第一章2 『雷鳴の処女厨』
ユニコーンの角に心臓を貫かれ、カミーユは光の粒子となって消失した。この世界の人間は死ぬと死体すら残らず、光の粒子となって消えてしまう。
一説によると、その光の粒子の正体がフィロアなのではないかと言われているが、正確なことは何1つ分かってはいない。ただ1つ確実に言えることは、この先カミーユと会える事はもう一生無いということだけである。
「てめぇ、よくもやりやがったな!!」
タツヤの怒声がダンジョン内に響き渡る。タツヤは胸の奥からどす黒い怒りがふつふつと湧き上がってくるのを感じていた。
彼はその怒りに身を任せて両手に2丁のライフル銃を生成する。それはRK-380と呼ばれているアサルトライフルだ。高威力、長射程の優秀な武器で弾丸が直撃すれば、普通の人の手足なんて簡単に吹き飛んでしまう。もちろんそれは神話上の生物、ユニコーンといえども例外では無い。
タツヤはそんな銃をフルオートでユニコーンに向けて撃ったのだ。しかし、
「シールド無しの直撃でも無傷かよ。くそっ!」
ユニコーンはタツヤの攻撃などまるで無かったかのように優雅にそこに立っていた。彼の渾身の初撃は無意味に終わる。
そしてユニコーンの緋色の瞳がタツヤへと向けられる。恐ろしい白馬は甲高い鳴き声と共にカウンターの電撃を彼へと放ったのだ。
「あぶね!思ったより攻撃の出が速いな。」
タツヤはフィロアで身体強化をしてその電撃をギリギリの所で躱す。シールドで相殺してもよかったが、それだとフィロアの消耗が激しくなる。フィロアも無尽蔵に身体から湧いてくるものでは無い。退路が絶たれた今、無駄な消耗は避けるべきである。
「てめぇら、戦闘準備だ!!」
勝手に飛び出したタツヤの後に続くようにしてリュウ達がやってくる。斧、短刀、サブマシンガンなど各々が自分の得物を構えてユニコーンと対峙した。...ただ1人の少女を覗いては。
「なんで...どうして?あんなに良い子だったのに。」
マリーだけが顔面蒼白のまま、その場に突っ立っている。自分に懐いていた生物がいきなり目の前で仲間の命を奪っていったのだ。混乱してしまうのも無理ない。そんな彼女を労わってあげたいが、今のタツヤにそんな余裕は無い。
「タツヤはちっこい銃弾だったがよ。俺様はそんなに甘くねぇぞ?」
リュウはその屈強な肩にロケットランチャーを生成した。そして一発、ユニコーンに向けて発射。するとロケット弾が無くなった筒の先端にすぐさまロケット弾が再出現する。そのまま同じサイクルで、リュウは合計6発ものロケット弾をユニコーンに向けて発射したのだ。
生成銃の最大の強みはリロードが不要なことにある。銃自体が創造物である為、その中に入っている弾もフィロアがある限り無尽蔵に作り出せるというわけだ。
しかし創造するにはそのモデルとなる銃の構造を細かく把握し、理解する必要がある為、生成銃を実際に使う人は少ない。それに普通に実物の銃を使った方がフィロアも節約できて効率的なのだ。
つまりタツヤとリュウはそんな変わった術を使う変態であった。団員のトッドが使うサブマシンガンはもちろん実銃である。
「まあ俺様にかかればこんなものよ。」
相変わらず全く避ける気が無く、6発ものロケット弾を直に受けるユニコーン。硝煙に包まれる一角獣を見て、リュウは意気揚々と決めゼリフを放った。
鋼鉄に囲まれた戦車の装甲すら貫通し、爆発四散させる武器だ。そんなものを6発も撃ち込まれて無事な生物などこの世にいるはずがない。
ーーだが本来この世にいるはずのない生物ならどうか。
「おいおい、まじかよ。」
硝煙が徐々に晴れ、その奥で緋色の目が妖しく光った。その様子を見て背筋がゾクッとしたリュウが吠える。
「てめぇら、死にたくなければ後ろに飛べ!」
タツヤ達はリュウの言葉を信じ、すぐさま後ろへと跳躍する。
ーー次の瞬間、ユニコーンの周囲に落雷が降り注ぐ。
その雷の雨はまさしく自然の怒りそのもの。近づくものを一瞬で灰塵と化す神の技。その中心にいる一角獣は神の使いと呼んでも差支えないほどの神々しさを纏っていた。
