第一章9 『霊視の覚醒』

「げ。話しすぎたみたい。どうしよう。」


セレイネが戸惑いの声を上げる。そんな彼女を見てリューンが眉を顰めた。それは彼女の事を心底嫌っているかのような表情だ。


「まだその少年と一緒にいるのか、冷酷な魔女よ。」


「何よ。そんなの私の勝手でしょ?」


「ーー?さっきと様子がまるで違うのだが。まあいい。」


可愛く頬を膨らませて抗議するセレイネ。そんな彼女の様子に違和感を覚えたのか、リューンはさらに眉間に皺を寄せ、首を傾げている。

その間にタツヤは武器を構えようと、左腰に差している刀を触るが、


「そうか、俺の刀、粉々になっちゃったんだよな。」


そこにあるのは鞘だけであった。生成武器ではないその大切な刀は、もう一生戻ってこない。

仕方がないのでアサルトライフルを一丁生成する。リューンに効果がないのは実証済みだが、何も持たないよりはマシである。


「用があるのはその隣にいる少年だけだ。悪いがもう一度気絶してもらうぞ。」


「させるもんですか!」


リューンが瞬歩でタツヤと距離を詰める。それから大きな蒼い盾で叩きつけようとするが、セレイネと一緒にタツヤはワープしてその攻撃を躱す。

一瞬腕を触られたような感触がしたが、隣にいるセレイネはタツヤに触れてはいない。なんとも奇妙な感覚である。


「瓜二つの別人だと思ったがその宝具、先程の魔女に相違ない。」


「これってワープ!?すげぇよセレイネ!」


感嘆の声を上げるタツヤ。しかしその隣のセレイネは、苦しそうにその美貌を歪めていた。


「...もしかしてこれ、フィロアの消耗激しかったりする?」


「そうでもないんだけど、ちょっと前に大量のフィロアを消耗することをやっちゃった後なの。それからタツヤを回復させて、今はこれでもうほとんどすっからかんってわけ。」


「つまり絶望的状況ってことだな。」


強力な助っ人の弱った姿を見て劣勢を悟るタツヤ。そしてまたしてもリューンがシールドバッシュをしてきた。


タツヤは近づいてくるリューンに向けてアサルトライフルを撃つが、その全ての弾丸を躱しきってみせる化け物。

だからタツヤは衝撃に備え、両腕を前にクロスさせて防御行動を取る。こんなもので防げるとは到底思えないが。


ーーそんなタツヤを庇うようにして、全体シールドを纏ったセレイネが立ち塞がった。


「くっ...」


「セレイネ!」


思いっきり後方へ吹き飛ばされるセレイネ。そんな彼女の元へとタツヤが駆け寄る。幸い、彼女に大きな怪我はないようだ。

そしてリューンが不機嫌そうに眉を顰めた。


「何故そこまでするのだ、魔女よ。貴公は言っていたではないか。彼の命などどうでも良いと。気まぐれで逃走を助けた後は、その辺に捨ておくと。」


「えっ、そんなつもりだったのか!?」


まさかのリューンの発言に、目が点になるタツヤ。今までのセレイネの態度からは考えられない発言。まるで別人が言ったようなセリフである。


しかしそっちの方が、初対面のタツヤに対する発言としては合っているようにも思える。リューンが嘘をつくような男にも見えない。


「え。私、そんな酷いこと言ってたっけ。ってうるうるした目でこっちを見ないでタツヤ!あなたを助けたい気持ちは本当だから。」


リューンの発言を聞いて、額に手をあてて考える仕草をするセレイネ。そして彼女は今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめるタツヤに向けて、慌ててフォローを返した。


「二重人格、それとも記憶喪失か?まあ魔女のことなど、どうでもいい。」


再びタツヤの方を向くリューン。セレイネが動けない為、ここからはタツヤが何とかするしかない。

武力では勝ち目がないため、できるのは説得のみ。だがこれまでの彼の行動から、タツヤは気づいたことがある。


「俺に何か聞きたいことがあるんだろ?リューン。」


「何?」


「途中から俺の殺害ではなく、無力化に注力してる。流石に何か目的があることくらいは分かる。」


「...その通りだ。フリップ様の最期はどのようなものであった?」


それは宝具の性能などではなく、ただフリップのことを気にしただけの質問。本当にフリップとリューンには深い繋がりがあったのだろう。だからタツヤもしっかりとそれに答える責任がある。


「恨み言ひとつ無い、潔い最期だったよ。フリップは最後まで立派なやつだった。」


「そうか。」


「領民のことを第一に考えていて、俺達傭兵の遺志まで継ごうとしてたんだよあいつ。本当に俺なんかより、よっぽど未来を見据えててさ。」


「だがフリップ様はまだ幼い子供だ。」


「え?」


静かに呟いたリューン。見れば彼はその勇ましい顔に似合わず、涙を流していた。そして堰を切ったように彼の口から言葉が溢れ出す。


「フリップ様は臆病で無邪気な、どこにでもいる普通の子供なのだ。だから私が守ってあげなければいけなかった。その重たい責務を負った彼の傍に、寄り添ってあげるべきだったのだ。それなのに私は、私は!!」


