイネから聞いた時は冗談だと思っていたのだが、こうして夜桜傭兵団に入った今なら、それが現実なのだと実感出来る。もちろんタツヤも世界を救う手助けをするつもりだ。世界滅亡なんてしてしまったら、死んでいった仲間達に顔向けできない。それに、
「セレイネの願いを叶えてやりたいしな。それにしても不思議な女の子だよなぁ。初対面から馴れ馴れしいのは彼女の性格だと思うけど。」
エナとじゃれあっただけでなく、その後も他の団員と気軽に接していたセレイネ。その近すぎる心の距離に、最初は団員一同も戸惑っていたが、それもすぐに慣れて、徐々に打ち解けているように思える。
「タツヤ?ちょっといい?」
すると扉のノック音と共に、銀鈴の声が聞こえた。セレイネの事を考えていたら、まさかのご本人登場である。
「お、おう。こんな夜中にどうした?」
ベッドから飛び起きて、タツヤは扉を開ける。そこには白いネグリジェに着替えたセレイネの姿があった。
露になった白磁の肌は月光に照らされ、更なる輝きを放っている。シャープーと彼女の良い匂いが混ざり合い、甘い官能的な香りがタツヤの脳に警鐘を鳴らした。
それから赤い顔、潤んだ瞳、そして妙に緊張した声で、セレイネは衝撃的な言葉を口にしたのだ。
「きょ、今日は一緒に寝てもいい?」
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