「やろう、ピンピンしてやがるぜ。」
「フィロアでカッチカチの身体になってるのかなぁ?」
あれだけの攻撃を受けてもユニコーンには一切の外傷が見られない。それを見た茶髪の小太りの男、トッドが頑丈すぎる敵の要因に身体強化の可能性を示唆する。
フィロアによる身体強化で自身を鋼鉄のような身体にすることは可能だ。ただ、それにしたって硬すぎる。ロケット弾6発を無傷で済ます程の身体強化など、それはもはや神の領域だ。それと、もうひとつおかしな点がある。
「爆発を直で受けた痕が全く無い。煤すら付着してないってのは変じゃないか?...ソルク!ちょっといいか?」
「どうしたタツヤ。拙者に何か頼みでも?」
「その短刀でユニコーンを軽く斬ることって出来る?」
「...お安い御用だ。」
遠距離武器がダメなら近接武器ではどうか。タツヤは赤髪の細身の男、ソルクに攻撃を頼んだ。この鉄血傭兵団内で1番素早い彼なら、ユニコーンに攻撃を命中させ、安全に帰ってきてくれるだろうと予想しての事だった。
ーー次の瞬間、ソルクの身体が消える。
正確にはソルクのあまりの速さにタツヤがそう錯覚したのだ。音を置き去りにして、ソルクがユニコーンへと距離を詰める。そのまま彼の短刀がユニコーンの首へと迫った瞬間、
「躱しただと?」
音速の一撃が疾風迅雷の如き速さを以って回避される。その姿はまさに雷神そのもの。もちろん攻撃を避けるだけの甘い相手では無い。無礼な行いには相応しい天罰を。
「ソルク!後ろだ!」
「分かっているとも!」
一瞬にしてソルクの背後にまわったユニコーン。そのまま彼の心臓に狙いをつけて、鋭利な角で突進を行う。それはカミーユの命を奪った攻撃と同じもの。だが、音速の名は伊達では無い。ソルクはその必殺の一撃を易々と躱してみせたのだ。
そのままユニコーンは勢い余って床に激突する。それを横目で見ながらソルクはタツヤの元へと帰ってきた。
「かたじけない。拙者としたことが奴に遅れをとってしまった。」
「いやいやソルクは十分よくやったって。回避行動をしたってことは近接攻撃が効くって証拠だし。おそらく...」
状況を整理しながらタツヤが片手で生成銃をユニコーンに向けて撃った。それと同時にリュウが新たに生成したレーザー銃、EV-53をユニコーンに乱射。
ーー2種類の弾丸がユニコーンの皮膚に到達する瞬間に消失した。
「はっ!遠距離攻撃完全無効の特性ってか?マジのバケモンじゃねぇか。」
フィロアによる特異体質。それを人類は『特性』と呼んでいる。空想種に多く見られるそれは、人智を超えた能力である事が多く、非常に厄介で、長く人類を悩ませてきた。ごく稀に人間も獲得することが出来るらしいが、空想種ほど強力な特性になることは少ない。
「特性には必ずなんらかの弱点があるらしいですが...戦いながらそれを探すのは難しいと思うのです。」
「分かっているのは遠距離攻撃が無効なことだけ。僕、サブマシンガンしか使えないから完全に役たたずだよぉ。」
フローラとトッドが眉をひそめて現状を嘆いている。完全な遠距離攻撃組である彼らはこの常軌を逸した特性のせいで攻撃手段を消されてしまったのだ。よって残る希望は、近距離で攻撃出来る団員だけということになるのだが。
「私の自慢の斧も当たる気がしないですね。あの獣は音速と謳われているソルクの攻撃すら躱したのですから。」
困り顔でそう呟いたのは坊主の褐色肌の男性、エンダだ。その筋肉質の太い腕で巨斧を軽々と担いでいる彼だが、素早さに自信はないらしい。実際、鉄血傭兵団最速のソルクの攻撃を避けられた時点で、もう状況は詰んでいるとしか言いようがない。
「それでもこいつを倒すには、なんとかして攻撃を当てるしか無いだろ?」
静かにタツヤが呟いて、腰に差していた刀を鞘から抜いた。
片方にだけある刃はしっかりと研ぎ澄まさており、波のような模様がうっすらと見える。鍔は黒く、左下の隅にはもみじの葉の模様が刻まれていて、柄には、黒と白の刺繍で細長い龍の模様が施されていた。
