第一章7 『ゲームオーバー』
「こんな暗い路地裏で独り言とは。とうとう壊れたか?傭兵。」
民家の壁をぶち破って蒼い鎧を纏った男が現れる。灰色の前髪をかきあげ、後ろでまとめている髪型は清廉な印象を抱かせる。白銀の剣と大きな蒼い盾を装備しており、黒いマントをはためかせ、堂々と立っている姿は強者の風格を存分に漂わせていた。
まず、マリーの能力によって高速で空を飛んだタツヤを追ってきた時点で、只者では無い。しかしタツヤはその事よりも、彼の登場の仕方の方が気になっていた。
「えっと~、普通に民家ぶち破ってるけど大丈夫なの?」
「問題ない。」
「問題大ありだ!馬鹿野郎!」
堂々と問題ないと断言してみせた男。しかしその壊れた壁からひょこっと家主らしき人物が顔を出し、不平不満を口にする。
「すまない。弁償は後で私からタリス伯爵に伝えておこう。」
「タリス伯爵!?ぐふふ、こりゃあ今より良い家に住めるかもなぁ。」
鎧男の弁明。それを聞いて家主が下卑た笑みを浮かべる。とりあえず問題は片付いたらしい。コホンと咳払いをしてから再度鎧男がタツヤの方を向く。
「私の名はリューン。元々は王国騎士の出だが、訳あって今はエリュール家に仕えている身だ。」
「俺の名はタツヤ。こっちは...って見えないんだよな。んで要件は何?」
案の定、先程の家主も、リューンも、タツヤの隣にいるマリーの事は見えていないようであった。それよりも今大事なのはこの鎧男、リューンの目的だ。まあタツヤを追ってきた時点で、大体察することは出来るのだが。
「宝具を渡してもらおう。それはフリップ様のものだ。」
「俺も最初はフリップに渡すつもりだったよ。だけどフリップは死んだ。ーーだから、これは俺が持たなくちゃいけない。」
「やはり貴公がフリップ様を...」
タツヤの言葉を聞いて眉間に皺を寄せたリューン。何かを勘違いしているリューンだったが、それを正す時間はタツヤにはなかった。何故なら、
ーーリューンが一瞬にしてタツヤの目の前に現れたからだ。
残像が残るほど速く動いてみせたリューン。既に剣を振り上げている彼はタツヤの胸を切り裂こうとする。だがそんなことはマリーがさせない。彼女のバネ足場によって後方へ吹っ飛ばされたタツヤは、スレスレの所でリューンの斬撃を回避した。
「タツヤ、この人ヤバいわよ。」
「さんきゅーマリー。マリーがいなかったら確実に死んでた。あの速さ、ソルク以上かよ。」
「何をぶつぶつ呟いている。運良く避けたみたいだが、ーー次は確実に斬る。」
この世界の人間はフィロアのおかげでみんな一定の強さが保証されている。しかしその中でもこのリューンという男の強さは、明らかに常軌を逸している。感覚的には亡霊カルロスや本気のリュウ団長に近い。つまりタツヤにはまだ決して越えられない壁というわけだ。
それならば説得の他に、タツヤの生きる道は無い。
「な、なんか勘違いしてるようだけど、フリップを殺したのは俺じゃないぞ!」
「貴公の証言を信じるならばリュウという男がフリップ様を殺した犯人だと。」
「そうそう!」
「だが確証もない。それにたとえ本当にリュウという男がフリップ様を殺した犯人だったとしても、貴公に全く責任が無いわけでは無い。ーー貴公にはフリップ様を護衛する責務があったはずだ。」
リューンがタツヤに向かって正論をぶつける。タツヤに全く責任が無いわけでは無い。その言葉を聞いてタツヤの胸がキュッと締め付けられる。そんなこと分かっているのだ。全ては俺の責任に他ならない。
激情に身を任せ、タツヤは刀を抜いた。そしてそのままリューンに向かって突っ込んでいく。
「そんなこと分かってるんだよ!必ず守ってみせると誓った!だけど俺はフリップを守りきれなかったんだ。俺が油断していたから、馬鹿だったから。そして力が無かったから!!」
「...それは私も同じだ。」
タツヤの渾身の刺突。しかしもちろんリューンには易々と回避されてしまう。そのままリューンはタツヤにとどめを刺すかと思われたが...
