第二章9 『未来の話』

研究所に戻ったタツヤ達はリュカに何があったのかを事細かく話した。ボサボサの赤髪を掻きむしったリュカは、予想外の強敵の出現に嘆く。


「まさかあの伝説の契約者、アルフレッドが事件の犯人だったなんて。これは不味いことになったね。」


「あのヴァリエールとかいう龍、常軌を逸した強さをしていたぞ。」


「何せ神話に出てくる伝説龍の一体ですからね。」


ミリアは当然といった風に頷きながら、光龍の説明をする。だが極東の島国で生まれたタツヤは、大陸に伝わる神話について疎い。


「神話って?」


「各属性を操る7匹の龍の物語ですよ。特に光龍ヴァリエールと闇龍クロレボスの戦いが有名ですね。」


魔法の属性は火、水、風、雷、土、光、陰の7つに分けられる。つまり各属性に、それぞれ代表する伝説龍がいるということだ。闇龍と呼ばれているのは昔、陰属性が闇属性と言われていた名残だろう。


「伝説龍か。あそこまで強いならそれも納得だな。...でもアルフレッドは銀色の腕輪をつけてなかったぞ?」


あの絶望的な状況の中、タツヤはアルフレッドを無力化する手段として契約者の腕輪破壊を考えていたのだ。しかし彼は腕輪をつけていなかった。もしかしたら隠していたのかもしれないが。

その疑問に対して口を開いたのはリュカだ。


「契約者の銀腕輪は『ブラダ』と呼ばれていてね。古から伝わる契約魔法と科学を融合させた比較的新しい技術なんだよ。そしてこの20年でブラダを使った契約者は急激に増えた。けれどアルフレッドは、それより前の本物の契約者だ。」


「本物?」


その言い方にタツヤは首を傾げる。つまりアルフレッドはブラダという装置を使わずに、光龍と契約を結んだということなのだろうか。それなら腕輪をつけていなかった説明にも合点がいく。しかし本物の契約者というのがどんなものなのかはよく分からない。

相変わらず難しい顔をしているタツヤに対して、ミリアが人差し指を立てて説明を加えた。


「本物の契約者っていうのは契約魔法によって対象と契約を結んだ者のことです。妖精や精霊など、知能の高い相手と結ぶのが一般的ですね。その歴史は古く、なんと2000年前には既に契約者が存在していたと言われているんですよ。」


「ブラダが台頭する前は、契約者といえば契約魔法を使った者の事を指す言葉だったんだけどね。ーー時代が変わったんだよ。」


ミリアとリュカの説明によって契約者の歴史を学んだタツヤ。それから彼は、ある疑問を口にする。


「そういえばミリアは妖精と契約してるよな。契約魔法じゃなくてブラダを使ってるのには何か理由があるのか?」


「わたしは何故か契約魔法で妖精と契約を結べないんですよ。わたしの故郷では妖精や精霊と契約を結ぶ風習があるんですけど、それが出来ない者は異端扱いなんです。ーー実は落ちこぼれなんですよ、わたし。」


隠すことなく自分の過去をさらけ出したミリアは自嘲気味に笑う。同じく故郷では異端児扱いだったタツヤには、その気持ちが痛いほど分かる。だからタツヤは彼女を励ます言葉を口にしようとしたが、それよりも早くフォローに回ったのはリュカだ。


「いやいやミリアは優秀だよ。妖精は本当に気難しい性格で、ブラダを使っても契約を結べる者なんて極わずかだ。噂では純潔を求められるなんて話もあるくらいだしね。」


「あっ妖精が純潔を好むのは本当ですよ。故郷でも口を開けば禁欲、禁欲...頭がおかしくなりそうでしたよ!というかなりました!」


つまりミリアの頭の中が常にピンク色なのは、幼少期に禁欲を強いられた反動から来るものだったというわけだ。

悲しいミリアの過去を知って、これからは彼女の下ネタにも寛容でいようと心に誓う。それでも限度というものがあるとは思うが。


「ミリアにも大変な過去があったんだな。...でもこれだけは言わせてくれ。君は落ちこぼれなんかじゃない。ーー俺達の大切な仲間だ。」


「そうよ。もっと自信を持って。」


タツヤは真剣な眼差しで彼女に言いたかった言葉を伝える。それに賛同するように隣でセレイネも頷いた。


ミリアは一瞬目を見開いた後、満面の笑みを二人へと向けたのだ。その清楚で可憐な微笑みは、妖精ですら目を奪われてしまう。


「ありがとうございます。二人から同時に口説かれているみたいで...なんかえっちですね。」


「「なんでだよ!」」


タツヤとセレイネから同時にツッコミを受けて、ミリアは珍しく声をあげて笑ったのであった。


△▼△▼△▼△


あれから2日が経ったが、アルフレッド達が研究所に攻めてくることは無かった。そしてタツヤとセレイネは見回りがてら、フェルナと一緒に動物園内を散策している。


「そういえばフェルナはどうして研究所で暮らしてるんだ?」


この2日でかなりフェルナ達と仲良くなったタツヤだが、研究員でもない彼女やファイが、研究所で寝泊まりしている理由については聞いた事が無かったのだ。リュカとはそれこそ家族のような関係にも見えるが、血が繋がっているとは思えない。