これは生成武器ではない。故郷に残してきたたった一人の家族、妹のツクヨから預かった一振りだ。この刀にはたくさんの『思い』がつまっている。
「まあ近接っていうとこいつの出番だよなぁ?」
リュウは銀色の細長い筒のようなものを、両腕の手の甲の側に備え付けた状態で生成した。そしてその筒の先から水色のレーザーが展開される。それはレーザーランスと呼ばれている刺突武器で、なかなか目にすることの無い珍しいものだ。
そしてユニコーンもこちらを向き臨戦態勢をとる。再び戦いの火蓋が切られようとしていたその時、
「元の良い子に戻りなさーい!!」
ユニコーンへ高速に接近する人影が1人。その正体は黄緑色のポニーテールをした少女、マリーである。どうやら先程の混乱から我に返ったらしい。彼女は両手に持った双剣でユニコーンに斬りかかろうとしていた。
ここまで凄まじい速度になっているのは、おそらく彼女の固有能力である『バネ足場』の影響だろう。
固有能力とはその人の性格、生き様などがフィロアによって能力へと昇華したものである。もちろん発現時期や能力は人によって全然違う。タツヤのようにまだ発現していない人も多い。
マリーの『バネ足場』は空間の好きな所に反発するバネを設置する能力で、地味ながら攻撃や回避、逃走、支援にまで使える優秀なものだ。
「って躱された?どんだけ素早いのよ!?」
だがいくら凄まじい速度になっていようと、音速を超える訳では無い。ソルクの攻撃すら躱してみせたユニコーンにとっては、マリーの攻撃を回避することなど朝飯前であった。そして攻撃を回避された後にやってくるのはカウンターだ。
「マリー!反撃が来るぞ!!」
しかしそうしたタツヤの心配は杞憂に終わる。何故ならユニコーンはマリーには一切目もくれず、猪突猛進でリュウ団長の方へと向かったからだ。
「俺様を真っ先に狙いに来たのは頭が良いな。いいぜぶち殺してやらぁ。」
リュウはユニコーンの突進をすんでのところで身を捻って回避。返しでレーザーランスを真っ白い肌へと突き刺す。
「チッ。これも無傷かよ。まさかとは思うが近接耐性もあるわけじゃねぇよな?」
リュウ団長の渾身の攻防。しかしレーザーランスの攻撃は全く効いていないようであった。そしてまたもや壁に激突するユニコーン。その隙を逃さまいとマリーが連撃を加える。
「アタシを無視しないでよね!」
ーーユニコーンの背中から鮮血が舞う。
それはここにきてやっと負わせることの出来た確かな傷。ユニコーンの背中が血で赤く滲んでいる。体勢を立て直した一角獣は、今度こそ自身に傷を負わせた少女を危険と判断し、危害を加えようとするはずだ。しかし、
「また無視するの!?もうあったまに来たんだから!」
ユニコーンはまたもやマリーを無視し、今度はタツヤ達の方へと走ってきた。電撃を纏い、高速で繰り出されるタックルはとんでもない破壊力を秘めている。それを身体強化でなんとか回避して、タツヤは状況を整理する。
ユニコーンのマリーに対する不可解な行動。
「もしかすると、ユニコーンはマリーを攻撃出来ないんじゃないか?」
これまでのユニコーンはこちらの攻撃に対して必ずカウンターをしかけてきた。しかしマリーの攻撃に対してだけは、2回とも回避するだけにとどまっている。まるでマリーには攻撃するなと命じられているかのような不自然な動きだ。
「なるほどな、大体分かった。こいつには古くせぇ武器しか効かねぇとみた。」
リュウもユニコーンの弱点を1つ見破ったらしい。彼は右手を天へと掲げ巨大な大剣を生成する。彼の身長の倍ほどもある大きさの得物を片手で軽々しく持つその姿は、まさに鬼のようであった。
徐々にユニコーン打倒への希望が見え始めてきた時、さらにタツヤ達に追い風が吹く。
「動きが速すぎてフローラには目で追うのがやっとです。...そういえばこんな魔法がありましたね。」
フローラがユニコーンへ杖を振る。紫色の光に包まれたユニコーンはそのままフローラへ突進しようとするが...
