第二章10 『黒騎士襲来』
それは二週間前のソフィア工房での出来事だ。真剣な表情でタツヤがハルカに話を持ちかける。
「実はこれから大変な事が起こるかもしれなくて、力をつけたいんだ。ーーだから俺にステラを教えて欲しい。」
「えっ?嫌よ。」
「即答かよ!!」
ハルカとの戦闘でステラの魅力に惹かれたタツヤは、達人である彼女に技術を教わろうとしたのである。しかしそのお願いは、呆気なく拒否されてしまう。
「だって教えるのが難しいからよ。結構才能による部分が大きいの。...じゃあ試しにここでステラを生成してみなさい。」
「こ、こんな感じか?」
タツヤは見よう見まねでハルカがステラを生成していた時のポーズを取る。目を閉じて思い浮かべるのは煌めく星のような形をしたエネルギーの塊。フィロアによって無から生み出す生成術と原理は同じ筈である。
ーーそしてタツヤの頭上に紫色の光を放つステラが3つ生成されたのだ。
ハルカはその切れ長の目を見開いた後、平静を装う。予想以上に才能があった事を黒髪の少年に悟られたくないからだ。
「初めてにしては上出来ね。それとも誰かから既に教わっていたのかしら。」
「いや、ステラを生成したのはこれが初めてだよ。思ったより上手く出来たな。多分生成銃とかの経験が活きたのかも。」
「なるほど、生成術を普段から使っているのね。」
タツヤの言葉を聞いて、ハルカは得心がいったようにひとつ頷く。ステラを扱う上での難所は2つある。1つ目はステラを生成すること。そしてもう1つは生成したステラの弾道を想像することである。
実在しないエネルギーの塊を思い浮かべて生成するのは至難の業なのだが、生成術を使うこの少年は、その関門を難なく突破したのだ。たしかに彼はステラを使えるようになるかもしれない。
しかし弟子を取った事などないハルカは、教えるのが面倒くさいというのが本音である。
黒い瞳を輝かせてこちらを見る少年に対して、ハルカはバツの悪そうな顔をした。
「俺に才能が無いわけじゃないんだろ?頼むよ!」
「うーん...。」
それでも決断を渋るハルカを見て、タツヤは用意していた最後の切り札を出す。
「毎回美味い飯を奢るから。」
「乗った!」
「即答かよ!!」
食べ物の話をした途端、今までの態度が嘘のように、タツヤの頼みを快諾したハルカ。あまりにもチョロい彼女の事が少し心配になるレベルである。
こうしてタツヤの秘密の特訓が始まったのであった。
△▼△▼△▼△
「防衛ユニットはどうだい?」
「全く歯が立ちません!」
「軍隊に匹敵する程の力があるはずなんだけど...単騎で攻め込んでくるだけの事はあるか。目的はなんだ?」
研究員とリュカがモニター越しに状況を確認している。どうやら戦況は良くないらしい。周りの希少生物に目もくれず、黒騎士は真っ直ぐ所長室へと向かっていた。
ーーそして扉が切り裂かれる。
現れたのは厚い黒鎧を身に纏い、顔を黒い鉄兜で覆った怪しい人物。右手に持った両刃の剣は、剣身の部分が紫色の光を放っている。
そして先陣を切ったのは意外な人物だ。
「私の固有能力は『浮遊』です。見たところ剣士タイプの貴方は触れることすら出来ないはず。」
ふわふわと宙に浮かび上がったのはリュカの隣にいた研究員だ。かなり広い所長室は、高さもそれなりにある。10メートルも浮かび上がっている彼にその刃を当てるのはたしかに難しいだろう。それから研究員は持っていたスナイパーライフルで黒騎士を狙う。
その時、黒騎士が言葉を発したのだ。それは低く落ち着いた男性の声であった。
「なるほど、浮遊の能力は面白い。」
すると黒騎士も研究員と同じようにふわふわと宙に浮かんでみせたのだ。驚いた研究員は銃を乱射するが、黒騎士は蝶のように優雅に舞って、弾丸を回避した。そして研究員のすぐ目の前に黒騎士がやってくる。
