【第一章完結!】霊視傭兵の生きる道

早川 瀬乃

第一章 『霊視の代償』

第一章1 『ダンジョンに安息などない』

「おや、また観測者が1人。ここへ訪ねてきたのかい?」


何も無い、ただ真っ白な空間がそこには広がっていた。否、何も無い訳では無い。正確には虚無の中心に1人、女性が立っている。


「こんにちは。ボクの名前はセノ。この世界の案内人とでも思ってくれたらいい。」


自らの事をセノと名乗った女性は、その豊満な胸に手を当てて自己紹介をした。

不思議な印象を受ける女性だ。薄茶色の髪を肩まで伸ばしており、中性的に整った顔立ちをしている。灰色の縦線が入った白シャツの上に黒のベストを羽織り、下は黒のショートパンツを履いている。首元に赤いリボンを付けていて、見た目はカジノのディーラーの様であった。


「この世界はちょっとばかり不思議でね。感情や想像を具現化する力ーーフィロアという概念が存在する。例えばボクが花火を思い浮かべると...」


セノが説明しながら、黒の手袋をした右手の手のひらを上に向ける。すると、その上の空間に小さな光が出現。その光はどんどん上へと登っていき、彼女の頭上で七色の光の花が咲いた。その後、遅れて爆音がやってくる。

形の良い唇を緩めて、してやったり顔でセノがこちらを向いた。その黒瞳に見つめられると意識が自然と彼女の方へ吸い寄せられてしまう。


「ふふん。どうだい?凄いだろう。けれどこの力の真髄はまだまだこんなものじゃないよ。物質生成や特殊能力、更には一時的に世界を書き換える事だって可能だ。...まあそんなことが出来る人はこの世界でも指折り数える程しか無いだろうけど。」


セノが残念そうにやれやれと首を横に振る。その後、彼女は人差し指を立てて本題を切り出した。


「そ、れ、で!こんな奇妙な世界でも一際稀有な能力を手に入れた少年と、とある魔女の世界救済の物語。君はこれを見に来たんだろう?」


片目でウィンクをして、セノが異世界からの来訪者の目的を看破する。そして彼女はその豊満な胸の前で腕を組み、首を縦に振った。


「では一緒に見てみようか。始まりは少年がその稀有な能力ーーー霊視を手に入れることになった経緯から。」


妖艶に微笑んだセノが指を鳴らす。


ーーー次の瞬間、世界が暗転した。



△▼△▼△▼△



「ーーーツ...起...。タ.........目を...!」


まるで水の中にいるようだ。世界は不明瞭で、誰かの声も途切れ途切れにしか聞こえない。しかしそんな状態であったのも数秒だけ。徐々に世界が鮮明になり始め、意識が覚醒へと向かう。そして先程からずっと掛けられている声も、しっかりと聞き取ることができるようになった。


「タツヤ起きて!お願いだから目を覚まして...」


それは必死にこちらを呼びかける少女の声。タツヤは自分の名前である。

視界いっぱいに見知った顔の少女が映った。黄緑色のポニーテールをした少女ーーマリーはその薄茶色の瞳に涙を浮かべながらこちらを見つめている。

タツヤはそんな彼女をぼんやりと見つめながら、なぜ自分がこんな状態になってしまったのかを思い出そうとしていた。確か、マリーを助ける為に水面に向かって飛び込んだような...


「こんなに呼んでも返事がない!どうしよう。これは、人工呼吸するしか...ないよね。」


そう言って何かを決心したような顔でマリーの顔がどんどん近づいてくる。頬を赤らめながら目をつぶった彼女にそのまま唇を奪われ...る前にタツヤは飛び起きた。さっきまで気絶していた人とは思えないくらい目を見開きながら。


「起きてるよマリー!起きてるから!!ちょっと考え事してただけ!」


短い黒髪の少年は、人差し指で自身の少し目つきの悪い目を指差しながら、己の安否を訴える。そんな少年の様子を見て、マリーは唇を尖らせた。


「そんなに元気ならもっと早くに返事しなさいよ。...本当に心配したんだから。」


「それは悪かったって。けどよ...」


「けれど...なんなの?」


続きの発言を止めて逡巡するタツヤの様子を訝しんだマリーが首を傾げる。彼はマリーの綺麗なピンク色の唇を見つめながら、バツの悪そうな顔をした。


「人工呼吸するにしたって、他にやってくれる人がいただろ。トッドとかエンダとかリュウ団長とか...」


「タツヤがアタシをダンジョンのトラップから庇った事で起きた事だもの。少しは責任感じてるの!」


顔を真っ赤にしながらマリーはタツヤの指摘に対して言い返す。タツヤとしては彼女を気にかけての事だったが、どうやら彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。そのまま彼女はプンプンしながら、他の団員の元へと行ってしまった。それと代わるようにして来たのが屈強な大男。


