第二章11 『KADのアジト』
同じくオルニスの地にて、タツヤ達が黒騎士と戦闘を始めた同時刻。夜桜傭兵団は、契約獣の自由を訴える謎の組織『KAD』のアジトを襲撃していたのであった。KADのアジトはオルニス国内に数多く存在する為、効率を考えて2組に分かれて行動している。今回は特例の任務な為、4人1組だ。
「喰らいやがれ、この悪魔め!」
男が美しい女性に向かってサブマシンガンを乱射する。女性は髪を明るい桃色と黒色の2色で染めており、背中から小さな悪魔の尻尾を生やしていたのだ。彼女の名前はエナ、サキュバスという珍しい種族である。
「きゃっ!...なーんてね。」
「なんで攻撃が全く効かないんだ!?」
しかし男の放った銃弾はエナの柔らかな肌を傷つける前に消失する。フィロアによる特異体質の事を特性と言うが、彼女の特性は性別が雄の生物から受ける全ての攻撃を無効化するというもの。さらにこの特性にはもう1つの能力がある。
「ちょっと痛いけど我慢してね。」
エナに向かって噛み付いてきた雄のライオン。その牙を腕で受け止めて、彼女はライオンを軽々しく持ち上げる。そして床に思いっきり叩きつけたのだ。攻撃完全無効に加えて怪力まで発揮出来る特性。まさにこの世の全ての雄を殲滅する為に生まれてきたような存在だ。
そのまま気絶した契約獣は黒い霧となって消える。そしてエナは不思議そうに契約者を見た。
「なんで契約獣の使役を反対してるのに自分たちも使ってるの?」
彼女の発言に激昂したのは先程までライオンを使役していた女性だ。隣にいる軍事用ロボットと共にエナに向かって銃を構える。
「何にも知らないくせに!黙って死になさい。」
「むっ。この攻撃は無効化出来ないね。」
エナの特性の対象は雄の生物に対してだけだ。機械や女性には効果が無い。だから仕方なく彼女は全体シールドを展開するが、その必要は無かった。
「何これ?動けない!」
その場にいた組織の戦闘員が次々と拘束されていく。見えない鎖による攻撃を放ったのは、空色髪のミニツインテールをしたメイドである。シノンは凛とした目でエナの方を見た。
「確かにエナの特性は強力だけど、意外とその対象は多くないのよ。全体シールド以外の防御方法も覚えなさい。」
「ボクの事を心配してくれてるの?シノンは本当に優しいね。」
シノンに向かってエナが笑顔で抱きつく。突然の行動にシノンは驚いたが、少し頬を赤らめながらその抱擁を受け入れた。
「べ、別に死なれては困るので忠告しただけです。勘違いしないで下さい、バカ...。」
「やっぱりシノンが1番可愛いんだから。」
「あぁもう!少し黙ってて!」
エナはここぞとばかりにシノンの事を褒めまくっている。褒められる事にあまり慣れていないシノンは、終始恥ずかしそうにその賞賛を聞いていたのだ。
それから話題を何とか変えようとして、シノンが後ろで見守っていた男二人の方を見る。
「というかアトス団長とテセロスも手伝ってくださいよ。」
彼女の鋭い眼光を物ともせず、糸目の執事、テセロスは戦闘に参加しなかった理由を述べる。
「私が攻撃してしまったらお二人の熱いドラマが見られないじゃないですか。今の二人の抱擁、とても目の保養になりましたよ。」
「「え。キモ。」」
「くぅ~。美女からの罵倒は我々の業界ではご褒美です。」
「「無敵かよこいつ。」」
変態執事は相変わらずの平常運転である。シノンとエナ、二人の息の揃ったツッコミにさえ、何かを見出しているのだから救いようがない。
一方でアトスの意見はというと、