「ーー宝具『ガルディウス』」
リューンの白銀の剣がその呼び名によって真の力を発揮する。白いオーラを纏った白銀の剣が、タツヤの妖刀に向けて振り下ろされたのだ。
ーーそしてタツヤの妖刀は粉々に砕け散った。
「そんな...俺の大切な妹から貰った刀が!」
「私の宝具『ガルディウス』はどんな武器でも破壊することが出来る。勝負は決した。大人しく投降するんだな。」
最愛の妹から貰った大切な刀を失い、身体はボロボロなタツヤ。それでも心はまだ挫けていない。最後の最後まで足掻くと決めたから。
タツヤはピンを抜いた手榴弾を目の前に生成する。
「これは生成術か!?」
「マリー!」
「人、いや亡霊使いが荒いわね!」
リューンの一瞬生まれた隙をタツヤは見逃さない。マリーに声をかけ、バネ足場を足元に生成してもらう。それを踏みしめてタツヤは宙に舞った。
ーーさらにその両手にはアサルトライフルを握りしめている。
リューンにあまり効くとは思えないが、足止めくらいにはなるだろう。空中で握りしめた銃を、澄まし顔の鎧男にぶっぱなす。
「あまり意識を失わせたくはなかったんだが。これはしつこすぎる貴公の問題だ。」
だが先程の手榴弾の爆発も、このアサルトライフルの銃弾も、全て鋼鉄な身体で受けきって、リューンが突っ込んでくる。その突進がタツヤの身体を吹っ飛ばし、複数の家屋に穴を開けた。そしてタツヤの身体はようやく広場に差し掛かった所で止まる。
全身血塗れの男がいきなり広場にすっ飛んできたので、街の人々は阿鼻叫喚である。彼らはそのまま散り散りになって広場から逃げていく。
「いくらなんでも化け物過ぎるだろ。」
「ちょっと!?タツヤ!目を開けなさいよ!!」
マリーの必死の呼びかけ。それに応えてあげたいがタツヤの身体は既に限界を迎えていた。徐々に意識が遠くなり、マリーの声も聞こえなくなっていく。それでも最後に、
「マリーに会えて良かった。」
そして完全にタツヤの意識は途絶えた。
△▼△▼△▼△
「貴公には聞きたいことが沢山ある。」
ボロボロの身体のまま、広場で動かなくなった少年。タツヤを見下ろしながら、リューンは呟く。
自身に力が無かったからフリップを救えなかったと嘆いた少年の叫び。それは奇しくも、今のリューンの気持ちと同じ叫びであった。
「私が一緒にお供していればフリップ様を死なせてしまうことなど決して無かったのに。」
もちろんリューンはダンジョンに同行しようとした。しかしフリップが頑なにそれを拒否したのだ。
自分の我儘のために従者には迷惑をかけられないと。それにあの伝説の傭兵団『百花繚乱』の元メンバーを連れていくから安心だと。
だがその百花繚乱の元メンバーに裏切られたのだから、皮肉もいい所である。
「しかし傭兵の裏切りを見抜けなかったのは私の力不足だ。貴公と...同じなのだ。」
もちろんこの目の前の少年が嘘をついている可能性もある。しかしあの魂の叫びまでもが嘘偽りだとは考えにくい。だから少年を生かした。じっくり彼の話を聞きたいと思ったのだ。
タリス伯爵の狙いは宝具だ。それさえ手に入れば、少年の命などどうでもいいはず。
「だから貴公の宝具を預からせてもらう。これは貴公の命を助けるためだ。悪く思うな。」
そうしてリューンがタツヤの身体に触れようとした瞬間、謎の声に呼びかけられた。
「大の大人が寄ってたかって1人の少年をいじめて恥ずかしくないんですか?」
透き通るような美しい少女の声。だがその声には感情がない。凍てつくような氷の声でリューンに呼びかけている。そしてその声の方を向いた瞬間、リューンの全身に驚きの衝撃が走る。
「ーー!いつの間に隣に。」
ーーその少女はリューンの隣に突然姿を現したのだ。
気配すら無く、唐突に姿を現した少女にリューンの警戒が一気に強まる。武の道をただひたすらに歩み、日々研鑽を積んできたリューンですら、彼女の接近には気づけなかったのだ。一体彼女は何者なのだろう。
しかし少女はそんなリューンの驚きを全く意に介さず、話を続ける。ちょんちょんと瀕死の少年を指でつつきながら。