「またマリーの機嫌を損ねちまってる見たいじゃねぇか。まあそれは置いといて、目を覚ましたかタツヤ。てっきりくたばっちまったと思ったが。」


「生憎とそんなやわな身体じゃないんでね。」


「だろうな。違いねぇ。」


そう言って豪快に笑って見せたのは、身長2メートルはゆうに超えるであろう頑強な黒肌の大男。リュウ団長だ。スポーツ刈りにした黒髪に、立派な顎髭を伸ばし、黒いサングラスをかけている。そんな見た目に引けを取らず、性格も荒々しい豪胆な人物である。


「んで身体は良いとして、頭の方は大丈夫か?意識失ってたみてぇだが。」


「そっちはあんまり良くないかもしれない。なんか頭がふわふわしてて...ダンジョンにいるってことは分かってるんだけど。」


首を傾げて頭を抑えながら、タツヤは自分の状態を赤裸々にリュウに話す。そんな彼の様子を察してか、リュウはこのダンジョンに来た経緯を説明し始めた。


「なるほどな。んじゃあバカでも分かるように説明してやるか。俺様たち鉄血傭兵団はエリュール伯爵の一人息子の護衛を頼まれた。そしてその息子の目的は領地内に出現したS級ダンジョンを攻略し、『宝具』を手に入れること。」


「...徐々に思い出してきた。」


「つまり俺様たちは最難関S級ダンジョンをヒヨっ子1人守りながら攻略しなきゃなんねぇ。やばい依頼だが、その分報酬もアホみたいに高い。傭兵団全員100年は遊んで暮らせる金が手に入るだろうな。」


リュウの説明でタツヤは自分達の置かれた絶望的な状況を理解する。最奥にある宝具を餌に、無数の人々の命を奪っていったダンジョン。その中でも最難関、入れば即ち死、地獄への門とまで謳われているS級ダンジョンに鉄血傭兵団は挑んでいる。しかも貴族の御守をしながらというオプション付きで。

鉄血傭兵団は総勢10人で構成された中規模クラスの団体である。いや、正確には『あった』と言うべきであろう。何故なら...


「ララとカタリア。既に2名の団員がこのダンジョンで命を落としてる。しかも...」


「入口の扉は消失して撤退すら出来ねぇ。なんだ、記憶の方もちゃんと戻ってきたみたいじゃねぇか。安心したぜ。」


「よくそんな風に笑っていられるよな…。まぁ団長はいつもこんな感じだけど。」


タツヤの現状把握に乗っかって、更にリュウ団長が絶望的な要素を付け加えた。リュウのあっけらかんとしている様をタツヤはジト目で見ている。

団員の死を少しも悲しまないのは団長としてどうなのか。この傭兵団に来て3年。様々な出会いと別れがあったが、どれだけ経験しても死に別れというのは悲しいものである。決して慣れるものでは無いと思う。

だが悲しんでばかりもいられないのも事実。退路を絶たれた今、鉄血傭兵団はこのS級ダンジョンを攻略するしかないのだ。それ以外に、生きて帰る道は無い。


「タツヤも目を覚ましたっすか。これで8名全団員、いつでも出発できるっすよ。だーんちょう。」


飄々とした態度でリュウに報告したのは金色のサラサラ髪を首元まで伸ばし、オレンジのバンダナをした色男。団員のひとりであるカミーユだ。その報告を聞いて、リュウは待ってましたと言わんばかりに逞しい両腕を振り上げる。


「おー。じゃあそろそろ出発するとするかぁ!」


「団長が1番気合入ってるじゃん...」


「あったりめぇよ!S級ダンジョンはまだまだこんなもんじゃねぇだろ!てめぇら、行くぞ!」


うるさく野太い声がダンジョン内に響き渡る。団長の号令に従って、全団員が雑談を切り上げて隊列を組む。タツヤもそれに続こうとした時、カミーユから声が掛かった。


「タツヤっち、ちょっといいっすか?」


「なんだ?カミーユ。」


カミーユはタツヤの全身を上から下まで見てから、指差す。


「その~タツヤっち、ずぶ濡れなんすけど...そのまま出発するつもりっすか?」


「...あ。」


見れば自分の着物がびっしょりと濡れていた。タツヤは紺の着物に帯を締めただけのラフな格好をしている。ここよりはるか東にある故郷の国ーー大和では着流しと呼ばれているもので、比較的動きやすいことからタツヤはこの服装を気に入っていた。