「俺が出たらお前らの出番が無くなるだろ。少しでも経験を積ませたいからな。」
「なんか一人だけ育成ゲームやってない?」
アトス団長の考えも分かるが、ここは死と隣り合わせの場所である。エナの不満気な顔を見て、アトスは観念したように前に進み出た。
「へいへい。じゃあ久しぶりに働くとするか。テセロス、左の敵は任せたぞ。」
「承知いたしました。」
雑談をしていたら、いつの間にかアジトの最深部へと辿り着いていたのだ。待ち構えていたのは二人の契約者で、それぞれ尻尾が刃となっている銀竜と体長5メートルを優に超える鷹を使役している。
「本当にこの国の人間は動物を戦わせるのが好きだな。自分で戦えよ。」
「アルフレッド様、ここは必ず死守してみせます。」
「...ここも外れか。早く親玉と戦いたいもんだ。」
銀竜には翼が無く、二足歩行で前足が退化している。それは地竜と呼ばれる種族で、他の竜種より俊敏なのが特徴だ。そして銀竜は自身の刃のように鋭い尻尾を咥え、力を溜め始めたのだ。
居合と同じ原理で放たれるその斬撃は、もはや剣豪の抜刀といって差し支えない程の速さである。しかもそれが竜の巨体から繰り出されるのだから、威力は計り知れないだろう。
水色髪の男に向かって回転斬りを放った銀竜は勝ち誇った顔を浮かべる。
ーーしかし次の瞬間、銀竜の剣尾が綺麗に切断されたのだ。
「遅せぇよ。」
いつの間にか赤い三叉槍を持っていたアトスは、銀竜の尻尾だけではなく、その頭と心臓も正確に貫いていた。
そのまま銀竜は黒い霧となって消失してしまう。
「所詮は獣ですね。」
チラッと横を見ると、テセロスも敵を処理したようである。その後、シノンの固有能力『見えない鎖』によって拘束された契約者達は悔しそうな表情を浮かべている。
「さてと何か役立つ情報を探すとするか。」
それからアトスが部屋の中を探索しようとした時、
ーー爆発が起こる。
幸い、すぐに全体シールドを展開したアトスに怪我は無かったようだ。すると、胸につけていた魔法具が光って銀髪の女性の姿が浮かび上がる。セーナは遠隔でアトス達のサポートをする役割だったのだが、ペロッと舌を出して平謝りをした。
「あっごめん。罠があるって言うの忘れてた。」
「セーナ!お前は仕事をしろ。」
「でもこれ、馬鹿みたいに突っ込む団長が悪くね?あたしは無罪だぁ!」
セーナはピンク色の瞳を輝かせながら、自分に罪は無いと訴える。おそらく彼女は寝ていたのだと思うが、指摘しても直す気が無いので無駄だ。
強敵としか戦う気が無い男二人と、無能なオペレーター。それでも、
「あっちの面子よりはマシね。」
シノンはもう1組のメンバーを思い出して、ため息をついたのであった。
△▼△▼△▼△
「ぎゃぁぁぁ!」
4名の団員が丸い巨岩から逃げている。通路を埋め尽くす程大きな岩は避ける事が不可能で、当たればぺしゃんこになってしまうだろう。しかし彼らの行く手を阻むのは行き止まりの壁。つまり、絶体絶命の危機にあった。
空色髪の少年、ケントは腕をフィロアの刃に変形させて岩の破壊を試みるが、失敗に終わる。
「キリマル!この岩を斬って欲しいっす!」
「えぇ!?僕には無理だよぉ。」
緑髪の臆病な少年は首を横に振るが、この現状を変えられるのは彼しかいないのだ。
キリマルの背中を押すために口を開いたのは、灰色の天然パーマの男性。そのハイライトのない目が特徴的で、不思議な印象を抱かせる美丈夫だ。彼は団員のベルヌーイである。
「僕の幸運を君に付与した。これでキリマルは岩を斬れるようになったはずだよ。」
「わ、吾輩もキリマルから凄い力を感じるぞ!」