その場に膝をついて泣き崩れるリューン。彼は自分をずっと責めていたのだ。ダンジョンに同行しなかった自分の行いを。だがそんな彼の心を救える人物は、既にこの世を去った後だ。


「リューン。」


ーーそんな時、幼い少年の声が聞こえた。


タツヤは急いで目を閉じて、その少年の事を思う。そして目を開いたタツヤの瞳は緋色に光っていた。


リューンの隣で眉尻を下げ、肩を落としているのは金色の短髪に、水色の瞳を持った子供ーーフリップだ。彼はタツヤの視線に気づくと、苦笑してこちらに語りかけてきた。


「タツヤか。元気そうでなによりだ。」


「フリップ...。」


「再開のところ悪いが、今はリューンを見させてくれないか?」


「分かった。」


再びリューンへと目を向けるフリップ。未だに泣き崩れたまま自分を責め続けているリューンを見て、フリップの頬から涙が伝う。その一粒一粒が、彼の心から沸き上がる感情の表れであり、リューンに対する深い思いが込められている。


灰色の雲が太陽を隠す。雲の奥底に隠れた太陽の輝きは、二人の間に暗い影を落とすのだ。


「非力な私をお許しください、フリップ様。」


「リューンは何も悪くない!悪いのは余なのだ。力を欲したばかりに、生き急いでしまった余が全て悪いのだ。だからそんな顔をするでない。」


だがそんなフリップの叫びがリューンに届くことは無い。フリップは死んだのだ。彼の声が聞こえているのは宝具を持っているタツヤだけ。

一番彼の言葉を欲しているのはタツヤではなく、目の前にいるリューンだというのに神様はなんて残酷なのだろう。

お互いに自分を責め続けている二人を見て、タツヤがふと口にこぼす。


「なんで見えているのが俺だけなんだ?今、本当にフリップを必要としているのはリューンだろ。」


彼ら二人を再開させてあげたい。少しだけでいい。そんな力が今、必要なんだ。


「俺に力があれば。」


ーーそしてその熱い思いが奇跡を引き起こす。


タツヤの緋色の瞳がより一層輝きを放ち、紫色の靄と共に、金髪の子供が現界したのだ。

雲の間から漏れ出た陽光がその子供を神々しく照らす。


「フリップ...様?」


「リューン?お主、余が見えておるのか!?」


「フリップ様!!」


リューンがフリップの身体を抱きしめようとする。そして彼の手が空振りすることは無かった。つまりタツヤは亡霊フリップの召喚に成功したのである。


「うそ!?」


タツヤの隣にいたセレイネも驚きの声を上げる。タツヤ自身もその結果に驚いているのだから無理もない。


「フリップ様、私の非力をお許しください。私がフリップ様を、もっと力ずくでも止めていれば...」


「ばかもの!!」


再開しても尚、自責の念に囚われているリューンに向けて、フリップが一喝する。目を丸くして彼を見るリューン。

それからフリップはその水色の双眸で真っ直ぐリューンを見つめながら、続きの言葉をかける。


「それは余の責任だ。断じてリューンの失態ではない!それにいつまで過去に囚われて、クヨクヨしているつもりだ。お主にはまだやるべき責務が残っているだろう?」


「私の責務...」


「余がいなくなった今、ミリア姫をお守りすることができるのはリューン、其方だけだ。」


「...尽力致します。」


ミリア姫、それは数年前に病で倒れたとされる王族の名前だ。どうやらその姫は今も生きているらしい。国の重要機密だとは思うので、タツヤは聞かなかったことにする。


フリップに頭を垂れるリューン。すると突然タツヤの頭に鋭い痛みが走った。タツヤは苦痛の表情で頭を抑える。


「そろそろタツヤの方が限界か。リューン!余はそなたと出会えて、本当に幸せであった。」


「私もです、フリップ様。」


そうして笑顔のままフリップは紫色の靄となって消失する。そんな元主の姿を、リューンは穏やかな表情で見つめていた。


それからリューンはタツヤの方を向く。その顔に、もはや後悔の色は無かった。さっきまでの灰色の雲は完全に消え失せ、彼の後ろにはめざましいほどに青い空だけが広がっている。