しかし、それでも着物を着ていることには変わりなく、水で濡れているとかなり重くなる。重くなるということは動きが鈍くなるということであり、それはいつ戦闘が起きるか分からないこの危険なダンジョン内において、死に直結する要素でもある。


「ボケた頭を治すのに必死で忘れてた。指摘してくれてありがとなカミーユ。乾かしてもらってくる。」


「いやいや礼なんかいいっすよ~。...絶対に生きてここから出ようっすね。」


「おう!」


そしてタツヤはカミーユと熱く握手を交わす。この3年間、幾多の修羅場を一緒に乗り越えてきた仲だ。二人の間には確かな絆がある。いや、カミーユとだけでは無い。この傭兵団にいるみんながタツヤにとって、かけがえのない仲間であった。だからもう、誰一人として死なせたくはない。

そんな事を考えながらタツヤは目的の人物の元へたどり着く。


「よう、フローラ。」


「なんですか?タツヤ。...って凄いずぶ濡れですよ!?」


タツヤの呼びかけでこちらに振り返ったのは、黄色のウェーブ髪を腰まで伸ばした女性ーーフローラだ。そのおっとりした目を見開いて、タツヤの状態に驚いている。それから眉を顰めて、まるで子供を見るような目でこちらを見た。


「ダンジョンの水トラップで遊んじゃダメですよ。危ないじゃないですか。」


「遊んでたわけじゃねぇよ!?マリーが引っかかったから助けてたんだよ!」


「まあ、それは大変でしたね。えらい、えらい。」


「やっぱり見てなかったのな...。」


どうやらフローラはあの必死の救出劇を見ていなかったらしい。天然でいつもぼーっとしている彼女なのでそこに驚きは無いが。


「それでこの服、魔法で乾かしてもらえね?」


「そういうことなら、このフローラにお任せください!」


綺麗な眉をキリッとしてドヤ顔で胸を張るフローラ。彼女は杖を生成すると、謎の詠唱と共にそれをタツヤに向けて振った。すると、赤い光がタツヤを纏い、彼の着物を一瞬にして乾かしたのだ。

この世界の神秘、フィロアを使って引き起こされる摩訶不思議な現象。魔法は無限の可能性を秘めた力だ。大地を焦がし、空から氷柱を降らせることさえ可能なその力は扱えれば、戦闘において大きなアドバンテージとなるであろう。もっとも、彼女が得意とするのはそんな戦闘用の魔法ではなく...


「今のが服を乾かす魔法です!いつ見ても素晴らしい魔法...」


使い所が限定的すぎる、変な魔法である。他にも皿の汚れをきれいさっぱり落とす魔法、部屋のホコリを全て虚空に吸い込む魔法、人を強制的に笑い上戸にする魔法など、妙に凄い変な魔法ばかり覚えている。ちなみに一般的に魔法というのは、魔法理論に基づく体系的なものを指す言葉らしい。彼女が使う変な魔法は全て彼女が生み出したオリジナルであり、つまるところ本来の魔法とは似て非なるものということになる。

それでも、その変な魔法が今こうして役に立っているのだから、フローラ様様である。


「ありがとうな。フローラ。」


「いえいえー。お役に立てて何よりです。」


「ほう。これは民の生活に役立ちそうな魔法よな。面白いものを見た。」


そう言って顎に小さい手を当てて、やってきたのは金色の短髪で、水色の瞳を持ったチビッ子。今回の任務の護衛対象である貴族の一人息子、フリップ・エリュールだ。見た目は10歳にも満たない子供。しかし、その理知的な話し方や上品な佇まいから大人びた印象を彼に抱かせる。

もっとも、この世界では200年生きている幼女なんていうのも普通にいるので、あまり見た目は当てにならない。


「フリップさんもこの魔法の素晴らしさに気づきましたか。流石です。」


「戦闘用の魔法なんぞに生産性は無い。それに比べて今の魔法は興味深かった。もし魔道具として普及すれば、民の生活は更に良くなるであろう。民の幸せが余の幸せでもある。」


「立派な考えをお持ちなんですねー。実はその魔道具開発に多額の資金が必要でして。だからフローラはこんな危ない依頼に身を投じてるのです。」


「なんと。もし余に相談してくれていれば無償で支援したものを。...いやそれは結果論だな。フローラ、生きてここから出るのじゃぞ。死ぬことはこの余が許さん。」


「もちろん死ぬつもりなんて全く無いですよー。」


フリップとフローラ。2人がタツヤを置いてけぼりにして盛り上がっている。フローラが多額の資金を欲していることも初めて知ったが、それ以上に驚いたのがフリップの発言だ。こんなにも領民の事を考えているなんて思いもしなかった。ただの金持ちのボンボンという訳では無いらしい。

タツヤがフリップへの印象を改めていた時、遠くから怒号が聞こえてきた。それは明らかに目に見えてイライラしているリュウのもので...