「動きが明らかに遅くなってる?」
先程より格段にスピードを落としたユニコーンの突進はフローラに易々と回避される。そうしてフワッと地面に着地したフローラがウィンクをした。
「これが足にネバネバした液体をまとわりつかせる魔法です!」
確かによく見るとユニコーンの4本の足の先端にピンク色の謎の液体がまとわりついている。そんな光景を見て、傭兵団一同はジト目でフローラを見た。
渾身の魔法を前に微妙な反応をしている一同を見てフローラは焦る。
「あれれ?お気に召さなかったですかね!?まあ元々戦闘を想定した魔法では無かったですからね。実はこの魔法の真の実力は女性に対して...」
「いや、こんな便利な魔法があるなら最初から使えよ!!」
一同の総ツッコミが長々と説明しているフローラの言葉をかき消した。敵の動きを制限する超優秀な魔法。最初からこれをユニコーンへかけてくれていれば、タツヤ達の苦労はどれほど軽減できたことだろう。
「は...はい?」
しかし天然なフローラはそんなタツヤ達のツッコミの意味が分からず、ただ目を丸くしただけなのであった。
△▼△▼△▼△
フローラの魔法のおかげで状況はかなり好転した。しかしタツヤ達は未だにユニコーンの息の根を止めることが出来ないでいる。その理由は2つある。1つ目は動きを制限されてなお、ユニコーンの回避能力は健在であったこと。そしてもう一つは、
「チッ。また回復しやがった。」
タツヤが腹立たしげに呟く。ついさっき刀で斬りつけたユニコーンの背中の傷。それがみるみるうちに塞がっていく。ユニコーンは驚異的な回復能力まで持ち合わせていたのだ。
「これは脳か心臓を潰さねぇとダメなパターンだな。なにか隙を作らねぇと。」
敵の息の根を止める方法を見定めたリュウ。そして、チャンスはすぐにやってきた。ソルクが突進攻撃を壁際で回避し、ユニコーンが壁に角を突き刺してしまったのである。その隙をリュウは見逃さない。
「あばよ、害獣。」
リュウの大剣がユニコーンの胸を突き刺す。心臓を確実に貫いた一撃。だが、
「ーーー!」
後ろへ跳躍したリュウ。元いた場所に雷が落ちる。
それから甲高い鳴き声を発したユニコーンは壁際から広間の中央へと移動した。胸の傷が修復され、一角獣は床を見つめる。
ーーするとユニコーンの角の先端へと何かが集まっているのが見えた。
風がヒョウヒョウと唸りを上げ、角の先端へと吸い込まれていっているのだ。それは明らかな溜め動作であり、大技の予兆を感じ取ったタツヤは叫ぶ。
「ヤバい攻撃が来る!みんな、マリーの元へ集まれ!!」
「あ、アタシ!?」
「あぁ。ユニコーンはマリーにだけは一切攻撃をしていない。俺の予測が正しければ、今回の大技だってマリーには当たらないようにするはずだ!」
「たしかに1回も攻撃されてないような。...それにしたってちょっと近くない?」
息がかかるくらいの距離までマリーに近づくタツヤ。そんなタツヤへ顔を赤らめながら不平不満を口にするマリー。だがタツヤとしては、これが現状考えうる最善策なのである。
「マリーの胸の中は暖かいのでフローラのお気に入りポジションなんです~。」
「タツヤの言い分は確かに理にかなっています。私も少し失礼しますよ。」
フローラはマリーの胸に飛びつき、エンダも紳士的な距離感まで彼女に近づく。2人はタツヤの考えに納得してくれたのだが...
「拙者は女性を盾にするような真似には反対だ。...大技が来るならば回避してみせよう。」
「関係ないでしょ。歩くの面倒だし、僕はここで全力シールドを張るよ~。」
ソルクとトッドはタツヤの予測に懐疑的であった。そしてリュウ団長は、
「てめぇら馬鹿かよ!動きが止まった今が奴を仕留める絶好のチャンスだろうが!大技を出される前に殺せばいいんだよ。」
脳筋理論を展開して早期の決着を目指すつもりだ。そして破壊的な大剣の一撃がユニコーンの頭へと振り下ろされる。しかし、
「ここにきてシールドかよ!しかもとんでもなく硬ぇときた。クソッ!」
ユニコーンは今まで使ってこなかったシールドをここにきて初めて展開し、リュウ団長の一撃を防いだのだ。観念したリュウ団長は大技を防御するためにシールドを展開した。
限界まで力を溜めたユニコーン。その力を解放するため天を仰いだ。
ーーーそして裁きの一撃が放たれる。
大広間全体埋め尽くす無数の落雷が放たれたのだ。
雷電が、迅雷が、閃電が、紫電が全てを焼き払う。