ベルヌーイの固有能力『幸運』は文字通り、幸福をもたらす力だ。強引に結果を引き起こすその力は固有能力の中でも常軌を逸しているが、もちろんデメリットもある。
しかし本当はキリマルに幸運など付与していない。団員のコハルもそれに気づいていたが、彼の嘘に乗っかることにした。何故ならキリマルに自信をつけさせる事が大事だからだ。
「ほんと!?ーーなら斬れるかも。」
キリマルは左右の腰に一振ずつ帯刀している『月光』に触れる。そして目にも止まらぬ速さで斬撃を放ったのだ。
「さすがベルヌーイだよぉ。」
「僕は何もしてないけどね。」
「なんか言った?」
「いや、何も。」
岩は粉々に砕け散り、キリマルが感謝の言葉をベルヌーイに告げる。だがこれはキリマル自身の力なのだ。
固有能力かは分からないが、キリマルは自身が斬れると思ったものは何でも斬ってしまう。団員一同はその力に気づいているが、それを言っても本人に自覚は無く、否定もするので能力の実態はよく分かっていない。
それから彼らはアジトの奥に向かって歩き出す。
「というか吾輩達、全ての罠に引っかかってるよな!?どこが幸運の男だよ!不運の男に改名しろ!!」
燃えるような赤髪の幼女、コハルは真紅の瞳に涙を浮かべながら不満を口にする。それを聞いたベルヌーイは苦笑いを浮かべた。
「仕方ないじゃないか。幸運と不運は表裏一体。常に幸運が起きる程、世界は甘くないよ。」
「ならそろそろとびっきりの幸運がやって来てもいいはずだろ。」
コハルがジト目でベルヌーイを見ながら小言を言った時、彼らは大広間に出た。おそらくここがアジトの最深部であろう。
コハル達の目の前に立ちはだかったのは二足歩行の巨大な熊だ。その後ろには契約者らしき人物がいる。
「熊だー!!」
絶叫と共に紫の毛並みをした熊と距離置くコハル。同じく冷静に後方へ飛んだベルヌーイだったが、何故か残りの二人は熊の前で倒れている。
「...何してんの?」
コハルは怪訝そうに二人を見る。あまりの奇怪な行動に、敵である大熊でさえ動揺しているようだ。するとケントから言葉が返ってきた。
「熊に出会ったら死んだフリをするのが鉄則っすよ!」
「いつの情報だよそれ!というか目の前で死んだフリをしても意味無いだろ!」
「ーー!たしかに。」
コハルのツッコミを受けて我に返ったケントは、ギリギリの所で熊の鋭い爪の一撃を回避する。しかしキリマルは依然として倒れたままだ。その理由には大体予想がつくが。
熊の踏みつけ攻撃を喰らう前にケントがキリマルを回収する。
「攻撃を受ける直前まで死んだフリを続ける度胸。さすがはキリマル。俺様もまだまだっすね!」
「いや、こいつは普通に気絶してるだけだと思うぞ。」
何故かキリマルに対して感銘を受けているケント。さすがのコハルもそろそろツッコミをするのが疲れてきた。
それからケントは熊の方ではなく、契約者へと突っ込んでいく。
「俺様は動物が好きだから、毎回契約者を狙うようにしてるんすよね。そっちの方が手っ取り早いし。」
両腕を刃に変形させ、縦横無尽の斬撃が契約者に襲いかかる。しかし強固な防壁によってその攻撃は阻まれる。
契約者は下卑た笑みを浮かべた。
「これは新開発のブラダだぜ。契約獣が消えるまで、契約者は強固なバリアによって守られる。」
「妙だね。ここは契約獣の自由を訴える組織な筈だけど。」
「組織にも色々な派閥があんだよ。金儲けの為に所属している奴らもいるんだ。」
ベルヌーイの指摘に対して、男は隠すことなく組織の実態を話す。生きて返すつもりがないという意思表示なのだろう。