もふもふの獣耳を上にピンッと伸ばしたフェルナは、その凄惨な過去を淡々と語った。


「たしかにタツヤには言ってない。両親を怖い人に殺されて、私も瀕死になっていたところをリュカに助けて貰ったの。それからここで一緒に暮らしてる。」


「ーー!そうか。リュカは命の恩人なんだな。」


おそらくは獣人絡みのいざこざだろう。この国以外では獣人に対する風当たりが強いのだ。

しかしここで両親を殺された彼女を憐れむのは違う気がする。フェルナは既にその現実を受け入れて、前を向いているのだから。


リュカの方へと話題を持っていったタツヤは優しい微笑みを彼女へと向ける。それからフェルナは、嬉しそうにリュカの事を語った。


「そう、リュカは優しくて勉強熱心な私の第二のお父さん。...だからリュカを守って。タツヤ。」


「任せとけって。リュカもフェルナもファイも、みんな守ってやるよ。」


「あっ、そういえばファイもいた。じゃあついでに守って。」


「ファイはついでかよ...。」


そしてタツヤは小指だけを立てた右手をフェルナへと近づける。その仕草の意図が分からず、フェルナは眉根を寄せた。


「これは?」


「ゆびきりっていう俺の故郷の風習だ。約束する時に小指を互いに引っ掛け合って唱えごとをするのさ。ほら。」


タツヤの真似をしてフェルナも小指を立てた。そしてタツヤとフェルナはゆびきりをする。


「俺がフェルナ達を必ず守ってみせる。指切拳万、嘘ついたら針千本呑ます、指切った。」


「...そこまでしなくていい。」


「そういう詠唱なんだよ。」


怪訝な顔をこちらに向けているフェルナに対して、タツヤはウィンクをした。

そんな二人の様子を見ていたセレイネの顔には、少し深い影が落ちている。しかしタツヤがそれに気づくことは無かった。


それから白馬牧場へと辿り着いたタツヤ達。しかしタツヤは凄く嫌そうな顔を浮かべたのである。何故なら白馬を見ると、ユニコーンとの戦闘を思い出してしまうからだ。


「俺はここで待ってるわ。」


「ーー?タツヤ、白馬が苦手?」


「少しトラウマがあってな。」


首を傾げたフェルナに対してタツヤは苦笑しながら返答する。それから女性陣は白馬の群れへと近づいていった。


「白馬もダメみたい。なんでセレイネは動物に嫌われるんだろう。ーーー。やっぱりちょっと怖いから?」


「少し考えて出た結果がそれ!?」


「セレイネが優しい人なのは知ってる。...それでも少し怖いから不思議。」


「そんなぁ。...じゃあそのケモ耳をもふもふしたら、フェルナともっと仲良くなれるかな?えいっ!」


「それ逆効果。ちょっとくすぐったい。」


セレイネとフェルナが楽しそうに談笑している。じゃれ合う二人を遠目に見ながら、タツヤは霊視の力を覚醒させた。

タツヤの隣に立っているのは金色のサラサラ髪を首元まで伸ばした色男、亡霊カミーユだ。


「おっす!タツヤっち。」


「よう、カミーユ。...今、白馬がいるんだけど大丈夫か?」


「別にユニコーンがいたってへっちゃらっすよ。」


カミーユはダンジョンでユニコーンに心臓を貫かれて命を落としているのだ。しかし彼は飄々とした態度でタツヤの心配を一蹴する。タツヤとしてはユニコーンに、まだ苦手意識を持っているのだが。


「そういえばカミーユの妹の事、本当にいいのか?」


「もう何度目っすか?それはタツヤっちが背負うことじゃないっす。それにもう他の人に任せてあるっすから。」


亡霊カミーユと会う度にタツヤが口にしているのは、不治の病を患っている彼の妹の事だ。仲間の遺志を継ぐと心に決めているタツヤは、何度も彼の妹のいる場所を聞こうとしたが、カミーユはそれを教えようとしないのだ。