「ありがとう少年。いや、タツヤ。」


「礼なんか要らねぇよ。俺はただ、自分のやりたい事をやっただけだ。」


「ふっ。そうか。だがそのおかげで私は前を向くことが出来た。」


爽やかに笑ったリューンはタツヤに背を向ける。その行動を見て眉を上げたのはタツヤだ。タツヤは彼の事を、命令を遵守する堅物な人間だと思っていたからだ。


「俺を捕まえなくて良いのかよ。宝具を取って来いっていう命令なんだろ?」


「私はタリス伯爵に直接お仕えしている訳では無い。エリュール家、その中でもフリップ様にお仕えしていた身。そしてそれも今日までだ。」


再びリューンはタツヤの方へと振り返る。その決意に満ちた表情を見られただけでも、タツヤは頑張った甲斐があったというもの。


「それにその宝具はタツヤ、貴公が持つべき力だろう。タリス伯爵には諦めろと伝えておく。」


「ありがとうリューン。またな!」


「ああ。またどこかで会える機会があればな。」


別れを告げるタツヤとリューン。それから勢いよく屋根に飛び上がったリューンは、思い出したかのようにタツヤの方を向いた。


「それと言い忘れていたことがある。タツヤ、隣にいる魔女には気をつけろ。寝首を搔かれないようにするんだな。」


「なっ!?」


まさかのリューンの発言にセレイネが情けない声を上げる。しかしセレイネが抗議する前に、リューンは颯爽とどこかへ行ってしまった。


残された二人。タツヤはジト目でセレイネの方を見る。頬を膨らませて怒っている顔も可愛いが、その美貌が相手を油断させる罠である可能性もあるのだ。


「それで、気をつけろというリューンの助言だが、そこんとこどうっすか?セレイネさん。」


「私がタツヤの寝首を掻くですって?あんなの真に受ける方がどうかしてるわ。...まあ眠ってるタツヤの顔を見に行くことはあるかもだけど。」


「なんでだよ。普通に怖いわ。やっぱりリューンの言ってる事、正しいんじゃねぇか?」


甘えるような視線でこちらを見てくるセレイネ。しかしタツヤとしては、可愛さよりも恐怖の感情の方が勝ってしまう。何度も言うが、タツヤとセレイネは今日知り合ったばかりなのだ。

まあ、彼女なりの冗談ということで受け取っておく。


「それで俺はこれからどうしようかな。」


鉄血傭兵団は壊滅し、これからタツヤは何をしていくべきなのか。残ったのは死んでいった仲間と対話できる宝具だけ。

ダンジョン攻略後の騒乱を乗り越え、タツヤはやっと自分が空虚感に苛まれていることに気づいたのだ。


ぼんやりと公園の芝生を眺めていたタツヤの視界いっぱいに、薄紫髪の美少女の顔が映る。それは前かがみになって、上目遣いでこちらを覗き込むセレイネであった。


「暇なら私のお願い聞いてくれない?」


「セレイネがやっとまともな事言ったな。」


「私はいつでもまともですけど!?」


突飛な行動や発言が多いセレイネだが、このタイミングでの頼み事は理にかなっている。

見ず知らずのタツヤを助けたのは、このお願いを聞いてもらう為だったとしたら納得もいく。それでも割に合わない難易度だったが。


もちろんタツヤは命の恩人である彼女の頼みを断るつもりは無い。自分の出せる全力で、その願いに応えるつもりだ。


「君は俺の命の恩人だ。出来る限りのことはしてみせる。んでそのお願いって?」


「...一緒に世界を救って欲しいの。」


「お願いってレベルじゃねぇ!!やっぱりこいつまともじゃなかった!」


「失礼ね!私は大真面目よ!」


まさかのお願いに思わずツッコミを入れてしまうタツヤ。しかしセレイネは冗談にされてしまったことを本気で怒っているようだ。つまり彼女は本当にタツヤに世界を救ってもらいたがっている。


「もうすぐ世界が滅亡するってことか?いつ?なんで知ってる。」


「今から1年後。...知り合いの予言者から聞いたの。」


タイムリミットは残り1年。だがタツヤは世界がそう簡単に滅ぶとは思えない。この世界には人智を超えた化け物のような人達が大勢いるからである。

それなのに、この少女は自ら世界を救おうとしているのだ。その覚悟をタツヤは問う必要がある。


「この世界がそう簡単に滅びるとは思えない。他の人に任せたっていいのに、どうして君は世界を救おうとするんだ?」


「ーーそれは私の世界一大切な人と、共に未来に進むため。」


「世界一大切な人か。それなら納得だな。」


セレイネの愛しい人を思い浮かべるような目。それは恋仲か、はたまた家族か。だが、なんだっていい。大切な人を思う気持ちはタツヤにも十分理解できるから。


タツヤにだって大切な人達が沢山いたのだ。妹のツクヨのように今もこの世で生きている大切な存在だっている。それを守るためならば、世界すら救ってみせよう。


「私と一緒に世界の滅亡、止めてみない?」


薄紫の髪をした美少女が白く綺麗な手をこちらに差し出す。その紫紺の瞳は灼熱燃ゆる太陽よりも熱く、光り輝いていて、


ーー思わずその手を取ってしまったんだ。

 

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