「見たところ彼の宝具、継承型の概念宝具っぽいですよ?宝具を奪うには彼を殺すしかないですねー。」
黒のローブと三角帽子を身にまとい、薄紫色の髪を腰まで伸ばした美少女。彼女は飄々とした態度でリューンをからかっているが、その目は全く笑っていない。不気味だが、その見た目からある程度、彼女の正体を推察することは出来る。
「貴公は魔女だな?」
「ぴんぽーん。正解です。それで、彼を殺しちゃうんですか?」
「貴公はこの少年の仲間か?」
「いえ全く。だから彼が死のうが生きようが私にはどうでもいいんですけどね。」
「なら邪魔をするな。」
彼の身を案じるかのような問いかけにリューンは一瞬、少女がタツヤの仲間である可能性を疑う。しかしその考えは彼女によってあっさりと否定された。
本当に心底どうでもいいような態度をとる彼女を見て、リューンもそれ以上の追求はしない。それに、この燃えるような熱い少年と氷のように無感情な少女。全くの対極に位置する彼らが仲間だとは到底思えないからだ。万が一何かしら関係があったとしても相性は悪そうである。
「とりあえず少年を捕まえて、タリス伯爵に直訴するしかあるまい。」
「まあ邪魔するんですけどね。」
リューンがタツヤに手を伸ばそうとした瞬間、タツヤの身体が消える。正確には少女がタツヤを魔法で宙に浮かせたのだ。少女の隣でふよふよと浮かんでいるタツヤ。
ここまで邪魔をされては、流石のリューンも武力行使せざるを得ない。
「悪く思うな、名も無き魔女。」
「私、これでも愛の魔女って呼び名で呼ばれてるんですよ?」
「戯れ言を。」
リューンの刃が届く瞬間、その魔女は瞬間移動して斬撃を躱した。一緒にタツヤの身体もワープしている。
ーーそう、リューンには瞬間移動としか思えなかったのだ。
まるで次元ごと切り取られたみたいに2人はワープしたのだから。その移動には音すらなく、世界さえ彼女の姿を捉えられていないようであった。
「S級ダンジョンが攻略されたと聞いて私、上空からずっと観察してたんです。どんな人が攻略したんだろうって気になって。」
「それで、何故貴公は私の邪魔をする。」
「決まってるじゃないですか。寄ってたかって1人を虐める光景を見させられて、気分が悪くなったからですよ。」
「貴公にそんな心があるようには到底思えんな。」
「流石にそれは私でも傷つきますよ?まあ、嘘なんですけど。」
もうこれ以上この魔女から聞き出すことは何も無い。リューンは全身全霊の一撃を彼女に浴びせようとする。
一瞬で彼女の目の前に現れるリューン。ほぼ人力ワープといっても差し支えない程の瞬歩だが、またしても彼女は次元を超越したワープでその斬撃を回避する。そして今回はそれだけでは無い。
「ぐぁぁぁ!」
炎魔法によって身体を焼かれるリューン。もちろん魔法を受けるのはこれが初めてでは無い。だが魔法には必ず何かしらの事前動作があるはずだ。しかし目の前の魔女に、そんな動作は一切見られなかったのだ。
何かがおかしい。こんな異次元の現象にはそれ相応の理由がなくては。
「宝具か。」
「凄っ。おじさん、脳筋そうな見た目の割には頭良いんですね。ご褒美になんでも1個、質問に答えちゃいます。」
少女の見た目に似合わず、妖艶な笑みを浮かべてみせる魔女。その場に倒れたままそんな彼女をじっと見据え、リューンが口を開く。
「逃がしたあと、その少年をどうするつもりだ。」
「テキトーな所にポイってしたらそれでお別れですかね。それじゃあ質問にもちゃんとお答えしたので、私はこれで。」
せっかく助けた少年をあっさり捨てると言い放った魔女。彼女は笑顔をリューンに向けてはいるが、相変わらずその紫紺の瞳に光は無い。
そして指を鳴らした魔女が、少年と共にその場から完全に姿を消した。
無感情で、まるで機械が話しているかのような少女であった。まさかそんな彼女の呼び名が、
「愛の魔女か。皮肉な呼び名だな。」
そう呟いた鎧男の声だけが広場に響き渡った。
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