「このバリア硬いっすねー。熊さんは斬りたくないんすけど。」
「ーーなら僕が斬るよ。」
その声はやけに冷たく落ち着いたものであった。一瞬誰だか分からなかったが、それはキリマルから発せられたものだ。気絶後の彼は瞑想状態に入る。
ーーそして恐怖を捨て去った少年は剣神となるのだ。
一瞬踏み込む動作を見せたキリマルは消える。次の瞬間、大熊の背後へと現れた彼は振り返らない。首を傾げる大熊はその後、無数の斬撃を受けることになる。あまりの速さに、空間さえ斬られたことに気づくのが遅れたのだ。
しかし大熊の傷がみるみるうちに回復していった。
「こいつは物理攻撃を即座に回復する特性持ちだ。倒したかったら魔法か奇跡でも起こすんだな。」
「なら何度でも斬るだけだよ。」
諦めずにキリマルが何度も斬撃を繰り出すが、結果は同じだ。さすがの剣神も息が切れてしまう。勝利を確信した契約者は愉悦の笑みを浮かべた。
コハルは詰みの状況を理解して頭を抱える。
「どうすんだよ!脳筋か変な能力持ちしかいねぇぞこのパーティー。撤退するか!?」
「何言ってんすか。今こそコハルパイセンの究極魔法の出番っすよ!」
「え?」
「ドカーン!と1発行きましょう!」
青色の瞳を輝かせてケントがコハルの方を見た。たしかに昔、嘘で最強の魔法が使えると言った気がする。しかしここで引いては、先輩としての威厳が無くなってしまうのだ。
「お、おう!この吾輩に任せておけ。」
コハルは虚勢を張って、堂々と大熊の元へと近づいていく。自分のこうした向こう見ずな発言や行動を後悔することは多々あるが、今日というほどそれを呪ったことはない。
大熊の鋭い眼光がこちらへ向けられる。顔を真っ青にしたコハルは、もはや神に祈るしかなかったのだ。
ーーそして奇跡は起こる。
「さてとびきりの幸運を使う時が来たね。」
突如、アジトの天井をぶち破って空から隕石が降ってくる。全体シールドを張って後ろに飛んだコハルは無事だったが、直撃を喰らった大熊は大ダメージを受けた。そして更に追加の落雷が大熊の頭上に落ちたのだ。
信じられないといった契約者の表情。そして彼の周りを覆っていたバリアが消失する。
「まじパネェっす!コハルパイセンの魔法やべぇ。」
「そ、そうだろ!吾輩の魔法に恐れ慄くがよい。」
平たい胸を張ったコハルは、しかしこれが自分の力で無いことを知っている。彼女はベルヌーイの方を向くと、ジェスチャーで感謝の意を示す。
「たしかに現象を引き寄せたのは僕だ。けれど理由のない幸運など有り得ない。ーーこれは君が本来持ち得る力だ、コハル。」
不敵な笑みを浮かべたベルヌーイはボソッと小さく呟いたのであった。
△▼△▼△▼△
ここはオルニス国の権力者が集まる議会の場。大きな円卓のテーブルを囲んで座っていた彼らは、静かにその報告を聞いている。
「間違いないのだな。」
「はい。証拠は既に揃っております。」
獣人の女性に再度確認をした男は深いため息をついた。それは早くにこの事態に気づけた事への安堵と、これからの国の未来を心配する不安の混ざったものであった。
「彼の貢献は我が国に大きな利益をもたらした。そしてこれからも動物と人類の架け橋の役割をしてくれると期待していたのだが。ーー世界の危機とあっては仕方ない。」
そして男は目を光らせて、この国最強の特殊部隊に告げる。
「世界滅亡を企てた容疑でリスディ研究所所長リュカ、及びにフェンリルの排除を命ずる。」
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