「なんで私の能力を...。」
「少し痛い思いをしてもらう。悪く思うな。」
黒騎士に思いっきり蹴り落とされた研究員は床に勢いよく衝突する。彼はそのまま戦闘不能となった。
「マリー!」
それからタツヤが高速で黒騎士に突っ込んでいく。霊視の力によってマリーを呼び出した彼は、バネ足場を踏んで加速したのである。タツヤの斬撃は黒騎士の剣によって軽くいなされてしまったが、それでいい。自分は囮だ。
「誰だか知らないけど、とりあえず黒焦げになる?」
「容赦はしません!」
セレイネが燃え盛る炎を、ミリアと妖精が巨大な氷柱を放ったのだ。それらは混ざり合い、氷炎の裁きとなって黒騎士に襲いかかる。
「ーー宝具『モーリュ』。」
対して宝具を開放したのは黒騎士だ。黒剣からは更に紫色の光が溢れ、鎧や兜からも光が筋となって浮かび上がる。そしてセレイネ達の魔法に向かって黒騎士が黒剣を一振した。
ーーすると魔法が剣に吸い込まれるようにして消失したのだ。
「魔法を吸収する剣。...凄い宝具ね。」
忌々しげに黒騎士の宝具を考察するセレイネ。しかしその宝具の真の強さを、彼女達はまだ理解していなかったのだ。黒騎士は魔法を吸収して、先程よりも更に紫色の輝きを増している。
ーー次の瞬間、彼は姿を消した。
「え?」
正確には黒騎士が高速移動したのである。まるでリューンを思い出すかのような瞬歩で、ミリアの前へと現れた黒騎士は、黒剣の柄で彼女の鳩尾を突く。
それは一瞬の出来事で、シールドを展開することすら出来なかったミリアはそのまま気絶してしまう。その場で倒れた契約者の周りを心配そうに飛行しながら、彼女の妖精が消失した。契約者の意識が途切れると、契約獣は現界出来なくなるのだ。
「ミリア!くそっ、魔法を吸収するだけじゃなくて身体強化のバフまであるのかよ。何なんだ!?お前!」
もし無限に今の動きが出来るなら、それを繰り返すだけで戦いは終わってしまうだろう。しかし黒騎士はタツヤ達を攻めてこない。瞬歩を繰り出したあと、黒騎士の紫色の輝きが少し弱くなったので、おそらくはチャージ式の力だと予想出来る。
そしてミリアにその刃が振るわれずに済んだのは不幸中の幸いだ。黒騎士は無闇矢鱈に人の命を奪うタイプでは無いらしい。
するとタイミング悪く奥の部屋の扉が開かれ、人が入ってくる。それはふさふさの獣耳を生やした少女。フェルナは目を擦りながら、呑気な感想を口にした。
「なんかうるさい。こんな夜中に何遊んでるの?」
ーーその刹那、怪しく目を光らせたのは黒騎士だ。
宝具の力を全て使って高速でフェルナへと斬りかかる。明確な殺意を宿した一撃は、まだ幼い少女の細い首を正確に狙っていたのだ。
「こんな可愛い子の首を刎ねるなんて正気?」
絶体絶命の中、既の所でセレイネのワープが間に合う。彼女はフェルナを庇いながら、訝しげな顔を黒騎士へと向けた。
「正気でないのは貴様の方だ。魔女よ。なぜそいつを守る。世界滅亡の種は早めに始末しておくべきだろう。」
「ーー!なんの事かしら。とりあえず頭でも冷やしたら?」
笑顔の仮面を被ったセレイネは黒騎士に攻撃を仕掛けていく。タツヤも加勢してあげたいが、先程の黒騎士の言葉が頭から離れないのだ。
「世界滅亡の種...。」
つまりフェルナがその『種』という事なのだろうか。しかし彼女はただの獣人の女の子だ。どちらかというと、光龍を使役するアルフレッドの方がその名に相応しい気がする。
「剣で吸収されるなら、その背中に魔法をぶつけてやればいいのよ!」
一緒で黒騎士の背後へとワープしたセレイネは至近距離で無数の氷柱を放つ。