それでも諦めきれない様子のタツヤを見て、珍しくカミーユがため息をついた。


「遺志を引き継ぐって考えは立派っすけど、俺はタツヤっちに自由に生きてもらいたいっす。ーーいつまでも死者に囚われるべきでは無いと思うっすよ。」


「...それでも俺は、」


「まぁまぁ、少し未来の事でも話さないっすか。例えばセレイネちゃんとの進捗とか。」


「別に何も進んでねぇよ。」


「つまんないっすねー。」


口を尖らせたカミーユは少し思案した後、顔をパッと明るくさせた。


「そんなに仲が悪そうには見えないっすけどね。いっそのこと、強引にキスでもしてみれば関係が進むんじゃないっすか?」


「お前と一緒にするな!この色男。」


「酷いっすよ~。それにしてもあの女っ気が全く無かったタツヤに気になる子が出来たなんて、凄いことっす。大きくなったっすね。」


「お前は俺の親か。」


しみじみと呟くカミーユをジト目で見ながら、タツヤはツッコミを入れる。この1年間、女性経験豊富なカミーユにタツヤは色々と相談していたのだ。しかし彼にはからかわれてばかりである。もしかしたら相談する相手を間違えたのかもしれない。


すると噂の本人がタツヤの元へやってきた。上目遣いでこちらを見てくる薄紫髪の美少女に、タツヤの鼓動が速くなる。


「二人で何話してたの?」


「別に何もないっすよ。それじゃあ邪魔しちゃ悪いんで俺はこれで。セレイネちゃん、タツヤをよろしく頼むっすね。」


「ちゃんと危ない行動をしないように見張っておくから安心して。またね、カミーユ。」


ニヤニヤしながら消えていくカミーユを見て、タツヤは永遠に消えて欲しいと思った。...冗談だが。


するといつの間にか自分の緊張がほぐれていた事にタツヤは気づく。伝説龍を使役するアルフレッドが、いつ攻めてくるのか分からない状況。先程のフェルナとの約束もあって、少し気を張っていたのかもしれない。


つまりそんなタツヤを励ます為にカミーユは現界してくれたというわけだ。この世にはいない友人の事を思い、タツヤは苦笑した。


「それじゃあ次の見回りに行ってみよー!」


セレイネは元気よくタツヤの腕を掴んで、あさっての方向を指差す。だがリラックスしたタツヤは、その違和感に気づいたのだ。


ーー彼女はわざと明るく振舞っている。


まるで自分の心の内に秘めた不安を覆い隠すかのような空元気。急に立ち止まったタツヤを見て、セレイネは首を傾げた。


「どうしたの?」


「なぁ、セレイネ。もしかして世界の滅亡って、すぐそこまで迫ってる?」


「ーー!それは...。」


逡巡するセレイネの反応を見て、タツヤは残された猶予が少ない事を悟った。彼女は大事な事は何一つ教えてくれないのだ。それでも全てを抱えて前に進もうとするセレイネを、少しでも励ましてあげたいと思う。

そんな時、先程のカミーユの姿が目に浮かんできた。


「いや、言いたくないなら別にいい。...それより未来の話をしないか?」


「未来?」


「ほら、セレイネは動物に好かれない体質だって話してただろ?もし世界も救って全てが終わったらさ、ーーいつか一緒に探そう。君に心を開いてくれる動物を。」


「ーー!うん。」



タツヤは世界を救った後の未来について語る。この世界は広いのだから、クロちゃんのような存在が他にもいるはずだ。少し休息をもらってセレイネと旅をしてみるのも良いかもしれない。


最初は目を丸くしていたセレイネだったが、その後、眩しいほどの笑顔をタツヤへと向ける。それは間違いなく本心からのもので、夕焼けに照らされた彼女の微笑みは、ただひたすらに美しかった。


「これが噂のプロポーズ。」


「「違うから!」」


しかしその良い雰囲気は、続くフェルナの言葉によって壊されてしまう。息の揃った二人のツッコミに、フェルナは首を傾げたのであった。


△▼△▼△▼△


研究所に戻ったタツヤは寝る準備をしていた。三人で交代しながら夜の間も侵入者がいないか見張っているので、仮眠しか出来ないのだ。タツヤが目を擦りながらベッドに入ろうとした時、事件は起こる。


ーー突如轟音が鳴り響いたのだ。


研究所ごと揺れたその衝撃は、音からして入口付近で起きたものだろう。おそらくはアルフレッドによる奇襲。

急いで所長室に入ると、既にセレイネやミリアが臨戦態勢をとっていた。もちろんリュカも腕を組んで立っている。

そして慌てた様子で研究員が所長室に入ってきたのだ。


「敵襲です!」


「アルフレッドかい?大きな龍はいたかな?」


「いえ、敵は単騎。正体不明の黒騎士です!!」


「「黒騎士?」」


予想外の敵の正体を聞いて、その場にいる全員が眉を顰めたのであった。

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