第二章12 『滅亡の始まり』

ーーむせ返るような血の匂いが部屋中を埋め尽くす。


父は愛する妻を庇って死んだ。そして母も今、目の前で光の粒子となってしまった。この世から両親が消えたのに、何故痛々しい血だけが残ったままなのか分からない。


「忌々しい獣人め!ここで死ね!」


それから両親の命を奪った狂刃が自分にも向けられようとしている。しかし不思議と逃げる気持ちも恐怖も湧かなかったのだ。それは男の憎悪の目を見ていれば分かる。


「私が生まれてこなければ良かったんだ。」


だから濃紫髪の獣人は目を閉じて、目の前の死を受け入れることにした。これでようやく人々から逃げて、隠れる日々も終わるのだ。


「うっ。誰だてめぇ。」


ーーだが死んだのは眼前の男の方であった。


背後から拳によって心臓を貫かれた男は、この世から消え去ってしまう。それから血塗れの手をこちらに差し伸べてきたのは、ボサボサの赤髪男であった。窓から差し込んできた陽光が男の顔を照らす。


「この世に生まれてきてはいけない存在なんていないよ。私と来れば、それが分かるはずさ。」


人を殺した直後だというのに、優しい眼差しをこちらへと向ける男は異常ではあったが、何故か怖くなかったのだ。だから彼の血みどろの手を掴む。


「...分かった。」


それに少女は知りたいと思ったのだ。


ーー自分の生まれてきた意味を。


△▼△▼△▼△


黒騎士が襲来してから二日が経った。あれ以降、特に目立った事件は起きていない。しかしタツヤは黒騎士の残した言葉を整理出来ずにいた。


「世界滅亡の種...。」


彼は小さく呟きながら、動物園に来た観光客と話しているフェルナを見る。今は彼女と二人で園内の見回りをしている最中だ。

意外なことにフェルナはこの動物園の看板娘的な存在で、顔が広い。最初は人見知りな少女だと思ったのだが、もしかしたら傭兵であるタツヤ達を警戒していただけだったのかもしれない。


「フェルナちゃんも元気そうで良かったわ。将来の為のお勉強も続けているのかしら。」


「勉強?」


フェルナと談笑していた常連の女性が気になる事を口にしていたので、思わず第三者であるタツヤが反応してしまった。しかし彼女はタツヤを見ると、詳細について話してくれたのだ。


「フェルナちゃんはリュカ博士の助手になるっていう夢を持ってるのよ。可愛いでしょ?」


「なるほど。それで勉強か。」


「むっ。それはリュカには内緒にしてて。」


少しムスッとした顔をして口を尖らせているフェルナ。そんな彼女を見てタツヤと女性は笑った。

それからタツヤは更に話題を深堀する。フェルナの夢についてもっと詳しく聞いてみたいと思ったのだ。


「なんでフェルナはリュカの助手になりたいんだ?」


「全ての生物には生まれてきた意味がある。リュカの言ったこの言葉を理解するため。」


「思ってた十倍具体的だった...。」


幼い少女のものとは思えない内容にタツヤは絶句したが、同時に安堵もした。

夜空のような瞳を輝かせて自身の夢を語る少女。彼女が世界を滅亡させようとする理由など何処にもないのだから。


△▼△▼△▼△


美しい満月が夜の動物園を照らしている。研究所ではタツヤ達が雑談していた。タツヤは観光客から聞いた情報で、ある疑念を抱いていたのだ。


「もしかしてリュカって結構凄い人だったりする?」


「まぁブラダを開発したり、色んな論文も発表してるからね。有名人ではあるかな。」


「契約者の銀腕輪を開発したのってやっぱりリュカなのかよ!?」


新しい契約者の時代を築いた張本人が目の前にいるのだ。だがリュカは少し困ったような表情で、暗い部分についても話す。


「その分恨まれることも多い。最近話題のKADっていう組織を知ってるかい?私は彼らの目の敵にされていてね。」


「契約獣の解放を訴えてる連中のことか。」


「それだけじゃなくて彼らは動物園というシステムについても反対しているよ。ーーけれど私としては生物を理解することこそが、共存の第一歩だと思うんだ。その為の研究は必要なことだよ。」