「それは早計というものだ。魔女よ。」
「うそ!?」
全ての氷柱が黒騎士の背中や後頭部に直撃したのだが、まるで彼に吸い込まれるように魔法は溶けていったのだ。つまり黒騎士の宝具は剣だけでなく、鎧や兜まで含まれるということになる。
魔法が武器のセレイネにとっては天敵過ぎる相手と言っていい。状況の不利を悟ったセレイネはワープして離脱を試みる。
魔法を吸収して眩い輝きを放つ黒騎士は、チラッとタツヤの方を見た。
「さてあの能力を使うとしよう。」
ーー黒騎士が生成したのは黄緑色のバネ足場だ。
「あっそれアタシの能力!」
「この黒騎士、俺たちの能力を...。」
タツヤと、隣にいた亡霊マリーが同時に驚嘆の声を上げる。だがその驚きは、まだ序章に過ぎなかったのだ。
ーーセレイネのワープした先の空間に、無数のバネ足場が彼女を囲うようにして出現したのである。
「なんで私の移動先が分かるの!?」
まるで未来予知のような行動。そして無敵にも思えるワープの弱点は、使用後に数秒のクールタイムがある事だ。
周囲を無数のバネ足場で囲まれ、鳥籠の中に囚われた薄紫髪の美少女。そして黒騎士は彼女に向かって生成した鎖を投げつける。バネ足場の間隙を縫って入ってきたその鎖を、セレイネが避けられるはずが無かった。
「...悔しいけど完敗ね。」
その鎖は拘束用の魔法具であった。鎖によって雁字搦めになったセレイネは苦々しい顔をする。彼女のもう1つの弱点は拘束系の攻撃に弱い事だ。その状態では得意のワープも使えなくなる。
黒騎士は、まるで全て計画していたかのような手際の良さで敵を無力化したのだ。
「我の固有能力は『模倣』。相手の固有能力を真似して使うことが出来る。...もちろん模倣する為の条件はあるが。」
敵意を剥き出しにするタツヤに対して、黒騎士は自らの固有能力を開示する。それはおそらく降伏勧告のつもりなのだろう。
バネ足場があんな風に使えるなんて思いもしなかった。タツヤは模倣されるどころか、黒騎士に追い抜かされた形である。能力の使い方も上手いとあっては、タツヤの勝ち目など皆無に等しい。
「それでも諦めないのが俺の唯一の取り柄だからな。」
「...貴様のその無謀な特攻で悲しむ人がいるということを忘れるな。」
そして戦いの火蓋は切られた。両者は互いにバネ足場を駆使しながら、高速で斬り合う。無数の火花が空中で咲き乱れ、剣戟の音だけが室内に鳴り響いた。
これでは埒が明かないと思ったタツヤは、左手にアサルトライフルを生成して乱射する。
「撃ち合いか。それならこれが1番効率的...だったな。」
対して黒騎士が左手に生成したのは、
ーーミニガンと呼ばれる機関銃だ。
毎分4000発の弾幕の嵐がタツヤに向かって襲いかかる。しかもリュウ団長とは違って、遠距離でシールドを削る徹底ぶりだ。
「クソッ!生成銃も使えたのかよ!」
これではタツヤがより一層不利になっただけである。現状を打開しようと、バネ足場を駆使してシールドを張りながら、強引に黒騎士へと近づいていく。
それからシールドが壊れて、肩やお腹を銃弾で貫かれたタツヤは、ようやく黒騎士の目の前へと辿り着いたのだ。しかし黒騎士は足元にバネ足場を生成して、距離を離すつもりである。
「逃がすかよ!」
「逆だ。未熟者。」
ーーすると黒騎士は足場の向きを急に変えて、こちらに突っ込んできたのだ。
逃げようとする素振りを見せることによって、タツヤに回避の選択を除外させる。そうして無防備になった彼を黒騎士は刈り取ったのだ。
黒剣がタツヤの右足を斬り落とし、鮮血が舞った。
「タツヤ!!」
セレイネの悲痛の叫びが室内に響き渡る。右足を失って不格好な四つん這いのまま、タツヤは床を見つめる事しか出来なかったのだ。