「いつまでそこで話してるつもりだ!とっとと足を動かせ、足を!」


ーーこうして鉄血傭兵団はダンジョンの奥へと進んで行くのであった。



△▼△▼△▼△



ダンジョンの外見は多種多様ではあるが、基本的に人工物のような見た目をしているものが多い。タツヤ達が今挑んでいるS級ダンジョン、通称『幽明』も例に漏れず、外から見ると銀色の塔のような見た目をしている。

内部の床や壁には不気味な目の絵や幾何学模様などが描かれていて、かなり気味が悪い。

そんな中でも一際異彩を放っている扉の前にタツヤ達はたどり着いた。


「何かに祈りを捧げている女性の絵...この扉は一体なんだ?」


「考えたって埒があかねぇ。開けりゃ分かることだろ。」


首を傾げて扉に描かれていた絵について考えているタツヤ。そんな彼を呆れた様子で見ていたリュウは、そのまま乱雑に扉を蹴った。それから振り返ってフリップの方を見る。


「おい金髪坊主。お前は合図があるまでここで大人しく待ってろ。」


「じゃが...」


「俺様達の任務はあくまで坊主の護衛だぞ?...この先嫌な予感がする。命が惜しければ言うことを聞け。」


リュウは乱暴な物言いだったが、傭兵団一同、その意見に概ね同意であった。足手まといを連れたままの戦闘は部隊の戦力を大幅に削いでしまう。それにフリップがわざわざ危険な場所へ自ら行く必要は無い。彼の為にも、この選択が正しいのだ。それはフリップ自身もよく分かっている。だから、


「...気をつけるのじゃぞ。」


そう言ってフリップは一旦タツヤ達と別れを告げる。そしてタツヤ達は大きな扉をくぐって中に入った。


扉の先は大広間となっており、その中央には美しい白馬が一頭。いや、よく見るとただの白馬では無い。ライオンの尾に、ヤギのような顎鬚。2つに割れた蹄を持ち、額の中央からは螺旋状の筋が入った1本の鋭い角を生やしている。

それはこの世界にフィロアが発現する前、神話上の生物と呼ばれていた存在。この世にいるはずのない『空想種』。


「おまえは...」


「もしかしてユニコーン!?生まれて初めて見た!!可愛い~。」


明らかに異質な存在の登場を前に一同はたじろぐ。しかし黄緑髪の少女、マリーだけは違った。彼女は興奮した様子でどんどんユニコーンの元へと近づいていく。

ユニコーンはこの世界でも稀有な存在で、一生かけても目にすることが出来ない人が殆どらしい。元々動物が大好きなマリーが、それを目にして興奮してしまうのは仕方のない事ではあるのだが、状況が状況である。タツヤはマリーを引き留めようと声を掛ける。


「マリー戻ってこい。危ない生物かもしれないだろ!」


「大丈夫よタツヤ。...だってこの子、すごく綺麗な瞳をしてるもの。」


タツヤの忠告に大丈夫と告げたマリー。そして彼女はそのままユニコーンの首元を優しく撫でた。すると、驚いたことにユニコーンはそんな彼女に頭を預けたのだ。甲高い鳴き声を発しながら、顔をすりすりと彼女の方へと擦り付けている。


「わわっ。ちょっと、くすぐったいって。」


黄緑髪の少女と戯れるユニコーン。そんな微笑ましくも神秘的な光景を前に、タツヤ達の緊張が少し緩む。


「んじゃあ俺も触ってくるっす!」


マリーの様子を見て、カミーユが駆け足でユニコーンの元へと近づいていく。そうしてそのまま彼がユニコーンの頭を撫でようとした瞬間、


ーーその瞳が紺から緋色へと変わった。


「...えっ?」


蒼白い閃光が走り、一角獣の角がカミーユの心臓を貫いた。そのまま勢いは止まらず、一角獣は彼を突き刺したまま壁へと激突。そして轟音が遅れてやってくる。


「なん...で?」


口から盛大に血を零しながらカミーユは力無く呟く。生命維持が困難になった彼は光の粒子となって消失した。それは彼がこの世から完全にいなくなってしまったことを意味する。


ーーダンジョンに安息などない。

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