彼の言葉には強い思いが込められている。概ね、タツヤも彼の考えには賛同だ。

たしかに動物を檻の中に閉じ込めてしまう事を可哀想だと思うのは分かる。しかし理解することを放棄して、不干渉を貫くのは少し寂しい気がするのだ。無知は恐怖を呼び、更なる争いを生む可能性だってある。

それは同じ種族である人間同士にも言えることなのだから。


それからタツヤは純粋に気になった事を、そのままリュカに聞いてみる。


「そういえばリュカが研究してきて一番不思議だと思った生物って何だ?」


「ーーヒトだよ。」


「人間?」


意外なその答えにタツヤは首を傾げる。多種多様な生物や空想種を研究してきた彼が、一番身近な人間という種族を不思議に思っているのは興味深い。彼はその理由について説明を続けた。


「まず寿命が実質的に無い。繁殖方法も特殊で、死後は死体が残らず光の粒子となって消えるという現象は生物というより空想種に近いものだね。」


「たしかに言われてみると不思議だな...。」


客観的に自分達を見ているリュカの発言。淡々と事実を並べられると、人間という存在の異質さに気付かされる。そして繁殖方法という言葉に反応したのは、近くにいたミリアである。


「愛し合う二人が任意で子供を授かる事が出来るんですよね。わたしの母は純潔を守ったままですし。」


「同性同士でも子供を授かることが出来るらしいしな。」


「私はその『愛し合う』の条件を研究した事もあったね。...結果としては上手くいかなかった。おそらくは一定以上の愛情が必要だと思うんだけど、個人差が激しくてね。互いに触れ合うことが一番効率的だという結果は出たけどさ。」


「なんて実験してんだよ。やっぱり研究者怖ぇ。」


「檻に閉じ込めたわけじゃないよ?アンケート形式の人道的なものさ。」


タツヤはそれでも恐怖の顔でリュカの事を見ている。しかし彼とは対照的に、ミリアは何故か嬉しそうである。

両手を頬に当てて悶々としている様は可愛らしいが、口にした内容はそうでは無い。


「やはり人類は肉欲に抗えないのですね。神秘的で、不思議で...なんかえっちですね。」


「お前の頭が不思議だよ。」


タツヤはいつものように彼女に対してツッコミを入れる。そしてその光景を見たフェルナとリュカがくすくすと笑う。こんな日々がいつまでも続くかのように思われた。


「...来たわね。」


ーーだが破滅の運命は必ずやってくる。


突然研究所の電気系統システムが全て麻痺してしまったのだ。部屋は真っ暗になったのだが、それを予見していたかのように、すぐさまセレイネが光魔法によって部屋を明るくした。


「セレイネ!助かった。」


「まだこれからよ。」


それはタツヤにも分かっていた。おそらくは敵による襲撃だろう。電気の供給を絶たれた事によって、研究所の防衛システムは使い物にならなくなったのだ。馬鹿正直に正面から殴り込んできた黒騎士とは違い、相手は計画的に攻め込んできたようである。


その後、どこからともなく飛んできたのは発光する物体。あまりの眩しさにタツヤは視界を奪われてしまう。奇襲を警戒して全体シールドを展開したが、敵の狙いはタツヤ達では無い。


「え?」


ーーフェルナとリュカの足元に、いつの間にか複数の手榴弾が転がっていたのだ。


爆発が起きるが、セレイネのワープによって二人は命を救われる。


「へぇ~話には聞いていたけど、便利な能力だねぇ。これは大変そうだよ。」


所長室に入ってきたのは4名の獣人の女性。銃を所持しており、動きやすい服装にタクティカルベストを着用している見た目は軍人そのものだ。

彼らを見たリュカは敵の正体が分かったようである。


「この国最強の特殊部隊『ウルフ』が来たということは、ーーこれがオルニス国の意思なんだね。」


「そういうこと~。それじゃあさっさと死んでね。」


緊張感の無い声で返事をした白髪の少女がショットガンを構えた。


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