人々は忘れていたのだ。自然の理不尽さを。その恐怖を。神話では万象を司る神すら武器として用いたと記されている雷。たとえ人間がフィロアによって多少強化されていようとも、この神速で壊滅的な威力を持つ自然の怒りを防ぐことなど笑止千万だ。傲慢過ぎるにも程がある。
一応シールドも展開していたタツヤ達。しかしその必要は無かった。なぜならユニコーンの大技はタツヤの予想通り、マリーの半径3メートル以内の空間だけには放たれなかったからだ。しかしマリーの近くにいなかった者はどうか。
「トッド!ソルク!」
その場に倒れるトッドとソルク。彼らは一見服が多少破れてるくらいしか外傷は無いように見える。どうやら雷を受けても真っ黒焦げになるなんてことは無いらしい。しかし、
「そんな...」
二人は光の粒子となって消失した。見た目に変化はなくとも、雷は二人の脳に損害を与え、内蔵をズタズタにしたのだ。そして容赦なく彼らの命を奪い去っていく。
「やろう...シールドまで貫通する一撃かよ。なんてエネルギーしてやがる。クソッ!身体が動かねぇ。」
膝をつくリュウ。あれだけの攻撃を受けて命があるのも驚きだが、流石のリュウも身体に支障をきたしているらしい。
ーーはっきりいって絶望的な状況であった。
団員二人が一撃でやられ、一番の戦力であるリュウも動けないでいる。
それでも敵は待ってはくれない。再びユニコーンが戦闘態勢をとろうとした時であった。
「もうやめて!!これ以上アタシ達の仲間を傷つけないで!!」
涙を流しながら悲痛の声をあげ、ユニコーンの後ろ足へとしがみついたのはマリーだ。全てのフィロアを身体強化に使って必死にしがみついているようで、その場で暴れ回るもマリーを振り落とせないでいるユニコーン。
その気になれば電撃でも何でも使って振り落とすことが出来るのに、頑なにマリーにだけは攻撃をしないのだ。だがその甘さが戦場では命取りになる。
「エンダ!」
「分かっていますとも。タツヤ。」
タツヤの刀がユニコーンの前足を斬り落とす。すぐに再生されるが、一瞬の隙を生み出すことは可能だ。前足を斬られ、後ろ足が使えないでいるユニコーンの前に巨斧を振り上げた男が現れる。
「お覚悟を。」
致命の一撃を悟ったユニコーンがシールドを展開する。しかし大技でフィロアを消耗した後だ。エンダの振り下ろした一撃が薄いシールドごと貫通し、ユニコーンの脳天をかち割る。だがそれだけでは死なないことは分かっている。何故なら、
「脳と心臓を一度に破壊する必要がある。さっき死ななかったのはそういうことだろ?」
タツヤがユニコーンの胸に刀を突き刺す。その一撃は確実に心臓を破壊し、脳と心臓の両方を失ったユニコーンは光の粒子となって消失した。
人間と同じく、『空想種』も死体を残さない。
ーーーこうしてタツヤ達の長い死闘は幕を閉じた。
△▼△▼△▼△
「俺様が動けなくなった時は全滅を覚悟したが...お前らよく頑張ったな!」
ものの数分で動き回れるようになったリュウ。驚異的な回復能力を見せつけたあと、彼はタツヤ達を褒めちぎった。しかしタツヤ達の顔は沈んだままである。
「カミーユ、そしてトッドにソルクまで逝っちまった...」
タツヤの発言で、一同の雰囲気はさらに暗くなる。そんな暗い雰囲気に嫌気がさしたのか、マリーが話題を変えようとした。
「そ、そういえばなんでユニコーンはアタシだけには一切攻撃してこなかったんだろう。」
「それは多分ユニコーンの言い伝えが関係あるんじゃないか。」
「言い伝え?」
「えーとだな...」
マリーに伝承の詳細を尋ねられ、タツヤは答えるべきか否か逡巡する。その伝承とはユニコーンが処女を好むという至極簡素な内容のものなのだが、はっきりとそう告げることは躊躇われる。
中々答えを言わないタツヤに痺れを切らしたリュウが、呆れたようにその先を告げた。デリカシーの無さには定評のある男なのである。
「つまりはお前が処...」
「はい、そこまでですよ~。」
リュウに割り込むようにして、フローラが笑顔のまま全力の右ストレートを彼の顔に叩き込んだ。そのままリュウは地面に叩きつけられる形となる。
「つまりマリーは清純な女性ってことですよ。」
「ーー?ありがと、フローラ。」
結局その伝承を聞きそびれてしまったマリーだが、その後フローラに話題をそらされてしまい、興味を完全に失ったらしい。
それを横目で見ながらタツヤは重々しく呟く。
「...まだダンジョンは続くのか。」
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