そんな彼にトドメを刺すのが黒騎士の目的では無い。タツヤに背を向けて、怯えるフェルナの元へと歩き出す。
「その特攻によって貴様が手にしたのは、ーー魔女の涙だけだ。」
勝利宣言をする黒騎士。彼の言葉には何故か強い怒りが込められているような気がした。
それからセレイネが黒騎士を呼び止める。
「待って。」
「我を止めるな、魔女よ。何故これが正義だと分からない。」
「何も分かってないのはあなたよ!そんなの世界の寿命を縮めるだけ。」
「...理解できないな。」
しかし彼女の必死の訴えも黒騎士には届かない。そうして彼はフェルナ達のすぐ目の前へとやってきた。
「リュカ、この人怖い。」
「悪いけど、フェルナに手出しはさせないよ。」
フェルナを庇うようにして、両手を広げたリュカが立ち塞がる。しかし言葉だけでは黒騎士を止めることなど不可能だ。その黒剣が幼い獣人に振るわれようとした時、力強い声が聞こえた。
「まだ、終わってねぇよ。」
それは諦めの悪い少年の声。漆黒の瞳に映すのは紫色の光だ。四つん這いになる事で隠していた星の弾丸を、右に転がって解き放つ。
ーー紫色のステラが一斉に黒騎士の元へと飛んでいったのだ。
「ステラだと!?」
黒騎士の驚く声を聞くのは初めてだ。その顔を拝んでみたいが、集中シールドを張られるのが目に見えている。案の定、黒騎士は頭と心臓部分に集中シールドを展開した。だがタツヤの狙いは最初から足だ。
そして黒騎士の両足がステラによって貫かれる。
「くっ。狙いは足か、腰抜けめ。だが足だけならまだ届く。」
足を封じられても彼にはコピーしたバネ足場がある。自身の後ろへバネを生成しようとした黒騎士だったが、突如前から飛んできた火球によって後方へ吹き飛ばされてしまう。
「今しかないと思ったんだよ!相棒、ナイスシュート!」
契約者の賞賛を受けて咆哮したのは赤い飛竜の子供だ。ファイの契約獣が放った火球は魔法ではない。飛竜のもつ火炎袋という器官から生み出された自然現象なのである。だから黒騎士にも攻撃が通ったというわけだ。
「まだ敵がいたのか。だがここで諦めるわけには...。」
火球が直撃して黒騎士は満身創痍の状態だが、それでも撤退するつもりはないらしい。その諦めの悪さはタツヤに通ずるところがある。
ーーそんな時、銀鈴の声が聞こえた。
「本当にいつまでたっても無茶をする人なんですね。」
少し怒気の孕んだ女性の声を聞いて、黒騎士は焦っているようだ。
「少し待...」
そして黒騎士は一瞬で姿を消した。まるでワープしたかのように見えたのだが、真相は闇の中だ。セレイネの拘束が解けたので、黒騎士がこの場を離れたことだけは信じていいだろう。
解放されたセレイネは、仰向けになって寝転がっているタツヤの元へ急いで駆け寄ってくる。
「タツヤ!すぐに治療するから。」
「悪いなセレイネ。とりあえず動けるように右足を繋げてくれると助かる。」
「...ならそっちは最後にするわ。動き回られたら困るから。」
「そんなぁ。頼むよセレイネ様!」
「無茶した罰よ。...本当に肝を冷やしたんだから。」
涙目になってこちらを覗き込むセレイネ。そんな彼女を見ると、先程の黒騎士の言葉を思い出してしまう。
「特攻によって手にしたのは魔女の涙だけ、か。...そういえばなんで黒騎士はセレイネの事が魔女だって分かったんだ?」
「ーー?たしかに妙ね。」
セレイネは治療をしながら不思議そうに首を傾げている。正直言って分からないことばかりだ。しかし今はこの勝利を噛み締め、落ち着いてから考えを整理しようと思うのであった。
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